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浄夜 4

4、

 アーシュは迷う事無く、キリハラ先生を目指して突撃した。

 カウンターの内側の自前の机の上で、いつものように古本を補修しているキリハラの姿が見えた。

 アーシュは、手に持った本をわざと音が出るように、乱暴にカウンターの上に置いた。

「すみません。返却期限に一日遅れました」

「…これからは遅れないように」

 顔を向けたキリハラはアーシュを一瞥して、また自分の手元へ目線を移す。


「こちらを向いて欲しいんですが、キリハラ先生」

 そう言われたキリハラは黙って回転椅子を回して身体と顔をアーシュ側へ向けた。

「先生。僕とセックスして欲しい」

 さすがの僕も一瞬辺りを見回した。

 普段でも静かな館内であり、休暇中の今、いつも以上に人気はないのだから気にはしなくても良かったのだろうが。


「折角の申し出だけど、君とは出来ません」

「何故?あなたは頼まれたらどんな生徒でも相手にしてくれるって聞きましたよ。そりゃ最後までしたかどうかは知らないけれど。けどあなたを悪く言う生徒なんか居ないんだから、上手いんでしょ?どうして僕では駄目なんですか?怖いから?どうして僕が怖いの?理由を聞かせてよ」

 畳み掛けるアーシュに気押されたのかキリハラはポカンとアーシュを眺めていた。

 しばらくして我に返ったキリハラが困った顔を見せ始めた。


「…学長に念を押されているんだよ、アーシュ。君とは寝ないようにってね」

「…は?」

 予想もしなかったキリハラの言葉に僕も、呆気に取られた。

 学長自ら、命令するなんて…その意味は、キリハラが大事なのか、アーシュが大事なのか… 

 悩むところだ。


「そんなの…トゥエにわからないようにすればいいじゃない。秘密の場所はいくらだってある。僕はあなたとの『senso』を確かめたい。これって行為の正当な理屈ですよね」

 腕組みをして考えている僕とは違い、アーシュはまだ諦めないらしい。

「私は、この学園で働いているサラリーマンなんですよ。学長のひと言で私の職などどうにでもなる。不況の折、折角の居心地良い職場を失いたくはないんです。わかりますよね」

「だったらトゥエに頼んでみる。あなたと寝る事を了承してもらう」

「…アーシュ、そこまで私に拘る必要はない。君の欲しいものは、ほら、傍らにいるメルが持っているじゃないか。彼は私の良い愛人だよ。できうる『senso』は彼に与えた」

 キリハラは僕を指差し、アーシュに僕を選ぶように指示をする。しかし黙って聞く奴でもあるまい。

 その証拠にアーシュは納得できない顔でキリハラを睨んでいる。

「メルでは良くて、なんで俺じゃ駄目なんだ。メルに『senso』を教えたなら、俺にだって教えろよ、ケチ」

「じゃあ、言わせて貰うが…私にだって選ぶ権利ぐらいある。君はまだまだ子供だよ。もう少し大人になってからなら考えてやってもいい」

「…」

 辺りに響くぐらいにアーシュの歯軋りがぎりぎりと鳴る。


「それより、アーシュ君。君は本の使い方が荒い。もっと丁寧に読んでくれなきゃ、困ります。補修も大変なんだ」

「あなたの仕事が無くならない様にしてやってるだけだろ。ありがたく思えよ。いくじなし!」

 捨て台詞を吐いて、アーシュは図書館から出て行く。

 後に残った僕とキリハラはアーシュを見送り、その背中が消えると揃ってホッと息を吐いた。


「竜巻みたいな子だ」

「だからいいんじゃない。それより…さっきの話は本当なの?」

「何がだい?」

「学長の…」

「ああ」

「どちらに対しての牽制?」

「勿論アーシュだ。この世でトゥエが一番大事なのは…彼なのだから」

「…」

「言っとくが、性的な意味ではないよ」

「そりゃそうだろう」

「私と学長には当てはまらないが…」

「どういうこと?」

「心を覗いてみたら、メル。それより、ね、したくないかい?今日は控え室でやろうか。誰も居ないしね」

「うん」

 いまいち納得できる回答が得られないまま、僕はカウンターの中へ入り、控え室への扉を開けた。



 服を脱いで簡易ベッドに寝転がる。すぐにキリハラが僕の身体に乗ってくる。

 いつもよりも彼の欲情が強いことに気がついた。

 その原因は僕ではなく、アーシュではないのだろうかとも… 

 彼はすぐに僕の口唇を奪い、幾分乱暴に身体を愛撫した後、繋がらせた。

 酷くさせられるのが嫌いじゃない性質の僕は、こういうキリハラも悪くないと思いながら、楽しんだ。

 そのセックスに「senso」は要求しなかった。ただ欲望に身を任せることこそ、ピュアなセックスだとも言えるだろう。

 終わった後、キリハラは少しだけ決まりの悪い顔を見せた。

 冷静さを失わない彼を打ち崩した本人を恨んだに違いない。

 僕はそういうキリハラにイジワルをしたくなった。


「ね、先生」

「なに?」

 キリハラの腕枕に頭を乗せ、キリハラの黒髪と僕のアッシュの髪を絡ませる。その色合いを楽しむのが好きだ。

「あなたは本当にアーシュを抱きたくないの?子供だからって言ったけれど、彼は充分すぎるぐらいに妖艶だし、すでにルゥと交わっている。彼を避ける言い訳にしか聞こえないけどね」

「なんだい。妬いているんじゃなかったのかい?メルは」

「そうだけど…学長が絡むなんて…思わなかったから」

「勿論…アーシュは魅力的だし、彼に欲情したのは認めるよ。だが、あれは私が手を出すべきものではないんだよ」

「その意味を教えてくれる」

「どうしても知りたい?」

「勿論誰にも言わないし、あなたを裏切ることは絶対にしないと誓うよ」

 僕は胸で両手を重ね合わせ、そして祈った。


「ある人の枕話に聞いた作り話だ。そう思って聞きなさい」

 キリハラはひとつ溜息を付き、目を閉じながら話し始めた。




 昔、力のある召喚士がこの世の乱れを嘆き、粛清する力を持った魔者を呼び出そうと毎日食も取らず、寝ることも惜しみ、召喚を続けた。

 何日もかけて複雑な魔法陣を黄玉の張り巡らされた床に描き、一心不乱に詠唱を唱えながら、来る者を待ち続けた。

 そしてとうとうひとりの魔者を呼び出すことに成功した。

 彼は稀に見る美貌であり、知らぬものは誰一人として居ないほど高名で、魔者の中でも最高位の力を持っていた。 

 だが彼は気まぐれでもあった。(魔者のほとんどが些細なことで意思を変えることは良くある)

 召喚士は自分の命と引き換えに、この世が整然と美しく、また人々が豊かに暮せる未来を示して欲しいと、その魔者に願った。

 魔者は頭を捻った。

 平和や美しい未来など、今まで願われた事はなかった。皆、自分の名声や権力、金、不死、つまりはエゴしか求めなかったからだ。

 変わり者の魔者はこの変わり者の召喚士を気に入った。

 彼は召喚士にこう言った。

「おまえの望みは変わっている。平和な未来とはなんだ?今までの歴史に平和であったことがあるのか?一見平和に見えても、その実人間は平和など求めてはおらぬではないか。人間の、いや生きる者の宿命として、戦いやそれに伴うエゴは決してなくなる事はない。またそれが生きる者の本性ではないのか?」

「私が平和や安静を求めるのもエゴではありましょう。ただ、この世界に魔法使いとそうでない者がいることが、近い未来の争いの種となることは必定。それを除きたいと願ってはいけませんか?魔力は争いに使うものではなく、愛を奏でるものでなければならない」

「お前達の言う『senso』の世界を貪りつくしたいというわけか。この世のあらゆるものを欲するよりも最も傲慢な願いだ。だが…それがおまえの本性であるのなら、私も無碍にはしない。私こそが変わり者であるが故、おまえに委ねてみよう」

「それでは、願いを聞き入れてくださいますか?」

「そうだな…」

 魔者はニタリと恐るべき笑みを漏らした。

 召喚士はこの魔者を呼んだことを後悔し始めていた。魔者の震える程の美貌からは、同情すら見当たらない気がしたからだ。

 魔者は魔方陣の中で、炎をチラつかせ、優雅に歩きながらもったいぶるフリを見せた。


「ああ、面白い趣向を考えた」

 立ち止まった魔者は独り言のように呟いた。

「なんでしょう」

 跪いたままの召喚士は、魔者の次の言葉を待った。できるだけ不運が少ないようにと願いながら。


「私は私を無垢の姿で生まれさせよう。魔が何かも知らぬ生まれたばかりの赤子の私をおまえが育ててみるがいい。上手く育てられれば、私はおまえの願いを叶えることができるだろう。で、なければ、私はおまえを…この世界を、破壊してしまうだろうね。この本性であるが故に」

「そんな…私があなたを育てる?…私が?無理だ。魔王を育てるなど、できるはずもない」

「想像しただけでも面白いではないか。赤子の私はさぞや美しかろうな。魔に魅入られるほどに…上手く育てろよ。おまえの望みが叶う様に…」

「待ってくれ…」

 召喚士の言葉が終わらぬうちの魔方陣は炎に包まれた。

 そして次第に炎は小さくなり、魔方陣の光は消え去った。

 後に残ったものは生まれたばかりの光り輝く美しい赤子だけだった。





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