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天使の楽園・悪魔の詩 24


24.


 俺の家の猫をどうしても見たいというルゥを連れて、週末帰省した。

「かわいい~っ!」を連呼しながら、子猫と遊ぶルゥの方が、俺には猫よりもよっぽどかわいくて、こちらも笑みが絶えない。

「アーシュも来れば良かったのにね」

「うん、でも具合悪そうだったからね」

「アーシュにしてはめずらしいよね」

「…うん」

 アーシュが何を考えているのか、何となくわかる気がする。

 彼は…ルゥとの別れを決意しながら、それを言い出せなくて苦しんでいるんじゃないのか。

 

 ルゥと別れる…こんなに愛らしく無邪気な、大切な親友と離れ離れになるのは…俺だって嫌だ。

 第一、ルゥはアーシュと別れられるのか?

 いくら親元に帰れるとは言え、今の生活にルゥは満足している。

 アーシュに愛される、アーシュを愛す喜びを感じながら生きているルゥに、アーシュは別れを言えるのか?


 翌日、寄宿舎に戻ってみると、アーシュはいきなり本題を切り出した。

 アーシュは魔力を使いルゥを両親の元に還すと言う。

 それまで足りなかった自身の魔力を、アーシュは手にしたのだろうか。

 彼の言葉に迷いは感じられなかった。

 ルゥは泣く。

 当たり前だ。全幅の愛情で信頼しているアーシュ自ら別れを告げ、そして絶対に否定できない強引さでそれを押し付けているのだから。

 だからと言ってアーシュが何も傷ついていないとは思わない。彼は傷つきながらも選択したのだ。

 彼が導いたこの選択は、ルゥにとって絶対必要な道なのだから。

 

 それでも…直視できないほどに項垂れるルゥが可哀想で…可哀想で仕方が無い。

 俺は震えるルゥの肩を抱きしめた。彼は堰を切ったように泣き崩れた。

「ルゥ…泣かないで、ね。アーシュが恋しくなったら、すぐに戻ってくればいいのさ」

「…うん」

 可哀想なルゥ…


 その日の深夜、ルゥは独り、自分の枕を抱えて俺の部屋を尋ねてきた。

「どうしたの?」

「…眠れないから…ベルと一緒に寝ちゃだめ?」

「いいよ」

 ルゥには俺に出来うる限りの事をなんでもしてやりたかった。俺はすぐにルゥを部屋へ招き入れた。


「ココアでも飲む?」

「ううん、ベッドに横になりたい。眠たいのに寝れないって変だね」

「今日は色んなことがあったから、興奮しているんだろう。どう?少しは落ち着いた?」

「うん…少しはね」

 ベッドに寝るルゥの隣りに俺も寄り添って寝る。

 丸くなりながら俺にくっついてくるルゥは、まるでうちの猫たちみたいで、可愛くて仕方ない。


「アーシュは意地悪だ。あんな奴よりベルを好きになる方が何倍もマシだったよ」

「それ、何十回も聞いたし、俺の答えも同じだよ。君が一番必要としているのは俺じゃなくてアーシュだよ」

「…わかってる」

 ルゥは俺に沿うように全身の身体を這わせ、そして誘うように俺の口唇にキスをする。彼の身体の輪郭が俺の肌を刺激する。だが、こんな風にされても俺の身体はルゥに対して欲情する気配を持たなかった。

 俺にとってルゥは性を持たない天使みたいなのかもしれない。


「ベルってさあ…」

「なんだよ」

「僕には全然欲情しないんだよね~。安心するけど…ちょっと自信なくすよ。僕って色気足りないのかなあって」

「君と同じ事考えてたよ。何故俺はルゥを性の対象にできないのか…君は天使なんだろうね。天使は性別がないだろう?だからさすがの俺も勃たない」

「そうか~。僕はベルの天使か~。じゃあ、しょうがないね。別れる前に一回ぐらいはベルともセックスしたいなって思ってたのに」

「バーカ。アーシュに殴られるのは嫌だよ」

 俺たちは声をクスクスと笑いあった。

 ルゥは寄せた肌を少し離して、俺の顔をじっと見つめる。


「ベル、お願いがあるんだ。君にしか頼めないから…」

「何?」

「僕がここから居なくなったらね、アーシュはきっと落ち込むと思うんだ。ああ見えて僕よりもずっと寂しがりで甘えん坊なんだよ。だから…ベルに僕の代わりをお願いしたいの」

「勿論心配しなくても親友としてアーシュは俺が支えるつもりだけど、君だっていつまでも親に甘えてばかりじゃなくて、早く戻ってくるんだよ」

「違う、そういう意味じゃないよ、ベル。…アーシュはさあ、僕が居なくなったら寂しさを紛らわせる為に絶対節操なく誰とでも寝ちゃうと思うんだよ。あいつセックスに関しては貞操観念薄いから」

「俺も人の事は言えないけれど…」

「ベルはいいの。遊びだから。でもアーシュはね、本気で浮気するから嫌なんだ。僕が居ない間、メルがアーシュを本当の恋人にしちゃうかもしれないと思ったら、凄く腹が立つ。気分良くアーシュと別れられない。でもね、僕…ベルだったら許してもいいかなあ~って、思えるんだよね」

「ルゥ…」

「ね、頼むよ、ベル。君にアーシュの恋人になって欲しい」

 ルゥの言葉が胸に突き刺さった。

 彼は言葉に出来ない俺の心を読んだのではないだろうか。俺がアーシュを心底欲しがっていると、彼は知っているのでは…ないだろうか。

 もし、そうなら俺は…


「ルゥ、俺は…そんなことできないよ。君の代わりはできない」

「ベルにしかできないから頼んでいるんだ。僕の事を好いてくれているのなら。僕が安心して旅立てるように、ベル、了解してよ」

 ルゥは真剣だった。誤魔化す事を一切許さないと、アイスブルーの眼差しが俺に迫っている。

 心が痛い。

 アーシュの為に心を下す純真なルゥの前で、俺はどんな顔をしている?

 化けの皮を剥いて、アーシュをやっと俺のものにできると…豪語できるはずもない… 

 ルゥの言葉が俺の中に楔を打ち込む。

 俺は重い十字架を背負わされた気がした。

 それがルゥの思惑通りでも…俺はこの「業」を受け止めなければならない。

 アーシュを守ると誓ったのは、俺自身の切なる願いだったはずだ。


「…わかったよ、ルゥ。俺はアーシュを誰にも渡さないよ」

「ホント?…良かった。これで安心してゆっくり眠れるよ」

 ルゥは安堵したかのように、大きく深呼吸を二回繰り返し、そして俺の胸の中で静かに目を閉じた。

「おやすみ、ルゥ」

「うん、おやすみ…ありがとう、ベル」

「…」

 俺の胸の中で眠るルゥの背中を抱きながら、俺は一睡もできないまま夜が過ぎるのを待った。


 

 今年4回目の月食の深夜、ふたりは14歳の誕生日を迎えた。

 ルゥを両親の元へ還す為の儀式は、あの鉄塔の屋上で行われる。

 アーシュが言うには、あの場所こそ、次元を超える出口となる場所らしい。

 「聖堂の魔法陣は使えないのか?」と、問うと、「あれは普通の人間が入れる魔法陣じゃないよ」と、そっけなく答えた。

 アーシュが床に魔法陣を描いている間、ルゥは身を切るような空気と遊ぶように、はあ~と白くなる息を何度も吐きながら楽しんでいた。

 それでも緊張しているのだろう。アーシュのしていた赤いマフラーを奪い、それを首に巻いて祈るように両手を重なり合わせている。

「ルゥ、大丈夫?」

「うん、ありがと、ベル。心配はしていないよ。アーシュは上手くやるし、もうすぐ両親に会えるんだからね…大丈夫だよ」

 心配させまいと健気に笑うルゥは、こちらが心打たれるほどに強い。


 アーシュは膝を付き、自分で書いた魔法陣に触れ、呪文を唱え続けた。

 それは俺には理解できない…把握できない言の葉であり、もはや旋律と言って良かった。

 アーシュの端正な顔は厳かに満ち、また得も言われぬほど妖艶であり、この世に生を受けた人間ではありえないほどに…魔性の存在だった。

 俺はその姿に見惚れていた。

 彼が何者であろうと、俺は彼を愛しつづけるだろう。

 地獄にさえ彼となら、共に行くだろう。


 にわかに魔法陣が黄金の光を放ち、輝きを増す。

 風が巻き起こり、アーシュの緩い黒髪が流れ、マントが大きく巻き上げられた。


挿絵(By みてみん)


 アーシュはルゥを招き、その魔法陣の中心に立たせた。

 ふたりの別れの言葉をひとつひとつ刻み込で、俺はふたりを見守った。

 ルゥの身体が金色を帯び、ゆっくりと空中へ浮かんでいく。


「笑ってくれ、セキレイ。そして、言って。また会おうって」 

「うん…絶対…また…会お…う…」


 精一杯の無邪気な笑顔を残し、ルゥの身体はこの次元から、消えた。


 魔法陣の光が次第に薄れ、あたりは尖塔に灯る仄暗いランプの光だけになった。

 

 アーシュはその場に座り込んだまま泣いていた。

 先程までの人間とは思えない魔性の者だったアーシュの姿はなにひとつ無く、今は14歳の痩せた儚げな少年の背中だった。

 声を押し殺して泣くアーシュの背中をそっと、撫でた。

 崩れるようにアーシュの身体が俺に倒れこむ。

「行ってしまった…セキレイ…行ってしまったんだ…」

「アーシュ…」


 ルゥ…君を想って泣き続けるアーシュがここに居るよ。

 アーシュの涙はすべて君のものだ。

 君以上にアーシュが誰かを愛することは…求めることは決してないだろう。

 だけど、アーシュを愛し続ける俺を、許してくれ。


 アーシュは俺のものではなく、俺がアーシュのものになるのだから…




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