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Phantom Pain 4

挿絵(By みてみん)


4、

 翌日放課後、アーシュは「イルミナティ・バビロン」のメンバーを、高搭の屋上へ呼び集めた。

 「イルミナティ・バビロン」は、一見普通の放課後倶楽部の集まりだが、学園が認める唯一の秘密結社である。 

 メンバーは皆、魔法力の高いハイアルトで構成され、学園内の揉め事を魔術と魔力を使い、目立たぬように片づけていく。

 以前から存続していたが、アーシュが中等部三年の時、これを心機一転させた。

 ハイアルトの能力向上を目的とし、その力で何ができるのかと、ひとつずつ自身に確かめさせる方法をとった。 そうして、アルトたちに根強く残るイルトへの従属意識を消し去ろうと図っていたのだ。

 高等部一年から4人、二年生7名、三年8名の十九名が現在の部員だ。


「突然だが俺は明日からしばらく魔法実習で学園を留守にするから、後はベルとリリに指揮権を預ける。何かあったら二人の指示にしたがって欲しい」

「しばらくって…どれくらいなんですか?アーシュさん」

二年のアレックス以下、すべての者が不安そうな顔でアーシュを見つめる。

「遅くとも卒業までには戻るよ」

「卒業って…今はまだ十月で…六月の卒業までは八ヶ月もあるんですけど…」

「そうだっけ?じゃあ、今年中に戻れるように頑張るよ」

 目的と結果の予測がまったく見通せぬ今、アーシュにも戻れる期日などはっきり公言できるわけがない。

 アーシュの言葉に部員たちがざわざわと騒ぎ出す。


「うるさいわね、あなたたち。アーシュがいないと何もできないの?あなたたちの魔力ってそんなにおぼつかないものなの?アーシュが帰ってくるまでちゃんと頑張るから、心配しないでいってらっしゃいって送り出すのが残った者の思いやりってもんじゃないの?」

 女子唯一のホーリーである、リリことリリス・ステファノ・セレスティナが、仁王立ちで部員たちに一喝する。普段はアーシュやベルに何かと突っかかることこの上ない彼女だが、イザとなると頼りになるのも事実だった。

「ありがとう、リリ。後のことは頼んだよ」

「別にあんたの為にやるんじゃないから、礼を言われる筋合いじゃないわよ」

「…」

 典型的なツンデレだと、アーシュとベルは顔を合わせた。


「それはそれとして…少し早いけど、来期の部長を決めておく。シエルとアレックスの二人を次期部長に指名する。もし学園でアルトとイルトのいざこざがあった場合、解決策はふたりで考えて決定してくれ。ふたりの意見が合わない場合は、どちらかの意見をミヒラが決めること。…異存はないかい?」

「わかりました。アーシュさん。俺、まだ未熟だけど頑張ります」

「私も、みんなと協力して平和な学園の存続に努めます」

「うん、よろしく頼むね、アレックス、シエル。みんなも持てる魔力は自分だけのものじゃないと自覚してくれ。魔力で人を幸せにできる事は少ない。でも不幸は避けることができる。魔法の可能性はまだまだ数多い。アルトの誇りを忘れないでくれ。イルトとの共存は重要だが、へつらうことも、また特別に矜持する必要もない。…俺たちの魔力ちからは大事な者を守るためにあるんだ」


 部員たちが搭を降りた後、アーシュとベルが残った屋上に、ひょっこりとエレベーターから現れた男子がいた。

「あ、スバルだ」

「…」

 同級生であり、ホーリーでもあるスバル・カーシモラル・メイエだった。


挿絵(By みてみん)


 スバルは引きこもりの為、自分の興味ある授業しか出席しないし、この「イルミナティ・バビロン」の一員だが滅多なことでは顔を出さない。

 亜人特有の顔つき、底の厚い眼鏡と黒髪をおさげにした表情のわかりにくいこの少年は、潔癖症のためか、人が多い場所には近寄りたがらない。

「わざわざ来てくれたのか?スバル」

 アーシュはエレベーターの扉付近でモジモジしているスバルへと近づく。ベルは反対に彼らとの距離を置く。

 そうしないとスバルが緊張して逃げ出してしまうことをアーシュもベルも知っている。

「あ、あの…アーシュに頼まれた奴…で、できた」

「あ?あれ、携帯魔方陣?」

「そ、そう。できた」

「もうできたのか?すげえな、スバル。見せてくれるかい?」

「うん」

 スバルは肩から下げたピンクのポシェットから、シルクの包みを取り出した。

「魔力を注ぎ込んだクオーツに水銀を溶かし込んで…呪文を描いたんだ」

 アーシュはスバルから受け取った包みから、中身を取り出した。

 透明な手の平ほどのひらたい円を空に向けてかざす。

 水晶に描かれた水銀が、太陽の光を通し、床に金色の光を放ちながら魔方陣を描いた。

「へえ~、こういう風になるのか。すごく綺麗だ」

「…アーシュが望んだのは次元移動だけど、これはそこまでの魔術を起す媒体じゃないよ。同次元の空間移動、それもせいぜい百キロぐらいと予測する…自分で試してないからわかんないけど…」

「充分だよ、スバル。ありがとう」

「…アーシュの魔力なら、倍の距離はいけるんじゃないかな…」

「そう。使うのが楽しみだよ。…ねえ、スバル、握手させてくれない?」

「え?」

「感謝の印と、友情の証に」

「でも…ボク…」

「これからも頼りにしてもいいかな?」

「…ボクを?」

「うん。スバルは他の者にない能力に恵まれている。それは誇るべき君の力だ」

「そ、そうなのかな…」

「スバルが一番わかっているくせにさ」

「…」

 スバルはおずおずと右手を差し出し、アーシュの握手に応えた。スバルにとってはアーシュへ精一杯の信頼を示したのかもしれない。


「スバル、この携帯魔方陣のお礼は何がいい?」

「お礼?」

「そうだよ。タダでもらうわけにはいかない。今後も色々と頼むかもしれないしね。君の欲しいものを遠慮なくどうぞ。俺にできる限りのことをさせてもらうよ」

「じゃ、じゃあ、あの…うぇ…」

「うえ?」

「ウェディングドレスが欲しいんだ。卒業式に着たいから…」

 頬を赤らめて下を向くスバルを、愚かだとはアーシュには全く思えなかった。逆にこの純粋すぎる心根をどうなったら他の者に理解させることができるのかと、考えた。

 兎も角、このオタク少年には、もっと多くの理解者が必要だ。


「了解した。…そうだな。スバルは亜人特有の骨灰磁器のような肌をしているからピンクのドレスなんか映えるじゃないかな」

「ホント?ボク、ピンク大好きだ!」

「そう、良かった。つうことで、ベルっ!」

 アーシュは大声で少し離れた後ろの壁に寄り掛かるベルを呼んだ。

「なんだ?」

「卒業までにウェディングドレスを一着注文するよ。君の親父かエドワードに頼んでくれないかな?」

「…」

「フリルが沢山ついたピンクのドレス。支払は出世払いだが、俺が必ず払うよ」

「わかったよ。スバルに似合う素晴らしいドレスを用意するように、言っておく」

「…」

「よろしく頼んだよ、ベル」

「俺は約束は絶対に違わない」

「と、言う事で良い?スバル」

「あ、ありがと、アーシュ…それと、ベル」

「どういたしまして。それより俺、明日からしばらく学園から離れるけど、ホーリーとしてスバルもたまには倶楽部に参加してくれ」

「…それって、命令?」

「いいや、スバルにお願いしているんだ。別に俺が居なくてもこの『天の王』が変わるわけではない。スバルの生活もね。だけどたまには違った景色も見るのも楽しいよ。そうだ。ドレスのデザインをリリに頼もう。あいつは流行に敏感だから、スバルに似合うドレスを考えてくれるよ」

「リリは…嫌がるよ」

「いいや、あいつは頭が良いから断らない」

「…?」

「ホーリーであるスバルの力を見損なってはいないって事」

「でもお、ボク、振られたし…」

「レズのリリには無理だろ。スバルは男の子だしな」

「…女装してもダメかな?」

「…たぶんね」

「残念だ」

「真に同情するよ」

「俺もアーシュと同じ気持ちだよ…」

 アーシュの傍らに立ったベルが、気の毒そうにスバルを見た。

 三人はお互いの顔を眺め、それから弾けるように笑いあった。


 スバルを見送った後、ベルは溜息をついた。

「アーシュがあいつにこだわる理由は、あいつがホーリーだからか?」

「それだけじゃない。俺はスバルの友達になりたいんだ。そして俺以外の者が、もっとスバルを理解して欲しいと思っているだけだ」

「…アーシュがこの世界の魔王になったら、この世の中の人間は生きやすくなるかもしれないな」

「ベル。俺がそんなことを望んでいないことぐらい、君が一番知っているだろう?俺は自分の興味ある者の人生にしか関与しない。それ以上のことなんか知るもんか」

「…そりゃそうだろうけど…」

 ベルはアーシュが思うほど、アーシュを過小評価できずにいる。

 世の中が、この魔王アスタロトに未来を委ねることを求めるならば、彼はそれに応えるだろう。

 何故なら、アーシュの求める本質は人間への愛だからだ。



 陽が落ちかけた頃、早めに夕食を済ませたアーシュは、普段着に着替えて聖堂へ向かった。勿論、ベルはアーシュを見送るために付き添った。

 聖堂の中へ入ると、すでに学長であるトゥエ・イェタルが、待ち構えていた。

「忘れ物はないかね、アーシュ」

「はい。用意するって言ってもアスタロトの指輪だけで、後は別段必要ないもの」

「そうだね。魔王である君には魔法道具も、使い魔も必要ではない。ああ、その眼鏡もいらぬものだろうから、預かっておくよ。この学園には君のその美貌は毒にもなるが、ここ以外で君の麗しい容貌を隠す必要などないからね」

「…適当なことを真顔で言わないでください。大体、眼鏡ぐらいで俺の美貌が変わるかよ」と、不機嫌に言いつつ、アーシュはトゥエに眼鏡を渡した。

「やはり、眼鏡のないアーシュは…あまりに見目麗しくて…なんとも言い難いね」

笑いを堪えつつも、うっとりとした口調のトゥエに、アーシュは突っかかる。

「クソ親父、殴るぞ~」

 二人の会話は仲の良い親子の模様だと思えばそう見えぬこともなかったが、別れの寂しさを紛らわすためなのだろうと、ベルは黙って見守っていた。


「じゃあ、俺、そろそろ行くよ」

「もう少し待ってくれないかい?アーシュ」

「え?」

 その時、聖堂の扉が開き、二つの影が走り寄ってきた。

 

「学長、遅くなりました~」

「おひさしぶりです」

 近寄った馴染みの二人見て、アーシュは驚いた。

「キリハラに…メルじゃないか」

「やあ、アーシュ。ごきげんよう。一年ぶりかな。元気そうで何よりだよ」

「な、何しに来たの?」

「何しにって…学長、まだ話していないんですか?」

「うん…ああ、アーシュ。君の旅には案内人が必要だと思ってね。キリハラ先生にメルを呼んでもらったんだよ」

「え?…それって」

「そうだよ、アーシュ。君の行くところに僕も同行させてもらうことになったんだ」

「ちょ…聞いてねえし~」

「どこの次元かもわからない場所に行くのだから、水先案内人カノープスのメルキゼデク・カミオ・ユージンは君の頼もしい助っ人になるだろう」

「いえ、俺ひとりでいいんですけど…」

「アーシュ、遠慮しないで。僕が君を守ってあげるからね」

「…は?」

「ちょっと待てっ!メルがアーシュと行くなら、俺も行く」

「ベル?おい、ちょっと…」

「メルとふたりきりになるのを、見過ごすわけにはいかない。ルゥとも約束したからな。俺がメルからアーシュを守る」

 アーシュはベルの右手の中指に紫水晶アメジストの指輪があることに気づいた。普段は指輪などしたこともないのに、今に限ってトゥエからもらったという魔力の指輪を嵌めているのだ。

(まさかベルの奴、初めから俺に付いてくるつもりでいたんじゃないだろうな)

 アーシュはなんだか段々とおかしなことになり始めている様な気がしていた。

「いやいや、俺、別にあんたらふたりとも全然必要ないけどね。…つうか、キリハラ、あんたまでなんでここに…まさかあんたも一緒にくるつもり?」

「もちろん!」

「はあ?」

「嘘です。ただのオブザーバーです」

「…いいかげんにしてくれよ。遊びじゃないんだからなあ~」

「アーシュ。メルは私が頼んだんだ。きっと君の役に立ってくれる。それにベルにも一緒に行ってもらいたまえ」

「トゥエ…」

「アーシュには心の支えになる者が必要だよ。アスタロトでない君を、自身に引き留めておく力を親友は持っている。ベルにも十分な魔力は備わっている。信じてあげなさい」

「…」

 アーシュはベルを見つめた。絶対に志を曲げない想いを、アーシュが変えることなどできない。

 トゥエがベルを付き添わせる意味をアーシュは理解した。

 ベルがアーシュを守る為ではなく、アーシュがベルを守る事がアーシュ自身を守る事になるのだ。

(俺が戻る意思を失わない為に、ベルとメルが居てくれるのなら、その意味は大きいかもしれないな)


挿絵(By みてみん)


 

 三人は金色に輝く魔方陣の中へ移動した。キリハラが用意した魔力の杖バクルスを中心に添え、それぞれの手で杖を掴んだ。

「次元の狭間で迷い子にならないように、皆でその杖をしっかり掴んで放さないことだよ」

「行き先はアーシュの身に着けた指輪が導いてくれるでしょう。魔王アスタロトの居た場所を知る唯一のオーパーツですからね」

「わかりました。では、行ってきます」

「アーシュ、重々気をつけて。メル、ベル、アーシュを頼みました。三人とも必ずここへ帰ってくるのですよ」

「はい」

「必ず戻ります」

「心配しないで、トゥエ。大丈夫だから…」

 三人を囲んだ魔方陣がより一層の輝きを増した。

 直後、三人の姿が光と共に天井に向かって浮かびあがり、そして薄れつつ消えていった。


「…行ってしまいましたね」

「そうだね…」

「寂しいですか?トゥエ」

「…どれだけ覚悟をしても、どれだけ繰り返しても、飛び立つ者を見送る方は辛いものさ。ましてや、アーシュは特別な子だったのだからね」

「トゥエ…ねえ、私の部屋へ来ませんか?とっておきの秘蔵の清酒があるんです。一度飲んだら涙が止まらないそうですよ」

「興味深い酒だね」

「今宵は一晩中付き合いますよ。なんだったら、私の胸を貸してもいい。いつも私の泣き事を聞いてくれるお返しです」

「ああ、そうしてくれるとありがたいよ、カヲル」


 トゥエ・イェタルは、旅立った三人の誰よりもこの旅の行く先が容易ではなかろうと感じていた。

 魔王アスタロトが忘れ去った代償を、アーシュが払わなければならないのだ。


(かの地がアーシュにとって良き故郷になってくれれば良いのだが…どちらにしてもあの子の事だ。簡単には戻れまい)

 

 キリハラに促され、トゥエは聖堂を後にした。

 黄玉の魔方陣の光は消え、役目を果たした満足からだろうか、ただ静かな眠りにつくのだった。


挿絵(By みてみん)

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