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This cruel world 1

二部をこちらへ統合いたします。

挿絵(By みてみん)


1.

 ハーラル系は恒星ハーラルを中心に十二の惑星から成り立つ。

 天の皇尊すめらみことは、この星々に統治する神を二体ずつ宿した。

 惑星間の間には次元をくぐる道があり、民はどの星へ移住しようが構わない。

 良き星の統治とは、民が集う豊かな地上を作り上げることだ。

 神は、その為だけに存在するのだ。



 十一の星の神々は、最後の惑星クナーアンに宿る神の誕生を心待ちにしていた。

 ハーラル系の第三惑星のクナーアンは、他の神々がその星を眺めるたびにうっとりと溜息を漏らすほどに美しかった。

 どの星に比べても瑞々しく青く輝き、また地上の豊かな緑と山地のバランスも絶妙に保たれ、理想の星と謳われた。

 天の皇尊は、ハーラル系の最後を飾る惑星クナーアンを、それまでの集大成として大切に育ててきたのだ。そして、この最良の星の神を産み出すため、第五惑星ディストミアと第二惑星リギニアの女神の腹に彼らを生んだ。

 天の皇尊が愛してやまない人間と同じように、女体の腹から産まれ出ずる者こそ、クナーアンの神である。

 十月十日後、ふたりの神々はそれぞれの惑星で生まれた。

 ディストミアの女神からはイール。

 リギニアの女神からはアスタロト。

 ふたりは五つになるまでそれぞれの親元で育ち、晴れて五歳の暁に、惑星クナーアンを統治する神になるのだった。



 今日の日に五歳を迎えるイールは真新しい神殿の一室で、じっと椅子に腰掛け、時を待っていた。

 扉の向こうに見えるひとつ高い段には大理石に見事な金の細工で縁取られた神の座がふたつ並べてある。その座のひとつに間もなく自分が座るのだと思うと、なんだか不思議な気がしてならなかった。

 そして、もうひとつの座。自分の半身とはどんな見目と精神をしているのだろうかと、不安と期待が小さな胸いっぱいに広がっていた。

 民の惑星空間の移動は、一通りの契約が認められれば容易く選択できるものだが、神々が他の星に行くことは滅多にない。よって、イールも未だ自分の半身の顔すら見たこともないのだ。


「遅いわね。あの子は一体どこまで遊びに行ってしまったのかしら…」

 真向かいに座るリギニアの女神エーリスが困った顔をして隣りの良人であるハウールを見る。ふられたハウールは肩を上げ両手を開き「さあ」と言う顔で返す。

「申し訳ございません。神子みこさまには遠くに行くようなことは強くお止め申し上げておりましたのに…」

 神子の世話人マサトは、人の良さ気な柔和な顔とふくよかな身体をした女性で、緊張の所為か止まらない汗を拭き、ひたすら恐縮している。 

「探してまいります」と、マサトは小走りで出口へ向かう。

 と、扉の向こうから小さな影が飛び込んでくる。

 いや、影ではない。それは光だった。


「ただいま~」

 良く通る高い声が部屋に響いた。

「アスタロトさま!一体どこまで遊びにいらっしゃったのですか?父上さまも母上さまもそれはご心配なされておりましたよ。それに…ディストミアの方々も…」

 マサトは申し訳なさそうにイールとその一行に深く頭を下げた。

「…あらまあ、折角の新しい衣服が泥だらけ…」

「うん、あのね、あっちの小川にきれいなお魚が泳いでいたの。つかまえようと思ったら、ころんじゃったの」

「あらまあ~」

 マサキはあわてて自分のエプロンで濡れた神子の髪を拭く。

 ディストミアの男神キュノビアは、豪快に笑い「子供は元気な方が良い。なあ、イール、そなたもそう思うであろう」と、言う。女神スコルは、時間に遅れた神子をいい気持ちで待っていたわけではないが、夫にそう言われては頷くしかない。

「イールも充分健康ですよ、あなた」と、小さく皮肉った。

 イールには両親の言葉など全く気にしなかった。

 小さな自分の半身の一挙手一投足を見つめ、息を飲んだ。

 イールも天の皇尊の恵みにより、誰をもうらやむ美貌と精神を戴いていた。だが、この半身は我が身と比べてもより多くの幸いに満ち溢れているように、イールには感じられたのだった。

 勿論、彼を育てた両親は、血の繋がりはなくとも、我が子の方がより勝っていると誇らしげに胸を張ったのだが…

 

 神子はまっすぐにイールに向かって近づいた。

 透けるほどに白い肌に薄桃色に染まる頬。紅を引いたような赤い口唇。ゆるく波打った黒髪、そしてその深い紺碧の瞳には宇宙が広がっている。

 イールはただ見惚れていた。ディストミアのどこにもこのような美しい人も形も無かった。

 その神子は小さな拳をイールに捧げた。

「はい」

「?」

 イールは小さく頭を傾げた。

「あげる」

 神子はイールの手を取り、その手の平に小さな石を乗せた。

「あのね、おもての階段を降りた向こうの小川で拾ったのよ。すごくきれいだから、イールにあげる」

 嬉しそうに響く澄んだ声音が部屋の空気を一新させる。

 清しい一陣の風が吹きぬけたようだった。

「あ、りがと…」

 イールは少し頬を赤らめ、その小石を見つめた。

 薄い青色をしたラリマーは、イールの瞳の色にそっくりだ。

 自分の目の色を会ったこともないこの神子が知っていたとは思えないが、イールはこの突然のプレゼントを心から喜んだ。

「嬉しい?」

 星を散りばめた瞳がじっと覗く。

「うん、とっても嬉しいよ。アスタロト」

 満面に笑みを湛えたイールを驚きの顔で見つめ、アスタロトは何度も瞬き、そして嬉しそうに笑った。



 正午に儀式は執り行われた。

 神殿の内陣に集まり、白い礼服を着たイールとアスタロトが拝殿から昇殿へ昇り、天の皇尊の祝詞を戴く。

 十二の階段を並んで昇る小さなふたりの神の子は言葉にできないほどに愛くるしく、純真で無垢な美しさに輝いていた。見守るすべての大人たちが幸多かれと願わずにはいられない程に。

 イールは隣りのアスタロトに顔を向けた。

 アスタロトは長いローブに背中を引っ張られながら、転ばないようにと慎重に足元を確かめている。

「あの…ね」

「なあに?」

「仲良くしてね、アスタロト」

「うん、いいよ」

 不思議なことを聞くのだなあと、アスタロトはイールを見る。

 十二階段を上がり終えたふたりは、お互いを見つめ合う。

 これからはこの子と一緒に生きていくのだなあ、と、ふたり同じ思いでいるのがわかった。


「あのね、アーシュでいいよ」

「え?」

「僕の名前。アーシュって呼んでね。僕、好きな人にはそう呼ばれたいの」と、アスタロトは無邪気な笑顔でイールに言う。

 (なにを持ってしてもこの笑顔には勝てないかも知れないな…)と、イールは何事も包み隠さないアスタロトの無垢な魂を少しだけ妬いた。


 昇殿の先に白木で出来た扉がある。手を繋いだふたりは空いた手でそれを開けた。

 扉の先は眩しい光の渦だ。

 ふたりは光に包まれた中に並んで立った。

 声が聞こえた。

 若い張りのある声だ。

「惑星クナーアンの若き統治者、イールとアスタロト。私はそなた等を生んだ者。そなた等にこのクナーアンの未来を託す。良く考え良く話し、分かち合い、良き未来へ導くために生きなさい。私はそなた等を祝福する…」

「あのね…まぶしくて見えないの」

 アスタロトの突然の言葉にイールはギョッとした。

 天の言葉を聞く時はただ頭を垂れ、決して仰ぎ見る事はまかりならぬ。況してや口を利く事など持っての他だと強く教えられていた。

 それなのにアスタロトは顔を上げ、光源をじっと見据えたままだった。

「せっかく僕を生んでくれた御方が目の前にいらっしゃるのに、お姿が見えないのはすごく寂しいもの。ちゃんとお礼を言いたいもの。ねえ、お姿を見ることはできないの?」

 天の皇尊の姿を拝見してみたいなど、イールには考えの及ばない話だっただけに、呆気に取られたままアスタロトの横顔をじっと見つめた。

 しかし、目の前の光のかたまりは次第に輝きが抑えられ、人の輪郭が目に映るようになった。

 アスタロトはイールの手を離し、その人影に走り寄った。

 影はアスタロトを抱き、その頭を撫でた。

 イールは、天の皇尊に抱かれるアスタロトが羨ましくてならなかった。アスタロトと同じようにその影に近づいた。

「イールも私が見たいのか?」

「はい」

 好奇心は決まり事を容易く破り捨てる。

 両手を伸ばし、その影の腕に抱かれた。


 天の皇尊の胸に抱かれたふたりは、満面の笑みを浮かべ、口々に「ありがとう」と、何度もお礼を述べたのだ。

 


挿絵(By みてみん)

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