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浄夜 6

挿絵(By みてみん)


6、

 震える身体を優しく撫でた。

 アーシュは敏感に反応する。それがたまらなくて、一層刺激を与える。

 アーシュの吐息と喘ぐ声。それを自分の指を噛んで、必死で押し殺そうとする。

「我慢しないで。全部僕に見せて欲しい。ずっと…君を見つめ続けた僕に、欲しがっていた僕に、今夜は委ねて欲しいんだ。アーシュ」

「メル…」

「全部あげる。君が欲しいものは、全部あげるから…今夜だけ、僕の好きにさせてくれる?」

 アーシュは涙ぐみながら、コクリと頷いた。


 その晩はもちろん「senso」どころじゃなかった。

 僕は完全にアーシュの身体に溺れたのだ。

 眠りにおちたアーシュの身体に触れながら、彼の寝顔を見る至福の時を惜しんだ。

 「愛」がこのように満ち足りたものならば、僕が今まで愛してきた(少なくともそう思っていた)人たちへの想いがどんなに他愛のない感情だったのか、思い知らされた。

 彼が魔王であろうとなかろうと、僕は彼を愛したいと願う。この想いだけは真実であり続けたい。

 彼が誰を愛していてもだ。

 僕のことを忘れ去っても、僕の愛は君の身体に残る。

 これが僕に出来る最高の「senso」だ。



 夏の終わり、アーシュは「学長から本物の夏季休暇をもらったよ」と、嬉しそうに報告する。

 ルゥと一緒にベルの屋敷へしばらく遊びに行くそうだ。

 ベルはこの街を誇る貿易会社の一人息子であり、また彼の母親は侯爵家の出だと言う。将来彼は侯爵家の跡取りであり、大企業の社長の座も保証されている身分だ。

 ここまでくると羨ましいどころが彼の肩にかかる重圧を哀れんでやりたい気がするが、本人を眺めるや否や、哀れみなんざ一分も起きないほどの完璧な男で(まだ14しかならないのに)地獄に堕ちろと呪いたくなる。

 しかも彼はホーリーだ。

 こうもたったひとりの人間に天が徳を与えているのかと、恨めしい気もするが、何より気に入らないのはアーシュが彼を慕っていることだ。

 それも肉体関係は結ばずにだ…こんな奇跡があろうか。

 抗えぬ美の結晶、憂い、傲慢、熱情、繊細さを掻き集めた人ならざる者、アーシュを目の前に、欲望を持たぬ者がいるのか?

 あの欲物的な顔をした男が友情だけで満足するというのか?…僕にはとても信じられない。

 いつかあの男は僕からアーシュを奪い取るかもしれない…


 己の気持ちを明かす事も出来ず、喜色満面を湛えるアーシュに「楽しんでおいで」と、言うのが精一杯だった。



 夏季休暇はほとんどの学生達は帰省する。

 残るのは帰る家を持たない数人の生徒と日直の先生ぐらいだ。

 ここ数日、アーシュと戯れた日々が充実していたから、名残りを慕って自分で慰めるしかなかった僕は寂しくて仕方ない。

 図書館で時間を潰したり、キリハラに相手をしてもらったりしても、なんだかすっきりしない。

 アーシュは今頃どうしているのだろうとか、ルゥはともかく、ベルと深い仲になっていたりしないだろうかと気を揉んだり。無駄な思考回路へ陥っていく。

 そして、これが恋のラビリンスだと、自戒する。


 イシュハの時だって散々悩んで、彼を困らせた。

 自分の欲望にどうしても歯止めが効かなくて、当惑する彼にあながち頼み込んだのだ。利口なイシュハはバランスを僕に授けた。

 僕は彼の虜にならなくて済んだ。


 キリハラはイルトへの傾倒をアルトの性分だと諭す。誰彼でも良いわけではなく、想いの通じるイルトへ傾倒するのは仕方のないことだと言う。

「感情とは脆いものだ。舞い上がる様は竜のごとく天に昇る。誰にも止めることはできまい?堕ちる時のその速さと来たら…助けようにも差し出す手を見ようともしない。そして後からこう言うんだ。『あの時は必死だった』って」

「イルトも同じなのかしら?」

「アルトには『不完全な者』と、言う意味が含まれている。イルトもまた『愚か者』と言う意味に捉えられることがある。どちらにしろ、天は飽きない地上を与えられたのかもしれないね」

 僕の髪を優しく掬うキリハラは、絶妙なバランスで僕を扱う。

 だから僕はキリハラに溺れることはない。



 夏季休暇も終わる頃、少しづつ生徒達も寄宿舎に戻り始めた。

 僕は新学期から高等科の一年生だ。

 引っ越した部屋にも新しい制服にも慣れ始めていた。

 アーシュはまだ戻らないらしい。まだ何も連絡は無い。


 そろそろイシュハが戻る頃だろうかと、僕は彼の部屋へ向かった。

 昼食を終えたばかりの昼下がりの喧騒がガラス窓から、聞こえていた。

 ドアをノックしても返事は無い。

 まだ、帰っていないのだ。仕方が無い。夕方また来てみよう。

 そう思って踵を返したところへ、数人の影が見えた。

 三階の三年生の部屋が続く渡り廊下だ。僕の知らない生徒達だろう。

 何気なく正面を見た。

 やはり知らぬ顔…いや、ひとりはジョシュアだった。

 

 ジョシュアはイシュハの又従弟はとこだ。それだけではなく、幼い頃からふたりは一緒にイシュハの家で暮したのだとイシュハから聞かされた。

 イシュハは時折、彼の事を僕に話したがった。誰にも打ち明けられるものではないと、少し伏せ目がちな目が寂しそうだった。

 イシュハのジョシュアに対する感情は親愛と友情だった。

 僕はそれを疑ったりしなかった。

 だから彼に対して、丁寧に頭を下げた。

 …本当は彼は苦手だった。

 彼の僕への嫌悪感は剥き出しだったし、これまでも挨拶をしてもほとんど無視されていた。だが、それはジョシュアだけではない。

 保育所上がりでアルトでホーリー。この存在はイルトにとって決して気持ちいいものではない。

 彼らは僕らの力を恐れるのだ。それと同時に見下してもいる。

 だから僕らは彼らに無害な者だ、そして良き友人だと、わかってもらわなければならない…と、教えられた。

 僕らはそれに百パーセント同意する気持ちはない。

 彼らが馬鹿にするのも下らない自尊心からだと知っている。だから、僕らは左拳に力を込めながら、右手を差し出す。

 決して彼らを侮ってはいけない…


 三人との距離が縮まる。僕は出来るだけ無関心を装った。

「あれ?おまえ、確か…イシュハの女だったよな」

 オレンジ色の髪と同じように明るい顔立ちの男子だった。同学年に覚えがないから、二年か、三年なのだろう。

「ダンナはまだお帰りじゃないのか?」

 僕は黙ったまま彼らの横を通り過ぎようとする。

「おい、新米、先輩に挨拶ぐらいしろよ」

 金髪の洒落た男はオレンジの子より、頭ひとつ背が高い。そいつが俺の行く道をふさいだ。こういう嫌がらせなら、何度も経験があるから、どうってことはない。

 

「イシュハは新学期ぎりぎりにならないと帰ってこないぜ。親孝行があれの趣味だからな」

 煙草の煙を吐きながら、ジョシュアは僕を見た。

 多分、目を合わせるのはこれが初めてだろう。

 横にいる金髪の男よりも幾分背が高い。イシュハと同じぐらいだろうか。だが、イシュハとは外見も中身も似つかない。


 狡猾で残忍な匂いがするクセに、ある瞬間優美な仕草をする。無造作に跳ねた鉄錆色の髪も彼の指がかき上げる度に、繊細な美に感じる。

 ジョシュアに見つめられた僕は落ち着かない胸のざわめきに自分が恐ろしくなった。


 好きでもなく嫌いでもないのなら、無視すればいいのだが、彼の存在がこの瞬間、僕自身を彼の虜にしたと言って良かった。

「イシュハが恋しくてならない?ひと月以上も味わっていなきゃ身体も疼くだろうよ。…イシュハの代わりに俺達が遊んでやろうか…」

 僕の肩に手を置いたジョシュアの低い声が耳元で響く。

 その指から床に捨てられた煙草がジョシュアの足で踏みつけられるのを、じっと見つめた。

 僕は立ち止まったまま、その場を動けなかった。


 その日の夕食まで、僕はジョシュアの部屋に居た。

 僕は三人にレイプされたのだ。しかし、こちらにさほど抵抗する気力がなかったと言えば、これは強要されたとは言いがたい行為だった。

 確かに僕はそれを望んだのだ。


 僕をベッドに置いたまま、彼らは夕食を取る為、部屋を出て行った。


 僕は痛めつけられた身体をさすりながら、ぼんやりと考えた。

 傷は至る所に目に入った。愛がある行為ではなかった証拠だ。だが、それをひとつも拒めない自分が不快に思えて仕方が無かった。

 服を着て、重い身体を引きずり自分の部屋へ帰った。

 食事も取らず、灯りも付けず、さっきまでの数時間の行為をなぞった。


 僕自身、これまで色んな奴とセックスをしてきた。それは僕が望んで事であり、好奇心であり快楽であり、愛であった。

 だが自分が求めもしないのに、逆らえないなんて…無理矢理イカされて感じるなんて…


 身体を弄ばれた憤りより、「嫌」と言えなかった自分が情けなかった。

 アルトは意思力の強いイルトに逆らえない。

 絶対に抗えない摂理があると言うのだろうか。その意味するものは何なのだろう。


 知らぬ間に涙が零れていた。

「たかがセックスだ。大した話じゃない。傷つくことは無い。…傷ついたりするものか…」

 僕は泣きながら、何度も何度も自分に言い聞かせていた。







アルト…魔力を持つ者。

イルト…魔力を持たない者。

アルトはイルトには無い魔力を持つが、イルトへの危害を加える意思が抑制される。その謎は未だ解明されていない

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