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Private Kingdom 12

12、

 セキレイの機嫌がここのところ良くない。

 夏季休暇でベルが実家へ帰ってしまって、愚痴を吐く奴が居なくなった所為もあるだろう。

 泣いたり怒ったりして俺を責めるならまだしも、拗ねて口を利かなくなる。

 原因は…勿論俺にある。

 メルと寝たからだ。


 メルとのセックスは前もって、セキレイにも了解を取っていた筈だった。

 納得はもらえてなかったけどさ。

 だって仕方が無い。セックスしなきゃ「senso」の使い方はわかりづらいんだから。

 歳を取って、理屈と思考の幅を広げれば、経験しなくてもわかる。それでも想像力では決して補えないのが「senso」だ。

 セックスをすればお互いの行きたい記憶の場所へ確実に行ける。それだけじゃない。もっと大きな魔法を扱えるんだ。

 キリハラが駄目なら、メルに頼むしかなかった。

 メルはキリハラの愛人であり、「senso」を極めているひとりではあるが、彼は俺には触るまいと学長に誓っていた。

 誓いはきっと永久に守られるだろう。ふたりの愛情が途切れぬ限り。

 だったらメルと交わすしかない。

 彼がカノープスなら、セキレイの求める場所を彼に示して頂く。


 メルはずっと俺を欲しがっていたと言う。 

 願っても無い。こちらもメルには興味がある。

 勿論、この感情はセキレイともベルとも違う感覚だ。


 メルが俺を欲しいと思うのは、俺を崇めたいと言う思いがあるからだ。

 彼は俺を欲しがりながら、俺に示されたがっている。

 こういう男は信用していい。


 夏の始まりの夜に、俺はメルの寄宿部屋を訪れた。

 俺を待ちわびていたメルは、喜んで俺を引き入れた。



 初めてメルが俺を抱いた夜、メルは俺をとことん戒めた。

 それは俺を自分に縛りつかせたいという抑圧的欲望から来ている。

 セキレイ以外、セックスをしたことなかった俺はメルのやり方に驚き、困惑したが、苦痛と言うものが快楽と繋がっている事実が面白かった。

 だが、それ以上に俺に溺れる事を躊躇わないメルが意外だった。

 メルは本気で俺を好きなようだ。

 次に寝た時、今度はメルは思い切り俺をあやした。

 優しくジェントルに労わるように抱いた。またもや俺は驚いた。

 こんなにも優しい愛撫ができるものなのか…もやは彼に肉親に近い。

 もっとも俺は肉親の情など知らない。


 メルが俺への思いをどう整理しているのかはわからないが、この時点でメルは俺に従おうと自分に科していたようだ。

 彼は俺の膝元に跪く事を厭わない気でいる。


 案の定、セキレイはメルと寝た俺を思いきりなじった。

 「君を還す為だ」とは決して言うまい。

 セキレイを還したいという思いは俺の自己満足に過ぎないからだ。


 快楽を求めるセックスと愛するものと愛を営う形態は違うはずだ。

 たとえ同じ行為でも、俺はセキレイとする時とメルとやる時では感情の重みや深み、何よりも姿勢が違う。

 それを説明しても結局は言い訳にしか聞こえないだろうから、セキレイの怒りを黙って聞く。

 それがまた気に食わないセキレイは腕を組んだ仏頂面で俺を睨む。

 そういう彼に俺はいたって真面目な顔で言う。

「君への愛は誓って永遠に変わることは無い。信じろ」

「舌先三寸って言葉知ってる?君にぴったりだ」

「十センチぐらいはあるかもしれない。が、俺はセキレイに嘘は言わない」

「知ってる。だから腹が立つんじゃないか。少しぐらい僕に気を使って、僕とのセックスの方が良かった、とか嘘でも言ってくれりゃいいんだ」

「セキレイとのセックスの方が俺にとっては極めて重要だ。…これでいいかい?」

「…うん、納得…できるか!バカアーシュ!…もう…本当に君ってさ」

 呆れたのか諦めたのか、セキレイは俺の胸に身体を寄せる。

 俺はセキレイの頭を撫でた。


「俺のすることが君の苦しみになるのなら、俺を嫌ってもいいよ」

「そんなの…できるわけもないだろう?わかっているクセに…もう、くやしいよ。こんなにも嫌いになれないものがあるっていう事実に驚愕してるよ。全くもって『愛』は偉大だ。むかつくけどさ」

「君以上に俺が君を愛していることを忘れないでよ」

「馬鹿言わないでくれ…それだけは、君に負けたくないね」

 

 俺達の愛は多分同じ色をしている。

 愛してると言う前に身体を寄せ合い同化する。

 気がつけば、ふたり身体を重ねている。

 お互いが一番の安らぎだと知っているから…。



 学長の了解も取り、誘われていた遠出を実行する。

 即ち、ベルの待つスタンリー侯爵家へ行くんだ。

 学園以外での宿泊なんて、今まで一度だってないものだから、俺もセキレイも浮かれっぱなしで、邸宅に着くまで、ずっと窓の外をキョロキョロしどうしだった。

 本やテレビでしか見たこと無い(もっともテレビだってそんなに見ることもないのだが)田舎の景色が広がると、思わず声を上げた。

 あっちもこっちもそっちもと、ふたつの目じゃたりないくらいに眩しくて、ベル宅へ着く頃にはぐったりしていた。

 大歓迎のベルの姿に、こちらも思わず抱きついてしまったが、後から考えたら、幼い子供のはしゃぎ様は恥ずかしかった。


 スタンリー家のお屋敷は侯爵家の気品と豪華な装飾に溢れていて、別世界に来た気分だった。

 だがこういう飾られた作り物なんて三日もすりゃ飽きるってもんだ。

 人間だけが、一生飽きる事無い俗物だと俺は考えている。

 その俗物の権化とも言えるベルの叔父のエドワードは、ベルから聞かされていたよりも随分マトモな人間だった。

 と、言うよりその容姿に驚いた。

 だって大人になったベルが立っている気がしたのだもの。

 真っ直ぐに伸びたゴールデンブロンド。サファイアの青い瞳。品の良い身のこなし方。響くテノールの声音。

 ああ、肉親とはこういうものなのか…と、思い知らされる。

 叔父、甥の血の繋がりとは、ここまで似るものなのか…

 肉親の居ない俺にとって、それは未知の感動だった。

 ベルとエドワードは、何があっても決して繋がりを解くことはできないのだ。

 思惑など少しも無く、お互いの悲しみは自分のものに、喜びもまた自分のものにできるのだろう。

 

 貴族の様式での慣れない食事の間、ベルとエドワードのふたりに流れる当たり前の情感に羨ましい気がしていた。それはセキレイも同じだったのだろう。

 後で「ベルが羨ましいね」と、何回も俺に耳打ちしたんだ。


 捨て子の俺達は「天の王」学園に恩がある。

 知らぬうちにそれが身に付いて、我儘を言ったりはしない。

 保育所育ちの子は皆、一応に同じだ。乱暴や不良を働く生徒は少ない。

 だって、帰る場所がない子に、学園から出て行く勇気などあるはずもないじゃないか。

 大方の保育所育ちの子は、皆、学園を卒業するまで、素直でいい子のフリをしている。

 あくまでフリね。


 俺とセキレイは生まれて初めての外の空気に触れ、自由を感じていた。

 同時にこの見知らぬ土地では、俺達ふたりが他に気を使ったり、気兼ねする必要はないのだと感動していたんだ。


 セキレイは俺とは違う見方で、エドワードへの思慕を募らせた。

 彼に肉親への愛を求めていたのだ。

 セキレイのそれは憧れになっていた。

 咎めたりはしなかった。俺にはセキレイの気持ちが嫌になるほどわかる。

 俺とセキレイの間で、肉親の情を求める事は無い。 

 俺達はその前に、同化してしまう。

 甘えることさえ知らないのだ。

 

「ルゥはエドワードが気に入ったようだね」

 セキレイのいない処で、ベルが言う。

「妬ける?」

「え?…いや、それはないけど。それよりもルゥがエドワードに甘えているのが何だかおかしくてね」

「俺達には甘える親が居ないからね。ベルが羨ましいんだよ」

「…ごめん」

「君が謝る必然性が、どこにあるのかわからないね。と、言うかねえ…俺もベルに甘えたいんだけどね」

「え?」

 そうだ、俺はベルに甘えたがったのだ。


 俺にとって、ベルは他の奴とは全く違う。

 幼い頃から、俺が何をしても俺を心配する奴は周りにいなかった。

 何故なら俺には力があるし、俺自身が弱音を吐かないからだ。

 だが、ベルは俺が何をするにも心配してくれる。

「アーシュ、大丈夫か?」と、自分のこと以上に俺の心配をするベルにうざいと無視したり、強がりを言ったりするけれど、本当はベルの感情が嬉しかった。

 ベルの優しさが肉親の居ない俺にはそれに近い感情に思えたりするのだ。

 

「俺でよかったら…君の為なら、何でもするよ。ホントだからね」

 と、ベルが言う。

 ばか、嘘だと思うもんか。

 君の言葉は誰よりも、心に響くんだよ、ベル。





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