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天使の楽園・悪魔の詩 13

挿絵(By みてみん)


13.


 父のコンツェルンの主な収入源は総合貿易の経営だが、その他に多くの事業を展開していると聞く。

 多数の独立した企業を父の才覚でひとつに纏め上げるには、多くの有能な役員と魔術師が必要になる。

彼らは父の意思と判断を把握し、的確な指示で組織をまとめるプロでもある。善行もあくどい闇取引も、最高責任者の指示の元に彼らは動くだけだ。

 その最高責任者の父の最も信頼するパートナーが、このカルキ・アムルという魔術師だった。

 彼は常に父、スチュワート・セイヴァリに影のごとく寄り添い、父の意思を読み取り、父の繁栄の為だけに全身全霊をかけ、魔術を施すと言う。


 俺の生まれるずっと前から、カルキ・アムルは父の魔術師だった。

 たまに親父とこの家で顔を合わせることがあるが、確かに父の後ろに彼の姿を見ないことはなかった…気がする。

 パートナーとは、仕事だけの関係ではない。主人と崇め、その魔力を主人の為だけに使うのだ。主人への忠誠と愛が無ければ、多くの成功は成り立たなかったであろう。

 カルキ・アムルが父、スチュワートの愛人であることは、誰が見ても一目瞭然であった。

 母とて勿論承知していたことだ。

 母と結婚する前から、彼らの繋がりは深かった。

と、言うが…

 実は、俺はカルキ・アムルの事は全く知らない。 


 彼に興味を持つほどに、俺は彼を見ていないし、知る必要もなかったからだ。

 だから、今、ずぶ濡れで、必死に子猫を追いかける目の前の男が、父の愛人の魔術師なのだと考えると、甚だ今までの自分の無知さをかんがみて、苦笑いをする他ないのだ。


 やっと掴まえた子猫たちはまた埃塗れで、ふたりで洗い場に戻り、嫌がる子猫に引っかかれながらどうにか洗い終えることができた。

 俺は夕食を一緒にと、カルキ・アムルを誘ったが、彼は恐縮し、丁寧にそれを断った。それでも俺は諦めなかった。

 今夜、彼を捕まえられたことは、俺にとって何より大切にしなくてはならないものに思えて仕方なかったからだ。

 無理矢理に頼みこみ、食堂ではなく談話室で軽い食事を執事に用意させ、ふたりだけでディナーを取る事にした。

 食堂とは違ってダイニングテーブルのような大きいしつらえのものではなく、楕円のテーブルで向かい合って食事を取る。お互いの距離もないから、小声でも充分会話ができるのも、楽でいい。

 足元では二匹の子猫たちが、いつのまにかお互いを抱き合うように丸くなって寝ていた。


 カルキ・アムルは緊張してか、あまり俺とは目線を合わさず、最初は口数も少なかった。

「カルキ・アムル…カルって呼んでもいいですか?」

「勿論です。クリストファーさま」

「じゃあ、カル。あなたも僕の事はクリスと呼んで欲しい。あなたにとって僕はあなたの主人の息子であり、居心地は悪いと思うけれど、できれば、親しくなりたいと思っているんだ。あなたの方が随分年上なのに生意気を言ってゴメン」

「いいえ、クリス。そう思ってくださり、光栄です」

 カルキ・アムルは手を休め、嫌味のない顔でニコリと笑う。

 少年のような笑顔だ…本当にこの人幾つなんだろう。


「私は今年で40になります」

 彼は俺の思考を読んだのか、苦笑しながら言う。

「年は取ってはいるはずなのですが、私は老化現象があまり身体にでてこない体質なのです。私達、魔術師には良くある事です。だからと言って長生きをするわけでもありません。どころか、魔力が強すぎると早世する確立が高いのです。私は40ですが、もう十年生きれば良い方かと…」

「魔術師は…長生き、できない」

 初めて聞いた話だ。

 途端に心臓が痛くなった。

 魔力が強すぎると早世するって…アーシュはどうなるんだ。

「あ…ち、違いますよ、クリス。あなた方には当てはまらない。これは私の生まれついた定めでもあるのです。私の故郷の昔の言い伝えです。命のよりも外見の衰えを恐れた私達の種族に、神は天命を与えられた…そうです。だから、気になさらないで下さい」

 そうなのか…この世界のどこかでは、色んな規則や天命があると聞き及んで入るけれど、この人もそういうひとりなのか…だが…

「父は…知っているの?あなたの…寿命の事」

「勿論ですよ。だから色々とこき使われている…あ、すいません」

 カルキは本音を零した後、慌てて頭を掻いた。

「申し訳ない。やはりクリスは父親似だ。思わず、本音が出てしまいます」

 カルキの言葉に、親父とのやり取りもこんな風なのかと、羨ましくなった。


 俺は本当に何もかも知らな過ぎる。


「ねえ、カルキ・アムル。僕は14になる。ここで生まれ、スチュワート・セイヴァリの息子として生きている。なのに知らないことが多すぎると思うんだ。知っての通り、僕は親父…父の事は余りどころか、全く知らないと言っていい。父が僕との交流を望まないのなら、それはそれでいいと、今までは思ってきたんだ。でも、そうではないよね。親子なのだもの。僕は父、スチュワートの事を知りたいと思う。親として彼を愛したいと思うんだ。カル、あなたは長きに渡って、父の大切なパートナーであり、魔術師だ。そして、僕自身も良き魔術師になりたいと思う。あなたの思う、良き魔術師とはいかなるものなのか。その力はどうやってもたらされたのか…ああ、ゴメン。実は少し混乱しているんだ。あなたが父の…特別の人と思ったら…」

「いいえ、クリス。私も同じように混乱しています。そして興奮しています。…私はあなたに謝らなければならないことが沢山あります」

 カルキはフォークとナイフを皿に置き、深く項垂れた。

「え?…何を?」

「…すべてです。マスターに…スチュワート・セイヴァリにあなたの母親であるナタリー・スタンリー侯爵子女との結婚を薦めたのは私です。跡継ぎを儲けるように進言申し上げたのも私でした。スチュワートが父親としての役目に興味を示さないのはわかっていましたが…先々の事を考えると結婚も子供も必要だと思ったからです。予想通りに彼は生まれたあなたに興味を示さなかった。またナタリー様も母性には程遠い方でした。私はあなたがひとりで寂しくこのお屋敷にいる様子が不憫でならなかったのですが…手を差しのべることができなかった。…申し訳なく思っております」

「カルキさまはよく坊ちゃまの為に尽くされていましたよ。クリス様の環境や、良きメイドの選択。プレゼントなど細かいことも指示されておりましたから」

 給仕を務める執事が、さり気なく彼をフォローする。

 確かに寂しくはあったけれど、不自由はなかった。

「俺を『天の王』に入学させたのも、もしかしたらあなたの指示?」

魔力ちからのある者にはあの学園は良き場所ですし、学長もよく存じ上げておりますから」

「トゥエを知っているの?」

「この街でトゥエ・イェタルを知らない人を探す方が難しいでしょう。彼ほどの優秀な魔術師はおりませんし、誰もが尊敬する魔法使いですよ」

「その割には、俺達はあまり魔法教育の恩恵は受けていないんだけどね」

「どういう意味ですか?」

「授業にもテキストも魔法の使い方や能力を引き出すことは教えてくれないんだ。イルトとの差別化をなくすためだろうけれど…さっき俺は良き魔術師になりたいと言ったけれど、本当言うと、魔法の使い方も良く知らないんだ」

「そうですか」

「俺には大切な友人がいてね。彼らの能力のあるアルトなんだが、彼らの助けになれるような、守れるような魔力が欲しいと思っているんだ」

「つまりその友人に必要とされたい…と、いう事でしょうか?」

「…そうだね。…いやらしいかな、そういう風に考えて魔法を扱いたいって思うのは」

「いや、そうは思いませんよ。そういう感情こそが、魔力ちからの元になるのでしょうから。私もそうでしたよ。スチュワートに必要とされたい一心で、学びましたし…」

「そうなんだ。ねえ、カル…父のことが好き?」

「え?…そりゃあ…」

 カルキは赤面した顔を両手で押さえて、俯いた。

 なんつーピュアな奴…つうか、親父はこんな魔術師をどこでたぶらかしたんだ?

 絶対騙して連れ込んだに違いないだろ。

 だが、有り難いことに、この人をかわいいと思っても、情愛をもてる相手ではないことは何となく判断できた。

 ルゥと同じ匂いがした。

 俺はこの手合いに好意を持てたとしても、欲情することが一切ない。

 どっからどう見ても高慢ちきな女王さまタイプのアーシュが好きなのだ。

 …そう思ってアーシュを頭に描いただけで…胸が熱くなってきた。

 これはもう恋わずらいとしか言いようがない。よくもまあこれだけ舞い上がれるのに、本人の前では堂々と友人面していられるものだ。と、手前で感心してしまう。



「デザートの用意ができました」

 執事のネルソンが席を改めて、紅茶とプティフールを用意する。

「ネルソン、後は私にお任せください。しばらくクリス様とふたりだけにお願いできますか?」

「僕からもお願いするよ」

「かしこまりました。それではごゆっくりなさいませ」

 珍しく機嫌の良い顔を残して、執事は部屋のドアを閉めた。


「今日のネルソンはいつもと違ってご機嫌だったよ。なんでかな?」

「バトラーもあなたの事を気にしていましたからね。今夜、私が…あなたの傍にいることに安心しているんでしょう」

 慈愛に満ちた微笑をくれるカルキにこちらも照れてしまう。この家でこのような感情に出会うことに、俺は慣れていなかった。


「そう言えば…あなたは今夜は父の傍に居なくてもいいの?」

「今夜はサマシティ主催の晩餐会なのです。貴族や主力の財界人の方々が一斉に集まるのですが…スチュワートはあまり出たがらないので、困ったものです。今日は無理矢理出席させました」

「へえ~。親父は社交場は嫌いなんだ」

「はい、あの方は色々と裏で暗躍する方が好きなのですよ。しかし、自分のカリスマ性も充分に発揮する方便もわかっていらしゃるから、重要な取引は彼でなくてはなりません」

 何もかもが新鮮に思えた。こうして父のことを聞くのが興味深いし、何より楽しかった。


「そうだ。面白いものをお見せしましょう」

「え?何?」

 俺は興味津々で思わず身体を乗り上げた。


「水晶があればいいんですが、あいにく持ちあわせていない。代わりに…ああ、これでいい」

 カルキ・アムルは立ち上がり、硝子棚の上に飾られた手鏡を手に取り、テーブルの上に置いた。

「魔力はこういう形でも使えます。クリスの勉強になればいいのですが…」

 鏡を覗き込むと、カルキと俺の顔が映る。

 カルキが鏡に手をかざすと、鏡の表面が揺れ、今まで映っていた俺達の顔が消え、見知らぬどこかが映り始めた。


「ここは…どこなの?」

「今、スチュワートが居る場所ですよ。即ち迎賓館の広間でしょうね」

 




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