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This cruel world 2

挿絵(By みてみん)


2、

 天の皇尊すめらみことは、惑星クナーアンの新しい統治者に加護を与えた。

 イールには智慧と水(癒し)の護法。

 アスタロトには豊穣と火(浄化)の護法を。

 ふたりはこの惑星の豊かな未来を背負って歩き出した。


 まだ幼いふたりの統治者を助けるべく、それぞれの惑星より、幾人かの世話人が選ばれた。

 ふたりの乳母たちは言うまでも無く、彼らに統治者としての知識を教えるべき教師もいた。

 彼らの理念は高く、ふたりの神子を立派な統治者にすべく、懸命に自身の役目を果たした。

 イールとアスタロトは温かい愛情に守られて育っていく。



 ふたりが即位して間もない或る日、ふたりはいつものように拝謁を受ける為、神殿に祀られた玉座に並んで座っていた。

 その12階段下の広間に、許しを受けた惑星の人々、移民する者達がふたりの神の恵みを受けようと、大勢並び連なる。

 彼らは玉座に座るふたりを畏れ奉りながらそれぞれに自分の願いを請うのだった。

 拝謁は幼いアスタロトには退屈だった。

 何も語らずただ黙って崇められる風景を眺めていなければならないのだ。神の仕事だと言われれば仕方ないものだが、天気の良い時などは、扉の外で遊ぶことばかりで心ここにあらずだ。

(早く午後にならないかな~。今日は天気が良いから、イールと遠くの草原まで冒険に行こう。きっと珍しい生き物を見れるかもしれない)

 隣りのイールに視線を移すと、以心伝心の如く、こちらを向いてニコリと笑う。

 ふたりは微かに指先を動かし、お互いの密約を取り交わした。

 その時、並んでいた後ろの方で幼子が泣き出した。母親は必死であやすがなかなが泣き止まない。周りの者もこの厳粛な神殿での耳障りな泣き声にうんざりとした顔をする。「出て行け」と、言う声すら聞こえてくる始末。

 この神殿は小高い山頂にある。

 ここまで巡礼するには時間も根気もかかる話だ。拝謁するまでもう少しだが、こう泣き喚かれては神もお怒りなるだろう。

 仕方なしに出て行こうとする母子の後姿をアスタロトは眺めた。そしてあっという間に、玉座から降り、12の階段を三歩で飛び降り、驚く人々の間をするりと抜け、その母子の傍らに立った。

 母は畏れ畏まり、平伏す。周りの人々も同じように跪いた。

 立っていたのはアスタロトと彼より少し小さい幼子だった。

 アスタロトは自分のポケットからビスケットを出した。朝食のデザートに出されたものを取っておいたのだ。それを幼子の手の平に乗せ「食べてこらん。美味しいよ」と、笑った。

 泣いていた幼子はしゃくりながら小さき神子の言うとおりに、手渡されたお菓子を口に入れ「おいしい…」と、満面の笑みをこぼした。

 満場の溜息がアスタロトを讃える歓声に変わった。

 

 ふたりの神は知った。

 人々を興じさせるのは難しいことではない。が、この単純さが際どいのだと。

 ふたりは知っている。時間と労力をかけ、神殿まで拝謁を賜り、人々が何を自分らに願うのかを。

 それは滑稽でもあり、真摯にも思えた。

 彼らの願いは自分勝手なエゴであり、それは彼らの偽らざる心根である。また人の為に祈ればそれは白々しく不実である、と感じていた。

 彼らを導くための自分達の存在の意義を見つけるのは安易。 

 ふたりの神子は繊細であり聡明であったため、その発端は人々の顔色で勘づいていた。


 神子の日課は細かく区切られている。

 朝、起きて朝食の後に学習。それから拝謁を許された人々に姿を見せる。昼から夕刻までは自由時間だが、夕食を終えてから就寝までは再び学習である。

 イールもアスタロトにとって学習はそれほど退屈なものでもなかった。

 ふたりは何も知らなかったし、それをひとつずつ理解することは楽しかった。

 魔力は身に付いていても、それを使いこなす技量は持ち合わせていなかった為、一から覚えながら、その魔法の意味を教えられた。

 まだ若いハーラル系の歴史や人々を導く為の道徳や信念。魂の豊かさを得るための芸術も習った。

 

 特に第八惑星ファザックから来たセラノという教師は、ふたりのお気に入りであった。

「ねえ、セラノ。どうして星々の集まりとハーラル系と原子の形は似ているの?」

「難しい話ですな~。そうですね。それは…私達の思考がどこか繋がっているように、理想の形というものを或る物体や見たこともない遥かなものに、相似させてしまうからなのかもしれません」

「理想と実体を混合させてしまうってことだよね。僕達神々や人間の思考能力には限界があるってこと?」

「限界があることを知ってしまうことの無意味さを知っているんですよ」

「「…むずかしいね」」

 ふたりは揃って頭を捻る。

「哲学と物理学は似て非なるものといいますが、結局は人が導いたものでしかありません。真理を知ることは難しいのです。…ここにひとつの珠があります」

 セラノはポケットから手の平に乗る位の小さな白い珠を取り出して、神子らに見せた。

「この珠はあるのか?ないのか?どちらでしょうか?」

「あるよ。見えるもの」

「本当に?」と、彼は手を握り締めそしてすぐに開いて見せた。珠は無かった。

「あ、魔法を使ったね」

「それか手品だ。僕らを騙したんだ」

「いえ、珠は最初から無かった。あなた方は幻覚を見たのだ。その両眼が真に見たという証拠さえ不実になり、真理という言葉はあやふやになる」

「どういうこと?」

「あなた方は私達とは違う存在ですが、天の皇尊は人としてあなた方を生ませた。人の限界とはあなた方も同じようなもの。理想と現実は同じではないが、掲げる意義があると申し上げる」

 セラノの目的はふたりの精神教育だった。

 神々が人間に近い精神を持ちえてしまった結果を、彼は懸念していた。

 だが、この幼い神子らが「そのこと」を理解する日はまだ遠い。

 


 或る日、アスタロトは乗り物が欲しいと言い出した。

 言い出しただけじゃなく、イールを連れて昇殿へ昇り、天の皇尊を呼びつけた。

 そう易々と出てくるものかと思し召したのか、天の皇尊は姿を見せてはくれなかったが、代わりに御使いを参らせた。

 白き装束を着た白髪の若者が、幼い神子らを見つめた。

「あなたはだあれ?」

「我があるじは多忙である。代わりに私が参った。何か用か?」

「あのね、里の者たちの暮しを見てみたいの。でも僕らの足ではなかなか行けないでしょ?一足飛びで行ける乗り物が欲しいの」

「ペガサスはどうかな?父上と母上が乗っていたよ」と、イール。

「ああ、それいいね。僕の両親は大鷲だった。でも龍みたいなものでもいい」

「ドラゴンは?物語で見たよ」

「モフモフわんわんおがいいな」

「わんわんお…モフモフしてたら気持ちいい」

「んなのでもいいよ、使いの者」

「…ミグリと呼びなされ。幼き神子」

「じゃあ、ミグリ。そういうの下さい」

 不機嫌な御使いの顔色など全く気にしない神子らに、ミグリはチッと舌打ちした。天の使いでも感情はあるものだ。

「天の皇尊はいちいちあなた方の我儘に付き合ったりしないものです。今回だけは我が主の情けにより叶えてあげますが…」

「わーいッ!イール良かったね。なんかくれるって」

「うん。良かったね」

「待て、こら。ちゃんと最後まで話を聞きなさい。いいですか?この卵を差し上げるから、三日三晩、懐で温め、孵しておあげなさい。あなた方を背負うまでには多少時がかかりますが、良い主従関係を持てればあなた方を助けるしもべになるでしょう。わかりましたか?」

「わかりました。ミグリ。大事に可愛がります」

 ふたりはミグリから卵を受け取った。

「では、失礼いたします」

「じゃあ、またね。ミグリ」

 笑顔で手を振る神子らに、ミグリはウンザリしながら姿を消した。


 三日三晩、ふたりは交互に卵を懐に入れ、孵る時を待った。三日めの夜、それは孵化した。

 青い毛に三つの尾、頭に二本の角が生え、顔は狼のようだった。

 神獣は彼らの望んだものとは少し形態は違ったが、彼らは懸命にそれを育てた。

 神獣は「セキレイ」と、名づけられた。



 時が経ち、ふたりの神子は12歳を迎えた。

 12歳とは大人を意味する。

 イールとアスタロトは契りの日を迎えるのだ。




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