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天使の楽園、悪魔の詩 1

三人目の主人公ベル視点のお話。

挿絵(By みてみん)


その一


 俺がベルという名前を貰ったのはこの「天の王」学園に入学した6歳の時であり、それまではクリストファーと呼ばれていた。

 俺の父、スチュワート・セイヴァリは若い頃から名うての実業家であった。

 貿易会社「セイヴァリカンパニー」を立ち上げ、手段を選ばない商法でみるみるうちにサマシティ一の巨大な会社に成長させた。

 彼はこの街の覇者であり、人々は彼を「黒い孔雀」とも呼んでいる。

 

 スチュワートは有り余る金をぶら下げ、この街の貴族の娘に片っ端から求婚した。

 彼は貴族の肩書きが欲しかった。それがあれば他所との取引が有利になると思い込んでいた。

 彼に必要なのは愛ではなく金と名誉欲だった。

 貴族なんてものはプライドばかり高く、儲け話に出資しても大体が失敗し頭を抱えることになる。

 俺の母親の実家であるスタンリー家も借金に追われ、仕方なく一人娘のナタリーが父へ嫁ぐことになった。おかげでスタンリー家は贅沢三昧に放蕩したが、生贄の身になった母は勿論憤慨である。

 父と母が愛情を通わせることは一度もなかったであろう。


 俺はこういう両親の間に生まれた。

 初めからその出生を怪しまれたのは当たり前だ。

 父も女遊びには堅気ではなく、貴族はそれについては常識などあったものではない。

 16で嫁いだ母であったが、勿論処女ではなかった。

 母の弟であるエドワード伯父は幼い俺に、母と密通していたと自慢していたくらいだ。

 だから俺はある時期まで、この伯父が俺の本当の父ではないのだろうかと、いつも疑っていた。


 そういうわけで幼い頃から俺は両親から抱かれたことも愛情のこもったキスを受けた事もない。

 そういうものだと思っていたから、こちらも今更責める事もない。

 ただ寂しくはあった。

 多くのメイドの一人であるエリナはこの街の生まれではなく、南からの労働移民だった。 

 この北の街では余り見慣れぬ浅黒い肌とエキゾチックな面差しは混血のメスティーソであり、俺は彼女がお気に入りだった。

 彼女はハウスメイドであり、始終世話をしてくれるわけでもなかったが、俺はこっそり彼女を呼んで、お菓子をあげたりしていた。

 エリナは教養はなかったが充分に賢く、また唯一俺を心から気にかけてくれる人間だった。

 優しさや愛情からかけ離れたこの家で、なんとかマトモな人間でいられたのはこのエリナが俺を見守ってくれたからだろう。


 俺が生まれて間もない頃、高名な占い師が俺を見た。

 何を見るかというと「魔の力」を持っているかどうかである。

 それはこの街では重要な意味を持った。


 確かにこの街は魔法使いの市民権が与えられてはいたが、ノーマルな人間達は彼らの力をどうしても恐れてしまう。

 「力」があっても魔法使いは彼らを傷つけたりしない。魔法使いは人間を助ける為に存在する、と、謳う街の条例は迫害されかねない魔法使いたちの生き残れる許しだったのだ。

 街中では魔法使いは人間に使わされる存在だった。


 占い師は赤ん坊の俺を見てこう言った。

「この子には『力』がある」

 ここで周りの者達は落胆の声をあげたと言う。

「しかし、この子の力は恐れぬに足りん。この家の繁栄をもたらすことであろう…」

 彼女は大嘘を付いたのだ。

 俺を救う為に。


 貴族の子息は貴族しか通えない学校に入学する。

 普通の子供たちとは一線を隔てて育てるのが貴族流らしい。

 俺は「力」を持つ「アルト」だから、「アルト」にうってつけと言われる「天の王」寄宿学校へ入学した。

 実を言うと俺は家から離れられるのが嬉しくて、入学する日を今か今かと待ちわびていたのだ。

 また自分以外の同じ歳が集まる学校という組織は、憧れであった。

 入学前「天の王」の学長と面談の際、俺は学長から「ベル」と言う名前をもらった。

「ここでは貴族もお金持ちも…イルトもアルトも関係なく、生徒は平等です。君が今まで呼ばれていた名前は君の家の物だが、ここでは君に相応しい名前で暮していくことになります。よろしいですか?ベル」

 なんのことかさっぱりだったが俺にはどうでも良かった。

 もともと「クリストファー(救い主)」と、呼ばれることは少なかった。

 

 「ベル」となった俺は学園での生活を楽しんだ。

 とりわけ初めての寄宿生活はとまどいながらも、毎日が楽しくて仕方なかった。

 同い年の子達が6人部屋で過ごす。ここでは貴族もノーマルも関係ない。

 感情がぶつかり合っても決して傷つかない。

 まるで冒険の海へ船出するみたいに毎晩大騒ぎだった。


 授業もなにもかもが新鮮で、知らない知識を得る喜びは、あの意味もなく豪華でただっ広い家の何も得られない空間で過ごした空しさを払拭するようだった。

 週末、家に帰らなければならなかったが、それが近づく金曜になると俺は憂鬱で仕方なかった。

 帰る家のない幾らかの友人達が羨ましくて仕方なかった。

 家に帰っても家族が待っているわけではなかった。

 父は滅多な事では家に帰ってくることはなく、母はパーティと貴族のサロンに入り浸りで、俺の事など眼中になかった。

 学校の生活を知ってしまった俺は、ひとりで食べる食卓の貧しさに暗い気持ちになった。

 日曜の夕方になると、4キロの道のりを急いで、寄宿舎に帰る。

 俺の居場所はここだと思った。

 決して贅沢ではないけれど、みんなと食べる食堂の食事はすべて美味しかった。

 銀の食器のかわりに白い陶磁器の皿に載る野菜と煮豆が、俺にはなんだか心休まるもので、口にしながら俺の求めていたのはこれだったのではないかと、思わず涙が込み上げたほどだった。


 


 学校の生活にも慣れ、入学して半年も経った頃、俺は隣りのクラスに気になるふたり組みを見つけた。

 そのふたりは「アーシュ」と「ルゥ」と言い、いつもまるで双子のようにくっついている。

 見てくれは夜と朝のように違っているのに、仕草はまるで同じで、思わず噴出してしまうほどだ。

 彼らは幸せを体現しているかのように、お互いを見つめあい笑いあう。

 何故だかわからない感情が渦巻いて、俺は彼らから眼が離せなくなってしまっていた。


 俺は幼い感情を満たす為に彼らの友人になりたいと望んでいた。

 彼らも俺と同じように「アルト」だと知り、その感情は益々膨らんだ。


 彼らに近づく方法を俺はずっと考え続けていた。


 二年生になったばかりの夏が過ぎ去った午後だった。

 体育館の後ろの雑木林の手前、尖塔に登る螺旋階段の下、目立たぬ袋小路がある。

 3階の廊下から風で飛ばされた麦わら帽子を探しに雑木林へ行く途中だった。

 何人かの穏やかではない声が聞こえてきた。

 塀に隠れて様子を伺うと、あのふたりの片割れ、金髪の方、「ルゥ」が居た。

 ルゥは五年生の男子から「泥棒ネコ」と攻め立てられていた。

「ロッカーのこいつのバックから財布を盗んだのはおまえだな」

「違うよ」

「見ている奴もいるんだよ」

「おまえ、二年のくせに大胆な事するなあ」

「さすがに保育所上がりの奴はまともじゃない。アルトだからってでかい態度しやがって」

 散々な言われようもルゥは全く動じていないように見えた。


「こいつ、全然反省してねえ」

「痛い目に合わないとわかんねえみたいだな」

 背の高いひとりがルゥの胸倉を掴んで、拳を突き上げた。

 俺は慌てて飛び出した。

「やめろよっ!」

 奴らは一斉に俺を振り返った。

 俺だってケンカの経験もなければ、無謀な争いなんかしたくない。

 正直怖くて仕方なかった。けれど、ここで引き下がるわけにもいかない。


「下級生を大勢で責めるなんて卑怯だろ」

「なんだ、お金持ちのクリスか」

「ここではベルだ」

「そうだったな。おまえに関係ある話かよ。こいつは金を盗んだ。だからとっちめてやる。なにか間違いがあるのか?」

「…お、金なら…僕が返すから、その子に手を出さないでよ」

 俺の言葉に彼らは顔を見合わせた。

「ま、おまえがこいつの代わりに金を返してくれるなら、許してやるよ」

「ありがとう」

「その代わり、二倍にしてもらう。それくらい持ってるだろ?街一番の成金息子なんだから」

 俺は黙ってそいつらの言う金額を支払った。

  

 五年生の姿が消えるのを待って、俺は壁に凭れてじっとしているルゥに近づいた。

「大丈夫?怪我はない?」

 俺の言葉にルゥは、ふっと笑った。

 彼の顔には緊張感は見えない。


「ざんね~ん」

 突然上の方から声が聞こえた。

 螺旋階段から顔を覗かせたのは…褐色の髪をしたアーシュだった。

「う~ん、いいところまで行ったんだけどね」

「まさかあそこで助けが入るとは…というかとんだ邪魔者出現。さすがに予測不可能だ」

 カンカンと階段を下りる靴の響かせたアーシュがルゥの傍に立った。

 二人は並んで俺をジロリと見つめた。

 俺は何のことかまるでわからない。


「でもさ、お金まで出させちゃって悪かったね」

「盗った分を返してやれよ」

「うん」

 ルゥはズボンのポケットから財布を出した。

 俺は彼らのわけのわからぬ話と出された財布に言葉も出てこない。

 結局こいつらが犯人で、俺はピエロを演じたわけだ。

 差し出された財布を受け取るはずもないだろう。

 俺は空しくなってその財布を叩き落した。

「お金なんていらない。僕は…君達と友達になりたかった。だから助けたかったんだ」

 アーシュとルゥは目を見張って感嘆の声をあげた。


「ベル、君ってすごい良い奴だね」

「ホント、おい、ベルを見習えよ。こういう子がまともな魔法使いになれるんだよ」

「…一体何のことだよ」

 俺はなんの話か全くわからない。

「あのね、ベル。僕たち『力』を試したかっただけの。ほら、せいとーぼうえいなら魔力を使っても怒られない、だろ?」

「はあ?」

「だって宝のもちぐされじゃないか。せっかく持っている『力』だもん。たまには使ってみたいって思わない?」

 アーシュは引き込まれそうな深い藍色の瞳を見開いて俺を見つけた。

「勿論、酷いことにはならないように気をつけるけど、ね」

 ウィンクしたルゥは屈託のない笑顔を見せた。


 一瞬にして俺は彼らの虜になったのだ。





挿絵(By みてみん)

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