オレンジ色
その日私は、神様を拾いました。
寒いを通り越して、冷たくなってきたような気がする。私は身震いすると、カーディガンを羽織りなおした。
十月は、町中オレンジ色になる。訂正、町中カボチャだらけになる。煌々(こうこう)と光るカボチャのランタンは、可愛い半面不気味だった。
カボチャで飾られた雑貨屋を通り過ぎて、スーパーへと向かう。今日は金曜日だ。食料を買い込んでおけば、土日はずっと家で過ごせる。私は値引きシールの貼られた商品を次々とカゴに入れると、レジへと向かった。途中、お菓子コーナーで発見したロリポップの大袋を、カゴの中に放り込む。別に飴が好きだというわけではなかったが、なんとなく甘いものが食べたかった。
仕事帰りはどうしても、甘いものが食べたくなるのだ。
人付き合いが苦手だからと選んだ事務職だけれど、もちろん事務職にだって人間関係はついて回る。職場の人との関係だとか、取引先との電話だとか。他人と話すことすら苦手な私は、事務職といえど苦痛だった。けれど転職する勇気もなくて、大学を卒業してから三年間、同じ所に勤め続けている。
幸い、仕事場の人は私に興味がないらしい。私が一切無駄話をしなくても、それに関して突っ込んでくる人間はいなかった。
スーパーから出ると、冷たい夜風が頬に刺さった。もう冬も近いんだな、と思いながら自宅への道を歩く。道中、何の変哲もない電柱に、人が群がっているのが見えた。皆で電柱を囲い、下を向いている。携帯で写真を撮っている人までいた。
「……?」
自宅に帰るためには絶対に通る道なので、私は警戒しながらも近づいた。皆一様に、笑っているような、馬鹿にしているような、そんな顔をしている。嘲笑。――私の一番嫌いな顔と声だ。
人だかりの近くまで来ると、皆が何を見ていたのかが分かった。
電柱の陰に、女の子が座り込んでいたのだ。
五歳くらいだろうか。膝を抱えて座っているその子は、とても小さく見えた。猫背で、膝に顔をうずめている。オレンジ色の服を着ているせいで、カボチャのように見えなくもなかった。
迷子だろうか。だとしたらなんで皆、ただ笑って見ているだけなのだろう。
人と関わりたくない私は、女の子の姿を横目で確認しながらも通り過ぎた。若い男が何かを言って、そのあと笑う声が聞こえてきた。……楽しそうな笑い声、ではなかった。
ああ、と思う。私は立ち止まって、後ろを振り返った。
彼女は、昔の私に似てるんだ。
皆から囲まれて、笑われて、でも何も言えなかった。
自分を守るように、猫背で身を丸めて、震えて。
私は早足で引き返した。スーパーの袋が必要以上にガサガサと音をたてる。私は人だかりの隙間を無言でくぐりぬけると、女の子のもとへと向かった。皆、眼を丸くしてこちらを見ているが、そんなのはもうどうでもよかった。どうせ、私に興味のある人もいないだろう。
近くに来てみると、女の子は本当に小さかった。少し茶色がかった黒髪は長さがばらばらで、切り損ねたおかっぱ頭のようだった。
「……どうしたの? 道に迷ったの?」
なるべく優しく訊くはずだったのに、低く唸るような声が出た。私は咳払いをして、「お母さんとお父さんは?」と高めの声で訊き直した。人だかりが先ほどよりもざわついているのが分かる。背中に変な汗をかきながら、私は女の子を覗き込んだ。
彼女は少しだけ顔をあげて、私の方に眼を向けた。睫毛が濡れているのを見て、泣いていたのだと気付く。
「自分のお家、どこだかわかる? お名前は?」
何を聞いても、女の子は黙ったままだ。そんな彼女を代弁するかのように、誰かが呟いた。
「そいつに、家なんてあるわけねーじゃん」
先ほどと同じ、馬鹿にしたような笑い声が続く。私は内心むっとしながら、彼女の方に手を伸ばした。頭に触れると、彼女の身体が一瞬だけ大きく震えた。
「……お家がどこにあるのか分からないなら、おまわりさんに訊きに行こうよ。お姉ちゃんも一緒に行くから」
私がそういうと、彼女は膝に顔をうずめたまま、かすかに首を振った。自分の家が嫌なのか、交番が嫌いなのか。どうしたものかと考える私の上を、冷たい空気が通り過ぎた。とにかく、ここは寒い。なのに彼女の恰好は、オレンジ色のワンピース姿だった。夏に向日葵でも持っていそうなその恰好は、この季節にはそぐわない。
「……私の、――お姉ちゃんの家に来る?」
このままでは風邪をひいてしまうと思った私が提案すると、彼女はようやく顔をあげた。ただでさえ大きな目を、さらに大きく見開いて私の方を見ている。眼を見開いているのは取り巻きの人たちも同じで、「信じられない」と言わんばかりの顔をしていた。
もちろん、誘拐するつもりはなかった。今日だけでも私の家に泊めて、翌朝交番に連れて行けばいい。彼女の様子を見る限り、このままだとテコでも動きそうになかった。
私は先ほど買ったばかりのロリポップを一本取り出すと、彼女に差し出した。
――私はいま、うまく笑えているだろうか。
彼女は恐る恐る飴へと手を伸ばしてきた。「行こっか?」と言うと、彼女は口を固く結んだまま、ゆっくりと頷いた。
「あいつ、貧乏神を拾っちゃったよ」
そんな声が、どこからともなく、聞こえた。