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天使の楽園・悪魔の詩 16


挿絵(By みてみん)


16、

 西の海に日が沈む頃、長い竿を持った火付け人が、街頭から埠頭に並ぶひとつひとつのガス灯に点灯していく。

 海と空の境目が無くなる薄闇の中、紫色に染められた景色に魚の尾びれのように揺れるいくつもの灯りを見るのが好きだった。


 すっかり陽が暮れると、浜風が静かになる。

 潮の匂いとガス灯の灯りに誘われ、辺りは喧騒に色どられていく。

 港湾に停泊した観光船や漁船、貨物船の客や船員たちが、夜の街に出向こうと埠頭に降りるのを見計らい、宿の出迎えや呼び込みが賑やかしいのだ。

 それに混じって、一夜の客を取る為に娼婦や男娼たちも桟橋近くに陣を取る。

 派手な色使いと大柄のドレスを着ているのが娼婦。

 おれ等男娼は白いシャツに短ズボン。髪に花を挿している。

 白いシャツは清潔に見えるから、花はお客に手折って欲しいと思わせる為だそう…あんまり意味は無い。

 

 レンガ舗道から埠頭への出入り口になる階段の端に座っていると、顔見知りの花売りの子供が目の前に立つ。

「花要らんかい」

「ひとつお願い」

「どの花がいいの?」

「一番安いのを」

 子供は黙って、両手で抱えた籐で編んだ籠から白いプルメリアの花を一輪だけ差し出した。

 コインを見せて、首から提げた彼の巾着へ入れた。

 子供はひょこひょこと細い足をもたつかせながら港へと歩いていく。


 買った花を見つめ、今日は誰に手折られるんだろう…と、らしくない事を少しだけ考えた。

 仕事だから相手を選んではいけないのはわかっているけど…出来るなら、カッコいい人がいいなあ…昼間の黒いコートの人とかさあ…

 思い出すだけで口元が緩む。

「カル、何ニヤニヤしてるの?またこんなところでのんびりしてると、お客にありつけないぞ」

「リシュ」

 リシュはおれよりふたつ上の同業者であり、面倒見の良い頼れる友人だ。

 相談や愚痴など、なんでも聞いてくれる。


「背中の傷は大丈夫かい?」

 隣りに座ったリシュは赤いプルメリアを付けている。濃いグレーの髪に良く似合う。

「うん、元締めが珍しく塗り薬をくれたからね。だけど傷が治ったのはリシュのおかげ」

「せっかく痛い目みて稼いだ金を、バカ正直に元締めに手渡すアホはおまえぐらいだよ、カル。少しはズルして手前で懐に貯めとけよ。そうしないといつまで経ってもこっから出られはしないんだからな」

「わかってるんだけど…」

 嘘は得意じゃないし、顔に出ちゃうからどうせバレる。

 バレて打たれるより、正直でいる方が楽だもん。

「でもリシュの癒し魔法は本当に良く効くよね」 

 安い塗り薬で打たれた痛みや傷が簡単に治るわけはない。

 癒し魔法を使えるサティが仲間であるという有り難味は、おれ等男娼をしている者なら、誰だって身に染みて経験済みだ。


「カルのイケメン好きは今始まったことじゃないけど、顔だけで選んだら駄目だっていつも言ってるだろ?変態も程々にしろよ。ちゃんと金払いの良い客を選らばなきゃね。それくらいの魔力を使わずして、何のサティなのさ」

「だって…おれ、リシュみたいな魔力は無いもん…」

 リシュは仲間うちでも高い魔力を備えている。傷を癒す方法も、天候を予言する力、占いだって良く当たるんだ。おれと同じで家族の仕送りの為に働いているけれど、良いマスターを得て、もうじきこの島から出る予定だ。


「カルは僕の弟みたいな気がしてるからさ…おまえを残してここを出て行くのは少し心配だ」

「ゴメンなさい」

「でもね…」

 リシュはおれの右手を掴み、手の平を向け指でなぞった。

「カルキの未来はね…なんというか…波乱万丈なんだけどとても、美しいんだ。なんだろうね…僕には予想もつかないほど過酷なものが待ち受けているのに…おまえは笑っているんだ、幸せそうにね」

「リシュはいつもそう言ってくれるね。おれ、リシュがそう励ましてくれると、仕事が辛くても頑張れるよ。リシュが居なくなるのは寂しいけど、リシュの言葉を思い出して頑張るよ」

「別に…励ましではないけどね。目の前に見える映像を口にしているだけなんだけどさ」

「うん」

「きっとね、大変な未来なんだろう。だけど、僕もおまえも…誰だって…懸命に生きるしかないもんな」

「そうだね」

「さあ、仕事仕事。今は稼いでお金を貯めること。それが懸命に生きている僕らの証だ」

 立ち上がり、差し出すリシュの手をおれは掴む。

 まだ見ぬ未来がなんであれ、今は金払いの良い夜の相手を見つけなきゃならないんだ。


 

 翌日、珍しく目が覚め、昼近くに起き上がった。今日も晴れ。青空が眩しい。

 腹ごしらえに買った魚肉とマスタード入りのパンを船を見ながらで食べようと、紙袋を持ったまま人通りの少ない埠頭へ向かった。

 あのカッコいい人にもう一度会えたらなあ…なんて幸運を願いながら、階段を下りる。


 停泊した船は…大小合わせて六つ。

 お祭りや行楽シーズンはこの倍以上になるから、今は少ない方だ。

 遠洋漁船と貨物船、客船が殆どで、小さな漁船は街の端にある漁港に集まっている。

 白い外壁の船が多い中、何故か端にひとつだけ黒い中位の貨物船とも漁船ともつかない船が停泊している。

 昨晩は暗くて気づかなかったけれど、何だかその船の形状は異質だった。

 おれはその船を近くで見たくて、早足で近寄った。

 その船に続く桟橋に背の高い男の人がふたり向かい合ったまま立っていた。

 そのひとりが、昨日のカッコいいコートの男の人だと、おれはすぐに気づいた。

『わお!超ラッキー!』

 心躍る気持ちを抑えて、静かに近寄ってみる。


 その人は向かいあった長い金髪の男性と喋っていたが、外国の言葉はおれにはわからなかった。勿論話の内容も全くわからない。ただ、機嫌はすこぶる悪そうだった。

 昨日と違って黒いコートではなく、普段良く見る観光客のような恰好だ。

 薄手のパーカーにジーンズ姿も長くて細い足に似合って惚れ惚れするほどカッコいい。

 

 その人は激しい口調でひと言相手の人に言い放つと、こちらへ向かって歩いてきた。

 桟橋の正面に立ち止まっているおれをちらりとは見たが、気がつかない様子だった。

「あ、あの…昨日はありがとうございました」

 通り過ぎる間際、おれは思いきって声をかけた。その人は立ち止まっておれを見る。

 一回、二回左右に首を傾げた後、「ああ」と、言う風な顔をしておれを見つめた。

「おまえ…昨日のガキだよな」

「そ、そうです」

「こんなところで何してる」

「さ、散歩…?」

 ふ~んと顔をしかめ、その人はおれを見つめた。こちらは恥ずかしくて見つめ返すことができなくなってしまい、下を向いたまま、もじもじとするしか仕方が無い。

 

 その人がゆっくりとおれに近づいてくるのが、桟橋に映る影でわかった。

 ああ、鳴り響く心臓の音で鼓膜が破れそうだ。

「今、暇か?」

 その人の声が目の前で聞こえ、思わず顔を上げた。

 いや…見上げた。

「え?あ、ひ、暇ですっ!めちゃくちゃ暇っ!」

「そう…なら、ちょっと付き合ってもらえないか?」

「も、もらえますっ!どこまででも付き合いますっ!」

 舞い上がる心をどう押さえたらいい?

 右手に持った紙袋を胸に押し付け、おれは必死にその人の顔を仰ぎ見る。


 ああ、なんて…綺麗な夢のような人なんだろう。淡い亜麻色のさらさらの髪が潮風に流れて、キラキラ輝いて、王冠のように見える。

 昔、田舎の家で姉さんが話してくれた物語の王子さまはこんな人ではなかっただろうか… 


「スチュワートさま。あまり遠くへは行かれませんように。この島は小さいですが未だ未熟な街です。身の安全は保障できかねます」

「…だから商売が成り立つんだろ?」

「スチュワートさま」

「いちいち構うなよ。ガキじゃないんだから」


 話していた金髪の男の人が近づいてきた。

 スチュワート…この綺麗な人は「スチュワート」と、言う名前なのか…

 ああ、綺麗な高貴な印象的なカッコいい響きだなあ~

 顔も背格好も良くて、名前も申し分ないなんて…こんな完璧な人間って…この世に存在するんだなあ~

 しかもこの金髪の男の人も、大分老けてはいるけど、すごくカッコいい。 

 外国の観光客も沢山見てきたけど、こんなにカッコいい人たちは、今まで居なかった気がするけど。

 どっかの国の王室の方々なんだろうか…

 そうだ!きっとそうに違いない。

 この黒くてカッコいい船もきっとどっかの国の王様のものなんだ。

 そんでこのスチュワートっていう人は…本物の…王子さま…?


「あ、あの…」

「この子は?」

「ああ、島を案内してくれる地元の子だよ。約束していたんだ。なあ」

「は、はい。地元の子です。カルキって言います。王子さまをちゃんと危なくないように案内しますから、安心してください」

「おう、じ?…地元の呼び名か?ま、いいけどさあ」

 スチュワートと呼ばれた王子さまは、そう言うと、いきなりおれの左手首を掴んだ。

 そのままおれをグイグイ引っ張って歩いていく。

 ああ、なんだよ、これ。夢に見た憧れのシーンじゃないか。

 そうだよ。姉さんが話してくれた物語は、白い白馬に乗った王子さまが、城に閉じ込められた美しく可哀想なお姫様を助け出して、さらっていくんだ…


 おれ、可哀想でも美しくもないけど…さらわれてみたいな。

 この王子さまになら、おれは何されたって構わないんだから。





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