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Private Kingdom 25

挿絵(By みてみん)

25、


「君は…帰らなくちゃならないんだよ」

「何故、君が勝手に決める。僕が…いつ君に帰りたいなんて言った?」

「言わなくたってわかる。君はいつも両親の夢を見ているじゃないか」

「…それは」

「それに、ついこの間、俺たちはあの場所に立ったよね。『senso』の力を借りて、幼い君が居た場所に。君のお父さんとお母さんと一緒に暮していた家を君も見ただろう?君は覚えていないと言った。頭の中で描く自分の幻想だといった。だけど幻想じゃない。『senso』は真実しか映し出さないことは、君も知りすぎているはずだ」

「…だからって…あの場所が僕の居た場所だからって、今でも僕の両親が僕を待っているとは限らないし、もう…居ないかもしれないじゃないか」

「だから、それを君が見極めなきゃならないって言っているんだよ、セキレイ」

「どうしてさ…どうして今更、アーシュはそんなことを言うの?…僕と別れたいだけじゃないの?僕に飽きて邪魔になっただけじゃないの?」

「そんなこと…君は信じるのか?俺の心は君が一番知っているくせに」

 セキレイは俺の目を見て、黙り込んだ。


 セキレイがここまで反発するとは思っていなかった。

 俺は充分考えたはずだ。考えるすぎるぐらい考えて、この話を切り出した。セキレイを両親の元へ還すことは、絶対間違ってはいない。なのに、何故、セキレイは嫌がる。

 どうすれば快く受け入れてくれるんだ。


 気を利かしてか、ベルは温かいココアを俺とセキレイを挟むテーブルへ置いてくれた。

 彼は何も言わず、俺を見つめ、肩に手を置いた。

 『落ち着け。大丈夫だよ』と、ベルの声が聞こえた。

 それだけで勇気をもらえる。


「聞いてくれ、セキレイ。この話は思いつきなんかじゃない。ずっと君を帰さなきゃって思っていた」

「…」

「俺があの日、あの川辺で凍える君を見つけ、そして君をこの『天の王』に引き入れた。…この意味は重い。それまで君は両親と幸せに暮していた。その生活を、俺が奪ってしまった。君も俺もまだ4歳だった。何がいけないのか、良いのか道徳心さえ整ってはいなかった…にしろ、君を君の両親から奪ったとがが俺にある」

「そんなこと…4歳のアーシュにそれだけの魔力があるわけないじゃないか。どうやって君が僕を親から引き離したって証明するんだよ」

「俺が欲しがったからだよ。…ひとりでは寂しかった。誰でもいい。何でもいい。俺は…自分だけの宝物が欲しかった。俺は…自分に気づかない魔力ちからで、君を…誘拐したんだ」

「それが事実であっても…僕は、不幸だって思ったことは一度もない。君と一緒で楽しかった。両親の記憶が無くても、少しも寂しくなかったよ。今ここに居る事を、僕は悔やんだりしない」

「俺だって、そうさ。俺は君を『セキレイ』と名づけた。トゥエは初めから君の名を知っていたんだ。だから『ルゥ』と、名づけた。それでも俺はその名を呼ばなかった。…決して君を『ルゥ』とは呼ばなかった。何故?…君が記憶を取り戻すのが怖かったからだ。君を俺に縛り付けていたかったからだ。本当の名前なんか呼んだら、君はいずれ、自分を知り、自分の場所へ還ってしまう…そう思っていたんだよ」

「アーシュ…」

「今更こんなことを言うのは道理じゃないってわかっている。――― 本当に今更なんだ。今まで一緒に暮してきた君を何故、今、還そうと決めた。勝手すぎるのはわかっている。…ねえ、セキレイ。俺には両親の記憶はない。だから両親への思いはわからないさ。でもね、俺にだって憧憬はあるよ。俺を産んでくれた人達がどんな姿でどんな人だったのか。俺を愛してくれていたのか。何故捨てられなければならなかったのか…君と一緒に見たあの情景…セキレイは両親に本当に愛されていたんだ。素晴らしい事実だよ。失った記憶はきっと取り戻せる。俺が願うんだからね。君を還す力を、やっと今、俺は持つことが出来たんだ。だから…」

 胸にしまっていた思いを言葉にして、伝えることは難しい。

 魔法でテレパシーにしてしまえば良かったのかな…それでも、きっとすべてを理解することはできない。

 俺自身さえ、こんなに複雑で整理が尽くどころじゃないんだもの。


 セキレイは椅子から立ち上がり、俺の前で跪き、俺の両手を掴んだ。

「アーシュ、君の気持ちは理解した。僕だって、今まで何も考えていなかったわけじゃない。両親のこともいずれは確かめる時が来るのだと思っていた。だけど、それは今じゃなきゃダメなの?君や、ベルや…この学園の大好きなものと天秤を掛けても、今、両親を確かめることが大事なの?」

「少なくとも俺らは魔法を使える。この力をもって、未来をどう生きるからはそれぞれだろう。だけど、自分の過去を知らない魔術師なんて、深淵を見たとは言えないよ。思春期の今だからこそ、自分を知ることは必要だ。それに…別れるったって、君が望めばすぐに帰ってくればいいのさ」

「え?…本当に?帰れるの?」

「一度、君を引き入れた俺に、出来ない技じゃないと思うよ。君が心から俺を呼んでくれれば、俺はそれに応える」

「本当…だね。アーシュはすぐに都合のいい噓をつくから信用ならない」

「だったらベルに誓ってもらう。ベル、君からも言ってくれよ。セキレイが望めば、いつだってここに帰って、また三人で悪さができるってさ」


 俺たちの様子を見守っていたベルが、跪いたセキレイの隣りに座り込み、セキレイの肩を抱いた。

「ベルは知ってたんだね、アーシュが僕を還したいって目論んでいたって」

「…アーシュがルゥの事を考えてこの提案を俺に話してくれた時、俺も反対したよ。俺も今更って思った。こうして俺たちが学園の生活を楽しんでいるのに、ルゥを還すなんて…言葉はいいけれど、ルゥには辛すぎるだろうって…。でも、アーシュも辛いんだよ。君を引きずり込んだ責任を今も感じている。だからその重荷を取り外さなきゃならない時が来るって…ルゥだって、嫌だろ?アーシュは君を愛しているが、その愛情の中に、君への負い目があるって気づく日が来るかもしれないじゃないか」

「ベル…」

「アーシュの言うとおり、君の両親に会って、そしてアーシュが恋しくなったら帰ってくればいいのさ。どんな次元に居たって、アーシュなら、君を連れ戻す事ぐらいわけないんだから。彼は俺らの魔王だからね」

「…うん」

 セキレイは涙ぐみ、身体ごとベルに寄りかかった。

「…ベル?」

「なあに?」

「僕はアーシュのことを愛しているけれど、同じぐらい君の事が好きなんだからね」

「うん」

「だから、僕の事を忘れないでよ…」

「忘れるわけないだろ。俺もずっとルゥを想っているから」

 泣きじゃくるセキレイの身体を、ベルは優しく抱きしめた。

 ベルの癒しこそが、今のセキレイには必要なのだ。


 魔力の強さに、人の価値を当てはめることはできない。

 俺ではできないことを、ベルやセキレイはきっとやりとげる。

 万能な魔術師などになろうとは思わない。

 神になどなるつもりはないのだから。


挿絵(By みてみん)


 セキレイとの別れの前夜、俺たちはお互いの肌の温もりを忘れないように、ただ抱きしめあっていた。

 「senso」も使わず、今ある時間だけを共に感じていた。

 言いたいことを言い、愛を確かめ、別れを悲しんだ。

 「結局のところ、人は独りなのだ」と言うと、「だから独りではいられないんじゃない」と言う。

 「絶対、戻ってくるから。待っててね、アーシュ」

 「うん、ここで君を待つ。君の呼ぶ声を聞き逃さない。だから早く戻っておいでね。寂しいから」

 「なんだよ、君が帰れって言ったくせに」

 「これこそが二律背反だよ。論理的にね」

 「僕に言わせれば、勝手な言い草でしかないって論法だ」

 「…確かに言える」


 俺たちは笑った。

 ずっと昔からこうして笑いあった。

 ずっとずっと一緒に笑いあって、生きていけるって…

 信じているから。

 だから、君は君の道を選ぶ為に、行っておいで。


 ―――― 天上の月が赤く染まる月食の夜。

 深夜、寄宿舎抜け出し、セキレイとベル、三人で森へ向かった。目的の場所はついこの間まで「イルミナティ・バビロン」が占領していた、あの鉄塔だ。

 あの場所がこの「天の王」の敷地での魔力の放出が適うのなら、俺たちの目的を達成できる。


 零時を過ぎれば、俺とセキレイの14歳の誕生日だ。

 鉄塔の門を開け、エレベーターを起動させる。

 鉄塔の屋上まで昇る間、俺たちは「天の王」の夜の灯りと  少しずつ欠ける月を眺めていた。

「着いた」

 12月になったばかりとは言え、さすがに初冬とは言えず、屋上はキンと凍る空気にさらされていた。

「寒いね」

「さすがに、ね」

 防寒対策は万端だとほざいていた俺が一番に羽織ったマントをきつく身体に巻きつけた。

「空は晴れているから、雪は降らないと思うけれど…月食を見ながら旅立てるのも、素敵じゃないか」

「あの血の月を見ながら旅立つなんて、あまり気分が良くないけどさ。アーシュの能天気には、あの赤い月も呆れて見放すしかないんだろうね」

「月食は真の力を魔に変える。大丈夫、俺は巧くやるから、大船に乗ったつもりでいろよ」

「穴が開いていないことを祈るよ」


 床に染み付いていた魔方陣を再度呼び起こす為、俺は複雑な紋様と文字と数字を石灰石で丁寧に描き直した。


「元気で、ルゥ。故郷へ帰る旅に出かけるって思えばいいのさ。親なんて一度甘えりゃ、お互いすぐに厭きるものさ。向こうから君を解放してくれるよ」

「本当?」

「そう俺が望んでいる」

「ふふ…アーシュは最後までアーシュだ」

「最後って言うな。これを最後にするもんか」

「気をつけてルゥ。これ、ノアとミライの写真だよ」

「うん…ありがと、ベル。大事にする。こっちに帰ってくる時は、この子猫たちもきっと大きくなっているね」

「不細工なデブ猫にでもなって、君を幻滅させるだろうね。早く戻っておいで、ルゥ」

「ありがと…ありがとう。絶対戻ってくるから、待っててね」


 俺は指に嵌めた指輪に祈りをこめて、魔の言の葉を唱える。

 魔法陣が赤く輝き始める。

 初等科、中等科、高等科、保育所の天上に置いたそれぞれの宝石が光る。

 輝きながら直線になり、この塔に繋がり、空間に五芒星ペンタグラムを描く。 

 魔法陣が天上に光を放つ。天の空間が少しずつ丸い光の円を膨らませながら、形どる。


挿絵(By みてみん)


「さあ、セキレイ。円陣の中央へ立って」

 俺の手を掴み、彼は躊躇いながら足を踏み入れる。

「…」

 たなびくマントが床の光を受け、虹色に輝く。

「怖くないよ。俺が手を繋いでいるから」

「君を信じてないわけじゃないけれど…臆病な僕を笑わないでね」

 光は彼の身体全体を包み、そして彼を虹色に染めていく。

「君を臆病とは思わないが、笑わせておくれよ。笑顔で送りたいから…」

「アーシュ…」

 彼の身体がゆっくり…ゆっくりと空中に浮かんでいく。

 見つめ合った目は決して逸らさない。

 伸びきっても離さないお互い手、お互いの指、

 そしてその先が…

「笑ってくれ、セキレイ。そして、言って。また会おうって」 

「うん…絶対…また…会お…う…」

 

 泣きそうな、それでも精一杯の笑顔で、彼は天上の光に消えた。



 ――― 行ってしまった…

 本当に行ってしまったんだ…


 段々と薄まる光の粒を見上げ、見つめ続けた。

 光は静まり、赤い月だけが天上に残った。


 俺はさっきまで彼の手を掴んでいた自分の右手を見つめた。

 まだ彼のぬくもりが残っている。

 まだ…


 突然、凄まじい喪失感が身体に襲い掛かった。

 まるで…この世の闇が俺を押しつぶすような絶望。

 俺はその場に座り込んだ。

 自分が選んだ運命だ。

 誰の所為でもなく、誰に命じられたわけでもなく、ただ俺が為すままにやってしまった現実だった。


「セキレイ…」

 俺の選んだものは…正しかったのだろうか…


 泣き続ける俺を、ベルはただ黙って抱きしめた。

 その広く温かい胸の中で、俺はいつまでも泣いていた。




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