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浄夜 3

3、

 キリハラカヲルとのセックスはいつでも刺激的で充分な満足感を得られるから好きだ。

 彼は僕の初めての相手だった。

 初等科の頃から気になっていたんだ。

 淡黄白の肌に亜人の風貌とノスタルジックな空気を纏う彼は、「天の王」の住人の大方を占める僕達コーカソイドとは存在感が違っていた。

 彼は教師の中でも高位のハイアルトであった。僕にとっては好都合。

 彼に指南役を務めてもらうことが僕の願いでもある。

 中等科になって図書館に通えるようになってからは日参し、キリハラに興味を持ってもらうように努力した。

 僕からお願いして抱いてもらったのは一年の冬だった。


 キリハラは生徒を相手にすることを躊躇しない。

 誰でもいいとは言わないが、魔力への興味がある生徒には男にも女にも比較的寛大に条件を飲む。

 キリハラには自国に奥さんも子供も居るが、もう会うことは無いらしい。何故なら、この「天の王」で残りの生涯を終えることを決めているからだと言う。

 三十過ぎの男にしては悟りすぎだろうと責めてみたら、「奥さんに愛想を尽かされたんだ。私があまりにペシミストだったからね。ここへ着てからはそういう感覚も薄くなりつつある。若者の情熱の前ではこちらのつまらない悲しみなんて焼かれて灰になるしかない。それが繰り返されれば悲しむ暇も無いからね」

「じゃあ、先生は今は幸せなの?」

「そうだね。君みたいな綺麗な子を抱いているのだから、不幸とは言えまい」

 

「ああ…すごくいい」

 キリハラカヲルは僕を天まで昇らせてくれる。そしてワープ。異なる世界へ行く。

 「senso」の力は行く距離を選ばない。だが好きな場所へ飛べるかと言うとまだ無理だ。

 官能と感情は違う。バランスを取るのは難しい。

 抑制と恍惚感をグルグルと巡り、辿り着くのは思い出の場所が多い。


 緑色のトレーラーハウスが僕の家だった。

 一定の場所を決めずに次元を渡り歩いた。僕らはそういう種族だった。

 近くに静かな湖畔がある。

 僕が両親と最後の夏を過ごした場所だ。


 キリハラから身体を離してその家に近づいてみる。

「確かにここは僕と両親が住んでいたトレーラーだ。だがどうやってここへ来た?生まれた場所はここじゃない。どこを旅したのだろう…それを思い出せないんだ」

「記憶で辿るものじゃない。君に起こったことは記憶ではなく、時刻にある。知りたければ時間を遡ればいい」

「…それを知ってどうするの?僕は『天の王』に預けられた。両親が旅を続けるのに僕が邪魔だったからだ」

「両親の気持ちを知りたいのなら、本人達に聞けばいい」

「聞いたところで過去が変わるわけではない。それに…僕はもうとっくの昔に諦めてる。親を恨んだりすることを」

「メルの悪いところはペシミストになりがちな性格だね。この学園に預けてくれた両親に感謝をしたらいいんだよ」

「…それをあなたが言うの?」

「今の私はオプチミストだよ。だからこうやって生徒たちとの情事を楽しんでいる」

 僕を包んでくれる暖かい腕が、今の僕の欲しかったものだとわかる。



 

「アーシュから誘われたんだがね」

 書庫でのいつもの情事の後、着物を整えながらキリハラ先生が呟いた。

「え?アーシュが?」

 僕としては不本意。だってアーシュに粉をかけたのは僕が先だ。

「そう。『senso』を体現したいから抱いて欲しいって。率直すぎて笑ったんだが」

「それで?」

 美人好きのキリハラだからこちらも気が気じゃない。

「勿論断ったよ。あんなの…怖いじゃないか」

「怖い?…」

「その怖さに気づかないところが若さゆえだね。それに、横取りしてメルに憎まれたくないからね」

「良くわかってますね」

「あの子に必要な『senso』は君の方だ」

「…」

 闇の様な黒いまなこですべてを見透かされてしまう。


「僕は彼を導くことができる?」

「君の努力次第だよ、メル」

 耳元で囁き、キリハラは書庫を後にする。


 ねえ、僕らは何に導かれているんだろうね…




「メル、俺ね、セキレイとしちゃったんだけど」

 中等科を卒業し、夏季休暇が始まっていた。

 殆どの学生は帰省するが、僕らは帰る家が無いから寄宿舎に居残り組みだ。

 高等科の寄宿舎への引っ越しも終えた僕は、図書館へ向かっていたところだった。

 その途中でアーシュに会ったのだ。

「そう良かったじゃないか。上手くいって」

「そうだけどさ…ほら、前に言ってたじゃない。セキレイとしたら色々教えてくれるって。覚えてる?」

「…」

 なんだ?そっちから誘ってくれるのか?

 …いや待てよ。美味しい話には毒があるって言うじゃないか。それにこいつは僕よりも先にキリハラを誘っている。

 キリハラにフラれたからってこちらがホイホイありがたがるなんて思われるのも癪にさわる気がする。


「僕でいいの?僕が君に教えられるのは多くないかも知れないよ」

「…?」

 アーシュは立ち止まって首を傾げる。その様がなんともかわいらしい。…計算だろうが。

「なに?」

 とうとうこっちも立ち止まって、問いかける。

「メルはもう俺を欲しがっていないのか?俺とセックスしたいと思わないの?」

「…」

 その表情。

 照れなんぞ一欠けらも見当たらない。

 ああ、降参だよ、アーシュ。

 思わず笑い声を上げた。


「したいに決まってるよ、アーシュ。僕はキリハラ先生に嫉妬したのさ。君が彼を誘ったと聞いたからね」

「だってキリハラカヲルはあなたを夢中にさせているのだから、きっと上手いハズでしょ?」

「それは保証するけれど…彼は君が怖いんだって」

「へえ~」

 ニヤリと笑うアーシュにゾッとしながらも見惚れていた。

 僕の中で欲情が渦巻く。


「…そりゃ益々興味深々だなあ」

 そう言って、急ぎ足で僕の横を追い越して図書館の玄関へ向かうアーシュの後を慌てて追いかけた。


 僕は完全にアーシュに参ってしまっていた。

 キリハラ先生になんぞ、君を渡してなるものか。

 キリハラなんかよりも、ずっと君を満足させてやる。

 きっとだ。





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