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This cruel world 11

挿絵(By みてみん)


11、

 地上は永遠の楽園とは行かなかった。

 ふたりの神々がいかに多大な恵みを授けようとも、クナーアンの民は己に忠実であり、本能のまま純粋に生きる種族だった。

 彼等は平穏に厭きた。反復に飽きた。喜びに飽きた…日常に飽きた。

 彼等のイデオロギーは権力であり、闘争であった。

 イールとアスタロトがどんなに手を尽くしても、彼等の本能には抗えない。

 平穏は退屈の温床であり、民は常に何かを求めなければ生きていけなかったのだ。

 それが暴力や憎悪であり、自らが命を落すことになっても、求め止まない呪いのようなものであった。

 だが、闘争も長く続けば飽きる。

 地上は平穏と破壊と混沌を繰り返していた。


 アスタロトは常に疲れていた。

 彼は彼の民を愛していた。

 彼の民の幸福を祈り、それを適えるために、地上を豊穣の土地へと導いていった。

 彼等はその恵みに喜び、田畑を耕し、実りを得る。

 しかし、数十年もすると、受けた恩恵も忘れ、収穫もせず、荒れ果てた土地になるのさえ見て見ぬフリをしながら、より多くの恵みをくれと、嘆願するのだった。

 また、アスタロトの勝利の軍神としての定めが、彼等を闘争へと掻き立てる要因のひとつであった。

 アスタロトが望んだ事ではないにしろ、戦いに望む者たちは、軍神アスタロトを湛え、アスタロトの名を叫びながら命を落していく。


 アスタロトは悲しかった。

 彼等の讃える声も救いを求める声も、呪詛に似ているような気さえした。

 イールの膝の上で泣き、己を責めた。

「この星の民をどこへ導けばいいのか、僕にはわからない。僕では彼等を救えないのか?僕ではダメなのか…」

 イールはその度にアスタロトを慰め、傷めた心を癒した。

「アーシュが責を追うことはひとつもない。彼等は…民はそういう生き物なのだよ。私達神は人々を平等に愛しながらも、彼等に深く干渉するべきではないのだ」

 イールの言うとおりだった。

 それでいなければ永遠の神など勤まりはしない。

 それでも彼等が求めれば与えたい。彼等が必要とするのなら傍にいたい。

 豊穣の神としての責務と、大いなる勝利の約束、万民の平和は、アスタロトの本能だった。

 アスタロトもまた、彼の愛する民と同じように傷つき、そして立ち上がり、愉悦を求めながらも律令を愛していたのだ。


 イールはアスタロトとは根本的な魂のあり方が違っていた。

 彼は言う。

「私達と人間は似て非なる者だ。だから彼らの言い分に耳を傾けるものではない。彼らの所業が目も当たられない程になった時、その時に天罰を与えるのだ。神話のように、洪水を起こすのも由。または業火に町を焼き払うもの由。その時、彼らは私達を畏れるだろう。二度と悪行を働かないと誓うだろう」

 イールの言葉は神ゆえの言葉だとアスタロトも知っていた。

 だが神が権威の為、故意に地上に与える罰は果たして正しい御技なのだろうか…。

 幾人かの罪人を贖罪するために犠牲になる多くの民がいることは、理にそぐわない。


「神がふたり居るってことは良い事だね」と、イールは笑う。

「そう?」

「お互いが歯止めになるし、勝手な振る舞いが出来ないものね」

「僕は結構勝手三昧で、君に迷惑をかけているよ」

「アーシュのは迷惑じゃないよ。私の狭い思考認識を君は広げてくれるもの」

「僕は愚かだ…」

「ほら、君は破格の者だよ。神が自分を愚かだと言った詞書は今までにない。…アーシュ、君は素晴らしい神だよ。私は…君を知っている」

「イール…」

 神殿の玉座に座るイールの膝で、構う事無く涙するアスタロトを、神官たちは純粋無垢な光の化身として崇めていた。


 確かに…アスタロトは異端の神であっただろう。

 彼自身の精神の苦しみを、その半身であるイールは一応は理解しても、何故アスタロトがそれを悩みとするのかがわからかった。

 精神の苦しみとは、魔力に比例するのだろうか。

 アスタロトの魔力は彼自身さえ気づかないほどに膨れつつあった。



 「senso」の空間に立ったイールとアスタロトは、いつものように周りの宇宙の景色を見つめながら、裸のまま戯れていた。

「ここはいいところだね」

「そう?変わり映えしない景色に、私は飽きつつあるけれどね」

 サクラの木に凭れアスタロトの背中を抱くように座るイールは、アスタロトの黒髪に落ちる花びらを一枚一枚掬い取る。

「ここはいいよ。だって、民の救いの声も陳情も嘆きも聞こえない。アレに悩まされることもない。楽園だよ」

「…アーシュ」

 イールは甘えるように胸に凭れるアスタロトの黒く艶やかな長い髪を撫でた。

 イールが長くするように頼んだ髪は、イールよりも長く、イールが思うよりもよりずっと、アスタロトを美しい姿形に魅せていた。

「あの民の声が聞こえないイールが羨ましいよ。まったくもって…よく狂わずにいられるものかと、自分の精神の強靭さを嘆くばかりだよ」

「アーシュ、そんなに苦しいのかい?その声を遮る方法だって君はできうるじゃないか」

「そうだね…でも…でもさ、たったひとつの美しい祈りの声を聞き逃したくないって…思ってしまうんだ。残りの99パーセントが呪われた声であってもさ。神の存在意義っていうのは、そういうものじゃないかと思っているから。思いたいから…」

 失意の中にたった一厘の花を見つけ出す喜びを知るアスタロトを、イールもまた唯一無二な者と信じ、愛していた。

「アーシュ。私は何があっても君を信じ、従うからね。だから…頼みがある」

「何?」

「私が君を愛していることを忘れないでくれ」

「…そんなの…当たり前じゃない」

 アスタロトはイールの言葉を不思議に思い、後ろに居るイールを振り向きながら首を傾けた。

「君は余所見が多いからね。私の存在すら忘れてしまうかもしれない」

「まさか、君を忘れるなんて事あるはずもない。けど、余所見が多いのは仕方ないね。実はさ、そろそろ他の惑星系へ行ってみようと思うんだ」

「…ハーラル系ではない場所へ?」

 イールはアスタロトの言葉に気が重くなった。が、それこそ好奇心の塊の神であるアスタロトのことだ。そろそろ言い出す時期だろうとも予見していたから、さして驚きはしなかった。


「そう。こんなに広い宇宙だもの。生命体はいくらでもあるし、こちらと同じような形態も存在するかもしれないだろう?時空と次元も超えられるんだもの。きっとね…このハーラル系に住む民もどこからか移ってきたのかもしれない。もしくはこちらから旅立ったのかも…とにかく、時空の扉を開けてみるよ」

「そんなことが…できるのか?」

「多分ね。見ててごらん」

 アスタロトは立ち上がり、裸の身体に脱ぎ捨てていた着物を羽織った。

 十数歩歩き、「ここでいいか」と、言い、おもむろに指で空間をなぞっていった。

「ニクフハ ギニ ノマタ キサ…」

 イールには聞きなれない呪文がアスタロトの口から発せられた。

 アスタロトのなぞった指先から光が零れ、またたくまに空間が四角に区切られた。

 ハーラル系へ行く扉とはまた違った形をしていた。

 イールはアスタロトの行う魔術を見るたびに、敬服しながらもその力を畏れた。

 同じ神でありながら、どうして力にこのような差があるのだろうか。

 他の惑星の神々もまたアスタロトのような力があるのだろうか。

 自分だけが持ち得ない力なのだろうか…

 イールもまた、自分が神として本当に在るべき姿なのか、苦しんでいた。


「さあ、別空間への扉だ。行こう、イール」

「わ、私も、行くのか?」

「だってイールと一緒の方が、僕も心強いもの。イールは行きたくないの?」

「…いや、行くよ」

 アスタロトの差し出す手を拒めることなんて、私に出来るわけも無い…と、イールは苦く自嘲しながら、目の前の形の良い白い手を握り締めた。



 ハーラル系とは違う宇宙は、イールもアスタロトの想像を遥かに超えていた。

 見渡すところ巨大な氷河の塊が連なった大地。

 岩と石だらけの灼熱の砂漠の星。

 すべてが海で覆われた星。

 すべてに命があったが、彼等の望む物ではなかった。

 彼等の形に似た生き物を探すのは、簡単にはいかなかったのだ。

 そのことにイールは安堵し、アスタロトはがっかりした。


「これでわかっただろ?アーシュ。我等のハーラル系は尊い生命体を有する星なのだよ。私達神々もまた選ばれた運命を全うしなければならない存在なんだ」

「この世が、この宇宙すべてが『天の皇尊』のものではないはずだ。必ず僕等に似た命があるはずだ」

「それを探してどうする?君がその物になれるものでもないだろう」

「もし…それらとより良い関係を築けたら…それはまたクナーアンの未来を導く教訓や指針になるかもしれない」

「君って奴は…」

 尽きる事のないアスタロトの好奇心にイールは呆れたが、アスタロトの想いもまた理解できた。

 

 クナーアンはイールが眺めても、面白い様子は見当たらなかった。

 人々は笑い、泣き、争い、悔い、眠る。

 その繰り返しだ。

 アスタロトの嘆きもやっと理解できた。

 愛すべき我が星は、かくも平凡な他愛のないものになってしまったのだ…

 



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