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This cruel world 14

挿絵(By みてみん)


14、


 セキレイが死んだ悲しみに浸り、散々と自分を責めた後、アスタロトは死んでしまったセキレイを羨ましく思った。

 同じ天の皇尊に作られた身でありながら、不死ではなかったセキレイと、まだ生き延びている自分と、どこが違うのか…

 天の皇尊は、神々を不死といいつつ、ミセリコルデ(慈悲の剣)で死ぬ事を許している。

 それは天の皇尊は、神々が「死」を願うことを知っているという事ではないのか。

 生なるすべては始まりがあるように終わりもある。

 宇宙も星も同じだ。

 もともと「不死」などありえないのだ。

 「不死」という名の概念を変えてみるといい。

 「神」は「不死」である。

 だが「神」は存在してもいなくても、概念として存在すれば、人々の魂の寄る辺になる。

 それが「不死」と同じ意味になるではないか…

 そこまで考えてアスタロトは、はたと気がついた。


 (これではまるで…「彼の地」の様がこのハーラル系が行き着く未来図ではないか…神の存在しない、いや概念として信仰する人々。だがその信仰さえまったく彼らの生活と隔たった無意味に思えるほどに、矛盾した作り物だ。彼らは神を信じながら、神への忠誠を誓いながら、自分のエゴにだけ忠実に生き続けている。あらゆる歴史の過程において、おれはそれが愚かだと思っていたけれど、それは人の当然の歩みではないのか…人間というものの生き方の本質がアレであるなら、神という概念だけを植え付け、後は人類にまかせるしかないのではないのか…彼らは神の実像を求めてなどいない。

 良き星の統治とは、民が集う豊かな地上を作り上げることだ。神は、その為だけに存在するのだと天の皇尊は我等に下した。ならばその役割が終われば、この星もまた…実在する神などいらないのではないだろうか…)

 

 アスタロトは、部屋にいながら、鏡の奥を覗くようにハーラル系の惑星すべての神々を眺めた。

 目の前に手をかざし、それを望めば、アスタロトには見ることが出来た。

 ハーラル系の惑星の神々は年を取っていた。

 いや、見た目は変わらない。だが、精神力が失われつつあった。

 彼らは神殿から身を動かそうとはしなかった。

 イールの母星であるディストミアはすでに新しい神の二体が生まれてはいた。が、その二体は幼い少年と少女のようであり、彼らは極めて美しかったが意思を持たず、空気のように存在していた。

「…イールにはとても告げられない話だ」と、アスタロトは苦々しく笑った。

 あれ程賑わった惑星間の移動すら、今は殆ど無いと言う。

 ハーラルの人々は昔のフロンティアスプリットなど忘れ、安定した生活を求めているのだろう。

 

 部屋から出たアスタロトは、ただひたすらに自分を心配し、待っている世話人や神官、なによりイールに対して何からどう説明すればいいのかわからなくなってしまった。

 自分自身の存在価値を教えることから始まり、クナーアンの未来を告げ、アスタロトとイールの為に働く者の進退を考え、神の威光を知らしめながらも、その存在を概念に変える為にすべてを終わらせ、始めなければならない。

 それを、どうやって彼らにわからせることができる。

 自分達の信じたもの、そして目の前に在る神々の存在を否定しなければならなくなる。

 何よりも神として申し分ない勤勉で従順なイールが、その存在を否定するアスタロトの申し出を享受することは、到底無理なからん事態だろう…と、アスタロトは思い悩んだ。

 だから何も言えなかった。

 無論アスタロトの出した結論でさえ、決定的な根拠もなく、推論の域を出ることはなかったのだから。

 

 イールはセキレイを失った悲しみがアスタロトを憂鬱にさせているのだと思った。

 今では彼を責めた事も後悔していた。

 イールがそうであるように、アスタロトもセキレイを家族として何よりも大切に愛していたのだ。

 イールが許せなかったのは、彼が居て欲しい時にいなかったことだけだった。

 その想いさえもアスタロトに届かないことがはがゆくもあり、虚しくもなるのだ。

 愛す分だけ愛してくれ…とは言えない。

 愛するという想いは自分のものであり、アスタロトに強要するべきものではないからだ。

 だが実際、イールはアスタロトよりずっと見聞は少なく、視野も狭いのだから、多くの感情がアスタロトひとりに向いてしまうのは仕方のないことだったと言えよう。


「アーシュ…ごめん。君ひとりを責めているわけではないんだ。寿命とはいえセキレイをひとりで見送る覚悟が、無かったんだ…」

 項垂れるアスタロトの背中をイールは撫でた。アスタロトはイールに寂しく微笑み、その細い身体をイールに預けた。

「世界で…ふたりだけになってしまっても、イールは僕を愛してくれる?永遠に…」

「私にはアーシュしかいない。何度も言うよ。私は…君以外のものは求めない」

 イールの求愛をアスタロトは素直に受け入れる。

 セキレイの死の間際に傍にいられなかったことを素直に謝り、イールを悲しませた事も反省した。

 アスタロトのイールへの愛は、純粋で深いものだった為、イールを悲しませたことが、アスタロト自身をなにより傷つかせることになるのだった。

 

 

 数日後、思いもかけない事件が起こった。

 第一惑星のズヒュメルの神ビュンケルが多くの民衆を惨殺したのだ。

 それをアスタロトは夢見で知った。イールに問うと、同じ夢を見たという。

 その後、神官からの情報で、正夢であったことが判り、今やズヒュメルに住む半分近くの人間が殺され続けていると知った。

 イールとアスタロトはただちに次元のゲートを開くように命じ、逃げてきた難民はすべて受け入れるように手配した。

 イールは引き止めたが、アスタロトは自分の目で確かめなければ納得がいかないと言い張り、ひとりでズヒュメルの地に降りた。


 破壊され砂埃の舞う神殿には人影はなかった。ただ昇殿の大柱に座り込んだひとりの男を見つけた。

 アスタロトは近づき、初めてズヒュメルの神の姿を見た。

 肌の色も身体つきも自分とは違った、だが端整な姿をした男神であった。

「お初にお目にかかる。我はクナーアンの神、アスタロトである。一体このズヒュメルで何があったのかをお教え願いたい」

「…この星の者でないおまえに何の関係がある」

「大いに関係がある。この惑星はあなたのものだろうが、民はそうではない。彼らはハーラル系の人間であり、どの星に住むも自由なのだからな」

「では、俺に残されたものは何なのだ?…なにもない。この両手に勝ち得たものなどなにもないではないか…」

「あなたは神として間違った行いをしている。これはあなたの意思の問題ではない。理由も無く罪なき民の命を奪う権利は、神であっても許されることではない」

「無駄ですよ、クナーアンの神」

 ゆっくりと昇殿を昇っていくのは、もうひとりのズヒュメルの神、コトカだった。

 長身で痩躯。腰まで長い白髪に金色の瞳をした美しい男神であった。

「その男は狂っているのです。何を言っても無駄です」と、アスタロトに近づき、見目に似合った透きとおる声音で、コトカは穏やかに囁いた。

「あなたは…彼の半身なのでしょう?何故、この狂乱した神を止めることができない」

「それは…」

 コトカは忍び笑いをした。

 そして「私も狂っているからでしょうね」と、言った。

「大丈夫ですよ。呆れるほど殺戮を繰り返したから彼もそろそろ満足したでしょう。後は…こちらで始末しますから」

 コトカはアスタロトにニコリと笑い、袂から剣を、ミセリコルデ(慈悲の剣)を取り出し、座り込んだままのビュンケルの心臓に躊躇無く突き刺した。

「さあ、我が半身。永久に愛する恋人よ。共に消えましょうぞ」

 苦悶に悶えるビュンケルの身体をしっかりと抱いたコトカは、「さらば、クナーアンの神よ。これが神である者の末路です」と、叫んだ。

 ふたりの神々の身体はゆっくりと溶け、金の粉になり、風に舞い上がり、天へ戻っていった。

 それを見つめるアスタロトの胸を埋め尽くした感情は恐ろしいほどの…絶望。

 そして何よりも、憧憬だった。


 第一惑星のズヒュメルに再び神は降りなかった。この星の住民が神を求めなかったからだ。

 この星の神は、狂った殺戮者として、もっとも憎むべき概念となった。



 幾年がか経った。

 アスタロトはこの数年間で神殿で暮す神官や世話人の人員を大幅に減らした。若い者たちには土地を与え、独立するように薦めた。

 イールは訝かったが、アスタロトは「ふたりだけの為に多くの人を神殿で働かせるなんて不経済だし、彼らの為にもならないよ。僕等の世話は最小限であるべきだ」と、諭した。

 そして年を取った数人の神官と、彼らの料理人と世話人を残しただけにした。

 また人々が神殿へ拝謁に来る日を少しずつ減らし、神の実像を人々の目から遠ざけた。

 その意味をイールに問われた時、アスタロトは言った。

「君は言ったじゃないか。神は人間に崇拝される存在でなければならない。神は人間を等しく愛さなければならない。また神は傍観者でいなければならない。…僕はその言葉のまことの意味を現実にしているだけだと思うが…イール、僕は何か間違っていると思うかい?」

 イールはその言葉のまことの意味を問うことを怖れた。

 遅かれ早かれ、イールにさえ神々の存在意義を疑う時が来るのがわかっていたのだから。


 アスタロトがクナーアンの地上の人々を想う時、彼らの愚行や誠実さやいたいけな感情を想う時、説明できない涙が零れ落ちる。

 それは彼らへの愛であり、何もできない自身への怒りであり、未来への感傷であった。

 ただ眺めることしかできない自分達の役目が、辛く、しかしそれが彼らの求めていた楽園であるならば、そうあるべきだと、己を慰めた。

 

 クナーアンに住む者はこの星を「神々の恵み高き楽園」と、呼んだ。

 すべての力を持ちながら、何もできぬ神であるアスタロトにとって、それは「残酷な世界」でしか無くなっていた。


 


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