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天使の楽園・悪魔の詩 14

14、

 白いクロスを張ったテーブルには華やかさを彩るキャンドルや花々が飾られている。鏡の中にはオードブルだろうか、誰が見ても高級食材を使った料理が手に触れるかのような距離に、即ち目の前にあった。

 俺はストレートな疑問をカルキ・アムルにぶつけてみる。

「これって、部屋のどこかにカメラか何かを仕組んでいるの?」

「ああ、これはスチュワートの目線なのですよ。彼の目がカメラになっています。彼の見た映像が脳の中枢で媒体となり、私の魔力を通じて、この鏡に映しているのです」

 そういう使い方もできるのか。すげえ便利な魔法だな。

 だけどそうなると…

「じゃあ、親父は、あなたが見ていることを知っているの?」

「ええ、私が魔力を使って、同じものを見ていることを彼は感じているでしょう。勿論、媒体の感応力は充分必要ですが、彼は魔術師を非常に巧く扱うことができる極めて優れたイルトです。あ、クリス。母上様ですよ」

 父の目線が右を向いた。父の右隣には、俺の母の横顔が見えた。ナタリーは親父に見られても別段気にする様子もなく、品良くオードブルを口に運んでいる。


「ナタリー様は…初めてお会いした時と変わらず可憐でお美しい…。私と違って普通のイルトなのに、本当に歳を取らない不思議な方です…」

 カルキは鏡に映る母に見惚れている。

「あの…あなたは親父の愛人でしょ?母も好きなの?」

「え?…ち、違います。ナタリー様はなんというか…鑑賞するのが楽しみ…というか、あの方の容姿は私の理想の女神なのです。…変ですか?」

「変…だけど。アイドルを好きになる感じ?」

「そう言われたら、そうかも…。こんな事をクリスに言うのもいかがなものかと思うのですが、スチュワートにナタリー様を薦めたのも、私がナタリー様の容姿に一目惚れしたからなのです」

「それで…父は素直に母と結婚したの?」

「素直と言うか…『仕事の得になるならするだけはしてやる』…と、言う具合でして。彼は、美術や芸術などに興味を持たない男なので、ナタリー様の魅力はわからないんです」

「でも、父はあなたには執着しているよね。俺の知る限り、あなた方はいつでも一対の鳥のように寄り添っている。こちらが妬いてしまうぐらいだ」

「え~っ!す、すみません。そんなにイチャイチャしているつもりはないんですが…」

 カルキは顔を真っ赤にしながら、俯いた。40のおっさんが恥らっていると思うと気分が滅入る。

 と、言うか、かまをかけたつもりが、こうもバカ正直に受け取られると、こちらもドン引きする。

 まあ、少なくともこの魔術師は親父にゾッコンらしい。


「エドワード様のお姿も見えますよ」

 顔が赤いまま、カルキは鏡を指差した。

 目線が移動したのだ。

 テーブルの向かいに座るのはエドワードだ。エドワードは優雅に人差し指を顎にあて、親父の視線を受けた。そして隣りの母親の方へ顔を捩らせる。彼はいつも意味ありげな動作をする。その実、彼の中ではどうでもいいと捨てぱちになっているからやっかいなんだ。

 どう見ても母を見つめている目は姉への信頼の情ではない。


「クリスはエドワード様と親しくされていると伺っていますが」

「ええ。エドワードは親身になって俺の後ろ盾をしてくれています。父に申し訳ないけれど、エドワードが本当の父なら…と思ったこともあったぐらいだった。でも彼とは…父親役はゴメンこうむると言うんだ」

 さすがに身体の関係まで露呈する気にはならなかった。言わなくてもこの魔術師にはわかっていただろうが…

「エドワード様はあなたに良く似て、貴族の品性をお持ちで、見目麗しい端正なお方です。それに頭も良い。昔は疎遠でしたけれど…今はスチュワートと共同の仕事をしているのです」

「ホントに?」

「ええ、エドワード様は美術品など見立ては確かでしょうから、そちらの品定めなどは力をお借りしています。スチュワートも彼は良い実業家になれると言っていますよ」

 ホッとしながらも、複雑な気分。

 エドワードがマトモに仕事をしていることは大歓迎だが、果たして父はこの姉弟の感情の行方を理解しているのだろうか…


「クリストファー…こんなことはお聞かせするべきではないかもしれませんが…ナタリー様が妊娠された時、私は本当に嬉しかったのです。スチュワートの遺伝子を持った赤ちゃんを得られることが私の望みでした。しかもナタリー様のような美しい方が母親です。赤子が生まれるその日を楽しみにしていた。生まれたあなたは確かに美しかったが、スチュワートには少しも似ていなかった。その上、アルトだった。私は愕然としました。あなたは両親よりも叔父のエドワード様に似ていた。愚かな疑惑を抱いた私は…あなたの血を少しだけいただきました。スチュワートの本当の子供か見極める為です。…結果は、あなたはスチュワートの子供に間違いなかった…。その報告をスチュワートにしたら、散々叱られました。『くだらんことをするな!』と。スチュワートの言うとおりです。どのような結果であろうと、あなた自身には何の罪もないことなのに…疑った自分の愚かさを悔やみました。私はあなたにどんなに謝っても、謝り足りないのです」

「…」

 思いもよらない言葉をもらった…

 俺はカルキの言葉が、天上から落ちてくるように思えた。

 俺がスチュワートの本当の子供なのか…ずっと拭いきれなかった怯えだった。

 この魔術師が言ったことを、信じていいのだろうか。鵜呑みにしていいのだろうか…

 俺は魔術師カルキ・アムルを見つめた。

 カルキは何も言わぬ俺の求めに、深く頷く。


「ありがとう、カルキ・アムル」

「え?」

「今夜、あなたが正直に話したおかげで、俺も本気で親父のことを愛せそうだ」

「…そうですか?でも…まだ彼を愛する者と決めるのは早いかも…ほら、見て」

 鏡にはまた別の男性を映していた。

 見たこともない中年の恰幅の良い男だ。そしてその横の痩せた男にピントが合う。その後、鏡は父の指を映す。上に向けた右手の親指を、やおら下に向ける。

「…」

「何の意味?」

「先程の方々はこの街の昔からの実業家です。彼らを徹底的に潰せと、スチュワートは命じているんですよ」

「あなた方の敵なの?」

「敵か味方かは、状況によって変わりますよ。企業経営は戦いなんです。実業家は戦士です。勝つか負けるかしかない。相手か善人であろうと、悪人であろうと、関係ないのです。私の仕事はスチュワートを勝利させることなのです」

「…それって…頂点に立ったらどうなるの?堕ちるしかない気がするけど…」

「繁栄というものは永遠ではないと、知っていますよ。私もスチュワートも」

 ニコリと笑うカルキ・アムルに後ろ暗さは微塵もない。

 彼は誇りを持って父の為に生きているのだろう。


 再び、鏡に目線を映すが、鏡の映像は次第にゆらゆらと乱れ、俺の顔を映すただの鏡に戻った。

「スチュワートは飽きたようですね。私への繋がりを切断したようです」

 そう、言われて俺はやっと肩の力を抜き、ソファに深く腰を下ろした。

「折角の紅茶が冷えてしまいました。入れなおしましょう。少しお待ちください」

 カルキはトレイを抱えて、部屋を出て行く。

 俺は先程聞いた話を、もう一度冷静に反芻した。


 驚く事ばかりだけど、今まで何も知らずにいた自分が情けなくなった。

 もっと早くちゃんとした事実を…誰でもいいから、父について聞くべきだったのではないか。

 もし、俺がこのセイヴァリ家を継がなければならないのなら、父の今まで生きてきた道を知りたい。それがどんなに理不尽で残酷なものであっても、血の繋がった俺はそれを含めて、受け入れなければならないんじゃないのか。

 魔力のことだってそうだ。

 アーシュは目的を持って初めて魔力を使う意味が現れると言ったじゃないか。

 俺が本当にアーシュとルゥの為に魔力を得たいと思うのなら、俺は心の奥にある父への不信感を取り除かなければならないのではないか。

 父を尊敬したいとは思わない。ただ、誤解したくない。あるがままを受け入れる器量を、今、自分が持ちえるかどうかはわからない。わからないけれど…父を認めたいと思う。

 父が俺を望んでいなくても、俺は父に手を伸ばしたい。

 いつか掴んでくれる日を信じたい。


「お待たせしました。香りの良いダージリンを用意しましたが、宜しかったでしょうか?…どうかしましたか?クリストファー」

「お願いです。カルキ・アルム。あなたが知る父を、俺に教えて下さい。俺はあの人の事は何も知らない。でも何も知らないままで、父と呼べるわけがない。心から認めることはできない…本当のスチュワート・セイヴァリを感じたい…」

 俺はカルキ・アムルに頭を下げた。今まで父親のことを知りたいなどと思ったことはなかった。

 何故、今夜に限ってこんなにも父に執着してしまうのか、自分でもわからない。

 でも多分本能がそれを求めているんだ。 

 アーシュやルゥが自分がどこから来たのかを知りたいと思うように、俺も父親の過去と向き合わなきゃならない気がする。


「俺には大事な…命を賭してでも守りたい親友がいる。俺が彼らの為に…彼らと肩を並べられるように、必要にされる魔術師として成長したい。ねえ、カルキ。俺の『真の名』はベルゼビュート・フランソワ・インファンテと、言うんだ。あまりに偉大すぎて、今の自分とつりあわなさ過ぎて…みっともなくてし…恥ずかしいよ。アーシュは…『真の名』に恥じない魔術師として成長しているっていうのにさ。俺は全然なっちゃいない」

「…」

「ごめん。手前勝手な言い分ばっかりで…」

「いいえ。私だって…私も14の時は、何ひとつ魔力を使いこなす能力がなかったのですよ」

「本当に?」

「ええ。スチュワートに出会うまで、私はアルトに生まれついてはいても、イルトと変わらぬ無力な人間でした。いや…イルトより格段下ですよ。イルトに言いなりになるしかない、愚かなアルトでしかなかったのですから…クリスはそのアーシュという方を、お好きなのですね?」

「…」

 率直に言われて誤魔化しようがなかった。

 今度は俺が顔を染める番だ。顔が火照っているのが自分でもわかった。

 カルキはそれ以上、俺を責めなかった。複雑な想いだと知られたのかもしれない。



「決して誇れる私の過去ではないが、クリスのお役に立てるのなら、スチュワートの出会いを、あなたにお見せしましすよ。少々長くなるから、先に紅茶を頂きましょう」

「はい」

 気分を落ち着かせるために、ゆっくりと紅茶を飲み干した。


 カルキは向かい側の席から立ち上がり、ソファに座る俺の横に腰を下ろした。

「私の拙い言葉より、直接心の中を覗くのが早いですよ。嘘のない記憶を見れますから」

「どういうこと?」

「難しいことじゃない。伝達機能というのは個人差があります。相性というものですね。ですが、スチュワートとあなたは血が繋がっているし、私とスチュワートは…言わずもがなですから、心配ないでしょう。それにクリスは優秀なアルトに間違いないから」

「そうかな」

「そうですよ。さあ、クリス。私の手を取って」

 差し出されたカルキの両手を、俺は握り締めた。

「そのまま…私の目を見つめてください…14のぼくが見えるでしょう?」

「…ええ…見える…見えるよ、カルキ…」


 カルキの瞳の奥の映像が、俺の脳の中で立体的な形を為した。その景色の中へ自分自身がグイグイ引き込まれていく…



 目の前には…

 きらきらと白く輝く、小さな港町が見えた…





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