Private Kingdom 4
その四
初等科に入学した俺とセキレイは自動的に天の王学園の東の保育所から南の初等科へ引っ越した。
環境が多少変わっても敷地が同じ所為か別段怖じけづくこともなく、同年齢の仲間との生活を無心に楽しんだ。
俺達には最初から「力」がある事が示されている。
保育所出というレッテルはどこの馬の骨かも判らぬ者という嘲りよりも、確実に「力」を持っていることが、周りには脅威に見えたのかもしれない。
彼らはしばらくは遠巻きに俺達を眺めていた。
こちらは余裕で愛想よく近寄り親交の手を差し出す。
良い奴と悪い奴、必要ない奴に分け、問題の無きようにそれなりの対応を心がける。
生徒から好かれるのは大方セキレイの方であり、彼は先輩からも同級からもそのあどけない微笑みで、いっぺんに相手の敵意を喪失させた。実際、彼は素直で真っ直ぐな性格であり、悪意というものをあまり持ってなかった。人の言葉には素直に信じ、従い、正義を愛していた。
俺はどちらからというと、物事をひねくれて見る傾向があり、疑心暗鬼になりながら人を選別する癖があった。特に危険と感じた奴は、セキレイに近づけたくないから、俺は先手を打って彼らを脅しておくようにした。当の本人には注意を促しても「別に怖くないもん」と、意地を張る。
セキレイは自分が弱い立場だと見られるのを嫌がった。勿論、俺もセキレイが弱いとは思っていない。だが、あの人当たりの良さと、素直さは貶められる気質だ。俺はセキレイを悲しませたくなかった。
一度同級生から嵌められて、名誉を傷つけられたことがある。
試験の答案用紙を見せた、見せないのつまらない出来事だったが、セキレイは答えを見せた相手から詰られ(カンニングがばれた相手はセキレイの所為にした)、無償の行為が綺麗に裏切られる様というのはこういう事を言うのか…と、相手の罰の悪さとセキレイを同類に引き込んだというほくそ笑んだ顔を見てしまったセキレイは己の愚かさに口唇を噛んだと言う。
そんな些細なことでプライドが傷つくのか…と、こんなに傍にいても見落としていたセキレイの性質に俺は変に関心もした。
俺だったらそんなものボロクソに罵って、一発殴ってお終いなんだけれどね。
セキレイと俺は目立ったケンカはしない。
俺が強く出ればセキレイが引くし、セキレイの意思が強かったらそちらを立てる。だからケンカには発展しない。
ただセキレイの何気ない仕草には、常に俺への気遣いが潜んでいる気がしてならなかった。
俺がセキレイを拾ったことへの恩を感じているのか、俺が守ると言って彼を引き入れた所為なのか…
セキレイは俺を「大好き」だと言う。「ずっと一緒にいようね」と誓う。
その言葉を疑った事は無いけれど、それはきっと俺の想いを気遣ってのことじゃないのか、と、季節ごとの花が咲くように何度も俺の心に巡ってくる。
初等科の二年になった俺とセキレイに、大事な友人が出来た。
名を「べル」と言う。
「ベル」は、この街一番の貿易会社の息子であり、また古い格式を荷った貴族の子息でもあった。
艶のあるハニーブロンドと、プライドの高そうな整った顔をしていた。
貴族は至って俺達みたいな下賤な親無しっ子には近づきたがらない。上目線で意味もなく俺達を侮蔑している。高慢ちきな野郎には拳固でやり返すこともあるが、殴られた子供の親がトゥエに迫り、トゥエが頭を下げた時点で、正直こちらも引いた。
貴族さんとは一線を引いた方がこちらも身の為だと思い、それからは触らぬ神に祟りなしの方向で、できるだけそ知らぬふりをした。
ベルは貴族でありながら、身分の偏見は全く無い珍しい奴で、奴の方から俺達に手を差し伸べた時は驚いた。
それに彼は卑怯な貴族や金満家には似つかわしくない非常に実直で誠実な心根を持っていた。
俺とセキレイが唯一ひけらかしていた「力」をベルも同じように持ちながら、それを鼻に掛けてもいない。
正直、この派手で端正な顔の体格のいい少年が、俺達と友達になりたがっていたとは信じられない気もしたが、それこそこの男の誠実さが俺を引きつけた。
俺達三人は無二の親友となった。
ベルは頭が良かった。
俺とセキレイの間に無理矢理に入り込むことも無く、自分のスタンスで俺達と付き合おうとしてくれた。その感情に嫉妬や暗い感情などはなく、ただ友情を分かち合いたいという気持ちが溢れ、こちらの方が戸惑うぐらいに温かな感情で包んでくれた。
俺とセキレイは親の愛情を知らないから、親に愛された者はこんなに優しいのかと思っていたら、全くの逆でベルは裕福でありながら、親の愛には恵まれず、また家に縛られ、心を寄せるものが欲しかったのだと言う。それが俺達であったら幸せだとも言う。
ここまで信頼された相手をどうしてこちらが拒むことができよう。
完璧な友情を彼に捧げようと、俺とセキレイはベルに誓った。
俺達は冒険が好きだった。
「天の王」の中だけに限られているけれど、まだ俺達が知っている場所は僅かであり、未知の大陸が目の前に立ちはだかっていた。
だから暇があれば、三人で校内の隅々を隈なく調べつくす。古びた倉庫から鍵の掛けられた錆びた地下への階段。重い鉄の扉を開けば、真っ暗な世界が俺達を誘う。
時折、先に見つけたと思われる先輩連中の秘密基地にぶつかり、不審者扱いで監禁されたりもした。でも彼らも俺達と同じで、冒険者の類だから、話がわかる奴らばかり。
まだまだガキだと相手にはされないが、「その蕾のタイが、リボンになったら可愛がってあげるよ」と、約束のキスをくれた。
その時はその意味がわからなかったが、中等科になる頃には彼らの紳士さに少し感動したものだ。よく俺達を犯さなかったものだと。
五年生になった新学期、夏季休暇から戻ったベルの様子が変だった。
彼はひと夏中を実家のスタンリー家の避暑地で過ごすことになると、休暇前に言っていた。面倒くさがりながらも自分の母親の実家で初めて過ごす生活を期待していたんだ。だから憔悴しきったベルが心配だった。
なんとか理由を聞きだし、その理由が彼の叔父の堕落しきった生活とベルに対する性的暴力と知った俺とセキレイはどうにかして、ベルを助けたかった。
俺達はまだ幼くて何にも力がなかったから、学長のトゥエに頼んだのだけど、結局、ベルの叔父さんへの仕返しは叶わなかった。
ベルは「いいんだよ。僕は叔父を許すことができるよ。彼の行為がどんなものでも、僕を愛しているからなんだ」
ベルはそう言って納得していたが、それはおかしいと思う。
愛が暴力に変わっていいはずはない。ベルの叔父さんがベルを愛するのなら、自分の汚れた世界に引きずり込むのは勝手きわまることだ。まだ抵抗の出来ない子供のベルだからこそ、彼らは光へと導く義務があるのではないか。
俺達には親もいないし、恵んでもらう愛は多くはないけれど、それでも愛の定義と摂理を教えられた。
ベルは寛容すぎる。
「叔父さんを許しても自分の心の傷跡を見るたびに嫌な気持ちになるだろう」と、言うと、
「エドワード(彼の叔父の名前)もまた、その傷跡を見て僕を犯したことを思い出すんだ。それは、後悔の苦さだろうか、それとも甘美なものだろうか…どちらにしても、僕はエドワードを捕まえるよ。もう二度と支配されたりしない」
ベルの強さには感服する。
その翌夏に彼は叔父と完全和解した。
それを聞いた俺はなんとなく面白くなかった。
俺の気持ちを読んだセキレイは俺に向かってニヤリと笑い、おもいっきり俺の脇腹をつねった。