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浄夜 8

挿絵(By みてみん)


8、

 皮のつばの広い帽子を被った父の顔は、昔と変わらない気がしたが、それでいてはっきりとわかる顔の皺に年月を感じた。僕はそれが嬉しかった。

 父の明るい琥珀色の瞳は、僕にそっくりだ。

 生成りの厚い生地にまじないのような模様が編み込んだローブを肩からかけた母は、僕を見て涙ぐんでいる。僕と同じアッシュの長い髪を緩く編んで、胸まで垂らしている。

 ああ、そうだ。昔からお母さんはこんな姿をしていた。

 僕らは旅をする種族だ。同じ種族同士、数十人の仲間たちと一緒にトレーラーハウスで移動していた。


「ツィンカ…大きくなったわね」

 両手で交互に涙を拭く母が、震える声で僕の名を呼ぶ。

「幾つになった?」

「…じゅう…六になりました」

 僕より少し背の高い父は僕の頭を撫でてくれる。それが気恥ずかしくて、僕は下を向いてしまった。今、僕の顔は床に敷かれた絨毯のように赤いだろう。

「そうか…16か。そうか…良かったなあ。うん、よく顔を良く見せておくれ。…母さんに似て美人だ。こりゃ予想していたよりイイ男になったぞ、なあ、母さん」

「ええ、本当に…健康で素直で…見ればわかります。ツィンカをあの街へ置いていったことが正解だったと…」

「お父さん、お母さん、教えてください。何故僕は…学園に残されたの?何故一緒に連れて行ってはくれなかったの?」

「それが一番良い方法だったからだよ、ツィンカ」

「そんな理由では僕は納得が出来ない。…そうだった…僕は…あなた方が僕をあの学園に置いてからしばらくは何も食べれなくて…それで…泣いてばかりで、保育係りのエヴァとアダを困らせたんだ。僕はあなた方を待っていたのに…ずっと…」

 目の前のふたりの姿が次第にぼやけてくる。

 それは二人の所為ではなく、僕の涙の所為だった。

「ツィンカ…」

「お願いです。教えてください。どうして、僕は捨てられたの?お父さん、お母さん」

 この人たちは僕を愛している。

 はっきりとわかるから、僕のためだとわかるから、真実を知りたい。


「ツィンカ…私達は色々な行商をしながら、糧を得て旅をしているのよ。お父さんは腕のいいエンジニアでね、車を整備したり、旅先の人たちから色んな機械のメンテナンスを頼まれては感謝されていたわ」

「母さんは占い師だ。よく当たると評判なんだ。私達は小さい頃から兄弟のように育ち、恋をして一緒になったんだ」

「そして、ツィンカ、あなたが生まれたの。私達は本当に幸せだったのよ。小さいあなたが泣いて笑うだけで、本当の喜びを感じていた。…占い師はね、自分の未来は見ないしきたりなの。でもあなたの未来はどうしても気になって…或る日、あなたを占ったの。幸せな未来だけを信じて…でも、水晶球にはあなたの未来は見えなかった。何度占っても、幼いあなたが眠るように死んでいく様しか映らなかった。私達は仲間のおさに相談をしました。このヴィジョンは真実なのか。この子は本当に死んでしまうのか。それを避けるためにはどうしたら良いのか…長の答えは、私の予想と同じでした。運命は変えられない。そしてこの子の運命をどうしても変えたいのなら、魔力をもって、定められた命を補うしかないと」

「長の薦めで、サマシティの『天の王』に、ツィンカを連れて行った。トゥエ様は私達が来ることを予見していらした。君を見て『彼は非常に強く正しい魔法使いになる見込みがあります。私達にお任せください』と、おっしゃってくれた。…私達は君をトゥエ様に預けたんだ」

「それで…僕の未来は変わったの?死ぬしかなかった僕の未来が永らえたの?」

「…そうよ」

 母は僕の頬を撫で、優しく笑う。


「嘘だね」

 声のする方を向く。

 テーブルの向こう、アーシュは椅子に腰掛け優雅に足を組んでこちらを見つめている。

「あなた方はメルにはっきりと言うべきだ。何故、5年ほどの時間しか生きれない定めのメルが、無事だったのか。あなた方は身をもって証明しているじゃないか。…メル自身の真実を知ることはこれから生きる彼にとって、とても大事な誇りとなるはずだ」

「どういうことだ?アーシュ」

「彼らに聞きたまえよ。これは君と彼らの話なんだから」

 傲慢な態度はいつものことだ。

 そんなことより、アーシュが言うように、僕は真実が知りたかった。何の見返りもなく、人ひとりの命が永らえる理由がない。


「お父さん、お母さん、教えてください。僕の命が永らえたのは何故ですか?トゥエはあなた方にどんな要求をしたのですか?」

「…それは」

 母は言いにくそうに言葉を濁した。父は母を見つめ、母の肩を強く抱きしめた。

「ツィンカ。私達は君に命を分けたんだよ。二人分の命を君の生きる力として…」

「…そんな」

 …思いもよらなかった。それって…

 足が震えた。

 僕は立っていられず、テーブルに寄りかかる。


「それでは…あなた方はもう…」

「…ええ、人として生きる事は終えています」

「…僕の為に、死ぬ事を選んだの?それにどんな価値があるの?子供の為に命を捨てる。それは美談になるの?親のエゴではないの?…子供に選択権はないの?僕はあなた方の犠牲の上に生きていくしかないの?…そんなこと…望んでいない。僕は…」

「親のエゴと言われたら、そうとしか言えないわ。でも、何をおいても私達はあなたに生きて欲しかった。真実を知ったら、あなたはきっと私達を責めるわ。そして自分を責める。それでも生きていて欲しかったの」

「私達の命で君の人生を購うという取引は、そう悪いものでもなかったんだよ、ツィンカ。君の命は五年程だとわかっていたからね。定めを引き受ける時が判れば、私達も死ぬ覚悟ができる。それまで精一杯楽しく生きようと思える。ただ、君と別れなければならないのは辛かった。五年とわかっていたから、ぎりぎりまで一緒に暮すという選択もあったんだよ。でもね、もし君が僕らと一緒に旅を続け、私達の愛情を一心に受けた君の目の前で私達ふたりが居なくなったらと思ったら、可哀想でね」

「一緒に生きた時間が長くなるだけ、別れは辛いものになるわ。あなたの悲しむ顔を見ながら死んでいくのは、嫌だったの。私達の記憶があなたに薄いうちに、あなたをトゥエ様に預ける事が、私達にもあなたにも最良だと思えたの」

「それで…本当に後悔はしなかったの?怖くはなかったの?」

「私達は愛し合っているのよ。死ぬ時も一緒に死ねるって考えたら、何だか嬉しかったわ。ねえ、あなたはどう?」

「私かい?そうだね…もっと一緒に生きたかったとは思ったけれど、君と一緒に死ねると思うと怖くなかった。そして死んでもこうして一緒にいれるのだから、本当に良かったと思っているよ、ハニー」

「まあ、あなたったら」

 顔を見合わせて幸せの笑いを互いに交わす両親の姿に僕は何を言えるだろう。ふたりの愛の前では僕は否定する言葉など持てなかった。


「本当に後悔はないんですね。僕は…これからも生きていいんですね。お父さん、お母さん」

「ツィンカ…私達は仲間のみんなに見守られて静かに死んでいったの。仲間たちは心のこもった弔いをしてくれてね。夕日の綺麗な丘に二人一緒に埋葬されたのよ」

「それに私達の身体はなくても、こうして自由に飛びまわれる。これから先だって、君が望めば会うこともできる。後悔などしない。…君が生きてくれて本当に嬉しいんだよ。ありがとう」

「お礼を言うのは僕の方です。ありがとう、お父さん、お母さん。あなた方と共に生きていることを心に刻んで、生きていきます…ありがとう…」

 僕は父と母の暖かい腕にいだかれた。

 彼らの愛が僕の中に流れ、身体の奥底の澱を清浄なものにした。

 愛は僕に力を与えてくれる。

 きっと、僕は大丈夫なんだ、と、信じさせてくれる。


「良かったね、メル」

 振り向くとアーシュはニコニコと笑いながら、立っていた。

 父と母は、並んでアーシュの傍らに立ち、彼の前に跪く。

「感謝いたします。私達を導いてくれた事、ツィンカと会う事が出来た事、すべてを打ち明ける勇気を与えてくれた事、すべてを…真の○○様…」

「俺じゃないよ。全部メルが望んだことだよ。俺はアクセルを踏んだだけなんだよ、きっと。だからこれからもメルを見守っててやってよ。あなた方の大切なツィンカを」

「勿論です。あなた様も御身をお大事になさり、繁栄を築いてくださいませ」

 両親は当たり前のようにアーシュの裸足の足に口づけた。その様にアーシュも困った顔をする。

 ゆっくりと立ち上がったふたりは、僕の肩を抱き、別れの時を告げた。


「私達が身を現す時間は短いんだ。だから、ツィンカ、残念だがお別れだよ。またいつか会いに来てくれないか?」

「勿論です。お父さん」

「あなたが健やかな日々を送れるよう、いつも祈ることを許してね、ツィンカ」

「ありがとうございます、お母さん。きっといつか、あなた方の埋葬された場所へ行き、そこで夕陽を眺めます」

 ふたりは嬉しそうにコクリと頷いた。


 握り締めた父と母の手が次第に白くなる。身体の輪郭がぼやけ、霧となり、そしてドアの外へ消えていった。

 ふたりが消えた後も、僕はしばらくそこから動けなかった。



 ゴトゴトと音がした。「これでいっか~」と、呑気な調子の声がした。

「じゃあ、帰ろうか。はい、コレ」

 目の前にブーツが置かれた。

「なに?」

「棚の下に靴があったの。俺達、裸足だろ?帰りはきっと痛いだろうからさ。きっとメルのお父さんとお母さんが履いてたブーツだろうね。借りていこう」

 そう言って、アーシュはドアの外へ出る。

 僕も目の前のブーツに足を入れ、家の外へ出た。

 丁寧にドアを閉め、「また来るよ」と言って、我が家を後にする。

 

 来た道を帰る。

 辺りはすっかり霧が晴れ、白い道が輝くようだ。

 小さな砂利を踏みつけ、音を楽しみながら前を歩くアーシュを見る。

 パジャマの上着だけを着たアーシュの後姿は、伸びた白い脚に少しだぶついたブーツが似合っていて、少女のように見える。

 

「アーシュ」

 僕は声をかけた。

「なに?」

 彼は顔だけをこちらに向けて、首を傾げた。

「ありがとう。君のおかげで父と母に会えた。真実を聞くのは辛かったけれど、長年の胸のつかえが降ろせたよ。…彼らに愛されていた、そして守られている。そう信じることで、未来が輝き始めた気がする。…僕も両親に習って君の足元に跪きたい」

 僕は本当にそうしたかった。だからその場で片膝を砂利の上についた。

「ばーか」

 アーシュは不機嫌そうに足元の砂利を蹴った。

「ここは現実と空想の狭間の場所なんだぞ。こんなもん、メルが勝手に作った仮想空間かもしれない。そうでなきゃあんな美談あるもんか!メルばっかり両親に愛されて、幸せで、そんなもん、俺は知ったことじゃない」

「…アーシュ」

「実に良かったじゃないか、メル。君には立派な両親が居てさ。俺なんか…親が居るのかさえわかんねえんだから…」

 チッと舌打ちをしたアーシュはまた砂利を蹴った。


ひざまずかれたって、ちっとも嬉しくないや。どんな親だっていいから、愛してるって言われた方が嬉しいに決まっているじゃないか…」

 親指を噛んだアーシュは言葉を詰まらせた。

「アーシュ、ゴメン。僕は…」

「まあ、いいや。人助けなんて俺の趣味じゃないけど、結果的にそうなってしまったのなら仕方ねえや」

 アーシュは自分の生まれた定めを知っているのだろうか。

 無意識のうちに彼は自分が何であるか、理解しているのではないだろうか…


 アーシュはまた前を向いて歩き出した。

 少し経って鼻歌を歌い始めた彼は、こちらに身体を向けて手を差し出した。


「帰ろうか、メル。俺達の現実リアルへ」

 差し出す手を僕はしっかりと握り締めた。

「うん、そうだね…だけど、もう一度だけ言わせて欲しい、アーシュ」

「なに?」

「…ありがとう。愛してる」

 僕の言葉にアーシュは照れもせず、見事な笑みを浮かべ、僕の首に両手を回した。



 僕達は抱き合ったまま、昼近くまで僕のベッドで眠り込んだ。

 僕らの足には、彼らのブーツが履かれたままだった。






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