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Private Kingdom 26

26、

 セキレイを送り返した後、俺たちはその足で学長のトゥエへ報告に行った。と、言うより、俺は一歩も動けないほどに落ち込んでいたから、後はほとんどベルがやってくれた。

 翌日、セキレイは親の急用で学園をしばらく休学することになった、と、学校側は生徒に報告した。

 しょぼくれる俺に友人たちはさすがに迂闊には茶化しようもなかったのだろう。

 哀れみと同情で慰めてくれた。それに反発する気力さえ起きない俺は、薄ら笑いで受け流するしかなかった。

 

 夜が怖かった。

 セキレイの居ない時間が怖かった。

 ひとりでは寝つけない日々が続いた。

 ベルの部屋へ向かう。

 俺はベルしかいない。

 俺を抱いてくれとベルに頼み込んだ。

 勿論ベルは嫌がった。


 ベルは真夜中にパジャマ姿で部屋に押しかけた俺に、落ち着くようにとアップルティーを勧めた。

「アーシュはルゥが居なくなって心が弱くなっているだけだ。寂しいのなら一緒に寝てあげる。だけど…君を抱く事は…できないよ」

「何故?セキレイに対して罪悪感を感じるの?」

「…それだけじゃない。今、君を抱いてしまったら、俺は後悔しそうで、怖いんだ」

 ベルは俺と少し距離を置くように離れて座る。俺はその意味がなんとなくわかる気がした。


「前に君に言ったことがあったね。ベル、君は俺の中で一番美しい場所に住む親友だと…今でもそう思っているよ。でも…そうだね、俺の中でひとつの観念が変わってしまったのかもしれないね…」

 俺は温かいカップを持った自分の手を、見つめた。

 セキレイを抱いた手は、こんなに頼りないものだったのか…

「…俺は…セキレイやベルが思うより…遥かに弱い人間なんだよ。自分で還した恋人なのに、自分で傷ついて、堪えられなくて、君に慰められたいと懇願する…軽蔑していいよ」

「アーシュ…」

「でも一方で俺は考える。寂しいからって誰かを求めるのは罪なの?セックスは汚いもの?ベルと身体を繋ぐのがセキレイに対して悪いことなの?…それで言うなら、俺はもう当の昔からセキレイ以外の奴とも寝ているし、それに対しての罪悪感もない。もし君が俺と寝る事でそれを感じるのなら、俺がすべて引き受ける。だから、ベル、寝てくれ」

「君だけの罪じゃないよ。…今まで言えなかったけれど…告白するよ。俺は…アーシュに欲情していた。ずっと前から君が欲しくて…仕方なかった。セキレイの手前、言えなかっただけ…俺は君に欲望を持っていながら、君達の前で清廉潔白な親友のフリをしていたんだ…」

「いいじゃないか、その想いに嘘はない。ベルは俺を本気で愛してくれている。セキレイに対しても君は一度だって裏切ってはいない。俺は知っているもの、君の誠意を。だから、もし、ベルが俺を今も抱きたいって思ってくれるなら…大いに愛してくれよ。俺ね…愛されたいんだ。…他の奴じゃダメなんだ。セキレイを愛している君じゃなきゃ…ね、慰めてくれよ。もう、セキレイは居ないんだから…」

「ルゥはきっと、すぐに帰ってくるよ」

「いいや…帰ってこないさ」

「どうして?」

「俺はセキレイの家族を見た。彼らはセキレイを愛しているんだ。やっと自分の元に帰ってきた子供を親が簡単に返すと思う?セキレイだってこの10年間の想いがある。簡単には帰れないさ」

「アーシュはそれをわかっていたの?」

「うん…だから、辛かった…でもね、すぐに戻ってくるんじゃないかって…少しは願っていたんだよ。でももう、彼が還ってひと月だもの…セキレイは戻らない」

「…」

「俺は…セキレイが羨ましくて…妬んでいるんだ。あんなに素敵な両親がいることを。彼の幸せを祈りながら、両親と幸せに暮すセキレイが…憎くてたまらなくなる。…俺はこの世で独りきりだって…打ちひしがれる。すがりたくなる。誰かに愛して欲しくなる…俺は…どうしようも、ない…」

「アーシュ…泣かないでくれ。お願いだから…泣かないで…」


 震えて泣く俺を、ベルが抱かないわけがない。

 ベルの純粋な好意に付け入る自分が潜んでいるのを、俺は知っていた。

 俺はたぶん…悪魔なのだろう。

 知らぬうちに魔力を使い、魅了させ、引き摺り込んでしまうのだ。

 こんな俺が、ジョシュアのことを責める資格があるものか…


 優しいベルは、俺が満足するまで何度でも与えてくれる。

 彼は俺が望むものを与えようと懸命に俺を抱く。

 それがどんなに官能的であり快楽を得ても、俺はもう「senso」を使う気にならなかった。

 「魔力」が人の行く道を変える「力」ならば、未熟な俺はまだ、身の程を知らなさ過ぎる。

 身体に疼く官能の「魔力」が本物だとしても、俺はまだ…「人」でありたいと、願う。


 俺は捨てられた時から身に付けていたとトゥエから渡された「指輪」を、外した。



挿絵(By みてみん)


 

 トゥエ学長の家に着いた時には、外套に薄っすらと雪が舞い降りたままに残っていた。

「寒かっただろう。さあ、お入りなさい」

 玄関で外套を脱ぎ、暖炉のある部屋へ案内された。

 暖炉で薪をべている後姿に見覚えがある。

「あ、キリハラ先生」

「やあ、ご両人。お先に失礼しています」

「なんであんたがここにいるの?」

「え?だってアーシュの誕生日パーティだろう?私も君をお祝いしたいからね」

「…嘘つき」

「私がキリハラ先生にお願いしたんだ。執事が体調を崩してね。暫くで実家で静養するように薦めたんだ。私もここには休日しか帰らないから、家の中も散乱しているし、君達を誘ったものの、あまり気の利いたもてなしもできそうもないから、キリハラ先生にも手伝ってもらうことにしたんだ」

「学長宅とは目と鼻の先ですし、私も暇なので、喜んでお邪魔している…と、いうわけです」

「はいはい、そうですか…何でもいいや。美味いもんにありつけるならさ」

「シェフも雇っていないから、私の手作りの料理になりますが…」

「ええーっ?」

「安心なさい。味はキリハラ先生の保証つきです」

「学長オリジナルビーフシチューは、サマシティ一ですよ」

「キリハラの舌じゃ信用できかねるんだけど」

「まあ、味わってみなさい。ところで君達。私に付いてきてください。台所まで」

「「え?」」

「料理の助手を勉強させてあげるから」

 俺とベルはお互いを見合わせて肩をすぼめさせた。

 こりゃ、エプロンがけで働かなきゃ、今夜中に食い物にありつけるかどうかわかったもんじゃない。



 晩餐の用意は思ったよりも手早く終わり、俺達は望みどおり美味い食事にありつけた。

「リリとスバルが私用で来られなかったのは残念だったね」

「あいつらが俺の誕生祝をしたがるとも思えないから、来ないのは当たり前でしょう」

 リリとスバルは同じ学年の「ホーリー」だ。

 ふたりとも学長に誘われていながら、リリは実家へ帰省したし、スバルは…相変わらず部屋に引きこもっている。


「だが、君達五人の『ホーリー』が出た後の学年は、一向に『真の名』を受け継ぐ者がいない。これは一体どういうことだろうね」

「変なの。大体『真の名』を与えるトゥエの口からそれを言うの?すべてあなたが決めることではないの?」

「私は『天の声』に従っているだけだよ。私の意志ではない」

「嘘だ。あなたは知ってて、それを選択している。違う?」

「…」

「アーシュ、あまり学長を苛めないで欲しい。何かを選択するということは、それに対して責任を負うということでもある。突き詰めれば、選択続ける覚悟が学長にはおありになるという事だよ。…君だってわかっているだろう。その重みを…」

 キリハラがセキレイの事を言っているのは、わかった。

 俺が選択したあの子の運命は、俺は一生背負わなきゃならないものだ。


「そう言えば、ルゥはどうしているんでしょう。もう三年になりますが、卒業までにこの『天の王』へ戻ってくる気があるのでしょうかねえ。上手く卒業証書をもらえれば宜しいんだけど…」

 それを暢気に言うキリハラは意地が悪い。

「戻ってくるさ。戻ってこなきゃ…俺が迎えにいく。そんでみんな一緒に…この『天の王』から自由になってやるんだ」

「そう、願いたいね」

「キリハラ先生、あまり生徒を苛めないでください。あなたは贔屓にする生徒を揶揄いすぎるきらいがある。アーシュ、先生は君とルゥの事を心配なさっているのだよ」

「…わかってます」

 わかっていた。

 セキレイ…ルゥと別れて三年経った。

 17歳になった俺はもう子供とは呼べまい。

 「魔力」で彼を呼び戻せることも出来る。だが、二度と同じあやまちはしたくない。

 「俺を呼べ」とも、俺は要求してはいけない。

 俺はルゥに対する自分の中の欲求を抑え、彼の呼ぶ声だけを待った。

 ずっと待ち続けている。

 夢にさえも出てこない君を…


「君達の夢はなにかね?」

 暖炉の火の灯りに映えたトゥエ学長の影が、聞く。

 ベルは食後の紅茶を掻き混ぜながら、自分に問うように答えた。

「俺は…父を尊敬しています。ここを卒業し、大学で基礎を勉強して父の後を継ぎたいと思っています。それに母の実家である侯爵家としての義務も果たさなきゃならない。俺ひとりですべてを荷うことは出来ません。まわりの手を借りながら、この社会に対しての責任と義務を果たしたいと思う…面白みに欠けますけれど…」

「いや、何ひとつ補うことがない未来図だよ。ただ理想は理想だし、簡単には自分の思うようにはいかない。私もそうだったし、誰でも失敗に打ちひしがれる時もある。困難こそが人間を成長させるスパイスになろう」

「俺、辛いの苦手だよ」

「アーシュは甘党だしね」

 目の前のケーキを一口頬張った。

 味付けは…俺の担当だったが、砂糖の加減は適当だった所為か、少々甘すぎるかもしれなかった。


「楽して生きることが成長していないというわけではない。人というのは自分の口に合うものを探すだろう?でも好物でも食べ続けるのは段々と苦痛になってしまう。我儘ではない。それが真理なのだよ。人はとどまることを嫌うのだ。常に変化を求める。だが求める絵を想像しただけでそれを手にする努力に長けてはいない。困難な崖を自ら昇ろうとはしないんだ。だから『理想』というものは、我々の手には遠いものだろう」

「その『理想』を手にしてしまったら…どうなるの?人が立ち止まれないのなら、『理想』は『理想』のままで、手の届かないところで夢見ていたほうが、幸せではないの?」

「『理想』の『国』は…誰のものか…と、言う精神論だね。私は教育者として、君達生徒のひとりひとりが自分の『理想の国』を掲げて、それに邁進してもらいたいと願う。どんなに小さな理想でも個人的なものであっても、それは君達の『private kingdom』になるのだから…」


 「pivate kingdom」

 …そうだな。

 俺だけの国を創って、俺が神にでもなれば、すべては俺のもので…俺の好き勝手な理想の国に仕立てて、このデザートと同じように甘いものだけを与えて…

 平穏に、幸せに、延々と続く…


 

 ――― くたばってしまえ、そんなもの。



 俺は自分でデコレートしたチョコレートケーキを、フォークでぐちゃぐちゃに壊してやった。


 


「Private Kingdom 」終。



「preibate kingdom」はこれで終わりです。


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