Private Kingdom 17
17、
セキレイとベルのおかげで、「イルミナティ・バビロン」のメンバーがわかった。
三年のジョシュア、ラファ、アーサー、リオ(女子)の四人はイルト。二年のネイト、ハルファス、マリオン(女子)は三人はアルトだ。
偶然だろうか、イルトがアルトを支配している構図がはっきりと見える。
メルを襲った奴は、ジョシュアの他、アーサーとネイトと聞く。
このふたりはジョシュアとの関係は言うまでもなく、精神的にもジョシュアの崇拝者だ。いや、彼らだけではなく、他の奴らにも同じことが言えるだろう。
ジョシュアにはそれだけのカリスマ性があった。
まずは彼らに俺を襲わせる為に、色々な噂を流させた。
俺がイシュハに傾倒していることや、ジョシュアに興味があると噂した。
ジョシュアの取り巻き連中が無能なこともおおげさに誇張した。
彼らはすぐに俺を掴まえに来た。
高等科の寄宿舎へは、森を抜けて向かう。その途中で奴らは俺を待ち伏せていた。
相手はアーサーとネイト、それにジョシュアの三人。メルをやった奴らと同じだ。
まさかボスが自らお出迎えとは思わず、ほくそ笑んでしまった。
案外小心者なんだ。それとも暗い青春を楽しむ内向的ナルシストなのか…
「何か、僕に用事?」
少しだけ怯えたフリをして、白樺の木に寄りかかった。
「アーシュって言うのか、おまえ。近頃、俺達の事、こそこそ嗅ぎまわっているってな」
ドスの効いた声で俺を脅かすのは、アーサー。
金色の髪を後ろでひと括りにまとめた精悍な顔つきの男だ。
「中坊のくせに、ジョシュアを狙おうなんてさ、バカじゃん。ジョシュアはおまえみたいなガキは趣味じゃないんだよ」
オレンジ色の髪をしたファニーフェイスの男はネイトという二年生のアルトだ。
どこまでの能力があるのかはわからないが、用心するに越したことは無い。
と、は言え、俺の標的はあくまでジョシュアだった。彼がどんな手を使ってくるのか…ワクワクする。
そのジョシュアが口を開く。
「おまえ、なんで俺らに近づく。目的は何だ?」
「…先輩方、面白い事やってるよね。『イルミナティバビロン』。この学園を裏で操ると言われる魅惑の秘密結社。ロマンチックだしね。僕、すごく興味があるんだ」
「なんだ、おまえも入りたいのか?」
「ムリムリ、まだリボンの似合う中坊には、入る資格なんて無いよ。諦めろ」
「僕だってホーリーなんだから、力はあるよ。きっとジョシュアの役に立つって思うんだ。…他の先輩方よりも」
「なんだとっ!てめえ、俺達に本気でケンカ売る気なのかっ!」
「生意気もあんまり過ぎると痛い目に合うよ。坊主」
「外野は黙ってろ。俺はジョシュアに言っているんだ」
「あいにくだが、俺は友達を大事にする男なんだ。それに…おまえみたいなこまっしゃくれた卑怯なアルトには興味がないね」
「嘘を付けよ。あんたは俺に嫉妬しただろ?…俺はあんたの大事なものを知ってるよ…」
俺の言葉を聞いたジョシュアの表情が強張った。
咥えていたタバコを木に押し付け捨て、俺のリボンを解いた。
「おまえの愛人だったか…メルって言ったよな。この場で同じ目に合っても同じことを言えるのか?」
「ジョシュア、せっかく生まれ持ったイルトの力があるのなら、もっと利口に使えよ、可哀想なセンチメンタリスト。ひとりじゃ寂しいんだろ?」
「きさま…」
胸倉を掴まれた。
頭ひとつ、いやふたつ分は俺より高いジョシュアは、痩せていても力がある。それに比べて俺はどう見たってやせっぽちの非力なガキでしかない。
寄りかかった白樺に背中を押し付けられ、そのまま持ち上げられた。苦しくて息ができない。なんとか足蹴りを食らわせ、ジョシュアの手から逃れた。
そのまま木立の中を思い切り走る。と、言っても俺の足では、あいつらにとてもじゃないが敵わない。
すぐに掴まえられ、足をすくわれた。ドサリと落ち葉の絨毯に倒れこむ。
いってぇ…やっぱ暴力反対。俺、ケンカに向いてないや。
「こんな林の中じゃ、誰も来てくれないぜ。どうする?おちびちゃん。俺達に跪いて頼めば、少しは優しく楽しませてやってもいいけどね」
三人が俺の周りを囲んだ。俺は倒れたまま、仰向けになって三人を眺めた。
「おい、一応ホーリーだろ?少しは意気地があるところを見せろよ。じゃなきゃ面白くないぜ」
「言っとくが俺とジョシュアはイルトだ。アルトはイルトに魔力で攻撃してはならないって法律はこの学園内でも守られる。背けば罰則の刑だ。捨て子のおまえに行くところなんか無いだろ?だから変な力は使うなよ」
「こいつに魔法が使えるもんか。ちょっと走っただけで息が切れてるじゃないか」
「恐ろしくて言葉もでないらしい。いい子にしてろ。かわいがってやるから」
金髪のアーサーが俺の上に腹ばいになる。
シャツを無理矢理脱がせようとするから、その手首に噛み付いた。
「痛っ!てめえ、なんてことするんだっ!」
「そりゃこっちの台詞だよ。貴重なシャツを破くな、バカっ!」
「おまえ、自分の立場をわかってないようだな」
そう言って、俺の上着を無理矢理剥がしやがった。バリッと布が引き裂かれた音が聞こえた。
「ああーっ!俺の一張羅のジャケが!」
「はあ?」
「あのね、捨て子の俺等にはお古の制服しかもらえないの。それが大体汚くてすぐに破けそうだから、すげえ大事に使っているんだ。それを…よくも破ってくれたな~」
「何呑気なこと言ってるんだか!上着より自分の心配でもしたらどうなんだ?」
ジョシュアが背中から俺の腕を捕らえ、首を掴まえる。
「そのクソ生意気な顔に傷でもつけてやろうか」
そう言って眼鏡を取ろうとする。
眼鏡まで壊されたらトゥエから、なんて言われるかわからない。
俺は思い切り息を吸って、大声で助けを呼んだ。
まだ変声期前の甲高い声が、辺りに響く。
「助けを求めたって、無理だって言ってるじゃん」
「諦めろ」
ズボンのベルトにネイトの指がかかった。その時、林の奥から声が聞こえた。
「おまえら、そんなところで何をしてるんだっ!」
「ちっ!舎監のミュラーだ。あいつにバレたらうるせぇぞ」
ジョシュア達はあっさりと俺の身体から離れた。
俺は少しほっとした。本当に危なくなったら、「力」を使う以外なかった。だが、それはまだ見せたくはなかった。
「また、お前達か。こんどは何をしでかす気だ…おい、君、大丈夫か?」
ミュラー先生は俺を抱き起こした。
「高等部…じゃないな」
「中等科二年のアーシュです」
「こいつらに何をされた?」
ミュラーという舎監の先生は、体育系らしく体格も良いし、強持ての様子だ。ジョシュア達も苦手としているのだろう。不遜な態度が変わった。
「人聞きが悪いなあ。別にゲームをしていただけですよ。先生、知らないんですか?『狩り(ハント)』って言うゲーム流行っているんですよ。いわばコミュニケーションですよ、なあ」
「…本当か?アーシュ」
「はい、先輩方とゲームをしていただけです。木の根っこにつまずいて転んで汚れちゃったけど、大丈夫ですよ。先輩方は友好的だから、僕も彼らと遊ぶのは楽しみなんです」
先生にニコリと笑い、乱れた服を直す。
ほおり投げられたジャケットを拾い、挨拶をしていたら、先生が来た方向から高等科の生徒たちが数十人集まってきた。
「ストーブ用の薪を取りに、生徒たちと薪小屋に行くところだったんだ。途中で声が聞こえたんで急いでこちらに向かってみたら、この有様だろ?」
「すいません、お騒がせしてしまって」
「アーシュ!」
生徒達の中から駆け寄ってくるのはイシュハだ。
「こんなところで何をしているんだ…大丈夫か?」
「うん、大丈夫よ」
「何も…されなかったか?」
イシュハの方が襲われたみたいに真っ青になっている。
イシュハは横目でちらりとジョシュアを見たが、何も言わず、俺の背を抱いた。
「良かった…」
イシュハの感情が流れる。これもまた複雑すぎて、なんとも言えない。誰もがこんな情報過多の感情を持っているのなら、テレパシーなど使い物にならない。
イシュハの肩越しに、俺を睨みつけるジョシュアがいる。俺はそいつに思い切り勝ち誇った顔で微笑んでやった。
ジョシュアは一瞬憎々しげに目を細め、そして踵を返して、林の奥へ歩いていく。その後を残りのふたりが追いかけて行った。
先生達も自分達の目的に気がつき、「気をつけろよ」と、言って、薪小屋へ向かう。
残されたのは俺とイシュハだけだ。
「アーシュ、シャツがボロボロだよ」
「うん、シャツだけじゃなくてさ。こっちが大問題」
俺は破れたジャケットをイシュハに見せた。
「ああ、これはもう繕えないな。僕の部屋へおいで。確かまだ中等科の服が残っていたかもしれないから。僕のお古で良いならあげるよ」
「ホントに?」
良かった。これで用務員の先生に頭を下げないで済む。
イシュハに連れられて寄宿舎の部屋に行く。
イシュハはさっきから緊張したままだ。
入れられた紅茶を一緒に飲むと、やっと口を開いてくれた。
「アーシュ、さっき、舎監の先生から聞いたけれど、あれ嘘だろ?」
「え?」
「ジョシュア達とゲームをしてたって…嘘なんだろ?本当は…あいつらは勝手に『狩り』なんて言ってるけれど、やってるのは強姦だよ。それも先生達に見つからないように、上手くかいくぐってやるんだ…フリーセックスを言い事に、気に入った奴を無理矢理襲っている」
「知ってたの?」
イシュハはためらいながら言葉を続けた。
「ジョシュアは…昔はあんな奴じゃなかった。どうか恨まないでやってくれ。彼は…本当は優しい奴なんだ」
同情だけなのだろうか。俺はイシュハの本当の気持ちが知りたくなった。
「イシュハは…ジョシュアが、好きなの?」
「好きだよ。家族同然に育ったんだもの。好きだから、彼にはまっとうに生きて欲しいって願っているのに…ジョシュアはこの学園に来て変わったよ。いや、アルトを屈服させる力を自分が持つってわかった時から、彼は変わってしまったんだよ」
「そう…なんだ…」
傷ついているのはジョシュアだけではないのか…イシュハの切実な想いが自然に胸の中に流れ込んできた。
傷ついていない人なんて、居ないのだろう。誰だって弱いはずだ。だけど、その弱さを口実に他人を傷つけていいはずはない。
ジョシュアは制裁されるべきだろう。