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Private Kingdom 13

13、

 夏季休暇は俺とセキレイにとって、驚きと高揚の連続だった。

 貴族の生活とやらの疑似体験なんか、滅多なことでは出会わない話だ。こんな生活、本の世界だけだと思っていたのに。なんだかこのお屋敷だけが時が止まっているみたいだ。

 だが、楽しい日々はあっという間に過ぎる。

 夏の一日は陽の長さと反比例でこんなにも早かったんだ。


 明日は学園へ戻る日になって、ベルの母親が姿を見せた。

 別に俺達に会いたかったわけではなく、単なる私用ではあったのだが、俺もセキレイもベルの家族には興味があったから、内心少しだけ胸が高鳴った。

 それが別の意味で予想以上であったことも、俺にとっては導きたる何かが含まれていたのかもしれない。


 ベルの母親は、俺にそっくりだという古い絵画をみせてくれたんだ。

 侯爵家で大事に受け継がれていた絵画は「レヴィ・アスタロト」と、言った。


 確かにその絵のモデルは、俺に生き写しというぐらいにそっくりで…まあ、所詮絵なのだから、どこまでが写実的なのかは知らないが…驚いたのなんのって。

 俺に似たその「レヴィ・アスタロト」と言うモデルが本当にいたのなら、俺はもしかしたらこのモデルとどこかで血が繋がっているのかもしれない…なんて、絵空事みたいな感傷に浸ってしまった。


 血の繋がりや、両親のことなんて、あまり考えた事なんてない。

 生まれた時から、あの学園で育った俺に、自分を産んでくれた親のことなんてあまり考えても意味が無いように思えた。

 もし、俺の親が目の前に現れたとして、俺はそれに対して何か思うことがあるのだろうか。

 「自分を産んでくれてありがとう」と、礼のひとつでも言うべきなのだろうか…


 俺は自分の血の繋がりよりも、今の自分自身の事しか興味がない。

 身体の中に脈々と流れる魔の力が、俺を産んでくれた両親のおかげであろうと、彼らに頭を下げる気などには到底なれない。

 …と、いう事は俺はどこかで俺を捨てた両親の事を恨んでいるのだろうか…


 セキレイは…どう思っているのだろう。

 4歳までの彼の記憶。彼の生きてきた時間。育ててきた家族との生活。彼はそれを取り戻したくはないのだろうか…

 どんなに複雑でも、辛いことがあったとしても、その四年間がセキレイが過ごした時間であるなら、彼はそれを知るべきではないのだろうか。

 そして、彼が俺よりも家族を選んだとしても、それは当たり前なことではないだろうか…


 その夜、セキレイはエドワードの寝室で休んだ。

 彼がそう望んだからだった。

 セキレイはエドワードを家族のように慕っている。

 俺には与えられない愛を、彼は求めているのだと、改めて知った。



 翌日、スタンリー家を離れる日が来た。


 ベルとセキレイが厩舎へ、可愛がっていた馬達とのお別れに行ったのを見計らって、書斎にいるエドワードへ挨拶と言う名目で会いに行った。

 エドワードは仕事をしていたが、俺が来るのを拒まなかった。

「ちょうどお茶にしようと思っていたんだ」

 そう言って、使用人にお茶を用意させる。


「君達が居なくなって、この屋敷が静かになると思うと、寂しくて仕方ないね。いつだって、去る者より、置いていかれる方が辛いからね」

「そうですね…でも、なんだろう。俺には故郷っていうもんがないのに何だかねえ…。そもそも学園から外に出るのも初めてなんだ。こんなに長居させてもらって、何から何まで初めての経験でさ…ここに来て良かったよ」

「僕も君達に会えて嬉しかったよ」

「ホント?」

「貴族って奴は嘘も真実も絶妙ないい回して物事をあやふやにするのが得意なんだが、君達と居る時は、こちらも純粋だった少年時代に戻れる」

「エドワードの子供時代が純粋だったとは…想像しにくい」

「そういうあげつらう辛辣さも、綺麗な少年であれば、魅力的に感じる。いい歳になったもんさ」

「貴族って楽そうに見えるけどね」

「昔の貴族的特権なんて、もう無いよ。貴族なんてのは名前だけ。時間に置いていかれた時代錯誤の遺物だよ。どの貴族も自分の体裁を守る為に、借金をこさえて火の車が実情さ。この家だって、ベルの父親の援助がなけりゃ、とっくに誰かの手に渡っていた…」

「あなたの姉上がベルの父親に嫁いだから、スタンリー家は没落せずに済んだんでしょう。…感謝してる?」

「残念ながら…しているよ。僕の力じゃどうにもならない話だったからね。あの結婚は間違いではなかったと…今では思っている」

「ベルがあなたにそれを見せているんだね」

「…アーシュは頭が良いね」

 エドワードは観念したように、俺に笑いかけた。少し寂しい笑いだった。

 俺もエドワードも近づいた別れが寂しくて、感傷的になっている。



「私に話があるのだろ?アーシュ」

「話というより…なんかエドワードと一度、二人だけで話したかったんだ」

「そう。私も君とルゥには正式に、お礼を言いたかったんだ。クリストファーの友人になってくれて本当にありがとう」

「…なんだかさ、あなたってベルから聞いた印象と随分違うんだよなあ。だってベルをレイプしたのはあなたじゃないか。あの時のベルがどんなだったか…見ていられないくらいだったんだから。俺は本当にあんたをぶん殴りに行こうって思ったんだ」

「それは、…悪かったと思っているよ。あの時は、僕自身荒れていてね。誰かを傷つけたくて仕方なかった。充分大人だったけれど、大人気なかったよ。クリスが愛しくても、表現方法を知らなかったのもひとつだった」

「で、今は充分大人になったの?」

「…僕は屈折しているんだよ。貴族のくせにアルトだろ?風当たりが強いというか…仲間内では異端者なんだよ。貴族には魔力が無いのが、昔からの彼らの誇りだと伝えられていたからね。魔力を持つ者は、穢れた血の末裔だってさ」

「そんなの、聞いたことない」

「まあ、この街は魔法使いに寛容だしね。それでも力を持つ貴族のほとんどは、表立ってその力を使わないもんさ。だから、強力な魔術師が彼らを補佐する。貴族だけではないよ。実業家でもなんでも、トップには影のように寄り添う魔術師が必ずひとりは居るものさ」

「へえ~、あなたにも?」

「言ったろ?僕は異端者だからね。力を隠そうともしていないし、まあ、必要ならば魔術師とも付き合うけれど、今のところ、彼らのお世話になることもない。それにクリストファーがこのスタンリー家を継ぐのなら、益々術者はいらない。なにせ彼はホーリーだからね」

「じゃあ、俺の力も必要になる時は言ってよ。あなたの味方になってあげる」

「心強い限りだ」

「セキレイを可愛がってくれたお礼だよ」

「え?」

「セキレイは本当に嬉しがっていたよ。彼には家族の記憶がない。あなたを…父親みたいに思っているんだ」

「ルゥから聞いたよ。この街に来るまでの記憶がないのだと。だけど、君が傍にいてくれたから、寂しくはなかったって、言っていた」

「うん、それは俺も一緒だ。俺にも家族はいないしね」

「…アーシュ、あの絵の事が気になるかい?」

「…少しだけね」

「調べておくよ。私もあの絵にまつわる話には興味がある」

「ありがとう」

「それと…クリストファー…ベルの事だが…」

「なに?」

「彼は恋をしているそうだ。できるなら彼の力になってくれたまえ」

「ベルが?…そんな話は聞いて無いけど…彼、男にも女にもモテるからねえ~誰だろ」

「…」


 意味ありげな眼差しで俺を見るエドワードに、俺は首を傾げた。

 

 窓の外の向こう、駆け寄ってくるベルとセキレイが見えた。

 俺とエドワードは彼らを迎える為に同時に立ち上がった。


「また、次の休暇にはここへ来るといい。いつでも歓迎するよ」

「ありがとうございます」

  

 エドワードは美しい貴族だ。

 彼にはベルが、ベルには彼が居る限り、この家が輝きを失うことはないだろう。




 新学期が始まった。

 俺達は中等科二年、即ち八年生になった。

 

 学校が始まると俺はすぐに図書館へ向かった。

 いつものようにすました顔で、カウンターで仕事をこなしているキリハラにまっしぐらに向かった。

「こんにちは」

「…ごきげんよう、アーシュ」

 彼は下を向いたまま、俺の顔を見ようともしない。


「聞きたいことがあるんだけど…」

「聞けないこともありますが」

「そう警戒すんなよ。もうあんたとセックスしたいなんて言わないから」

「そう願います。で、何の質問ですか?」

「イルミナティ・バビロンについて、詳しく教えてくれ」

「…」

 下を向いたままのキリハラの顔がゆっくり俺の方を向いた。

 誰に聞いたかとでも言いたい顔だった。

「あなたの親友のエドワード…じゃなかった、ユーリから聞いたんだ。この学園の秘密結社であるイルミナティ・バビロンの事。昔はあなたもユーリもその組織に一員だったって事。今でも存在するのでしょ?一体どういうモノなのか。何を目的にしているのか。どこに行けば接触できるのか…色々知りたいの。教えてくれませんか?キリハラ先生」

 精一杯の愛嬌全力投球で、彼に微笑んでみせた。


 キリハラはゾッとしたように身体全体で俺から背けるフリをした。





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