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Private Kingdom 16

現状での「イルミナティバビロン」を壊滅させてみせるという俺の目論見を、セキレイとベルに説明した。

 最上級生が相手だと知り、ベルは心配したが、セキレイは俺の話に乗り気だ。


「まず、組織の人数と生徒の素性、全員を暴き出す。名前と顔ぐらいはこちらも把握しておきたい。たぶん少人数だろう。メルを襲った奴は、三年生ふたりに二年生がひとり。こいつらの名前はわかっている。残りが何人なのかをふたりに調べて欲しい」

「え~、それだけ?つまらないよ、そんな役回り。アーシュは何をするつもりなの?」

「俺はボスのジョシュアがどんな奴かちょっと調べてみたい。カマを掛けてみるさ」

「僕もそういうのがやりたい」

「わかるけどさ。ちょっと危険すぎる。ジョシュアって男は、あのメルが逆らえなかったって言うんだから、相当な思念力の持ち主だ。同時に制御も完璧らしい。相当に手ごわいと思っていい」

「だったらアーシュだって危ないじゃん」

「イルトは総じてアルトを従属する思惟が強いけど、ホーリーのメルの精神を操れるなんて…アーシュ、大丈夫なのか?」

 本気で心配するベルの気持ちが、こちらに伝わってくる。思念とはこちらが信じる相手には簡単に繋げることができるし、それに逆らうことは難しいとされる。

 だが、俺はそれに左右されない性質たちらしく、ベルの気持ちをありがたく思っても、それに全く引きずられないんだ。逆に…心配させてみせたくなる。

 

「ベルの心配はありがたいけどさ、やってみなきゃわからないけどさ、俺がやりたいんだよ。…やらせてくれる?」

「やるなって言っても、どうせ聞かないんだから」

「わかってるじゃん」

「だけど、絶対そいつとセックスしちゃ駄目だからね。したら僕は君ともう寝ないから」

「…あのさ。俺、そんなに色情じゃないし、第一なんで俺がジョシュアと寝るんだよ…言っておくけど、君の他には、まだメルとしか寝てないよ?」

「まだ?…アホか!僕は君以外とは寝てないっ!」

 そう言って、セキレイは俺の右腕を思いきり抓る。

「あ~っ、いたあ!」

「イケズ!」

「どっちがだ!」

「今のはアーシュが悪い」

「…そうなの?」

 セキレイを庇うベルを涙目で見る。

「ほうら、ベルは公平な天秤だ。どっちが悪いかなんてすぐに判断してくれるんだからね。絶対浮気はするな」

「しないから、抓るのやめてよ。マジで痛いし…」

 腕を組んで睨みつけるセキレイに、俺はシャツの袖を上げて、抓られた痕を見せる。セキレイはちらとそれを見て、赤い痕をまた叩いた。

「痛みを忘れないようにね。アーシュ」

「はあ?」

「ルゥもいい加減にしろよ。ジェラシーもしつこいと嫌われるぞ」

 さすがベルは天秤だな。

「兎に角、アーシュ。あまり無茶しないように。それでなくても中等科の俺達には、高等部の連中は敷居が高いんだから」

「心配はさせないつもりだよ。だけど、危険のない冒険なんて、つまらないよね」

 俺は不安そうなふたりをよそに、ニヤリと笑う。

 



 翌日から、放課後になると俺は高等科の寄宿舎へ暇をみつけては出入りを繰り返した。

 勿論、奴らをおびき出す為だ。


 学園の寄宿舎は男子と女子は別棟だから、女子とは滅多に会わない。だから女子の方は、ベルに任せてある。ベルなら、女の子を通じて、連中の素性ぐらい掴めるかもしれない。


 高等科寄宿舎の休憩室代わりの広いリビングには、いつも何人かの生徒たちがたむろしていた。

 決まった連中ではないが、何度も足を運べば、顔見知りも増えてくる。

 彼らに媚を売っておけば、色んな噂話も耳に入る。

 なにしろ、中等科と高等科では別世界だ。お互いの情報など、必要ないし、気にかける気もない。俺の事もホーリーだから名前は知っていても、顔までは知らない奴らが多い。


「アーシュはココアでいいかい?」

「ミルクもたっぷり入れてやれよ。何しろまだ八年生だもんな」

「リボンが似合うかわいい盛りだ」

 上級生たちは、俺を子供扱いする。まあ、それも構わない。

 あまり気構えてもらってもこちらも困るからな。

 だから、ここではできるだけ無害の下級生を演じる。

「うん、甘いココア大好きだよ。みんな、優しいから大好きさ」

「アーシュは本当に綺麗な子だね。一回俺と試してみない?」

 彼らは俺の身体をもの欲しそうに眺める。

「試すって?」

「同衾してみないって言う意味だよ」

「うん、寝るだけならいいよ」

「おばかだね。寝るだけなものか。セックスしようってことだよ」

「ああ、それは駄目。僕、恋人いるもん」

「ホントに?まだ子供なのに?」

「確か高等部一年の…メルじゃなかったか?」

「ああ、あのホーリーか。彼も保育所上がりだったね」 

「メルは恋人じゃないよ。愛人だもん。恋人は同級生のルゥって子。僕と同じで保育所上がりのホーリーなの」

「…そう」

 俺の言葉に周りの上級生たちは一応に押し黙る。

 一般の生徒たちの保育所上がりの俺達を見る目は、複雑な思いがあると言う。

 親もいないクセに優遇されている。何故なら、保育所で育っているということは、有能なアルトであるという証拠になるからだ。同時に見下している気持ちもあるから、気位の高い奴ほど、歪んだ感情が生まれる。


「それより…ね、高等科で一番モテる人って誰?僕、そういうお話が聞きたいの」

「え?…ああ、そうだな。生徒会長のディミトリなんか結構モテてる。イシュハも常に学年トップで、温厚で親切だから引く手数多だ。」

「ふ~ん」

「変わった毛色で言えば…」

 その時、部屋にひとりの生徒が入ってきた。

 濃いオリーブ色の髪と、彫りの深い白い顔。まるで霧を纏っているみたいな痩せた背の高い男だ。


挿絵(By みてみん)


「あいつだよ。三年のジョシュア」

 隣りに居た先輩が俺の耳に近づいて囁いた。

「モテてモテて仕方ないんだとさ。なんでも相手が跪いて、お相手してくださいって頼み込むそうだ」

「へえ~、そりゃ凄いね。きっと床あしらいも巧いんだろうね」

「…言うね。ガキのクセに」

「でもあいつはやめとけよ。中毒になるからな」

「そんなに?…ますます興味深い」


「何の話しているんだ?」

 コーヒーを飲み終えたジョシュアが煙草の火をつけながら、こちらへ近づいてくる。

 絶好の機会だ。じっくり見定めてやる。

「下級生に君の数々の勲功の話でもと思ってね」

「ばかばかしい…。大体なんでここにそんなガキが紛れているんだ?」

 良く見ると灰色の瞳が、なんとも悩ましげに鈍く光っている。…確かに色気が立ちこめたその胸に身を委ねるのも安かろう。

「ああ、この子は中等科二年のアーシュだよ。去年ホーリーが五人選ばれたろ?そのひとりさ」

「こんにちは。初めまして、ジョシュア。アーシュと言います。以後…お見知りおきを…」

 俺は立ち上がって、ジョシュアに手を差し出したが、彼は全く無視したまま、少し離れた椅子に座り込んだ。


「意外と人付き合い悪いんだね」

「まあ、それがモテる男の見せ方…つう…な」

 人付き合いのいい先輩方が愛想笑いを振りまく。


「あれ、アーシュ、また来てたのか?」

 今度はイシュハが顔を見せた。

「あ、イシュハ!」

 俺は子犬のようにイシュハの元へ駆けつけた。

「メルなら、まだ見当たらないよ。図書館かもしれない」

「いいの。今日はイシュハに会いに来たの」

「僕に?」

「そう。イシュハは優秀だって聞いたから。物理を教えてもらいたくてさ。メルは理系が得意じゃないからね」

「そう、そんなことならいつでも教えてあげるよ」

「ありがとう。やっぱりイシュハは良い先輩だね。大好きだ」

 俺はイシュハの腕にしがみ付きながら、横目でジョシュアを見た。

 彼は顔色も変えずに立ち上がって、俺たちの横を通り過ぎようとする。


「ジョシュア」

 イシュハが声を掛ける。

「何だ?」

「こっそり吸う分には構わないが、公けの喫煙はやめておけよ。また反省文を書かされるぞ」

「知ったことか」

「君は入らぬ心配だと言うけど、身内だからほっとけないよ」

「え?イシュハとジョシュアって身内同士なの?」

 知っていたが、芝居してみた。

「身内っていうか…母親が従弟同士なんだ」

「ああ、又従弟はとこってわけだね。でもふたりは全然似てないね」

 褐色の肌にゴールデンブロンドのイシュハと、ジョシュアの容貌の接点は難しかった。

「彼は父親似で、僕は母親に似ているんだ」

「俺もおまえも父親の顔も知らないクセに、父親似なんて良く言えるもんだな」

 ジョシュアはイシュハに言っているが、目線は俺を睨みつけていた。

「え?ジョシュアって父親の顔知らないの?…かわいそうだね」

 「かわいそう」と言った時、ジョシュアの顔色が一瞬変わった。

 キーワードは「哀れな戦士」か…同情は地雷と同じだ。効き目がある。


「でもね、僕達保育所で育った子供の方がもっと可哀想なんだよ。だって両親に捨られたんだもの。ジョシュアは母親がいるからまだ良いよね」

「…親なんか知るかよ」

「ジョシュアは…小さい頃から僕の家で預けられて、一緒に育ったようなものなんだ」

「ふ~ん…そうなの」

「余計なことをこんなガキに言ってんじゃない。大体何なんだ、こいつは」

「中等科のアーシュだよ。ホーリーなんだ」

「それはさっき聞いた。おまえの何なんだと聞いてるっ!」

「僕の…って。え~と…僕の恋人のメルって知ってるだろ?」

「…」

「そのメルの…」

「愛人」

「そう…愛…人のアーシュ」

 ハハと力なくイシュハが笑う。

 呆れた顔でジョシュアがイシュハの顔を見つめた。

「おまえは恋人の愛人と仲良くしてるってわけか。そんなにホーリーは味がいいのかよ」

「別にホーリーが好きなわけじゃない。それにアーシュとは何も無いよ。ねえ、アーシュ」

「今のところ、友情以外は…ね」

 そう言いつつ、俺はイシュハの頬にキスをした。

 ジョシュアは軽く舌打ちをし、部屋から出て行く。

 彼の背中には嫉妬という情念が見え隠れしていた。

 

 まあ、種は巻かれた。あの男の俺への暗い思念が育っていく軌跡を見届けてやろうじゃないか。


 …その後、イシュハからはジョシュアを挑発したことをみっちり怒られたけどね。


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