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Private Kingdom 19



19、

「用件は…わかってると思うけど、直接ジョシュアから聞けばいいわ。私は案内を頼まれただけだから」

「わかった」

 マリオンの目指す方向へ歩き出す。

 ベルとセキレイも一緒に着いて来ようとするのを、彼女は止めた。

「あなた達には用はないわ。アーシュだけしか呼ばれていないの」

「アーシュひとりを呼び出して、リンチでもするつもり?」

「そんなの、僕らが許さないから」

 ふたりは美少女に怒りだす。…計算どおりに。

「大丈夫だよ。ベル、セキレイ。卑しくも先輩方は『天の王』の幸いなる者だろうからね。卑怯なマネはしないよ。ねえ、先輩」

 微笑む俺に、マリオンはそ知らぬ顔で森の奥へ先導する。

 俺はふたりに目配せして別れ、マリオンの後を追う。


 ふたりの姿が木立に隠れだす頃合を見計らったように、マリオンが俺の腕を取って歩く。

 すぐに直感した。

 彼女は俺の思考を読むつもりだ。サイコメトリーの一種だろう。

 俺が何を考えて敵陣へ行こうとしているのか、そりゃ知りたいだろうが、俺の思念を読むなんて百年早い。読ませないように遮蔽することは簡単だが、逆に読ませてやろう。

 都合のいい俺の好奇心を、エンパシーで表面化させた。


 思ったとおりだ。

 彼女は俺の思考を読み、驚いた顔で俺を見る。

「君、なに…考えてるの?本気で『イルミナティバビロン』に…私達の仲間になりたいって思っているわけ?」

「え?僕の考えていること、わかったの?…すごいね~。うん、そうだよ。この学園の卒業生から聞いた時から、すごく興味あったの。だから、僕も仲間になりたいって思ってさ。でも、中等部の生徒は駄目って言うからさあ。僕が先輩方に負けない力を持っているってわかったなら、きっと仲間にしてくれるよね」

「…それがあんたの本音なの?」

「そうだよ」

「じゃあ、だったらなんでジョシュアを怒らせることなんかするのよ」

「何が?」

「イシュハの事。あんた、イシュハを騙して愛人になったでしょ?それも私達の仲間になりたいから?それって逆効果じゃない。ジョシュアはイシュハの幼馴染みなのよ」

「知ってるよ」

「…あんたって…薄気味悪い子ね。さっきのイメージはワザと私に読ませたのね」

「よくわかったじゃん。まあ、半分は嘘じゃないよ。それよりさ、どこに連れて行くのさ」

「あそこよ?」

 マリオンが指差したのは、木立の向こうに見え隠れしている細い塔。

 給水塔やら電波塔やらと、噂されているが、本来の目的などはわからないただ高いだけの塔だ。

 この学園の中をくまなく探検しつくした俺達は、この塔の存在も勿論知っていた。

 だが、この塔に登ったことはない。

 塔の周りを囲む柵も何層にも魔防が張ってあるし、中の敷地に入っても非常階段も無いし、扉も固く鍵が掛けられたままだった。

 だが、今日は門扉に掛けられた鍵もなく、塔の扉もなんなく開けられた。


 狭いホールには鉄柵だけのエレベーターがある。

 マリオンがエレベーターのボタンを押すと、ギイと金属の擦る音を唸らせ、ドアが開いた。

「階段の代わりにエレベーターだけなの?止まっちゃったらどうするんだろうね。雷が落ちて停電したりするだろうに…」

 素朴な疑問にマリオンはひと言「魔法で守られてるから、停電しないんじゃない」と、答える。

 全く洞察力がない。素直さは認めるけど、アルトである自覚が足りない。

 …みんなそんなもんだろうけど。


 エレベーターはゆっくりと昇っていく。

 しばらくすると、塔の塀から直接外の景色が見えるようになった。

 まだ、目線は森の緑に覆われているが、すぐに西に傾いた日差しが眩しく輝いた。


「ねえ、君」

「アーシュって呼んで。マリオン」

「…アーシュ。屋上に着いたらジョシュア達が待っているから、彼らには逆らわないで、素直に言うことを聞いていなさいよ。そうでないと…酷い目に合うから」

「いいの?そんなネタばらしてさ。酷い目ってレイプだろ?だけど、君らは従っても従わなくてもやるんだろ?メルにしたみたいにさ」

「…」

「君らって本当にバカだよね。暴力とカタルシスの違いもわかんないなんてさ。人を貶めるのに性的暴力で押さえつけようなんて、レベル低いって思わねえ?…ねえ、マリオン。君だってジョシュアと寝たんだろ?それは彼に命じられて?それとも魅了されて?…どっちにしろ、君はジョシュア、それと君たちの仲間との恋愛ごっこに興じて楽しんでいたんだろうね。それをとやかく説教するつもりはないけどね。他の奴らを引き込むな。特に…俺の大事な者を傷つけた罪は重いと知れ」

「一体…何様のつもり?」

「とっておきの親切心で、付け加えて言うが、俺がこのエレベーターから降りたら、君はそのまま、下まで降りることをお奨めするよ。そうでないと、すべてにおいて保証できないと思ってくれ」



 ガタンと激しい音を立て、金属の箱が止まった。マリオンが扉を開ける。

 塔の屋上。上を仰げば、うっすらと紫色に染まる空が綺麗だ。

 ただ直径十メートルほどの円形のコンクリートの床があるだけだ。

 周りには落下防止のフェンスも、影になる屋根もない。


「待ち人来るか」

 一番近いフラクスンのアーサーが、咥えていた煙草を床に捨て、踏みつけた。

「ようこそ、魔法使い」

 わざとらしくお辞儀をするネイトの赤い髪が夕映えにますます赤く染まっている。

「俺を待っててくれたなんて嬉しいね。宵闇パーティのお誘いだろ?」

「噂どおり、中等科のクセに生意気なのね」

 アッシュブロンドの女子はリオっていう三年生だな。

 それより…ジョシュアは…ああ、あの真向かいに立つ黒い影だ。

 西日の影に綺麗に隠れた所為でわからなかった。

 俺は真っ直ぐに彼に近づいた。

 ちょうど屋上の中心に来た時、足元から魔力を感じ、足を止め、コンクリの床を見る。

 …なにも変わりは無い。が、何かを感じる。

 俺は跪き、床に手と顔を近づけた。


 …やっぱり、「力」を感じる。

 見えないけれど何か…凄く強い「魔力」の線。

 感じる跡を指で触れてみる。

 真っ直ぐな線と紋様…

 ああ、これ、魔方陣だ。

 でもなんで、ここに魔方陣が描かれているんだ?  


 俺は立ち上がって、後ろを振り向いた。

 「天の王」学院の敷地の全貌が見渡せる。

 聖堂を中心とし、その周りを囲むように美しく配置された四つの建物。保育所、初等部、中等部、高等部…いや、四つじゃない。

 この塔を入れたら五角形になるんじゃないのか。


「おい、何やってんだよ、ガキ」

「五月蝿い。今大事な事に集中している」

 そして、線を繋いだら…五芒星ペンタグラムが描ける。

 真西にあるこの塔の屋上に描かれた魔方陣。

 この意味は…

 この場所は…

 もしかしたら「ゲート」を意味するんじゃないのか?


「粋がるなよ、アーシュ。無事にこの塔から出られると思うなよ」

「ちょっと待って。ねえ、君たち、平然とここに居座っている風に見えるけどさ、この塔の本当の役目って知ってる?ここが『イルミナティバビロン』である意味はちゃんとあるんだよ…ほら、見て」

 俺は遠く見える聖堂の尖塔を指差す。

 五芒星ペンタグラムは子宮を意味する。

 俺達「天の王学園」の生徒は子宮の中で守られて暮しているってわけなのか。

 ならば、この塔の必然性もわかる。

 ここは天を仰ぎ見る観測所であり、秘儀の行われる空間でもあるのだろう。


「それがなんだ?俺達にはなんも関係ねえことだよ。魔法が使えるわけでもないしな」

「魔法が使える使えないなんて意味は無い。要は物事への探究心が大事って授業で習わなかった?ただのバカの集まりの先輩方。本当にさ、何も学習してもいないクセに『イルミナティバビロン』の名を語るんじゃないよ」

「何?」

「少しは考えろよ。あんたら、この学園で何を学んでいる。欲望を満たすために生きるにしても、欲望のベクトルはひとつじゃないだろ。もっと頭を使え」

「意味わかんねえ」

「アルトはアルトの意味を、イルトはイルトである意味を考えろって言ってる。どちらが主権を取り合うなんて下らない。…まあ、どちらにしても俺は別格だけどね」

「それこそホーリーの驕りだろうに」

 ジョシュアの影が俺に近づく。


 俺の前に立ち、俺の肩を掴む。

「いつまでイキがっていられるものかな?」

「そっちこそ…イシュハが悲しむよ」

 俺はジョシュアしか聞こえないように呟く。

 途端にジョシュアの右手が俺の頬を強烈に打った。その弾みで俺の眼鏡が飛ぶ。

「慎みのねえ口だな」

 痛みを感じる間も無く、胸倉を掴まれて顎を殴られた。

 俺の身体が床に叩きつけられる。

 目の前に落ちた眼鏡を取ろうと手を伸ばしたが、ジョシュアの靴が先に眼鏡を捉え、グシャリと音を立ててつぶれてしまった。

 うわ~、それ、トゥエに買ってもらったばかりの眼鏡だったのに…言い訳するの面倒臭ええ。

 それより、

 …痛い。涙が出るくらい顎もほっぺたも痛い。

 口の中、血の味がするし…

 もう…暴力、虐待絶対反対!


「泣くのは早いぜ、アーシュ」

 倒れたまま顔を覆う俺を四人の男子が取り囲んだ。

「立てよ、ほら」

「まだ、始まってもいないぜ」

「助けを呼んでもエレベーターは電源を切ってるし、非常階段も無い。逃げたいのなら塔の端から飛び降りるしかない」

「ホーリーだったら、羽でもつけてフライングすりゃ助かるけどな」

 勝手なことをほざきやがって。こちらはおまえらの顔を見る気にもならない。


「バカにつける薬はないってホントだね」

「ああ?」

「アルトはイルトを魔法によって傷つけたらいけない。が、正当防衛の場合はこれを許すって校則にあったよね」

「…」

「父さんにも殴られたこともない顔を二回も殴られたし(初めから俺に父さんは居ないけど)、度は入ってない見かけだけの眼鏡も壊された。加えて恐喝と暴行により、こちらも対抗手段を取る」

「なんだと!」

「と、言っても俺の手は使わない。だって、俺とあんたらじゃハンデがありすぎるだろ?」


 呆気に取られている彼らを無視して、俺は塔の西端に歩み寄り、わずか十数センチほどの低いサークルの上に立つ。

「君たちのお望みどおり、俺はここから飛び降りてやるからさ、ちゃんと見ててよ。もちろん…君らには相応しい制裁を…」

 俺はゆっくりと右手を天に掲げた。


 西の空には俺が呼び寄せた数知れぬ鴉の大群が、出番を待ちわびている。


「彼らは手加減を知らないからね。目玉を抉られぬよう、ご注意を…」

 わずかに指先を振る。

 この日の為に訓練した鴉たちが、一斉に「イルミナティバビロン」に襲い掛かる。

 

 叫び声をあげ、逃げ惑う彼らを確認した俺は、そのまま塔の下へ身を躍らせた。


挿絵(By みてみん)

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