表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/107

Private Kingdom 22

挿絵(By みてみん)


 22、

 夕食の後、ルチア小母さんの部屋へ呼ばれた。

 ルチアは俺の為に編んだという膝掛けをくれた。

「ビアンは今年も学年トップの成績だったってね。イーシスが嬉しそうに話していたわ」

「でも優秀賞は別の生徒がもらったんです」

「そんなこと気にしないのよ、ビアン。私はあの時あなたを引き取って本当に良かったといつも思っているの」

「俺の方こそ…ルチアに出会っていなかったら…こんな贅沢な生活なんて出来なかった。本当にありがたいと思っているよ」

「ねえ、ビアン。イーシスの事、気にしてる?」

「え?」

「婚約者の事よ。ジロットが突然言い出したから、きっと驚いていると思うけど…。うちは大農場でしょう?沢山の使用人を抱えているし、跡取りはイーシスしかいないわ。だから、どうしてもイーシスの為には良い魔術師が必要なの」

 そんなの、イーシスの為じゃなくて、自分達の為じゃないか。

 喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


「私は今でこそ、魔力を持たないけれど、昔はね、魔女だったの」

「…イーシスから聞きました」

「そう…ジロットが始めたこの農場の繁栄の為に、自分の出来る魔力を使って天候を読んだり、豊穣を祈ったり…命がけで勤めたわ。ジロットを愛していたから。だから、この農場は私達の誇りでもあるの。イーシスを産んで力が無くなった時、もうこの農場の為には働けないって悟って、ここから出て行こうと思ったの。出て行かなくても、ジロットに新しい奥さんを持つことを薦めたわ。だけど、一蹴されたわ。…嬉しかったけれど情けなくもあった。だって、豊作を祈っても、今までのような魔術は私にはできないんだもの。嵐から守る事も、実りの祝福を与えることもできない。もちろん魔法使いは私だけじゃないし、幾人かの魔術師も雇ってはいるけれどね…彼らはお金を払って働いてもらっている人達だもの。私みたいな懸命な想いを込めた魔術は求められない。この農園の為に、心を尽くして祈ることができる魔術師…そういう者がね、この農場には必要なの。だから、ビアン。わかって欲しいの」

「…わかったよ。ルチアの気持ちは良くわかった。だけど、イーシスの気持ちはいいの?イーシスとその子がルチア達みたいに愛し合うことが出来るって保証はない」

「そうね、でも私達だって、お見合いみたいなものだったのよ。イーシスは自分の立場をわかっているわ。だからさっきだって反発しなかった。きっと…良い家族を作ってくれると思うの。」

「そう…」

 この家族がそう決めてしまった事を、俺がどうのこうの言える立場ではないことは知っていた。

 だからもうこの話を続けたくなかった。


「それからビアン、あなたには大事なお話があるの」

「何?」

「はい、これ」

 差し出されたのは封が切られた一通の手紙だった。

「手紙?…誰から?」

「あなたのお父様よ」

「!」

 声が出なかった。

 父親…母と俺を捨てた奴。

 そいつがどうして?


「あなたのお父様ね、5年前に奥様を亡くされて、遠い北の街でひとりで暮していらっしゃるの。ビアンがここに引き取られたことをどこかで聞いたのね。手紙をくれたのよ。…読む?」

 俺は何も言わず、首を横に振った。

「本当に…あなたからすれば今更よね。あなた達ふたりを捨て、勝手に生きてきた男だもの。でもね、人は歳を取るわ。そしてひとりになった時、初めて自分の過去を振り返る事ができるの。…この手紙にはあなたへの謝罪の言葉が綴られているのよ。私達にとっては、勝手だろうが、今更だろうが、今の本当の気持ちがこもっているってわかる手紙よ。ビアン、あなたも思うところが多いでしょうけど、彼の心を知っていい頃合だと思うの」

「それこそ、今更でしょう?そいつがどんな奴であろうと、俺には関係のない話だ」

「…あなたに会いたいって…手紙に書いてあるの」

「そんなの…勝手だっ!」

 俺は目の前の手紙を取り上げ、破り捨てた。

 一秒だってこんな感情に犯されたくなかった。


 俺はルチアの部屋を後にし、デッキへ飛び出した。

 満月が辺りを薄暗く照らしてた。

 靴を履き、そのまま家から逃げるように俺は走った。

 どこまでも続く葡萄畑を横切り、一本の銀杏の木の立つ丘へ辿り着いた。

 ハアハアと息を切り、木に凭れかかった時、木の根元に座る影を見つけた。


「ビアン?」

 月の光に照らされた見慣れた顔があった。

「…イーシス」

「どうしたの?…体育祭のリレーの練習には早いよね」

「…あ、ああ…月が綺麗だったから、走りたくなった」

「ビアン、君はいつから狼男になったのかい?」

 ケラケラと笑う声が辺りに響いた。

 渦巻いていた憎しみが、ふっと消え去った。

 俺は息を整えながら、イシュハの隣りに座った。


「母さんに呼ばれていたね。何の話しだったの?」

「うん…」

 父の事を言おうか言うまいか迷ったけれど、イシュハには知って欲しいと思った。


「父親から手紙が来たんだ」

「え?…ビアンのお父さん?」

「俺に会いたい、って…今更過ぎて笑っちゃうだろ?てめえのしてきたこと考えたらどの面下げてそんなこと言えるのかって…頭にくる」

「ビアン…」

「母さんは毎日働いても、お金にはならなくて…着るものも食べるものもなくて、寒くてひもじい思いをした。その所為で母さんは死んだんだ。それなのに母さんは死ぬまで父のことを愛してると言い続けた。俺にはとても無理だ。父を愛してるなんて嘘でも言えないよ」

「当たり前だよ。そんな奴と会わなくてもいいよ。君が言い出しにくいのなら、僕が言ってやる」

「ありがとう、イーシス。…でも、君のお母さんは人は歳を取ると変わると言った。父も自分の過去のあやまちを振り返って反省したのかもしれない。それでも今はそれを許す気にはなれない。けれど…俺も歳を取ったら…許せる日が来るのかもしれない…そんな風にも思うんだ」

 俺の言葉にイシュハは不思議な顔で、俺を見つめた。


「それが君がなりたい者なの?」

「え?」

「君を苦しめた人さえ許したいと、君は願っているの?」

「違うよ。俺はそんなものに囚われたくないだけだ。憎しみばかりを募らせて生きるのは、下らない人間のやることだよ」

「ビアン…君は美しい人間だよ。僕は君の精神が羨ましい…」

 

 満月が雲ひとつない天上より煌々と俺達を照らし続けている。

 俺達はお互いの顔をはっきりと見つめ続けることが出来た。

 光と影の精密な輪郭が、お互いを浮き上がらせた。


「イーシス、君の方こそ、俺が欲しいものをすべて手に入れていると思っているんだけど…」

「どこがさ…」

 イーシスは寂しそうに笑った。

「僕の未来は決まっている。…この農場で生きていくしかない。さっき父さんからミーアって子の写真を見せれた。可愛い子だよ。魔術師としての能力も高いそうだ。一生のパートナーとして理想の妻になるだろうね。だけど、両親が望むようにその子と愛し合うことができるのだろうか。両親の理想が間違っているとは思わないよ。この農園を継ぐ事も僕は了解している。そうさ、両親の言うとおりにしてたら間違いはないさ。でも…そういうのってさ。…クソッタレ!だろ?」

「誰が何と言おうとイーシスの人生だろ?君の気持ちを親に言えばいいじゃないか」

「そうだね。でもさ、結局最後の最後で、両親の思いに応えたいって思う僕が、勝つんだ。それが本当の僕の気持ちなんだろうね。だから子供でいられる今だけは好きにさせてもらうよ。…ホントの恋をしてさ。人を愛する喜びを知るんだ。愛した人と別れて、恋を失った悲しみを知る。少々ハメを外したっていいんだ。きっと歳を取ったら、良い青春時代だったって懐かしく思うんだから…」

「…」

「君は学校を辞めてここで働きたいと言ったね。そんなつまらないこと願ったら駄目だ。ビアン、君は僕の代わりに何も縛られないで自由で生きて欲しいんだ。君にはその権利がある。その代償を充分支払ってきた。だから僕のようにはならないで」

「イーシス。それは君の傍に、俺は必要ないってこと?」

「違うよ。君には僕が必要じゃないってことだよ」

「同じ事だ」

「違う…違うんだ」

 イシュハは僕の手を取り、自分の指と絡ませた。彼の頬に涙が光る。


「僕は君が好きだよ。でも…君を縛る事はできない。学校を卒業したら…大人になったら、君は僕から離れていくに決まっている…そうでなきゃ、君の幸せは得られない。僕は両親の期待通りに生きていくだろう。それを幸せと思い込むだろう。そして、それが正しいのだろう…そういう風でしか生きられない者なんだ」

「イーシス」

「ビアン、君が、好きだよ」

「…」

「君が…僕の…」

 イシュハは口を噤み目を伏せた。

 それ以上、何を言っても叶わぬものばかりだからだ。

 だが、何も言わなくてもイシュハの真実の想いは俺の魂に流れ込んだ。


  君が僕の一生のパートナーだったら…

  君が僕の魔術師だったなら…


 イーシス…

 ああ、俺のたったひとつの願い。

 君を守る、君の為に生きる、君に縛られる魔術師になりたかった…



 


 研修室の床にふたり重なり合っていた。

 俺の身体の下に仰向けに倒れたジョシュアがいる。

 声を押し殺し、両目を両腕で覆い隠し、口唇を噛み締めた彼は泣いていた。

 叶えられぬ願いをジョシュアは罪だと思い、自分を傷つけてきた。

 魔力を持つアルトになれなかった自分を責め続け、憧れ続け、呪い続けた。君は…

 …哀しい人だ。


「ジョシュア、君を赦すよ」

 泣き続けるジョシュアの両腕を取り、俺は彼の額に口づける。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ