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Phantom Pain 18

挿絵(By みてみん)


18.


 無数の愛には、無数のうつくしい形がある。

 そのどれもがいとおしいと感じるのは、罪だろうか…

 いや、幸福を語ることは枚挙の無い体現の羅列である。

 おなじ愛などふたつと無い。




 三人は食堂でアーシュが食事を終えるのをじっと待った。

 給仕をしていたヨキが、気を利かせ、部屋を出て行った為、部屋にはアーシュとベル、メル、ルシファーの四人だけだ。

 途中、三人が黙りこくったままアーシュをじっと見つめ続けるので、アーシュは笑い出しながら「なんだよ、君らは俺の食べ方に文句つけようとする育児係かよ。俺に見惚れるのはわかるけれど、いい加減君らの話を聞かせてくれないか?食べるのに口は忙しくとも、聴く耳ぐらいは俺にもあるんだけどね」と、言うので、三人はそれまで強張らせた肩を緩め、アーシュがいなかった七日間の様子をそれぞれに話してみせた。


「…それはいいね。ベルは俺よりも少しばかり成績がいいし、俺よりも少しばかり教えるのも上手いから、セキレイの家庭教師にはもってこいだよな。セキレイも卒業試験には間に合うように勉強して、一緒に学長から卒業証書をもらおうぜ」

「…そのことだけど…」

「なに?」

「アーシュはこれからどうするつもりなのか、聞かせてくれないか?」

「う~ん。取り敢えずは三日後の降誕祭と収穫祭には神さまとしての役目を果たすつもりだ。儀式やなんやらあるそうだからしばらく忙しくなるだろうけれど。それからこのクナーアンの端から端までをこの目で見渡したい。どうやらこの星では俺は豊穣の恵みを与えられる魔力を持つらしいから、方々の土地や海に渡って、祝福を授ける役割を果たしたいんだ。だから…それを終えるまではこの地から離れられない。予想していたよりも長引くかもしれないけれど…ごめん」

「いや、アーシュの想いは理解できるよ」

「ベルにはすまないと思う。大学入試の為の勉強もしなくちゃいけないのに…卒業には間に合わせようと思っているけど、どれくらいかかるかわからない。もし、ベルが望むなら、君を送り届けるための魔術を施しても構わない。セキレイで一度は試しているし、目的地が『天の王』なら、間違いなくワープできると思う」

「アーシュ、ありがとう。でも俺は君の傍にいると決めている。そりゃ、いつかは離れなきゃならなくなる日も来るだろうさ。でも今は君の傍にいたい。君がクナーアンの神としてやり遂げる姿を見守りたい。…そうさせてくれ」

「…ありがとう、ベル」

 ベルの本音がどこにあろうと、アーシュはそれを探りはしなかった。アーシュにとってベルは友情という証そのものであり、臆病と言われてもそれを捨てる気になどならなかったのだから。


 メルもまたアーシュの気持ちに沿うように振る舞う友人のひとりであった。

 彼は一流の役者かもしれない。アーシュに対して彼の親友とは一線を画して存在している。

 そのメルが気取った面持で言う。

「僕も…そろそろこの神殿の中は見飽きたから、今度はクナーアンを旅してみたいと思っていたんだ。クナーアンの人々がどんな生活をしているのか、ツーリストとして興味は尽きないからね。だから僕の心配も無用だよ」

「うん、巡り終わったら旅のレポートでも読ませてくれ。この地を導く参考にさせてもらうから」

「お礼に何をくれるの?」

「そりゃ…君の望むものならなんでも…」

「じゃあ、ゆっくり考えさせてもらうよ。アーシュ、神さま業、頑張れよ」

「うん、頑張るよ。じゃあ、俺、…疲れたから寝るよ。明日も忙しくなりそうだし…」

「ああ、おやすみ…」

 大あくびをして席を立ちあがるアーシュを、ベルとメルは「おやすみ」と、見送る。だが、どうみてもそわそわとしたアーシュの動きを見損なうわけもない。


 アーシュが去り、それを追いかけるように立ち上がるルシファーを見送るとベルとメルは顔を見合わせた。

「どう見る?この状況。僕たちの魔王キングは、イールさまに入れ込んでしまわれているご様子だ」

「仕方がないね。もともと彼らは、この世界の永遠の恋人同士だろ?イールは当然として、アーシュには何もかもが初めての経験だ。あの好奇心の塊が、盲目になるのは覚悟していたよ」

「ある意味、僕らは利口者だ。恋人にならなくても、友人関係は永遠なものであり、逃げ場でもあるしね。どっちつかずのルゥよりも気が楽だよ」

 メルの本音を聞き流し、ベルは大きなため息を吐く。

(…メルの境地になってしまえば、俺も気が楽なんだけどなあ…)



 奥に続く回廊を歩く。夜天には二連星の月が、撓んだ弧を上弦に映し出している。

 ゆっくりと眺めながら歩くアーシュの後ろから、ルシファーが声を掛けた。

「アーシュ…あの…」

「なに?セキレイ」

 立ち止まったアーシュはルシファーに振り向き、柔らかい笑顔を向けた。

「お礼を…言ってなかった。ありがとう…イールさまを救ってくれて」

 ルシファーはどこか浮かれたアーシュの綺麗な顔に見惚れ、声を詰まらせつつ言葉を紡いだ。

 アーシュはルシファーの言葉に二、三度瞬き、いつもの斜に構えた顔を覗かせ、からかうような口調で応える。

「別に大して苦労もなかったよ。こちらが誠意を見せたらイールも簡単に許してくれた。拍子抜けするくらいにね。まあ、考えてみりゃ、もともと俺に罪があるわけじゃねえしなあ…イールは俺にぞっこんだし、もう愛されまくりでさ、腰も立たないぐらいよ…」

「…」

「…なんてね」

 そう言うと、表情を変え、アーシュは自重気味に嗤った。

「ほんとうは…俺の方がめちゃくちゃイールに夢中なんだ」

「…」

「イールを初めて見た時から、今まで出会ったどんな奴らよりも胸が高鳴った。この人にだけは嫌われたくないって…本気で思った。最初は肉親に近い感情なのかな…って思ったりもしたんだ。俺には親がいないしね。だからイールに母や父の面影を求めているのかもしれない…って。元々は半身だったわけだから身体の相性はばっちりだし、こちらは経験豊富なボスからご褒美を貰う態勢だし…抜けられないって感じなのかな…セックスだけじゃない。イールの傍にいるだけで安心する。見つめられるとドキドキする。触れられると嬉しくて仕方ない…重ねあうと身体が解けてひとつになれる。こんなの…初めてだ」

「恋を…しているんだね、アーシュは」

 しぼり出したルシファーの声は、嗄れていた。

 だが、アーシュは気がつかないように月を見上げたままだ。


「そうだろうか?…そうなんだろうね。君やベルやメルとも誰とも違う想いで、俺はイールを愛してるんだ」

「そう…イールさまは君の本当の運命の御方なんだよ、アーシュ」

「これから俺はどうなっちまうのかな…。自分でもわからないんだ。不安と期待で胸が張り裂けそうだよ」

 夜天を仰ぎ、声を弾ませるアーシュに、ルシファーの語るべき言葉は多かったはずだ。

 その胸を叩き、「僕はどうすればいいんだ。君を愛し続ける僕は一体どうすればいいんだよ、アーシュ」と詰ったら、アーシュは気がついてくれるだろうか…。


「俺は…俺に降りかかるすべてを夢中で受け止めたいんだ。イールの為に、クナーアンの為に、俺の為に…どうなるのだろう…どうするのだろう…なあ、見ものじゃないか、セキレイ…」

「…」


 「おめでとう、アーシュ。幾年もイールと幸せに過ごしてくれ。僕たちの恋人関係は白紙に戻すべきだよね。いいや、気にはしてないさ。君の幼馴染みで親友であることには変わりはない。そうだろう?」と、今、ここではっきりと言えたなら…

 アーシュに言うべき言葉をルシファーは知っていた。

 誰よりもアーシュを愛する者なら、その者の幸せを願い、共に喜ぶべき正しき人間でありたい、とルシファーは己に言い聞かせていた。

 だが、現実はどうだ。

 愛に満ち、恋に浮かれるアーシュになにひとつ掛ける言葉が口から出ない。ばかりか罵りの言葉ばかりがのど元まで出かかっている。


 ルシファーは何度も息を呑んだ。

 自制する心は自身のプライドの重さに比例する。 ルシファーは自分を卑下したくはなかった。


「…頑張れよ、アーシュ。…僕はここに居るから…」

「うん。ちゃんと見守っていてくれ。俺が上手くアスタロトの神をやれるように」

「ああ」

「じゃあ、おやすみ、セキレイ」

「おやすみ、アーシュ」

 浮ついた足取りを責める気にもならず、ルシファーはイールの部屋へ赴くアーシュの背中を見送った。


 見えなくなったアーシュから冴え冴えと光る月に目を移したルシファーは、大きく息を吸い込んだ。

(大丈夫だ。苦しみはいつまでも続かない。僕はそれを知っている。アーシュを愛しているからこそ、諦めや嫉妬を知り得たのだから…。愛されるだけが喜びではない。僕がアーシュを愛すのは、それが僕の喜びとなるからだ…)



 イールの部屋へ顔を出したアーシュは、きらびやかな着物を身体に巻きつけたイールの姿を見つけた。

「イール、どうしたの?…」

「ああ、アーシュ。ちょうど良かった。こちらへ来てくれ」

「うん」

「謁見の儀式に着るおまえの服などに一通り目を通していたのだ。袖を通すのは18年ぶりだからな。体型に問題はないだろうが、生地や飾りなどが痛んでいないが確かめていたんだ」と、言いつつ、イールはアーシュの肩にひとつひとつ上着を羽織らせては、色味を確かめている。

「イールがそんなことをするの?神さまなのに?」

「ふんぞり返って何もしなくて良いと思っていたのか?私たちの仕事を簡単に考えているのなら、アーシュはこの役を引き受けるのを考え直した方がいいぞ。私たちの食事や家事などは世話人に任せているが、ほとんどの身の回りのことは自分でやるし、すべての仕事を仕切るのは私たちの役目だ。それに命じるよりも自分がやる方が早い時は、そうするのさ。能率が早いし、なにより気を遣わなくて済む」

「神様が人間に気を使うの?」

「神は人間の為にあるのだということを、忘れてはいけない。クナーアンという惑星は私たちのものであるが、この住む星に住む住民たちを導くことが、私たちの役割であり、存在の価値を求めるものなのだよ」

「つまり、主役はこのクナーアンに住む人間たちであり、俺とイールは舞台を作る総監督ってわけだな」

「良い例えだな、アーシュ…さあ、くるりと回ってごらん」

「うん」

 金糸に縁どられた赤い生地のローブを羽織ったアーシュの姿に、イールは満足そうに頷いた。

「やはりアーシュには赤が良く似合う…」

「アスタロトと見劣りしない?」

「おまえがアスタロトなのだから、比較する対象でもないだろう…大丈夫、見劣りしないさ。まあ、少し…色気が足りないのが難点なのだが…」

「うへ~。そうやって俺をガキ扱いしてれば勝てるって思っているイールにムカつくんだよね」

 乱暴にローブを脱ぎ捨て、アーシュは拗ねたふりを見せつけ、ベッドに寝転がった。


「私を誘うやり方もそうやって拗ねるばかりじゃ能がないぞ」 

 寝転がるアーシュの肩を体重をかけながら軽くシーツに押し付け、イールはアーシュの黒髪を掻き上げて額にキスを落とす。

 アーシュは満足し、イールの銀の巻き毛を手に持って自分の頬に当てた。

「ふふ、イールの髪ってふわふわで気持ちいい」

 イールもまたアーシュの短く波打つ黒髪を愛おしそうに撫でる。


「そういや、アスタロトの肖像画はずっと髪が長かったよね。俺もあれぐらい伸ばしたら、アスタロトみたいに色気も滲み出るんじゃなかろうかねえ。イールはどっちがいい?」

「…」

 イールは昔、アスタロトに「伸ばしてみないか?」と、言ったことを思い出した。アスタロトは素直に従い、黒髪を長く伸ばしたその優美な姿は、すべての民衆を魅了したのだった。


「どちらでもいいが…アーシュは短いままがいい」

 また同じような嫉妬心に駆られるのはゴメンだと、イールは心の底から思った。





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