Private Kingdom 18
18、
ジョシュア達の所為で着れなくなった制服の代わりにと、イシュハは自分の古着を二着分俺にくれた。
その一着分をセキレイに渡した。
余分な服を持たない俺達は大喜びだ。
イシュハの中等科の制服は、俺とセキレイにあつらえたようにピッタリだった。
「俺の分もあげられた良いのに」と、傍らでベルが済まなそうに言う。
ガタイがよく、僕らよりも頭ひとつ以上背の高いベルの中等科の服は、俺達には大きすぎて古着になったとしても着れそうもない。
「本当にいつまで背が伸びるんだろう。天上まで届きそうだよ。君達を見下ろす気なんてないのにさ」
部屋の低い天井にジャンプをして、ベルはガムを貼り付けた。
少年達のしがない自尊心の勲章だ。
「だけどさ、僕の知る限り、この学園の生徒で聖人に近いのは、ベルしかいないと思うよ」
わざとらしく丁寧にセキレイがベルに向かってお辞儀をする。
「だから、遠慮せず俺達を見下ろせって言っているのさ」
俺はベルを指差す。
「誰が?」
「身長の神様」
「…いらぬお世話。まあ、そのうち背は止まるよ。そしたら君達は遠慮なく俺を追い越してくれ」
「…ベル。もし、俺らが君の背の高さまで追いつくことができたとしても、その頃はきっと学園を卒業していると思う。だからお気遣いなくに君の制服は着古してくれ」
「残念だよ。エドワードに言えば、君達の分だって、すぐに作ってやれるのに…」
「ベル、それは禁句だ」
「…悪い」
俺達は可哀想な子供ではない。だから施しは最低限で結構。
珍しくセキレイより先に目が覚めた。
まだ、夜明け前だ。
隣りにいるセキレイの鼓動が触れ合った俺の肌に響いてくる。
昨晩は飽きるまでずっと抱き合っていた。
そしてお互い裸のまま、疲れて眠ってしまっていたんだ。
俺の肩に顔を摺り寄せて眠るセキレイを起さぬように、横向きになり、彼の身体を緩く抱いた。
すると俺の努力もむなしく、セキレイは目を覚まし、寝ぼけた声で「おはよ」と、呟く。
「ゴメン、起したね。まだ、起きるには早いよ」
「アーシュ…君が先に起きてるなんて珍しいね…どうしたの?」
「別に…」
「メルが気にかかる?」
「それもあるけれど…まあ、そっちは片付いたからね」
「じゃあ、ジョシュアの方?」
「うん。こちらの思い通りにコトが運べばいいんだけどね」
「ふふ」
「何?」
「アーシュにできないことなんかあるの?」
「俺は神でも悪魔でもないんだよ。この世は思うようにならない事だらけだ」
「だけど、アスタロト・レヴィ・クレメントは、絶対に諦めないんだよね。為す為の努力を怠らない。僕は感心するばかりだ」
「…どうしたの?セキレイ。まだ夢の続きでも見てるの?」
「…そうかもしれない…さっきね、夢でお父さんとお母さんがぼんやりと見えた気がしたんだ。メルの話を聞いた所為なのかな…」
メルとの「senso」のよって、俺は彼の過去を手繰り、そして未来を歩ける道を明瞭にした。
このトリップは俺にとっても、力の覚醒がより強力になっていることへの認識でもあった。
この力をセキレイの為に使う時期は近い。だけど同時に彼との別れが怖い。
セキレイへの執着を俺自身が整理をつけ、納得し、彼との別れを決心しなければ、彼をあるべき場所へ導くことは出来ないだろう。
「アーシュ、どうしたの?」
セキレイの両手が俺の頬を緩く挟む。何も言わない俺に口付ける。
「ねえ、僕から欲しがっちゃ駄目かな?」
「いいや、何度でも欲しいって言って。俺はその為に居るって思わせて…セキレイ、君の望むものをすべてあげたい」
「じゃあ、朝食までずっと繋がっていたい。午後の授業は寝て過ごしても構わないから」
「君の言うとおりにする」
いっそお互いの肌がひとつになれば良いのにね。
それじゃ、快楽は得られない。
確かにそうだ。ふたつのものが繋がるから、絡み合うから気持ち良いんだよね。
永遠じゃなく、限られた時間だから、このひとときが何よりも愛おしく思えてくるんだ。
予定どおり、午後はふたりして頭痛だと授業を抜け出し、いつもの秘密基地(廃屋)で休む事にした。
ハンモックに揺られながら本を読む俺に、木のベンチに座って外の様子を眺めているセキレイが声をかける。
「メルのことだけど…」
「うん」
「大丈夫なの?」
「セキレイがメルの心配するなんてね」
俺は本を置き、ハンモックに座りなおす。
「僕だって…両親が生きているかどうかわかんないからね。それに…ここに来るまでの4年間がどんなものだったのか…想像もできないんだよ。本当に両親と一緒に居たのか、それとも、初めから両親なんか居なかったのか…僕の見る夢はただの願望でしかないかもしれない…色々考えちゃうよ…」
珍しくナイーブなセキレイに、俺もどういう言葉を紡いでいいのか、わからなくなる。
もっとはっきりとしたヴィジョンが俺に見えれば、それがどんな辛いものであっても正確に伝えることができるのに。
もっと、力が欲しい。
「あ、ベルが来るよ。なんか…すごい走ってるよ。ぎゃ、ベル、鴉に追われてるう~」
鴉の騒ぐ声と共に、ベルが小屋に飛び込んできた。
「ベル、いささか五月蝿い家来を連れているねえ」
鴉がはいりこまぬように慌ててドアを閉めるベルを皮肉った。
「あいつらは犬以上に鼻が利くのかな。きっとこいつの匂いに誘われたんだろうけれど…」
「あ、バターとハチミツのいい匂い。クッキー?…サブレだ」
ベルは手に持ったピンクのハンケチの包みを、広げてテーブルに置いた。
「高等科のガールフレンドから貰ったんだ。焼きたてだから早く食えって。どうぞ」
「食べていいの?ガールフレンドってアルト?君以外が食ったら呪いがかかるんじゃない?」
「心配ご無用。お仲間の友人にもどうぞって、言ってたからね」
「そりゃ、ありがたい」
「将を射んと欲すれば…だな」
「僕達、馬なの?」
「まあ、馬でもなんでもいいけど、味次第だ…うん、まあまあ」
「美味しいじゃん」
「で、彼女の仲のいい友人が…こいつ」
ベルはテーブルに置いた「イルミナティバビロン」の六人を写した写真のひとりを、指差す。
「OK。では、諸君。早速『イルミナティバビロン』殲滅の最終作戦を説明する。良く聞いてくれ」
「「ラジャー、キャプテン」」
俺達は顔を見合わせて笑いころげる。
作戦は開始された。
まずはイシュハと俺が愛人関係にあり、俺に夢中なのだと、周りに吹聴することを頼み込んだ。
勿論イシュハはいい顔をしない。もともとジョシュアを懲らしめるための仕掛けだ。だが、今のジョシュアではいけない、どうにかして救いたいと思うイシュハは、俺の計画を無碍にはできなかった。
メルへの暴行のことは話さなかったが、言わなくてもイシュハは薄々感づいてはいたのだろう。「メルのためにも」と、自分から呟いた。
「僕と君が関係しているというだけで、ジョシュアは誘いに乗るだろうか」
イシュハはジョシュアがそこまで軽率ではないと疑っている。
「まあね、冷静でいられるのなら、それは『本物』ではないと言う事だ。それに俺は彼の嫌いなアルトであり、危険なホーリーでもある。君から離れさせたいって思うのは、彼にとって当然だろうからね。ジョシュアの本気がどんなものか、イシュハは黙って見ててくれ」
ジョシュアの居る前で、僕らは平然と手を絡ませ、キスを見せ付ける。平静を装っても、ジョシュアのオーラが青白く立ち昇るのが見える。俺は勝ち誇った笑みを彼に浴びせる。ジョシュアは背を向けて俺達の前から姿を消す。
それの繰り返しだ。
果たして、ジョシュアの忍耐がどこまで続くのか…
「君、ちょっといい?」
授業が終わり、ベルとセキレイと三人で寄宿舎へ帰る途中、声をかけてきた女子がいた。
ジョシュアの友人のひとり、マリオンだった。
「なんでしょうか?」
高等科の美少女に突然に声を掛けられ、頬を染めるフリをしながら、俺は心の中で、やっと来たか、と、ほくそ笑んでいた。