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天使の楽園、悪魔の詩 8

 休日を自宅で過ごし、翌日の夕方、寄宿舎に帰った俺は、ふたりが気になって仕方なかったから、すぐにアーシュの部屋へ向かった。

 アーシュは部屋におらず(彼はいつも鍵などかけなかった)、ルゥの部屋へ向かう。

 ドアをノックしようとして、少し躊躇した。

 上手くつがいになったふたりを前に、俺は平然としていられるだろうか…変わりない友情を彼らに捧げられるのだろうか…

 それでも逃げるわけには行かなかった。

 本当の愛を交わしたふたりを確認することは、別な意味で、俺の望みでもあったはずだったから。

 そう考えてなんだか自分のこの感情がおかしくなって思わず笑みが零れた。

 大丈夫だ。

 あいつらを守りたくて、俺はここに居るんだから。


 気を晴らした俺は、部屋のドアを少し乱暴にノックする。

 しばらくして眠たそうなルゥの声が聞こえた。

「俺だよ。今、帰ってきたところ。お土産を持ってきたんだ」

「ベル!」

 ルゥの嬉しそうな声とバタバタと騒がしい足音が聞こえ、目の前のドアが開けられた。


「ベルっ!お帰り~」

 無邪気に俺に飛びつき、首に腕を回す。

「その分じゃ上手くいったみたいだね、ルゥ」

「うん。全部ベルのおかげだね。まあ、入ってよ」

「…アーシュは?」

「まだ寝てる」

 部屋に入ってベッドを覗くと、アーシュは裸のまま寝ている。


「アーシュ、起きなよ。ベルだよ。お土産だって」

「はい、これ、極上の赤ワイン。66年ものだって。君らの初体験成功のお祝いに」

「…ありがと、ベル」

 ぽっと頬を赤らめるルゥがかわいい。

「…なあに?うるさいな…」

 瞼を擦りながら、アーシュがやっと起き上がる。

 跳ねた髪もそのままに、眼鏡の無いアーシュは…眩しいほどに美しい。


「アーシュ、裸のままでいないで、何か着ろよ」

「別に君とベルの前で裸でいたって、照れる関係でもないだろう」

「だって…痕が残っているじゃないか」

 アーシュの裸を見て、ますます真っ赤になったルゥが、あわててアーシュにシャツをほおり投げる。


「なんで照れるの?自分が付けておいてさ。なあ、ベル。可笑しいよね」

「アーシュが無頓着なんだよ。恥じらいは恋する者たちにとって大切な甘味料さ。無頓着は鈍感とも言える。アーシュはルゥの繊細さを労わってやれよ」

「はいはい、恋の指南役の助言は素直に受け取ることにします」


 服を調えたアーシュは、「あ~、もう夕方じゃん。何も食ってないからお腹が空いてたまんないや。早く何か食わなきゃ飢え死にしてしまうよ」と、俺達には構わずにさっさと食堂へ向かう。

 それを追っかける俺とルゥは「全くもって、さっきの助言は役立っていないらしいね」と笑う。

 少しも変わっていない。

 俺はいつもと変わりない三人でいられることに、胸を撫で下ろした。



 彼らの関係に肉欲が増えたとしても、俺に対する距離や態度は変わった風もなく、むしろ信頼度は上がった気がする。

 ふたりの間では交わされない話も、何故か俺には話しやすいと言い、それぞれの愚痴を聞いてやるのも俺の役目…らしい。

 結局は惚気になるんだが、無視されるよりはこうやって何でも隠し立てなく話してくれる関係はありがたかった。


 

「ベル、いる?ちょっといいかな?」

 森の中にある廃屋の薪小屋を三人で手を居れ、秘密基地にしていた。その小屋の天上から吊ったハンモックに寝そべって本を手に半分うたた寝していたところに、アーシュがやってきた。

「…な、に?」

 上半身を起して、アーシュを見る。


 季節は夏が始まったが、上着を着ていても汗ばむことはなく、夜が遅くなる白夜が始まる。

 アーシュは上着は着ずに、シャツのリボンを弛めながら、近づいた。

「走ってきたから汗掻いちゃった」

 俺が持ってきた水筒の水をゴクゴク飲んで、大きく息を付く。

 俺は汗を拭くようにと手元のタオルを投げた。

「汗を掻くほど急ぎ用があったのかい?」

「いや、雨雲に追っかけられた。すぐに雨が降るよ」

 アーシュの言葉が終わらないうちに、部屋が一瞬のうちに暗くなり、大粒の雨が音を立てて、降り始めた。

「ほらね」

 開けっ放しを窓を閉めて、アーシュは得意げに目配せする。

「通り雨だから、すぐに止むと思うけれどね」


 本を伏せ、ハンモックから降り、水筒の残りを確かめて、それを飲み干す。

 ふと、間接キスじゃないかと思ったり…つまらないことに喜びを見い出す自分に苦笑せずにはおれなかった。

「ひとりで来たの?ルゥは?」

「さあ、たぶん図書館じゃないのかな」

「ちょっと前までは君の方が入り浸りだったのにね。面倒なレポートでも出たの?」

「色々と調べたくなる年頃だよ、俺達は」

「…」

 どしゃぶりの雨を眺めながら言うアーシュの横顔に見惚れ、その言葉の意味を追求しなかった自分を後になって思えば愚かだった。


「ねえ、ベル。変なことを聞くようだけど、君は色んな奴と寝ているだろう?」

「え?…ああ、まあ…褒められた話じゃないけれど…ね」

 急に何事かと、一瞬戸惑ったが、真面目なアーシュの言い回しに、冗句でかわすわけにはいかない気がした。


「セックスしてて、官能…sensoの力を感じることある?」

「senso…か。つまりエクスタシーの頂点に行き着く時にそれを魔力に変えるってことだろう?でも具体的にどんな力になるのかは、わからないし、試したこともないよ」

「何故試さない」

「何故って…やってる時に魔力を使う状況に陥ったことはないし…第一、好きだからセックスしたいって言う奴としてさ、相手は快感しか求めていないのに、魔力云々って…俺はあまり考えられないんだ」

「…バカ、クソ真面目」

 手加減の無い言い回しにさすがにムッとする。


「ホーリーほどの力の備わったおまえが、力の使い道ぐらい考えてセックスしろよ。俺達は力だけは普通の奴らよりも充分に備わっているんだから、後は目的によっていかに使いこなせるかだ。それを自分のものにしなきゃ宝の持ち腐れなんだよ。ベルが将来、実業家になるのは勝手だが、だからって魔力を使わないって手はない。それにsensoは交わる相手との相性が大きいんだ。いい相手を探すのも重要だ」

「…どうしたんだよ、アーシュ。急に魔力の話なんて。確かに俺達はハイアルトの中でも選ばれたホーリーではあるけれど、その使い道さえ教わっていないんだぜ。どうやって力を自分のものに出来る」

「教えないのは、イルトとの密約があるからだ。無駄に力を鼓舞してイルトを押さえつけたら事だしな。だが勝手に学ぶ事を禁止してはいない。ワザとだよ。学長は勝手に学べと言っているんだ。セキレイが図書館に通うのも、自分が欲しい力の使い道を知りたいからだ。力は自分の望む形になる。俺とセキレイは、セックスをしてて何度か、違う次元にトリップした。夢でも幻想でもなくて、リアルにワープしたんだ。それがsensoの力だ。だけどね、好き勝手に行けるわけでもない。それを自在に操る技量をこっちも持たなきゃ、何の意味もない。俺達の力ってそういうものなんだよ。目的を持ってはじめて意味を為す」

「だから…」

「だから…相手を探すことにした」

「え?」

「経験だよ。相性のいい相手と寝てみて、どれくらいのsensoか確かめる必要がある」

「何の為に?」

「…自分の為…かな」

「それって…メルと寝るってこと?」

「そういう事になるのかもしれないし、メルに限ったことでもない」

「ルゥは知ってるの?」

「…セキレイは彼なりに努力している。でも彼ではできない事もある。それを導くのは恋人の俺の役目だろうね」

「…アーシュ、君は一体何をする気なんだ」

「冒険…したよね、三人で。ずっと続けばいいなって思っているよ」

「…」

 アーシュが何を求めているのか、俺にはわからなかった。


「ベル。俺はね、自分よりも君のことを信用しているんだ。君の魂って、昔と変わらずとっても綺麗なままなんだもの」

「アーシュ、メルと寝ないでくれ。ルゥも…俺も辛いよ」

「メルは案内人カノープスだよ。絶対に彼の力が必要なんだ」

「…俺では、駄目なのか?」


 アーシュは一瞬驚いた顔を向け、そして心から嫌そうな顔を見せた。

「ベルと寝るなんて、ご免だよ。言ったじゃないか。君は俺の一番綺麗な場所に住む親友だよ」

「アーシュ、俺は…」

「もし…君がセキレイと寝ても、俺は裏切られたとは思わないよ。俺達は君を愛しているからね。あ、雨が止んだ」

 窓を開け、明るくなった空を仰ぐアーシュの横顔は、昨日よりも大人びて見える。





 一学年が終わり、夏季休暇が始まる。

 叔父の家へ行く俺に、ルゥとアーシュが揃って見送りに来る。

 

「暇が会ったら、うちへおいでよ。学長に許可を貰えば一週間ぐらい外出は大丈夫だろう」

「うわ、それいいね」

「ベルの叔父さんに会えるの?」

「一発殴ってそれから、仲直りのキスをしてやる」

「…アーシュは本気でやるよ。ベル、叔父さんに逃げるように伝えておいて」

「うん。じゃあ…待ってるから。それまでさよなら」

「元気で。ベル」

 揃って両手を振るふたりを振り返りながら、この休暇中にアーシュはメルと寝るのだろうか…ルゥはそれを知ることになるのだろうか…と、そればかりを考えていた。



 見慣れた景色が目の前に広がる。

 車が玄関に到着すると同時に俺は飛び出し、玄関の戸を開けた。

 ホールで待ちわびていたエドワードの顔を見た途端、抑えていたぐちゃぐちゃな感情が溢れ出た。

 驚いたエドワードが俺を抱きしめるから、益々甘えたくなる。

「お帰り、クリストファー。年々再会が待ち遠しくなるのは、私が歳を取った所為かな」

「エドワードが俺を本気で好きになったからだよ」

「そう…だろうね。どうした?会えて嬉しいにしては…冴えない顔だぞ」

「エドワード。俺、恋をしたんだ。本当の恋を…叶う事の無い恋なんだ。すごく…辛い」

「ナリはでかくても、春少年だね、クリストファー。なあに、簡単に叶う恋より苦しんだ恋の方が、数倍もの価値があるって思えばいいのさ」

 そう言って、幼子のように俺の髪を撫でるエドワードに涙が出た。



 その夜、エドワードに抱かれ官能の波に飲まれながら、閉じた瞼の裏で繰り返し同じヴィジョンを見た。

 メルに抱かれたアーシュが濡れた紺碧の両眼で、俺をじっと見つめていた。




挿絵(By みてみん)

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