Private Kingdom 24
24、
俺とセキレイがトリップする場所は、決まって「秘密の楽園」で、俺たちは宇宙に存在する無数の星々を眺めながら、その無限の光景にただ酔いしれるのだった。
ひとつの星の輝きに多くの生命があるとしたら、その中にこの一瞬に生きている同志がいるとしたら、俺たちと同じ形を成したヒトがいるとしたら…その仲間たちと関わりあいたいと思うのは、この次元に漂っているからだろうか…
俺の身体に寄り添うセキレイは「今まで僕はアーシュと一緒なら、どんな場所でも怖くないし、寂しくなんかなんか感じたりしないって思っていたけれど…こんなに広い宇宙にふたりきりじゃ…こころもとないね」と、言う。
そうだね、ふたりきりじゃ…どんなに愛しあってもつまらないよ。
ある夜、いつものようにセキレイとふたり抱き合い、「senso」を確かめ合っていた。
その夜は不思議なことにあの宇宙に浮かぶ空間ではなく、どこかの次元の森へ迷い込んだらしい。
森はさほど深くなく、ふたりしっかりと手を繋ぎ陽の光を目指して歩いていたら、広々とした草原へ開かれた。
淡い若草が揺らぐ海波。さわさわと気持ち良さ気に風に靡く音。すべてが心地良い。
水平線に萌黄色の清楚な家が見えた。羽を形どった風速計がパタパタと軽やかに回っている。
近寄って白木の低い塀に手を掛けて覗き見た。
それ程広くないが、ひとつひとつ手を入れた庭の草花が微風にそよいでいる。
俺とセキレイはその庭へそっと忍び込み、窓から家の中を覗いた。
…誰も居ない。
「留守なのかなあ」と、お互いの顔を見合わせていたら、玄関のドアが開いた。
その家の住人と思われる三つの影が玄関の白いレンガに映った。
愛らしい子供の声が響く。
父と母と幼い子供…もつれ合い、はしゃぎあいながら、仲むつまじい親子の姿が現れた。
俺たちは木の陰に隠れ、その様子を眺めた。
「ほら、父さんの言ったとおり、晴れただろう?神様はいい子にはちゃんと加護をくださるのだよ。坊やは、この間みたいに間違えたりしてはいけないよ」
「今日はちゃんと歌えるよ。もう間違わないもん」
「そうね、沢山練習したから、大丈夫よ。でも間違えても一生懸命に心で歌えば、神様も褒めてくれるのよ」
「ほんとに?」
「ええ、本当よ、ルシファー」
俺たちは息を呑んだ。何故って…そのルシファーと呼ばれた子供は、まぎれもないセキレイの幼い頃の姿だったんだ。
「うそだ…」
抱きしめたセキレイの身体が震えた。
「あれが…僕のお父さん、お母さんなの?」と、呟くセキレイに、なんと言葉をかけていいのか…わからない。
三人は家を後にして、草原へ続く小道を和気藹々と歩いていく。
確かめるべきなのか?あの三人を追いかければいいのか?そして、あなた方の息子がここに居ると言えばいいのか?
違う。これは過去の空間だ。今の俺たちが居るべき場所ではない。
だが…セキレイが欲しかったものが、この空間ならば、俺はセキレイをここへ連れて行かなければならない。
俺はセキレイを手放す時が来たのだと、自分に言い聞かせるのだった。
11月の晦日だった。
その日は休日でセキレイはベルの実家、セイヴァリ家へ出かけて行った。
前々から願っていた、ベルの父親が飼っているネコと遊びたくて、ベルの帰省の際に一緒に出かけたのだ。
俺も誘われたが、その時は頭が重くてどうしても一緒に行く気になれず、二人を見送ったのだ。
ベッドで休んでいても、何かしら胸のざわめきが収まらない。
セキレイを送る準備が、俺自身に整っていない不安なのだろうか…。
俺は部屋にじっとしていられず、何がしかの天啓を求めて、「天の王」の中心である聖堂へ足を運んだ。
学校行事や祭事以外は滅多に入れない聖堂の大門は勿論固く閉ざされている。
裏口へまわり、誰も知らないはずのダイヤル式の鍵を本能で開け、その重い扉を開けた。
厳かに秘蹟に包まれた空間は、人智を超え、静謐に佇む。
この世界のあらゆる大地に、数多くの救世主が生まれ、それぞれの宗教が蔓延る。それを信仰する人々の数だけ、罪と贖罪が積み重ねられるとするならば、永遠に人の業というものは消えないものだろう。
この空間が人の業を赦される業にするのなら、何物からも救われるのだろうか…
俺は聖堂の中央、黄玉の円が描かれた空間に近づいた。
高窓のステンド硝子の光線がその床を照らし、ゆらゆらと揺らめいている。
そして、光は一点に集まり、黄玉の床に複雑な紋様を描き出していく。
「魔法陣?」
いや、見たこともないほどの多重の鎖が絡み合い、光を紡ぎ合わせている。
俺はその様子に見惚れていた。
その時、その魔法陣の中から、微かな声が聞こえてきたのだ。
聞き取れないほどに微かに…だが、確かに「アスタロト…」と、呼んだ。
ゆっくりと、何度も、繰り返し…俺を呼ぶ。
俺の記憶にない声音だ。
誰なのだろうか?
俺は自分を呼ぶ声の主を知りたいと思った。いつものように高まる好奇心に従順であろうとしただけだ。
「誰?。俺を呼ぶのは、誰なんだ?」
陽炎のように立ち込める光の中へ、踏み入れようと足を出す…。
「アーシュっ!」
俺を呼ぶ激しい声に、俺は歩みを止めた。
「アーシュっ!それに近寄ってはいけないっ!」
「…トゥエ…」
「天の王学園」の学長トゥエが、俺に走り寄ってくるのが見えた。
「どうしたんです?そんなに急いで」
「アーシュ…」
彼は何も言わず、俺の身体を抱き寄せた。
トゥエは震えていた。俺は今までこんなトゥエを見たこともなかった
「…トゥエ…どうしたの?」
「君が…行ってしまうのが…見えたんだ。私は…」
トゥエはそれきり何も言わず、魔法陣の光が消えるまで、俺を離さなかった。
しばらくして、聖堂はまた元の静かな空間へ戻った。
トゥエは抱きしめた俺を離し、いつもの穏やかな顔を見せた。
「…突然悪かったね、アーシュ」
「…俺、力が欲しかったんです。ここに来れば、何かを得られるかと思って…忍び込みました。ごめんなさい」
「それはいいんだ」
「あの黄玉の床が突然光りだして、魔法陣を描き始めて…それで、誰かわからないけれど『アスタロト』って、呼ぶんだ…だから…」
「…」
「トゥエ、あれは近づいてはいけないものだったの?」
「…わからないよ、アーシュ。私にもわからないんだ。だけど、今、君を失いたくなかったのは…私のエゴなのかもしれない。君を…行かせたくなかった」
「トゥエ…」
「私は脆弱な人間だよ」
「そんなこと…」
「いや、事実だ。…年月がそうさせるのかもしれないね。年を追うごとに弱くなる。ひとりで生きるのが辛くなるんだ。…君達若者を引き止める意義を持たない私に、力は無いのだけれど…」
「そんなことないよ。トゥエは俺の大事な家族だよ。そうだろ?トゥエが俺を拾ってくれたんだ。育ててくれたんだ」
「そうだね。君は私の大事な家族だよ。アーシュ、君は…ルゥを還そうと決めたんだね…ねえ、ルゥとの別れを決心した君を、私は誇りに思うよ」
「知ってたの?」
「別れは辛いものだ。でも『その時』は必ず来る。君は間違っていない」
「俺は…巧くセキレイを還せるだろうか。その魔力が今の俺に整っている?」
「こちらへおいで」
トゥエは聖堂の奥の壁へ俺を連れていく。
幾つかの鍵穴があり、トゥエはそのひとつに鍵を差し込んだ。
瀟洒な引き出しから絹に包まれた小さな包みを取り出したトゥエは、それを俺に手渡した。
透明な薄青の宝石の付いた金の指輪だった。
「君がここに捨てられた時、君の指に嵌められていた指輪だよ。石はアクアマリンに似ているが、この地上のものではない鉱物のようだ」
「俺の…ものなの?」
「強い魔力が秘められている。使い方を選ぶけれど、持ち主は充分に権利を得ていよう。…アスタロト・レヴィ・クレメント、これは君の宝具だ」
俺は手の平に置かれた水色のクリスタの石を撫でた。僅かだが中から藍い光が放たれる。
俺は迷う事無く、右手の人差し指にその指輪を嵌めた。
一瞬、身体中の血が逆流するかと思うほどの刺激が走ったが、俺は自分の意思でそれを押さえ込んだ。魔力の暴走は担い手の精神力で荷うものだ。
これが俺のものならば、俺は絶対に従わせてやる。
「トゥエ学長。セキレイを…ルシファー・レーゼ・シメオンを、彼の故郷へ還すことを許してくださいますか?」
「…君の望むままに」
トゥエは俺を息子のように愛してきた。セキレイもまた、トゥエにとっての家族だろう。
セキレイとの別れの辛さが、俺だけでないことを、俺は刻み込まなければならない。
翌日、セキレイとベルは寄宿舎へ帰ってきた。
「でね、ホントめっちゃかわいいんだよ~、ベルん宅の子猫たち。これ見て~」
セキレイはネコを写真を俺に見せる。
「このノアって黒いネコはやんちゃでね。ベルの言うとおりアーシュにそっくりだ。抱こうとしても逃げまわるんだもの」
「ついでに引っかかれただろ?」
「うん、そうなの。でもかわいいから許せる~。それにね、カルキって魔術師にも会ったの。ちょっと変わった魔術師さんだったけど、かわいかったよね~」
「ああ見えてカルキ・アムルの魔法力は凄いんだよ。そうだ。アーシュにも是非会いたいって言ってた」
「今度はアーシュも一緒に行こうよ」
「セキレイ」
「…なに?」
「君に大事な話がある」
「え?…なに?」
「俺、席を外そうか?」
「いや、ベルにも居て欲しい」
「…怖いよ、アーシュ。一体なんの話?」
「俺は…君を両親の元へ還したい」
「…何の話だよ…」
セキレイの薄青の瞳が切なげに揺らめいていた。