Private Kingdom 23
23、
「赦す?…勝手に人の心にズカズカと踏み込んで、覗き見て、俺が泣くザマを嗤うおまえが、赦すって?…アルトと言うのは、ホーリーと言う奴はどれほど不遜極まるものなんだ。…おまえは人の心が何かもわかっちゃいないガキなだけだ」
「あんたが見せようとしなかったモノを、魔力で見て何が悪い。あんたの苦しみを俺が知って何が悪い。他者に知られぬ恋を美徳とするも由だろう。だが、俺はあんたを理解したいと思ったから、力を使った。エゴでもなんでも、俺はあんたの心に触れて、その本心を知ることができたんだ」
「それで?…おまえのやったことは、俺に得があるのか?」
「友人になれる」
「バカバカしい。そんなもの、こちらから断る。金輪際俺に近づくな!」
ジョシュアは立ち上がり、床に座ったままの俺を見下した。
「なあ、ジョシュア、俺はあんたを理解したいって思う。それはエゴか?」
それを聞くと、一瞬だけ寂しく笑い、ジョシュアは部屋を出て行った。
今年初めの雪が夜中から降り始め、朝方には薄っすらと辺りを冬色に染めてしまった。
セキレイとくっついて寝ていた所為で、なかなかベッドから起きれない寒い朝だった。
あれから十日が過ぎていた。
学園内は厳しい冬の準備で忙しく、ジョシュア達の話は一向に聞こえてはこなかった。
二時間目と三時間目の間の休み時間は二十分と長い。
急な寒さの為か、教室の後ろに備えられているオイルヒーターに生徒達は陣取り、暖を取っていた。
だが宿題をやっていない奴は頭を抱え、必死に机にかじりついている。
突然、メルが息を切らして教室へ入ってきた。
「高等部の生徒が何しに来たのさ」
訝るセキレイだが、ほっておくわけにもいかない。
「メル、どうしたの?急ぎの用?」
「アーシュ。ジョシュアが退学したの知ってる?」
「え?…知らない」
「イシュハも誰も聞いていなくて…今日、ここから出て行くって。…いや、もう出て行ったよ」
「なんで?」
「理由なんて僕が知るわけないじゃないか。イシュハだって…何も知らないんだから。でも君なら何か知っているかと思って…アーシュ!」
俺は立ち上がった
「イシュハはどこ?」
「たぶん、教室…」
中等部の校舎から高等部までは急いでも十分はかかる。
俺は近道の林の中を懸命に走って、イシュハの居る三年の教室へ急いだ。
イシュハはすぐに見つかった。
「アーシュ…」
「ジョシュアは…」
「もう、行ってしまった」
「なぜ、止めなかった」
「これで良かったんだ。予定より早かったかもしれないけれど…ジョシュアは苦しんでいたんだ。だからもう自由になっていいんだよ」
「何言ってんだよっ!。バカっ!来いっ!」
俺はイシュハの腕を取り、教室から引っ張り出した。
「どうする気だ」
「ジョシュアに会うんだよ」
「会ってどうする?」
「話をするんだよ。自由、自由ってあんたは言うけど、本当の自由がどんなに頼りないか…ジョシュアは君との絆を失いたくないんだ」
「そんなこと…」
「知らないとは言わせない。イシュハだってわかっていたはずだ。ジョシュアの想いに」
「…」
校舎の玄関で、ジョシュアの仲間に会った。彼らはジョシュアを見送ったのだろう。目を赤く腫らした奴も数人居る。
「アーシュ…なんでおまえがここにいるんだ」
「おまえの所為でジョシュアは、ここを出て行ったんだ」
「ジョシュアは俺達の大切な…大切な友人だったんだぞ」
「やめなさいよ。アーサー。ジョシュアはこの子を恨んでいなかったじゃない」
「だって、リオ」
「マリオン、彼に渡してあげて」
マリオンは俺に近づき、ポケットからふたつ鍵のついたキーホルダーを俺に手渡した。
「あの塔の門とエレベーターの鍵よ。ジョシュアがあんたに渡してやれって」
俺はその鍵をじっと見た。ジョシュアはどんな気持ちでこれを俺にくれたのだろう。
彼は寂しさに慣れ過ぎている。
孤独を粋がるなんて、爺になってからで十分だろ。
「行こう。イシュハ。ジョシュアを追いかけよう」
「だって、授業が…」
「そんなもん、クソッタレだ」
俺はイシュハを連れて校門を出た。
イシュハはもう戸惑ったりはせず、街で一等高いブラックキャブを止め、運転手にセントラルステーションまで急ぐように指示をした。
「アーシュ、君はジョシュアの想いを知っていたと言ったね。僕だってジョシュアのことが…でも、受け入れることはできないよ。だって…僕は家族を捨てることはできない。ジョシュアも全部わかっている。僕は今までジョシュアを縛り付けていた。僕から去っていく事が怖くて仕方がなかった。彼は自由を望んでいたのに。僕が彼の自由を奪っていた。…もう、いいんだ。ジョシュアは…ビアンは僕に縛られなくていい、もう…」
「とんちんかんなこと言うなよ。イシュハもジョシュアもとことんマゾ体質なんだから。もっと自分に正直になれよ。好きなら欲しがれよ。傍にいて欲しいなら、縛り付けてりゃいいじゃん。あんたの家族の事とか、農園の事とか、そんなあるかないかもしれん未来の事なんか、ガキの俺達が心配してどうする。ガキはガキのままで我が儘でいて何が悪い。正真正銘の恋なんて短い一生にそう何回も出来るもんか!」
人を思いやるのは美徳かもしれない。耐え忍ぶのは自己満足でいいさ。
でも…お互いが同じ想いなら、心を通じ合うことは間違いじゃないはずだ。
たとえ違う道を歩く事になったとしても、その絆は勇気や誇りとして支えることができる。
俺だって、いつかはセキレイやベルとも別れる時がくるんだ。
その時のために俺は自分を偽りたくない。
「恋…をしていたのかな…そうだね。叶わぬ恋だとわかっていてもビアンに惹かれていた。別れが怖かったから言えなかったんだ。言えば良かった?一緒に卒業できた?でももう、ビアンは決めてしまったんだ。引き止める事はできない」
「充分考えた選択だからこそ、ジョシュアは学園を辞めることを決めたんだろう。ジョシュアが決めたのなら、仕方ないさ。でもさ…ジョシュアの旅立ちを笑って見送りたいって思わねえ?ねえ、イシュハ。俺はジョシュアの笑う顔が見たいんだ」
「…アーシュ」
セントラルステーションに着いた俺達は構内にジョシュアの姿を探した。
汽車は行くも着くも一時間に一本と決まっている。
程なく俺達はホームのベンチに座るジョシュアを見つけた。
小ぶりの旅行カバンにもたれ、煙草を吸っているジョシュアの横顔はいつものように気だるく憂いに充ちていた。
「ビアン!」
イシュハはジョシュアの名を叫んで、彼の元へ駆けて行った。
イシュハの姿を見つけたジョシュアは驚いて、立ち上がる。
その身体をイシュハは躊躇うことなく抱きしめた。
こちらを向き、俺を見つけたジョシュアは驚き、そして険しい顔をする。
やがてふたりはお互いを見つめ合ったまま、話を続けた。
顔を伏せ、何度も首を横に振るジョシュアが見えた。
俺は離れたまま、じっとふたりの様子を見守り続けた。
彼らはきっと分かり合えるだろう。
恋が叶うとか、叶わないとかじゃないんだ。
通じあう心が必要なんだと、俺は思うから。
それから汽車が来るまでの半時間、ふたりはベンチに座り、ずっと話を続けていた。
時間が経つにつれて二人の様子が段々と明るくなり、時折笑い声が重なる。
イシュハがこちらを向き、手を降って俺を呼んだ。
「あんまりほおっておくから、もう、俺の事なんてとっくに忘れてしまったのかと思った」
「ゴメン、アーシュ。でも君が言ったんだ。心ゆくまで思いを告げろって」
「で?結果オーライって事?」
「いらぬおせっかいだと言ったはずなのに…クソガキの所為で別れ難くなる」
ジョシュアは苦笑する。
「俺はジョシュアの友人になりたかったからね。おせっかい焼きで結構だよ」
「誰が友人なものか…」
ジョシュアはゆっくりと立ち上がり、俺に近づいた。
頭ひとつ背の高いジョシュアを俺は見上げる。
「傲慢で自己顕示欲のかたまりみたいなおまえを、友人なんて呼ぶかよ」
「素直にお礼を言えばいいものを。天性の天邪鬼はセキレイに似ている。だが、ジョシュアの方が性質が悪いね。恋人には不要だ」
「アーシュ、ひとつだけ聞いておきたい。俺は今まで狙ったアルトは間違いなく陥落させてきた。この力だけは俺の意思におかまいなく、魔に魅せられた者のごとく、強い魔力を持つアルトほど俺に従った。なのに、どうしておまえだけには効かなかったんだ?」
「だって、俺はアスタロト・レヴィ・クレメントだもの。神でも悪魔でも魔王である俺を従わせようなんて無理だね。それにさ、ジョシュアの力ってさ…君、単にアルト好みのタラシなだけなんじゃない。すけべ色男。そこは自信持っていいと宣言してあげる」
「…あ、そう!悪かったな、タラシで助平で」
ジョシュアはこれ以上ないってくらいに呆れた顔で俺のデコを指で跳ねた。
マジで痛い。
「アーシュ、ビアンは色んな街や国を旅するんだって。絵葉書を沢山送ると約束した。そして、僕は彼の家になるよ」
「イシュハ…」
「戻る家があれば、どんな場所に居てもビアンも帰らなきゃならないって思うだろう?僕はずっと待っている。いいだろう?ビアン」
「…イーシス」
「あまり待たせるな。僕を泣かせたくないなら」
「わかっている」
ふたりは見つめ合っていた。
愛し合う者達には、言葉は要らないものなんだろうか。お互いどこも触れていないのに愛撫を重ねているような眼差しだった。
「じゃあ、行くよ。元気で」
「ジョシュア、鍵をありがとう。痛いことしてごめんね」
「…悪いなんてこれっぽちも思ってねえくせに」
ジョシュアの右手が俺の顔に伸びた。
またデコピンかと思わず目を閉じる…だが、ジョシュアは俺の頬を優しく撫でた。
「今まで俺は神も悪魔も信じたことはなかったけれど…アーシュ、おまえが本物の魔王であるならば…信じれるかもしれないなあ…。良い魔術師になれよ」
「うん、なるよ。さよなら、ジョシュア。俺も待ってる。また君に会える日を」
閉まるドアの向こう、手を振る俺達にジョシュアは笑ってくれた。
今までに見たこともない曇りのない笑顔だった。
「…行っちゃったね」
小さくなっていく汽車が消えてなくなるまで見送り、俺は隣りに居るイシュハを見上げた。
「ああ…あいつ、気が向いたら父親にも会ってみると言ってた。彼の本来の旅の目的はそれだろうけどね」
「俺は、イシュハがジョシュアと一緒に汽車に乗り込んで、駆け落ちするところを見たかったんだけど」
「そうだな…考えないこともなかったさ。アーシュぐらいに若かったなら、そうしたのかもな。だけど僕達は18だ。半分大人になってしまってる。お互いが好きで好きでたまらなくて駆け落ちして、どこかふたりで幸せに暮したとして、それの所為で誰かが不幸になるのなら、本当の幸せじゃないと思ってしまうのさ。そのうちにどちらかが自分を責め、後悔するんだ」
「そんなもん?」
「そういうものさ」
「…僕はビアンが羨ましかった…何も持たない彼になりたかったんだ…」
イシュハはジョシュアと同じ事を言う。
ふたりの魂はこれからも平行線を歩き続けるのだろうか。
俺とイシュハは学園へ戻るため、駅を後にした。帰りは学生らしくバスで帰ることにした。
曇天の空からまた、雪がちらほらと降ってくる。
「寒いね」
俺とイシュハはコートを忘れた事を後悔し始めていた。
バス停へ向かう途中、小さなブティックに寄り道したイシュハは、今日のお礼にと俺に赤いマフラーを買ってくれた。カシミヤで出来たそれを首に巻くと、思ってもみないほど暖かかった。
バス停には俺達の他は誰もいない。きっと出発したばかりなのだろう。
「学校へ戻ったら、すげえ怒られるんだろうなあ~授業はサボるし、許可なく外出するし…」
「週末は反省文で過ごす事になるね。でもまあ、いいさ。たまには何も考えずに週末を過ごすのも」
イシュハは今までより、優等生的な生真面目さが薄れているような気がした。ジョシュアに感化されちゃったかな。
「ねえ、ジョシュアは、君の元へ帰ってくるだろうか?」
「…そうだな。僕が爺になってひとり寂しく、あの農場でくたばる寸前頃には…きっと戻るだろうね」
「らしいや」
俺達は笑った。
多分、それは本当だろうと思ったし、寂しくもあったから、笑うしかなかったんだ。
「ねえ、イシュハ。彼とセックスしたことあるの?」
「え?…一度もないよ。ただキスをしたことはある。彼が寝ている間に、こっそり奪ってやった。してやったりだ」
「ふ~ん」
きっと、ジョシュアも同じ事をしていただろう。
そう思ったら何だか胸が熱くなる。
はあ~と白い息を吐いたイシュハは、空を見上げたまま呟いた。
「正直に言うと、さっきもお互いに愛しているとは告白しなかったんだ。何だろうね。愛し合っているのに言葉にしたくない。…なんかさ、一途に恋をしていたいって思うんだ。その方が一生想いを募らせていられるって…お互いナルシストなのかもな…」
「…」
「でもいつだって…夢の中では僕はビアンと抱き合っていたんだよ。これからだって…ずっと…俺は。バカみたいだろ?笑っていいよ、アーシュ」
「…笑わないよ、イーシス。笑ったりするもんか…」
これからも彼らはこうやって「愛」を交わし続けていくのだろう。
それはきっと、かくも美しい「恋物語」になるんだ。