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貧乏神はオレンジ色  作者: うわの空
貧乏神
4/10

 みかんが喋るようになった。


 と言っても口数は少ないし、私の名前、「みやこ」は「みゃーこ」に、「しあわせ」は「しゃーわせ」になっていたけれど。

 彼女は口癖のように、「みゃーこちゃんはしゃーわせになるの」と言い続けた。それを言う時は、いつも私の手を握ってくる。その姿は何故かとても必死で、どこか痛々しかった。


 雨が降っていても毎日外に出て、十円玉を探しに行くようにもなっていた。



 みかんは、私の生活ことを酷く気にしていた。

 明らかに余裕がないし、はっきり言ってしまえば貧乏生活だったからだ。




「ね、みかん。みやこちゃんはさ、お金がなくても大丈夫なんだよ?」

 みかんが私のことを『みゃーこちゃん』と呼ぶようになってから、私は自分のことを『みやこちゃん』と呼ぶようになっていた。ただしそれは、みかんと話すとき限定だけれど。


 近頃の彼女は何かに追い詰められているようで、それに耐えきれなくなった私は声をかけた。けれどみかんは口をつぐんだまま、首を横に振るばかりだ。そして、


「……みゃーこちゃんは、しゃーわせになるの」


 俯いたままそう言うと、トイレの中に逃げ込んでしまった。





 私がみかんのことを追い詰めているんじゃないか、と思う時がある。


 彼女にとって、私といることはいいことなのかどうなのか。

 切羽詰まった感じのみかんを見るたびに、私は不安になった。

 みかんと一緒に暮らしたいのは、あくまでも私のわがままでしかなくて、みかんが本当にそう思ってくれているかどうかは分からないのだ。


 みかんと最初にあった日のことを思い出す。

 もう二度と、彼女にあんな顔をさせたくなかった。

 けれど今のこの状況は、彼女にとって快適なものではない。


 私は机に突っ伏して、トイレにいる彼女には聞こえないよう声を押し殺して、泣いた。





 みかんとは楽しく話せているものの、私も元来人付き合いが苦手だった。バイト先でも必要最低限の言葉しか話さないので、仕事仲間と親しくなることもない。

 子供のころから、人と話したり遊んだりするのが苦手だった。高校生になる頃には、『もうずっと独りでいいや』とすら思っていた。しんどい思いをしてまで人と付き合うのなら、一人で生きていく方が気楽だ、と。



 でも寂しかったんだ、本当は。

 自分で選んだくせに、孤独が怖かった。


 だからきっと、みかんにしがみついているのは私の方なんだ。

 例え彼女が、貧乏神であったとしても。





 その日は朝から土砂降りで、午前中のみの出勤だった私は、「今日は外に出ないように」とみかんに念を押して言った。みかんは雨の日でも傘をさそうとしない。カッパも着ようとしないので、雨の日は家にいるようにといつも口を酸っぱくして言い聞かせていた。

 みかんはしぶしぶ頷くと、おもちゃで遊び始めた。私は彼女の横にロリポップを置いてから「行ってくるね」と声をかけ、外に出た。

 みかんの小さな後ろ姿が、目に焼き付いていた。




「ちょっと。ここ、まだ汚れてるわよ」

「あ、すみません」


「こっちも。ちょっと来て」

「……すみません」


 その日、私は仕事中にミスを繰り返した。

 何故かその日は、やけに不安だったのだ。

 帰宅した時にはもう、みかんがいなくなっているような気がした。

 おもちゃで遊ぶ後姿が、彼女の最後の姿になるような気がして、怖かった。




 仕事が終わると、私は足早に家に帰った。どうか予感が外れていますようにと思いながら、そっとドアを開ける。


 みかんは、私に背を向けて床にぺたりと座りこんでいた。

 朝見た時と同じ体勢で、おもちゃで遊んでいる。


 その姿を見てほっとした私は、足音をたてないようにゆっくりと彼女に近づいた。彼女は、私が帰ってきていることに気付いていない。ゾウとキリンの人形を両手に持って、動かしている。その様子は本当に普通の子供みたいで、思わず眼を細めた。


 私は後ろからいきなり彼女に抱きつくと「ただいまー!」と笑いかけた。驚いた彼女の身体がきゅっと硬くなって、それから震え始める。

「……みかん?」

 異変に気付いた私は、彼女の顔を覗き込んだ。



 みかんは声も出さずに、大きな目からぼろぼろと涙をこぼしていた。




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