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This cruel world 15

挿絵(By みてみん)

15、

 時折、アスタロトは悪夢にうなされる。

 ふと、第一惑星ズヒュメルの二神の死に様が、昨日のことのように脳裏に浮かび上がるのだ。

 一千年以上生きてきた中で人間の死など、数知れず焼き付けてきたはずなのだが、自分と同じ神の「死」を目の当たりにしたアスタロトは、恐怖よりも気持ち悪さが先に立つのだった。


「…アーシュ、大丈夫か?」

 アスタロトが目を開けると心配そうなイールの顔があった。

「…」

 まだ夜は明けていなかったが、いつもの見慣れた寝室だった。

「ひどくうなされてたよ。また例の夢を見たのかい?」

 汗を掻いたアスタロトの額を拭いながら、落ち着かせるようにイールはアスタロトの背中をさすった。

 アスタロトは我知らず、イールにしがみついていたのだ。

 イールのぬくもりでやっと夢から覚めたアスタロトは、しがみついたイールから離れようとはしない。

 アスタロトは未だに、イールの優しさにべったりと甘えるクセが抜けないでいる。

 イールも甘えさせる事で必要価値を見出しているから、上手い具合にふたりの相互依存は成り立つのだが。

 アスタロトはイールを覗き見るように少し顔をあげ、キスを求めた。イールはこの上もない優しさで、それを返す。

 アスタロトは安心したように、やっと破顔一笑した。


 バルコニーに出たふたりは、二人掛けのチェアーに寄り添って、夜明けを待つことにした。

 この崖の上に立つヴィッラで見る景色は、地上のどこよりも遥かに空気が澄んで美しい。

 闇に包まれた大地に、遠くの地平線が少しずつ明るい紫色に変わっていく様は、今日の始まりを祝福しているように思えてならなかった。

 アスタロトはこの景色を失うのが怖かった。同時に飽きてしまう時が来る事もわかっていた。

 (すべては永遠でないからこそ、美しく感じるものではないのだろうか…)


「ねえ、イール、君は怖くなかった?」

「なにが?」

「…セキレイが死んだ時、金の砂になったと言ったね。君の腕の中で…崩れ落ちる様を見て…」

「…恐ろしかったよ。…恐ろしかったけれど、見届けなければならないと自分に言い聞かせた。昔…私達の教師であったセラノは私達に自分の死を見せて、悲しみというものを修学しろと言った。私は彼の教えを忘れたことはない。…セキレイはとても大事な家族だった。だからどんなに辛くても見届けようと思ったんだ」

「君は強いね。僕はダメだ。とても怖い…ズヒュメルの二神が消えていく様は…あの神が言ったように僕たちの未来図なのだろう。ミセリコルデ(慈悲の剣)の剣がその胸を貫き、二神が重なり合い、そして身体が少しずつ金砂になっていく様は、異様だったけれど、美しかった。僕達もああいう風に崩れ落ちていくのかと、恐怖しながらも、また別な意味で『無』になってしまえるふたりを羨ましくも思えたんだ。それが…僕にはとても嫌だったんだ」

「…嫌だったのか?」

「そう、矛盾しているだろ?『不死』である自分が嫌で、死ぬことを待ち望んでいると言ってもおかしくない僕なのに、ああいうふうに死ぬのは嫌だと言っている。不愉快極まりないね。そして、死ぬ事の仔細まで自分の思い通りにしなければ気がすまないなどと我儘を言っている…と、しか回りには…天の皇尊やミグリには受け取られないだろうからね」

「じゃあ、君はどんな風に『死』を迎えたいと思うの?」

「そうだね…例えば人間の寿命は短いけれど、順調にいけば、身体も精神も成長し、それが老化して『死』を迎える。それはとても自然で美しく思えてしまうんだよ。心臓が止まって、魂が身体から去ってしまっても、金の砂のように消えてなくなったりしない。焼いて灰にするにしても、土に埋めて肥やしになるにしても、海の藻屑になるとしても…なんとなくね、生きた『誇り』を感じるんだ。そういう者になりたい…」

「君は…人間になりたいのか?」

「期限付きの寿命って憧れたりしない?」

「…しないよ」

「もううんざりするほど生きたから、そろそろ人間にでもなりたいって僕は思うんだけど…」

「神になりたがる人間は数知れずいるのかもしれないけれど、人間になりたがる神は、きっと君だけだと思う」

「それ、褒めてるの?」

「まさかっ!バカだと言っている。だがそういうバカなアーシュが、アーシュたる由縁なのだから、私は否定しない」

 真剣な眼差しのイールを見て、さすがにアーシュも声を出して笑った。

「あはは…やっぱりイールは最高だ。最愛の僕の恋人だ。大好きだよ」

 笑われたイールは憮然としたが、それでもすっかり気が晴れたアスタロトに心から安堵した。


「やっぱりアーシュはそうやって笑っていたほうがいいね。いつまでもくよくよ思い悩むなんて君らしくないよ」

「やっぱりってさ…イールは僕が何も考えなしみたいに思っているわけ?」

「私はアーシュを無類の楽観主義者と讃えているのだから、その威光を消さないでくれたまえ」

「…ひどいなあ~イールは」

 イールの精一杯の励ましはアスタロトを癒し、イールの存在こそが、アスタロトが神という役目を続けるエネルギーとなっていた。



 イールはアスタロトに前のように異次元へ遊興することを勧めた。

 イールとしては常に傍にいて欲しいという本意とは別に、アスタロトには息抜きが必要だとわかっていた。

神として存在する意義に疑問をもっているアスタロトに、クナーアンに縛りつけ、神の役割を強いることは、これから生きる長い未来のことを思っても辛いばかりであろうと、イールにもわかっていたのだ。

「いいかい。七日間経ったら戻って来るんだよ、アーシュ」

「わかった」と、アスタロトはニッコリと微笑む。

 (まるで幼い子供にお使いを頼むようだ)と、イールはなんとも心細い気がする。仕方なく笑い返すと、「今、君、僕のことを子供みたいだと思っただろう」

「…私の心を読んだのか?」

「いや、顔に書いてあった。本当にアーシュは手のかかるやんちゃ坊主だって」

「…わかっているなら、手を焼かさないでくれ」

「君は僕の保護者だからね」

「保護者?」

「そう。どんなに僕が悪さしても目を離さず、僕を一生守り続けることに生き甲斐を感じている損な役回りだ」

「…呆れるほどに同意するよ。君の身を案じない日は、私にはきっと一生来ないだろう。君がその事を忘れないよう願うだけだ」

「忘れるもんか。僕にとってイールは消えない灯火だからね。どんな闇でも君の姿を見失う事はないんだ。だから絶対迷子にはならないさ。ちゃんと約束の日に帰ってくるよ」

 手を振って次元の彼方へと消えていくアスタロトの姿を見送るイールは、いつも不安になる。

 アスタロトが約束を破ったことなどないのに、何度もこうやって送るたびに、あと何回繰り返せばアスタロトの気が済むのだろうと、イールは気を病むのだ。

 (バカなのは私の方だな。自分で勧めておいて気落ちするのだから…)

 イールの不安は、アスタロトの姿を見るまでは消え去ることはない。だからアスタロトが約束どおり帰ってくれる当たり前のことが、イールにとっては心から感謝したい気分になるのだ。



「色んな次元を渡り歩くけれど、彼の地の魔術師って面白いよ」

 異次元から帰ってきたアスタロトは、色々な土産話をイールに語って聞かせる。

「何が?」

 アスタロトがお土産に持ち帰る美しい早緑のお茶はふたりの好物だ。それを白磁のカップに注ぎ、ふたりだけでゆっくり味わう時間が好きだった。

「面白いっていうか…魔力を持った人間と持たない人間の関係が面白い」

「どんなふうに?」

 イールにとって異次元の話など、さほど興味はないが、アスタロトが一生懸命話す姿は、見ているだけでも一向に飽きない。

「うん。魔力を持たない人間が魔力を持った人間、まあ、魔術師ってことだけど。その魔術師を支配するんだ」

「支配?」

「コントロールできる強制力を持っている。全部の人間ではないにしろ、魔術師を好きに扱える。そして魔術師は自分を支配する人間に逆らうことが出来ない。…ね、面白いだろ?魔術師は特別な力を持っているのに、魔力を持たない人間に対して、その力を使えない。そういう主従関係が成り立っている。全部じゃないけれどね」

「つまり…魔力をもたない代わりに、魔力を持つ者を従わせる力を持つってことだね」

「お互いが上手く生きていく関係を保つだけなんだろうけれど、僕に言わせれば、魔術師が自分自身に抑制力の魔法をかけているだけだと思うけれどね」

「いくら人間でも、それぐらいは気がつくだろう」

「神レベルの強制力を持つ魔術師が居るのなら、遺伝子レベルで操作は可能だろうけどね」

「…そこまでやる必要性は?」

「さあ、彼の地の黄金率みたいなものじゃない?どっちにしろ、異邦人である僕には関係ないけどね」

「そう言う君が一番危ない。その神の座に君が取って代わる気があるんじゃないのか?」

「まさか。神の座なんて売って差し出したい気分なのにさ。それよりもさ、良い話があるんだ」

「まだあるのか?」

「うん。人間になれるかもしれない」

「…(またその話か)」

「彼の地ではモーションピクチャーっていうね、遊興があるんだ。暗い部屋で白いスクリーンに映し出された動く映像を見るんだ。それぞれに物語があってね。面白いよ。ありえない話もトリックを使って映像にしてみせるんだ。死体が生き返ったり、人造人間を作ったり…そういうのってありえるって思わせるのが良いね」

「それで人間になれるかもって思ったのか?」

「僕は魔術師だもの。魔法を使って人間になるさ」

「そんな魔法があるの?」

「思案中」

「…」

 冗談にしてはふざけた様子は見当たらないアスタロトにイールは不安になった。

 アスタロトの魔力はイールの理解するところではない。

 彼は特別な力を持っていた。

 軽々と次元の扉を開け、思うように飛び、自分の姿を消すことも、人の目をくらますことも、その命を奪う事も簡単にできた。

 イールもまた強い力を持った魔術師ではあったが、アスタロトほどではない。

 これは惑星クナーアンに魔力を必要とする機会はそれ程必要でなかったからであろう。


「アーシュ、君がそれほど人間をうらやむ気持ちが私には理解できないよ。人間はたかだか五十年ほどしか生きられないんだよ」

「彼の地ではもっと長生きする人が多くいるけどね」

「それでも…何百年と生きる人間はいないんだろう?君が人間になってしまったら、私はどうなる?君を失って…ひとりで生きていけというのか?」

「イールも一緒に人間になればいいじゃないか」

「…どうしてそんな結論になるんだよ。我々はこの星の神だよ。いくら君が概念になればいいって言っても…我々はこの星の為に作られたものだ。人間として生きるなんてとんでもない話だ」

「彼の地にはね、ある程度仕事をして年を取ったら、後はもう楽に遊んでいいという法律もあるんだよ。僕等も、もう神としての役割も充分果たしたし、後は人間が決めることだと思うから、好きに生きてもいいと思うけどなあ。このまま生きていたって、ズヒュメルの神のようになるだけじゃん」

「そうなるとは限らない」

「イールの両親だって、精神が力尽きて死んでいっただろう?あれが神の最後の姿なんだよ」

「君の両親、第二惑星リギニアの二神はご健在だし、二千年も経つのにその統治も安定しているじゃないか」

「彼らは昔から安穏としていた。自分達には周りの時間がゆっくりと進んでいるように見えるから、気苦労もないんだろうね」

「…」

 (安穏としているのはおまえの方だ、バカ。何が人間になるだ。冗談ならまだしも本気で言うアーシュの気持ちが許せない。第一人間にでもなったら、私達はどうなると思っている。死んだら…消えてなくなるんだぞ。お互いの心も身体も離れ、睦み合うことも言葉を交わすこともできなくなるんだぞ。それさえ構わないと言うのか?アーシュ)


 イールはいつの間にかイールの膝を枕にして気持ち良さ気に目を閉じるアスタロトが憎らしくなり、頭を叩き、そのまま立ち上がった。

「痛いっ!」

「当たり前だっ!人間になりたいなど二度と私の前で言うな」

「…え?」

「そんなになりたきゃ、アーシュひとりでなればいい。私は絶対に嫌だ」

「…」

 (そんなに怒る事なの?) 

 アスタロトは怒り心頭で背を向けるイールが理解しがたく、ポカンとした顔で部屋からでていくイールを見送った。



 結局、その後も夢心地で「人間になるための魔術論」を力説するアスタロトの呑気さに、イールは憤慨している自分が馬鹿馬鹿しくなり、終いにはアスタロトと一緒に話に夢中になってしまうのだった。




挿絵(By みてみん)

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