Private Kingdom 14
14、
「イルミナティ・バビロンの事を聞いてどうする気ですか?」
キリハラにとって不都合だったのか、殊更に渋い顔を俺に見せた。
「ユーリは、そこで『senso』を教わったと言うんだ。だから俺も…」
「無駄です」
「え?…どうして?」
「あの頃のイルミナティ・バビロンはもう、今はない。今或るのは…狂信的、かつ高圧的な組織ですよ」
「…それ、どういう意味?」
「少なくとも、真面目な生徒に薦める倶楽部でもないってことです。要するにロクなもんじゃねえ…って事」
「へえ~。じゃあ、学校側が取り締まればいいんじゃない」
「生徒のナショナリズムはある程度の寛容さは必要ですよ。それに元々この組織は表立って動く事はない。表沙汰になる騒ぎを起して困るのは彼らですからね。ともかくこの組織について君に教えられることは私にはありません」
そう言いきって、キリハラは俺が来る前と同じように、手元のペンを動かし始めた。
これ以上、こいつからは何も聞き出せないらしい。ならば、他をあたるしかない。
俺はメルを探しに高等部の構内へ走った。
学園敷地の中央の図書館からは真っ直ぐに北に向かえば、林を通り抜けるよりも断然早い。
校舎には行かず、寄宿舎へ直行した。
メルの部屋へは、庭先の椋の木をよじ登って忍び込むことが多いから、正面玄関からは少し勇気がいる。
予想通り高等科の生徒たちは俺を訝しげな顔でじろじろと眺める。
俺を知ってか知らずか、口笛を吹いて挑発する奴もいる。
中等科の制服の黒いリボンが、この高等科では違和感そのものだ。…私服で来れば良かった。
二階のメルの部屋を尋ねたが、彼は居なかった。
遠巻きに俺を見ている連中を無視して、談話室の隅でメルを表れるのを待った。
談話室へ入ってきたひとりの学生が、俺を見て躊躇わずに近づいてくる。
「君、ホーリーのアーシュ君だろ?」
「ええ、そうです」
明るいブロンドで褐色の肌の学生。多分三年生だろう。
「中等科の生徒がここへ来るのは珍しくないけど、その制服では目立って仕方が無いよ。まあ、ホーリーの君なら見られるのは慣れているんだろうけど」
「別に、ホーリーが何をしてるわけでもないから、こちらとしては気にしていないけど…それに俺、保育所育ちだからマトモな私服持ってないんだ」
「…そう。え~と、そこは、同情すべきところかな?」
「そうそう、同情するなら服をくれって事。あなたのはいらないよ。俺にはでかすぎるからね」
「…メルから聞いたとおりだね。惹きつける容姿に見合った王者のふるまい。…選ばれし者のようだね」
「あなた、メルの知り合い?」
「うん、三年のイシュハだよ。よろしく、アーシュ」
「イシュハ…は、イルトだよね」
「そう、よく判るね」
「だって、俺は選ばれし者だもの。そんで、メルとはどういう関係?」
「…聞いてないの?僕は彼の恋人だよ」
「…ああ、そう」
聞いてない…と、いうか、興味がなかった。
…そうだよな、メルに恋人のひとりやふたりいてもおかしくない。
ふ~ん、メルはキリハラとかこいつとか、エキゾチックな容姿が好きなんだな。
それなのに、なんで俺なんだろうな。この黒髪がお気に入りなのか?
クセ毛で柔毛の髪を、メルは「すごく好き」と、撫でる。いかされてるのは俺の方なのに、自分が抱かれているみたいな切ない顔をする。
そういう顔をこのイシュハの前でも見せるのかな…
「メルに会いに来たけど、部屋に居ないんだ。図書館にも姿は見えなかった。どこにいるのかあなた知ってる?」
「僕の部屋に来る?」
「え?」
「彼なら僕のベッドで寝ている」
ここで断るべきなのか、平気な顔をしてメルを尋ねるべきなのか…アスタロト・レヴィ・クレメントとしては、非常に悩める選択だった。
常識的に考えた末、俺はイシュハの案内で彼の部屋へ向かった。
三年の部屋は基本、一階。
イシュハの部屋は角部屋の特別室だった。彼、いいとこのボンボンじゃないか。
部屋に入ってベッドへ向かう。部屋の造りはベルと同じだから、別に珍しくもない。
天蓋からの透けたカーテンの向こうにメルの寝顔が見えた。
俺はのそのそとベッドへ乗り、メルのほっぺたを抓った。
「起きろよ、メル。どんだけ探したと思うんだよ」
「…あ…ああ?…あ、アーシュ?な、なんでここに居る」
寝ぼけたメルがくっつくほどに迫った俺を見て、目を見開いた。
上半身を起したメルは当然裸のままだ。ところどころに情事の痕が見える。
「別にあんたが誰と寝ろうと構わないが、俺が必要とする時はわかりやすい場所にいてくれなきゃ困る」
「…ごめんなさい…」
素直に謝るメルの頭を撫で、俺はベッドから降りた。
後ろに立つイシュハが、クスクスと笑っている。
「何かおかしい?」
「いや、メルも君の前では下僕に過ぎないんだなと思って」
「ベッドの上では俺の方が下僕だよ。メルは上手いもの。その相手をするあなたはもっと上手いって事?」
「試してみる?」
「…イルトには興味がないから、遠慮しとくよ」
「もしかしたら、君はイルトとの従属関係が怖いんだけなんじゃないのかい?」
「従属関係って…よく本で読むけど、どんな感じなのかな。どうずればその状態になれるわけ?どういう力が働くのか、俺、興味あるんだけど」
「…まいったなあ。メル、君の小さな恋人は、好奇心旺盛で怖いもの知らずだ」
「彼は本物の王だもの。僕たちは彼のいうがままに成り果てるだけだよ、イシュハ」
バスローブを羽織ったメルが、俺とイシュハに笑いかけた。いつものアルカイックスマイルだ。
「じゃあ、そうならないうちに僕は消えるよ。メル、僕の部屋は好きに使っていいから、このお客様をもてなしておやりよ」
「ありがとう、イシュハ」
彼を見送りドアが閉まるのを確かめ、メルは鍵をかけた。
「こんな真昼に僕に会いに来るなんて、どうしたのさ」
「こんな真昼からセックスに耽てるなんて、あんたらしくないね。何かあったの?」
別に確信があったわけじゃない。ただメルを取り巻く空気が敏感になっているのを感じただけだ。
「何も…ないよ」
「悪いけど、メルに率直に聞きたい事があるんだ。イルミナティ・バビロンって聞いた事ない?もし知っているなら、その組織の事、詳しく知りたいんだ」
俺の言葉に、メルは驚き、そして鋭い目つきで俺を見据えた。
「今の僕にそれを聞くの?…知ってて言うのなら、君とは絶交だ」
「メル…何があったの?」
メルは身を竦めるように壁に凭れ、口唇を噛んだ。
「強姦されたんだよ。その組織の連中に…さ」
「は?」
もう、何が何やらさっぱりだ。