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This cruel world 13

挿絵(By みてみん)


13、

 近頃、アスタロトは機嫌がいい。

 クナーアンの政情がそれなりに穏やかであることも要因のひとつだが、冒険の旅と称して、次元を超えて好きな場所へと足繁く通う。

 「senso」を得て宇宙空間に漂った楽園さえも使わず、アスタロトは難なく次元の扉を開け、クナーアンの、それも神殿から昇殿へ上がる途中の広間に扉を繋げ、そこからあちらこちらと出向いているのだ。

 イールが咎めようとしても、アスタロトは聞く耳ももたない。

 もとよりイールにはそれを試す方法も魔力も無い。

 他の次元に行こうという気もないから、イール自身興味は全くないが、アスタロトにしかできないことを、目の当たりにすると、さすがのイールも面白くはない。

 アスタロトはというと、そういうイールの繊細さをあまり気にも留めない性質たちだ。

「一緒に行こうよ」と誘っても頑なに断るイールの意固地さを責める始末だった。


「ほら、見てよ。この服奇妙な形だろ?ここの部分にフリルがついててさ。腰も袖も窮屈で動きにくい。でもこれが綺麗に見えるんだってさ」

 彼の地から持ち帰った服を身にまとって、アスタロトはイールに見せ付けている。

「君の好奇心を満足させられる場所が見つかって良かったね」

 皮肉のひとつでもアスタロトに言わなけりゃ、イールの気が治まらない。

「そうなんだよ、イール。凄く面白いんだ。そこに住む人間はこちらと全く変わらない。精神も文化もあまり隔たりはない。だけどね、その世界には神は存在しないんだよ」

「へえ~…」

 皮肉さえ気づかない程に夢中にさせるものの存在をイールが好ましく思うわけがない。

「だけどね、神は存在しないのに神の概念は信じているんだよ。面白いだろ?」

「神の姿を見たこともないのに、信じているわけ?」

「そうなんだ。それもひとつの神じゃなくてさ、土地土地でそれぞれ違った神の形が無数にあるんだ。彼等は存在しない神の概念だけを信じて、願い祈り、救いを求める。そして、その宗教観の違いで、お互いに戦争を繰り返しているんだよ。全く持って愚かとしか言えないよね」

「宗教?神を信仰する教義のことだね」

「そう。それぞれの信仰の神がいて、それぞれの民が自分の信じる神が一番正しいと信じ、他の宗教を一切認めないから争いが起こる。歴史はそれを延々と繰り返している。彼の地の人々の愚かさと比べたら、クナーアンの民がどれ程マトモか…感動さえ覚えるよ」

「じゃあ、君はそういうくだらぬ場所へはもう行かないでも良いのじゃない?だってクナーアンに齎す智慧はないのだろう?」

「いや、それが中々面白いんだよね。だってさ、人が想像しうる物語としては最高に面白いじゃないか。それに彼等には、このクナーアンの民には無い能力があるんだ」

「どんな?」

「魔力だよ。…魔法。僕等神々しか持てない力を、彼の地の人間は持っている。勿論一部の限られた人間であるけれどね。つまり、神はいなくても彼等が神になれる資質はあるってことかもしれないね」

「…どっちにしろ、私たちハーラル系の者には関係のない話だよ。アスタロト、君はこの星の神であることを忘れているのではないだろうね。神官たちも君がこの星を離れて、異次元へ行ってしまうことを不安に思っている」

「…イール。彼の地では、僕はひとりの人間として存在しているに過ぎないんだよ。神の力を見せ付けたりしていないし、目立たぬようにしてるよ」

「君が目立たないようにしていても、周りの方で目立っているさ」

「そう、怒りなさんな。気分転換のうさばらしをしたおかげで、こちらでの神様業もやる気満々なんだからね。じゃあ、我が愛するクナーアンの民の様子を伺ってくるよ。おいで、セキレイ」

 言い終わるまもなく、セキレイを伴って、あっという間に空へ飛んでいく。

 あの変な服を着たままで…

 見送るイールも無理矢理に着させられた窮屈な服をどうしたものかと、袖のフリルをひらひらと振ってみせる。


 このように調子のいいアスタロトだが、言葉通り、クナーアンの神として地上への恵みを齎す役目を滞りなく努めている姿に、誰一人文句などあるはずもない。

 


「イール、聞いてくれよ。友達が出来たんだ。伯爵という男だ」

「はくしゃく?」

 窮屈なフリルの服が飽きたのか、今度は黒色一辺倒の服を着たアスタロトは、ステッキを回し、はしゃいでいる。

「そう、彼の地では多くの土地は王が治めていて、王から順に特権階級があるんだ。伯爵というのは…まあ、良い地位を与えられている方だろうね」

「…君はその男が気に入ったのか?」

 彼の地の行政などに興味のないイールは、憮然としてアスタロトを睨んだ。

「は?なに?…イール、妬いてるの?伯爵って老人だよ?そりゃ、とっても良い人間だし、僕も彼の地では人間のひとりとして接しているから、伯爵を友人と思っているけれど、イールが妬くような感情は一切ないよ。僕にはイールだけって何度も言ってるだろ?」

「君が…不安にさせるんだろう?…私を置いて、自分だけ楽しんで…」

「だから一緒に行こうって言ってるじゃん」

「私は、このクナーアンの神だ。この星を見守るのが私の神としての在り方だし、生き方だ。私は…どこも行きたくない…私は…」

(君だけ傍にいてくれたら、それでいい…)

 アスタロトを独り占めにしたいと思いつつ、イールはアスタロトの奔放さをこの上なく愛し、憧れ、キラキラと目を輝かすアスタロトに枷を繋ごうとは思いもしなかった。

 


 アスタロトはこの伯爵という老人が気に入ったようで、毎年、決まった頃になると彼の地へ会いに行った。そして帰りには必ず贈り物を持って帰る。

「伯爵からのお土産だよ」

「私に?」

 アスタロトからイールへ渡されたのは、美しい細工を施した銀の腕輪だった。

「そう、イールにだ。クナーアンには無い珍しい天光石をはめ込んだ銀の腕輪だよ。伯爵にイールの好みを伝えていたから、腕のいい細工師に作らせたらしい。着けてみてよ」

「…」

 なんとも複雑な気持ちはしたが、腕輪をしたイールに「わあ、良く似合うよ」と、無邪気に喜ぶアスタロトを見ると、満更でもない。

 


「伯爵が死んだんだ…人間だから死ぬのはわかっているけれど、やっぱり寂しいね」

 伯爵と知り合って十数年経った頃だろうか、しょぼくれたアスタロトが彼の地から帰ってきた。

 がっくりと項垂れたアスタロトを見ても、イールは今度ばかりは同情する気にはならなかった。

「セキレイが死んだよ」

「え?」

「私は止めたよね。セキレイの様子が変だから、外には行くなって。君はそれを振り切って彼の地へ向かった。…セキレイは君に会いたいと何度も私に言った。私は何度も…君を呼んだんだ。だけど君は帰ってこなかった…」

「どうして?…セキレイは神獣だろう?不死ではなかったのか?」

 アスタロトは何が何だかわからぬ様子で、イールに問いただした。

「不死であろうとなかろうと…セキレイはもう…いないんだよ、アーシュ。私の腕の中で…金の流砂になり、空に舞い散っていったんだ…」

 悲しみに耐え切れずイールは涙を零した。アスタロトはイールの涙を見つめながらも、まだ信じられなかった。

「セキレイが死んだだと?…そんなことを信じられるものか。アレは天の皇尊から授かった…『不死』の生き物のはずだろう…金の流砂だって?嘘だろ…」

 イールはセキレイがしていた首輪をアスタロトに渡した。

 何百年も昔、セキレイの為にふたりで懸命に作ったなめし皮の首輪だ。セキレイと二人の名前が刻んである。

 アスタロトはその首輪を受け取り、自分の部屋に閉じこもった。そしてそのまま出てこなかった。

 神殿の世話人たちはアスタロトを心配したが、イールはほおっておくようにと命じた。

 

ふたりにとってセキレイがどんな存在であったのか、その重さをアスタロトは知るべきだと、イールは思っていた。きっとアスタロトは部屋で泣き臥せっているのだろう。

 どんなにアスタロトが泣いていても、後悔しても、セキレイは帰ってこない。

 セキレイへの愛を感じるのならば、アスタロトはその責を負わねばならない、と、イールは思っていた。

 五日後、アスタロトは部屋から出てきた。

 彼の目は真っ赤に腫れ上がっていた。

 二人の神々が愛した者たちを祀る聖地へ向かい、アスタロトはセキレイの首輪を丁寧に埋めた。


 その足でアスタロトは神殿の玉座に座り、いつもと変わらぬように、拝謁をたまわる為に集うクナーアンの人々の祈りや祝福の声に耳を傾けた。

 隣りに座るイールの顔を一度も振り向く事もなく、アスタロトは薄笑いさえ口端に浮かべた。

 人々に向けられたその深淵の宇宙の瞳は、彼らの内と外のすべてを映していた。

 アスタロトは目を閉じ、溜息をついた。


(神として存在するおれのやるべきことなど、もう何ひとつ無い…この惑星にも人間にも…このハーラル系に実在する神などとっくに、必要ではなくなっているのだ…)

 



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