This cruel world 10
10、
ふたりはハーラル系の11の惑星をひとつずつ散策した。
彼等は気まぐれな旅人として己で開いた次元の扉から他星の片隅に降り、その星の民の暮らしを垣間見たのだった。
どの星もクナーアンよりは年月を生きた星である。
それぞれに面白く、独自に富み、生き方があった。
天の法を破って、他の星を徘徊した事実について、天の皇尊は案の定ふたりを責めなかった。
天の御使いであるミグリには「天の皇尊もあなた方のやんちゃクセはご存知ですから、別に驚かれていませんよ。しかし、大目に見るからといって天の御方を困らせるものもほどほどになさいませ」と、まで言われる始末で、イールは安堵し、アスタロトは舐められたと思い立腹した。
その後もアスタロトはミグリの留意など気にも留めず、イールを伴ってハーラル系の星々を何度も訪れた。
イールとアスタロトは他の星の政に意義深いものを見つけ出し、クナーアンを導くお手本となるものについては持ち帰り、地上への恵みを増やしていくのだった。
12の惑星の神々は、7つが男女の神々を持ち、3つが男神同士、残り2つが女神同士だった。
「やはり女神同士の星は、空気が柔らかいよね」
「ほわほわしてる感じ?」
「匂いも良い。のんびり暮せそうだ」
「あれでは戦をする気にはならんだろうから、土地も荒れなくていいね」
「好奇心はどうだろう。文明としては少し物足りない気がしたね」
「文明の進化はどうしても男女の神々の星の方がバランスが取れている。生活と闘争の場所がそれぞれで生かされているから、暮しやすいんだろう」
「問題は男神同士だよね。僕等もそうだけど、どちらかが、女神の役割をしなければバランスが保てない」
「男神同士といえば第一惑星のズヒュメルは殺伐として緊張感があった。荒れ果てているとは言わないけれど、背中を見せたら襲われそうな感じ」
「それでも住んでる民は割と生き生きとしてたよね。ああいうのも面白い」
「あそこはもう二千年にもなるんだろ?どんなにか雄雄しい神々なのだろうね。一度お目にかかりたいものだ」
「君好みのイケメンだったら、どうする気だい?アーシュ」
「う~ん。寝てみてもいいね。君の許しがあれば」
「おい。この状況でそれを言うの?バカ、アーシュ。今、おまえが刮目する相手は私だろ?」
「あ…ん。イールのジェラシーは素直だなあ~。僕の身体で露骨に試すんだもの…嫌じゃないけどね」
「君の返事はそれかい?際限なしに『senso』を求めるクセに」
淫らに繋げたまま、下になるアスタロトの腰を抱え、イールは深く突きえぐり、いとも容易くアスタロトを陥落させる。
「イール…もっと…酷く…してくれよ」
「困った事におまえはセックスに関しては筋金入りの倒錯者だ」
「君の性嗜好に合わせているんじゃないか。外見は大らかな女神のようなクセに、僕にはしつこいからね」
「おまえ以外に楽しみがないもんでね…あんまりぬかすと本気で啼かせるよ?アーシュ」
「や…ン…意地悪なイールも大好き。僕の罪を君が裁いてくれるみたいなんだもの」
「おまえを罰する為に抱いているわけではないよ。さあ、もっと強請っておくれ。我が最愛の恋しき者よ」
ベッドではイールは常に優位に立っていた。
そうなることをアスタロトが望んでいたからだ。
ふたりだけの長年の情事だ。嫌というほどお互いの身体を知り尽くしていた。
それでも厭きないのは、お互いの情の深さという他はない。
「君とならハーラル系だけでなく、違う次元にも行けるさ。ねえ、イール。『senso』の範囲を広げてみようよ」
子犬のように甘えた顔を見せ、胸に擦り寄るアスタロトを、イールは撫でてやり、楽しんだ。
「ダメだよ。浮気は許さない。それに君の好奇心は際限がないから、一度首輪を外したら、戻っては来ない気がする」
「いやだな~。僕は君のペットかい?どうせ首輪をくれるのなら宝石入りのにしておくれ」
「冗談だよ。でもほら…その首輪が気に入っている奴が来たよ」
ふたりはドアを開ける影の名を呼んだ。
時間がある時は、ふたりは崖の上に立てたヴィッラで過ごす。
この崖は人の足では踏み入る事はできず、神々は誰にも邪魔される事なく、ゆっくりとエロスを楽しむことができるのだった。
ただ神獣であるセキレイだけはお構い無しに、ドアを開けてはベッドの傍らに座り、ふたりの神々の睦みあいを見守るのが常だった。
「見守るんじゃなくて、僕達のセックスを見て楽しんでいるんだよ、あいつは」
「セキレイも相手が欲しいんじゃないのかね」
「アレには生殖器が無い。性欲があるわけないんだがなあ~」
「僕等だって生殖機能はあっても、実際は子孫を作ることはできない。そのくせ、性欲だけは旺盛だ。際限が無いと言っていいほどにね。生殖器が無いからと言ってセキレイに性欲が無いとは限らないね」
「だったら、セキレイの相手を天の御方に頼もうか?そういやさ、天の皇尊やミグリにも性欲はあるのかしら」
「今度聞いてみたら?」
「さすがに正面きっては言えないね」
「君でもかい?」
ふたりは顔を見合わせて大笑いした。その様子に呆れたのか、一度大きくあくびをしたセキレイは身体を横たえて眠ってしまった。
ふたりの神々の生きた歳月が六百年も過ぎた頃だった。
ハーラル系の第五惑星ディストミアの神々の気配が突然消えたのだった。
ディストミアはイールが生まれた星だ。
彼等の血は継いではいないとは言え、イールはディストミアの女神の腹から生まれた。
わずか五年間ではあった。
六百年という長い月日が経っていた。だがイールにとってディストミアの神々は両親以外の何者でもなかった。
ディストミアの神々が居なくなった噂話は、ディストミアからの移住民の口から聞かされた。
彼等は口々に言うのだった。
「ディストミアの神々は死んだのだ。もうあの星に恩恵は与えられない。地上は荒廃するばかりだろう」と。
イールには信じられない話だった。
アスタロトと共に次元の扉を潜り抜け、ディストミアの地を歩いた。
そして初めてふたりでディストミアの神殿を訪れた。
神殿の中は閑散としており、神の威光は全く感じられなかった。
ふたりは手を繋ぎ、拝殿の近くまで近づいた。
無論イールとアスタロトの姿を知る神官も世話人もいなかったが、年老いたひとりの神官が手の繋ぐ若いふたりの姿を見つけ、走り寄り、その前に平伏した。
「ハーラル系第三惑星クナーアンのイール様とアスタロト様とお見受けいたします」
「…そうです。あなたは?」
「ディストミアの神官長のザールと申します」
「ザール、私はクナーアンの神イールと言います。他星からの神々の訪問は禁じられてはいますが、私はこの神殿で生まれ、五年間の歳月を過ごさせてもらった。男神キュノビアと女神スコルは私の大事な親であり、今でも慕っています。だが、嫌な噂を耳にしました。ディストミアからクナーアンへ来る移民からの話です。その者たちの噂を聞き及んでここに来たのです。…噂は本当なのですか?」
「…申し訳ございません…」
ザールは床に頭を擦りつけ、ただ泣くばかりであった。
ふたりはその姿で、噂が事実だと知った。
「教えてください、ザール。何故、ディストミアの神々は消えたのですか?神は…不死なのではないのですか?…どうして…死ぬことができる…」
アスタロトはザールに詰め寄った。
ザールは泣きながら言う。
「わかりません。何があったのか…私どもにもわからないのです。ただスコルさまはここ数年、人々に顔をお見せではなかった。疲れていると言われるだけで、部屋に引き込まれたままでした。キュノビア様はそれをとても気にかけておいでになられました。不死である神々が居なくなるなど…私たちは考えた事もない…神の御心など、人間の私たちには理解できようもないでしょう。しかし…神が存在しなければ、この星は滅んでしまうのです。私はあなた方にお聞きしたい。一体何故…ディストミアの神は消えてしまわれたのでしょうか?」
ふたりの神々がザールの質問に答えられるわけもなかった。
ふたりは神殿を後にした。
「聞きたいのはこちらの方だというのに…これでは埒があかない」
アスタロトは腹立たしく言い放った。
「昇殿して天の御方に聞くしかないだろう」
ふたりはクナーアンに戻り、その足で昇殿し、天の皇尊を呼んだ。
これまで通り、ふたりの呼び出しにはミグリが現れた。
「ディストミアの神々についてお聞きしたい」
「他星の事柄だ。クナーアンに何の関係がある」
「あなただって知っているはずだ。ディストミアの神々は私の両親でもある。気にかけるのは当然だ」
「傍観する事が神々の生業だとは習わなかったのですか?」
「ミグリ、その手は詰んでるぞ。傍観するだけなら神の存在意義なんてないさ。噓つきめ。神は不死だと言ったくせに。ディストミアの神々は本当に死んだのか?それともどこかに雲隠れでもしているのか?あなた方が何も知らないとは言わせない。これは我たちにとっても重要な事象だ」
「…ディストミアの神々は、自らの意思により、その命を全うした。よって、現在惑星ディストミアに神は存在しない」
「…父は、母はどうして…どうやって…のでしょうか?お願いだ。教えて欲しい、ミグリ」
やり場の無い怒りがイールを苦しめた。
「我も聞きたい。天の皇尊は以前、神が死ぬ方法はあると言った。今なら聞かせてもらえるだろうか、ミグリ」
「それを聞いてどうなさる。クナーアンの神々」
「知りたいだけさ。この世の理を知るのは、この世に不死たる者の知る権利でもあろうからな。我ら神々は完璧な者ではない。それを目指したらおまえの言う『傍観者』になるだけだ。『不死』であることと自らの意思で『死』ねることの意味は似ているよ。だから知っておきたいんだ。…神々がどうやって死に得たのか」
ミグリは顔を天に仰ぎ、天の意思を聞いた。
しばらくしてイールとアスタロトに向かい、こう言った。
「ディストミアの神々が死を望んだ経緯は彼等の意思により、他言はしない。神々が死を願う時、そのどちらかがその心臓に手をかけた時、半身である神もまた同時に死ねる。心臓を貫く剣は天の皇尊から授かるミセリコルデ(慈悲の剣)のみ。神々でしか扱えない短剣だ」
「…両親はそれを使ったのですね」
「そうだ。女神の願いを男神が聞き届け、その胸を貫いた…」
「…母は…父は…幸せだったでしょうか」
「それを…私に答える権利が…あろうか?」
やり切れない顔で応えるミグリを、それ以上責めることは、ふたりには出来なかった。
当然の如くディストミアは荒廃し、住民たちは他の11の惑星に移り住んだ。
ミグリは言った。
「惑星ディストミアは今は眠る時なのだ。星が存在する限り、人間が神を求める限り、いつの日かディストミアの夜明けは来るのだから…」
イールとアスタロトは崖の上のふたりの棲家に小さな祠を建てた。
ディストミアの神々、イールの両親を祀る為に…