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This cruel world 5

挿絵(By みてみん)


5、

 初めて交わす行為を、アスタロトは当たり前に受け止めようとしていた。

 イールの欲しがるものすべてを与えることがイールへの愛だと思った。 

 重なるイールの体温も、押しつけられた口唇も、生々しいイール自身もアスタロトの肌を熱く焦がし、痺れさせた。


 押し開けられた行為には混乱するし、思わぬ痛みもアスタロトにとって衝撃的なものだった。

 それでも耐えようとした。

 イールに嫌われたくなかった。

 顔を合わせてくれなかったここしばらくの間の不安感が、アスタロトを従順にした。

 アスタロトはイールの愛に餓えていた。そしてイールの欲しがる「愛の形」になろうと、心がけた。

 それが使命だと思ったし、自分の意思だと信じていた。

「イール…イール」

 アスタロトはひたすら名前を呼び続ける。

 

 初めてのセックスを強いたイールは、身体の下になるアスタロトを見降ろした。

 夕陽に染められた木漏れ日が、ぐったりとしたアスタロトの顔をおぼろに揺らめかせている。

 長い睫毛が濡れ気を帯び、しっとりと目じりに流れている。

 イールは少し後悔した。

 彼にとって、これは快感を得られたものではなかっただろう。

 無我夢中でアスタロトを抱いた。アスタロトの中に自分を打ちつけることしか脳裏に浮かばぬほどに…

 手練手管を知る愛撫など経験のない自分にできるはずもない。

(僕がもっとアーシュよりも大人だったら、こんなに混乱することもなかったのかな。痛みしか与えられないなんて恋人としては失格だ)


 汗を掻いたアスタロトの額を指で拭くと、アスタロトがゆっくりと目を開けた。

「大丈夫?」

「うん…いい香りがする」

「…ああ、そうだね…」

 イールは上半身を起こして辺りを見回す。

 目に映る光景は、驚くほどに一時前とは違っていた。

 空気が甘く、清しい薫風がそよいでいる。

 ところどころにしかなかった緑が今は土色が見当たらないほどに茂っている。 

 あたり一面に丈の短い草の絨毯が広がっていた。

「アーシュ、見て。凄いよ」

 アスタロトはだるそうに首だけを動かし、マナの樹の根元に手を伸ばして一握りの土を掴んだ。

 手の平で土を握り締め、そしてゆっくりと開いた。

 じっと見つめるとなにやら土から新芽が出ている。

 瞬く間に細い茎はひょろひょろと伸び、その先に小さな双葉を開かせた。

「薄荷草だよ」

 アスタロトがそう言いながら、双葉に口づけると、双葉はまた伸び始めた。

「君の魔法?」

「いや、魔力は使っていない。僕は豊穣の神だからね。たぶんこの世界の植物や動物が僕と君の契りを祝しているのだろう。ほら、見て。マナの樹に実が生っている」

 イールは自分達の枕元にあるマナの樹を見上げた。

 先程まではただ青々とした葉が揺らいでいただけなのに、今は青い果実が至るところに垂れている。


「アーシュ、君はこの惑星すべての存在に愛されているのだろう。僕は君の半身だけど…君ほどの魔力も愛される魅力もないらしいな。少し妬けるよ」

「良く言うなあ~。イールはこの地上のすべての生き物に生きる智慧と癒しを与えているじゃないか」

 それを聞いたイールは笑った。

「おかしい?」

 アスタロトは仰向けになったまま首を傾げる。

「いや…」

 存在価値を比べるほど馬鹿ではない。ただアスタロトは自身の精神に見合った愛情を、この惑星に生きる物から受けとる資格があるというだけだ。

 そして、イールはそのアスタロトを抱く唯一の者だ。

 妙な優越感を味わうものだと、イールは笑ったのだ。


「間も無く夜が来るよ。僕らも帰ろうか」

 イールは脱いだ服をまとめ、自分も袖を通しながら、寝間着を裸のアスタロトにかけてやる。

「嫌だよ。まだイールとふたりきりでここにいたい」

 アスタロトは服も着ずに駄々っ子のように頭を振る。

「でも…充分な食べ物もないし、着替えもない。それに皆も心配するよ」

「心配させときゃいいのさ。イールとセックスしたのか、いつするのかって、あいつら好奇の目で僕を見るんだぜ。居心地悪いったらありゃしない。お腹が空いたら、マナの実を食べればいいし、イールとくっついてりゃ服なんかいらない」

「裸じゃ寒いだろ」

「いいの」

 そう言って、アスタロトはイールにしがみつく。

 陽も沈み、黄昏色から良い闇へ変わる。

 崖を吹きつける風がふたりの体温を奪う。

「岩屋へ行こう。セキレイもいるし、寒くてしかたなかったらあいつの毛皮に包まえばなんとかなるよ」


 イールはなかなか腰を上げないアスタロトを岩屋へ引きずり、そこで一夜を明かすことにした。

「お邪魔するよ、セキレイ。今晩は君と一緒にいさせてくれ」

 イールの挨拶にセキレイは返事もせずに、フイと顔を背けた。

「どうやらおかんむりらしい」

「イールが邪険にするからだ」

「邪険になどしていないさ。それより、喉は渇いてないかい?この崖の岩清水は美味しいんだ。どうぞ」

 イールは麻の巾着袋に入れた水筒をアスタロトに差し出した。

「用意がいいね」

「少しならビスケットもあるよ。毎日ここで力仕事をしていたからね、お腹も空くんだ」

 ふたりはビスケットと水を分け合った。

「どんなヴィッラを建てるの?」

「うん、見て。ここが居間で、こっちが寝室…」と、イールは畳んでおいた設計図をアスタロトに見せながら説明した。

 袋には蝋燭もあった。すっかり暗くなった岩屋に、一筋の光が灯る。

 

「デザートだ」

 アスタロトがマナの樹から捥いだ青い実は、今は充分に赤く熟していた。

 ふたりは水蜜糖の皮を剥き、それを交互に食べた。

「瑞々しくて美味しいね」

「うん、けれど…なんか変だ」

 ふたりはお互いの顔を見合わせた。

 妙薬とも伝えられる水密糖は身体を温めるだけではなく、欲情をも煽らせた。

 ふたりの身体に再び火がつき、イールとアスタロトは指先でお互いの身体をなぞりあった。

「さっきより…興奮してる」

「僕もだ」

「君を…めちゃくちゃにしてしまいそうで怖い」

「イール…」

 イールに押し倒されたアスタロトは、イールの首筋にキスを浴びせ、耳元に囁く。

(ねえ、セキレイがこっちを見ているよ)

 イールは後方に十歩ほど離れたセキレイを見た。

 顔を上げたセキレイの金色の瞳が、ふたりの姿をじっと見つめていた。

 その視線がイールの欲情を益々煽り立ててしまう。

 アスタロトの後庭をまさぐり濡らすと、乱暴に突き立てた。

「うっ…」 

 短い呻き。

 キツイ締めつけさえイールには官能を誘う手立てにしか思えない。

 口唇を噛むアーシュの口を無理矢理割り、その舌を吸い、絡ませあう。

 紺碧のまなこから溢れ出た涙は、僅かな灯火に乱反射した。

「アーシュ…好き。好きだよ」

 アスタロトの流す涙は、イールを愛の奴隷にした。

 アスタロトの乱れた息づかいがイールを欲望の淵に追いやる。

 理性など捨ててしまえる。

 細腰を掴まえ、何度も穿つ。

 その度に声を上げるアスタロトもまた、痛みを超えた感覚に身体中を支配されつつあった。

 痛みを感じながらもイールの強い愛を身に受けていると知った。

 ひとつになりたいのはアスタロトも同じ。

 いとおしげに名を呼ぶイールの声が、アスタロトの官能の扉を開いていく。


 甲高い嬌声が岩屋を響かせ、ふたりの姿が消えた。



「ここはどこ?」

 さわさわと靡く草むらの中に裸のまま、睦み合ったふたりが居た。

 地平線の向こうには無数の星々が見える。

「あの恒星はハーラル星…ではないよね。学んだものとは違う」

「どうやら僕達は次元を超えてしまったようだね。…離すよ」

「嫌。抜かないで、イール。離れたくない」

 すがりつくアスタロトをイールは宥める。

「どこにも行かないよ、アーシュ。でも、ほら、好奇心には勝てないだろう?ねえ、少し歩いてみようよ」

 アスタロトの中から抜く瞬間、心残りに顔を曇らせたアスタロトが何よりも愛おしく、「またすぐに繋ぐからね」と、頭を撫でた。


 宇宙は深遠の闇であっても星々の光はすさまじく、一点を見つめてはいられないほどだ。

「僕らの存在なんて、この宇宙にしてみれば、塵のひとつに過ぎないんだろうね」

「存在の意義を問うならば、僕は同じ重さだと思うことにしている。大きさは…問うに然らず」

「僕らと同じような惑星系体はあるのかしら」

「僕らが特別だとは思えない。これだけの空間に浮かぶ現実がどれだけあるのかはわからないけれど…」

「覗いて見たい気がする」

「アーシュ、君の好奇心は当分クナーアンだけにしておくれ。我々の星はまだまだ未開地だよ」

「わかってる」


 ふたりは裸のまま手を繋ぎ、宇宙の闇に浮かぶ草原を漂った。

 二人が歩くたびに草むらからはミントの香りが立ち上がる。

 中央に一本の幹が伸び、薄色の花が満開に咲いていた。

「これ、何の花?初めて見るね」

「そうね。とても綺麗だ」

 イールが幹に触れると、一瞬幹が震え、そして枝がざわめき始めた。

 程なく、花びらがちらりちらりとふたりに降り注いだ。

「なんだ。イールの花だったのか」

 アスタロトはその薄紅色の花びらを手に取り、匂いを嗅いだ。

「ふふ、やっぱりそうだ。イールの匂いがする」

「ホントに?」

「うん。イールの花だよ。そうだね…サク、ラと名づけよう。春を祝う花だよ」

 舞い散る花びらの下、イールとアスタロトは何度もキスを交わした。

 祝福の花びらが散り終わるまで、ふたりはサクラの下で繋がり合ったまま、互いを存分に味わい続けるのだった。



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