表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/107

Private Kingdom 3

その三、


 誰かが忘れた草スキーのプラスティックのソリが川原に流されていた。

 俺はそれを拾ってセキレイを乗せ、保育所まで運んだ。

 運んだと言っても4歳の子供が引っ張っていくのだ。

 陽は段々と暮れるし、雪は絶え間なく降るし、学校までの距離は二百メートルもなかったが相当な労力を使い果たしたはずだ。

 だが、その時の俺は誰に力を借りる事もせず、俺だけでセキレイを助けたかった。


 なんとか保育所まで運んだセキレイを、エヴァたちに見せた。

 エヴァは驚き、すぐにセキレイの身体を抱き上げ、「早く温めなければ」と慌てふためいた。

 アダは「どこで見つけたの?」とか「私達を呼んでくれればすぐに駆けつけたのに」と、俺を責めた。

 俺は「呼びに来る間にセキレイが消えちゃったら嫌だ。だから僕が運んだんだ。だからセキレイは僕のものだ!」と叫んだ。

「セキレイ?あの子の名前?」

「そうだよ」

「あの子がそう言ったの?」

「違う。僕がそう決めたの!」

 アダは訳が分からないと、呆れ顔をする。

 

 身体をしっかりと温められたセキレイは、医務室のベッドに寝かされ、意識がないまま眠っていた。

 湯を使った所為か、先程とはまるで違って綺麗な顔をしていた。

 ススの被った髪はキラキラと光る薄い金色に輝き、肌の色は透き通るほどに白かった。耳の貝殻の巻き方が不思議に自分の好みだと思った。 

 まだ瞼の開かぬ瞳の色も、きっと青空の映った薄い水の色のようだろう…と俺は思った。

 俺はセキレイの手をぎゅっと握り締め、その頬にキスをした。するとセキレイの目はゆっくりと開き、思ったとおりの瞳が俺を見つめた。

「セキレイ…」

 俺は彼の名を呼んだ。

「セ…キ…レイ…」

「そうだよ。君の名前だ。僕はアーシュだよ」

「アー…シュ…」

「そう。君は僕が拾ったんだ。だからセキレイは僕が守るんだ」

「ま…もる…」

「そうだよ、セキレイ。僕は君が大好きだからね」

 そう言うとセキレイは驚いたように目を大きく開け、そしてえも言われぬ無垢な顔でニコリと笑った。

「ボクも…アーシュが好き…」

「うん」

 俺達は最初から分かっていた。

 相手にとって自分が絶対の存在であるということを。


 目が覚めたセキレイをエヴァたちがスープを飲ませながら、事情を聞いていた。

 セキレイは自分の名前もどこから来たのかも覚えていないらしく、しきりに首を横に振っていた。

 エヴァとアダは顔を見合わせ、困った顔をした。

「どうしましょう。許可も無くここに置いておくわけにもいかないし…」

「とにかく早く学長に連絡しなければならないわ」

「そうね。この街の子かどうかも調べなきゃ…」

 エヴァとアダの勝手な言葉に俺はうろたえた。

「待ってよ。セキレイは僕が拾ったんだから、僕のものだよっ!」

 俺はエヴァのエプロンを引っ張った。エヴァは困惑しながら俺を膝に乗せた。

「アーシュ、ね、わかっているでしょ?ここに居ていいかどうかは学長先生がお決めになることなのよ」

「だって…」

 俺はすでに泣いていた。

 だって、ここに来た多くの子供たちはここに住む事を許されなかった。セキレイにもし「力」が無いと判断されたら…

「ね、まずはこの子を見てもらいましょう。アーシュの言うとおり、光に包まれて突然現れたのなら…アルトである可能性は大きいから」

「ホント?」

「ええ、そうよ。今から学長を呼びに行くわ。学長が来られたら、アーシュはこの子を見つけた時の様子を詳しく話して頂戴ね」

「わかった」


 それからエヴァは学長のトゥエを呼び、セキレイに会わせた。

 トゥエはセキレイを見つめ、俺とセキレイに色々と質問をした。

 セキレイに答えられることはなく、俺は必死でセキレイをここに置いてくれと懇願した。


「アーシュ、何故この子を『セキレイ』と、呼ぶんだい?」

「だって…セキレイはセキレイだよ」

「あ…すいません。アーシュは私の作り話を聞いて…それで影響されていると思います」

 エヴァはバツが悪そうに学長に申し出た。

「違うよ、エヴァ。あのお話は大好きだけど、セキレイはセキレイだよ。僕のセキレイだよ」

「わかったよ、アーシュ。君がそう呼ぶのなら、この子は『セキレイ』なのだろう。だけどそれはアーシュが呼ぶべき名前だ。アーシュしか呼べない名前だ。だから、この子にもみんなが呼べる名が必要だよ、私が君に与えた名前のように。わかるね」

「うん」

「この子の名前は…『ルゥ』。とても美しい名前だ。この子にはそう呼べる資格がある」

「…資格?」

「名前には意味があるということだ、アーシュ」

「じゃあ、セキレイは…ここに居てもいいの?」

「ああ、この子は…『ルゥ』は強い力を持っているからね。ここに居ても構わない」

「ホント!」

「本当だよ」

「ありがとうっ!トゥエ!」

 俺は嬉しくて嬉しくて涙と鼻水を流しながら、トゥエに抱きついた。

「勿論、本人の了解が必要だよ、アーシュ」

 俺は我に返って、ベッドのセキレイを振り返った。

 セキレイは身体を起したまま、俺とトゥエのやり取りを少し緊張した面持ちで見つめていた。


「ルゥ…君の名前だよ。」

「うん」

「君はここに居たいかね?」

「…アーシュと一緒に居たい」

「では、そうしなさい。君の家は今からここです」

「…家?」

「そうだよ、ルゥ。アーシュも君と同じように、拾われてここに来たのだ。ここがルゥとアーシュの家になるんだよ。わかるかい?」

「…わか、ります…ありがとう」

 セキレイはやっとほっとした面持ちでトゥエにお礼を言い、俺に向かってニッコリと笑う。

 そんなセキレイが可愛くて嬉しくて俺は「セキレイ、大好き」と笑い、やせっぽちの身体をぎゅっと抱きしめるのだった。


 その日から、俺とセキレイは無二の親友になり、豊かな番いに、そして永遠の恋人になることを誓った。


 食事をするのも遊ぶのも勉強するのも風呂に入るのも一緒だった。

 俺はこの保育所で初めて心を寄せられる相手を得て、毎日が楽しくて仕方なかった。

 ここでの暮らしが初めてのセキレイは、何もするにも俺の真似をした。

 とことこと俺の後ろを付いてくるセキレイが愛おしかった。

 手を繋ぐと嬉しそうに笑ってくれた。

 夜になると俺達は一緒ひとつのベッドに寝る。お互いの体温を感じて良い夢を見る。

 セキレイの肌はいつも夏の木立に香る合歓の木の花の甘い香りがした。

 そう言うと、セキレイは「アーシュもするよ。凄く良い匂い」

「へえ~どんな?」

「え~と…あのね、草…あれ、エヴァが良く飲んでいるお茶の匂い」

 エヴァは薄荷のハーブティが好きだった。

「薄荷草の匂い?」

「うん。アーシュの匂いって凄く好き」

「僕もセキレイが好きだよ」

 

 俺たちはしっかり抱き合って寝た。

 アダは教育上良くないと渋い顔をしたが、エヴァは笑って許した。

 基本的にアルトは孤独を好む。他人を自分が決めたテリトリー内に簡単に入れさせない。勿論子供だから甘えもするし、一緒に遊ぶ。だが、俺達みたいに始終一緒に居るってことは、他の子供たちには無かった。

 魔法使いのプライドの高さは変な形で現れる…と、後になってよく俺はあざ笑ったものだ。

 常にくっ付いている俺とセキレイを見て、気色悪いと罵る奴はノーマルなイルトであり、大抵のアルトは無視をしていた。だが、俺は知っていた。本当はあいつらだって俺達が羨ましくて仕方ないんだ、と。


 俺とセキレイが笑いあい、遊ぶ姿を見て「明け初めの光と星空のようだわ」と、エヴァはいつもうっとりと溜息を付いていた。



 俺達はすくすくと育ち、保育所から同じ敷地内の学校の寄宿舎に移る年頃になった。

 保育所を出る日、最後の記念にと、俺とセキレイは保育所の裏の楠木の枝に二人で作った秘密基地に登った。

 ふたりで何ヶ月もかけ、板やレンガで作った小さな部屋だ。

 日がな一日ここで本を読んだり、一晩中流星を追っかけたり…エヴァたちから怒られるようなこともこっそりと行ってきた秘密の場所だった。


「壊すのは少し残念だね」

「そのままにしておくのも拙いだろう。小さな子がここを使って怪我でもされちゃ気の毒だからね」

「そうだね」

「新しい場所を見つけて、また基地を作ればいいさ。セキレイが居れば、どこでも作れる」

「ボクもアーシュが居れば、そこが秘密基地だよ」

 顔を見合わせふたりはニコリと笑い、キスをした。

「大好きだよ、セキレイ」

「ボクも、大好き」


 そして、俺達は新しい二人の王国を作る為に、その秘密基地の歪んだドアを取り外した。

 




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ