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Private Kingdom 2

その二


 「天の王」の学校の敷地には保育所があった。

 捨て子の俺を拾った学長は、俺をその保育所に預け、俺は初等科の寄宿舎に移るまで、この保育所で育てられた。

 零才から五才までの子供たちが一緒に暮していたが、自分を入れても十数人ほどしか居ない。

 育児を担当する保育の先生はエヴァとアダのふたりだ。

 俺はしっかり者のアダよりも、ちょっととぼけたエヴァに余計に甘えていた。

 不思議な事に俺と同い年の子供はおらず、上下共に仲良く遊んでいたが、どことなく仲間はずれのような気もしていた。


 「天の王」はサマシティでは一番の規模を誇る施設であったし、この街は名のとおり、通りすがりの者達が立ち寄る拠り所でもあったから、経済的な…諸々の事情により子供を育てられない親達がそっと置き去りにする事も多く、よく保育所にも新しい赤子や幼子がやって来た。が、ほとんどが二、三日の間に、居なくなる。

その理由を聞くと、「それはね、あの子には力が宿ってないからよ」と、エヴァが言う。

「力?」

「そう。でも心配しなくていいわ。あの子達の保育所はちゃんと用意されてあるから、大丈夫なのよ、アーシュ」

 その時は意味がわからなかったが、宿る力、即ち、「魔力」を持つ者だけがこの「天の王」の保育所に居ることが出来、ノーマルな人間はここには不必要って話だ。


 この街では、力を持たないノーマルな人間を「イルト」と呼び、力を持った人間を「アルト」と呼ぶ。

 全人口の比率は八対二ほどで、この学校では半分がイルトで、残りの半分がアルトだ。

 当たり前だがアルトの中でも差は大きい。

 危険を予知したり、簡単な天気予報を当てたりするのは「ローアルト」、力が強くコントロールできるアルトは「ハイアルト」と呼ばれる。

 俺は「真の名」を与えられるまではただの「ハイアルト」だったが、12の誕生日の時に与えられた名前のおかげで、誰もが恐れ羨む「ホーリー」となった。


 

 

 さて、「セキレイ」の話をしようと思う。


 あれは俺の四歳の誕生日だった。

 俺の誕生日は学長が俺を拾った日、十二月四日だった。

 その日、いつものように昼寝前にエヴァが俺達に物語を話し聞かせてくれた。

 俺は誕生日だったから、特別にエヴァの膝の上に乗り、エヴァの一番近くで物語を聞くことが出来た。

 エヴァはおっとりとした優しい性格だったが、絵本を読んだり、勝手な創作物語を作り、生き生きと話し聞かせることが上手かった。みんなエヴァの話に心踊り、熱心に耳を傾けたものだ。

 その日の物語もまた、エヴァの作り話だった…



 昔々の物語。

 山里の平和な村に、ある日とんでもない事が起こってしまった。

 今まで噴火したこともない里に続く近くの山が、突然噴火をし始めたのだ。

 最初はゴゴゴという地鳴りから始まり、そのうち赤く燃え上がる噴煙が上がり始めた。

 村人たちは騒ぎ、恐れ、一体どうしたらいいものかと頭を抱えた。

 この村に住む一人の少年もまた、同じように心を痛めた。

 父の居ない少年は身体の弱い母と二人暮らし。まだ生計の経てない少年に村人たちは何かと手助けをした。その温かい助けもあって、今日まで何とか生きてこられたのだった。

 村の為になにかできないものか…少年は夜も寝ずに考え続けた。

 母を寝かせ、その夜もひとり家の外に出て、井戸の近くに座り、噴火する山を恨めしく見つめていた。

 そこへ一羽のハクセキレイが飛んできた。

 少年の膝の上に止まり、少年の目をじっと見た…



「ねえ、エヴァ、鳥って夜は目が見えないよね?」

「え…勿論そうだけど、でもね、アーシュ。これはなんでもありの物語なの。だから超自然なことも簡単にありえる世界なのよ」

「へえ~、そういうのって『都合のいい話』っていうんだろ?」

「そういう事言うと、先を話してあげないわよ」

「はーい、お口はチャックだよ」



 セキレイは言う。

「何をそんなに悲しんでいるの?」

「あの山さ」

 セキレイは後ろを振り向き、火の粉を噴いている山を見た。

「あの山がどうしたのさ」

「このまま噴火を続けたらマグマが流れ出して、この山里を燃やしつくしてしまうだろう。それを止める手立てはないだろうか」

「あるよ」

「ホントに?」

「あの噴火を止める術を私は知っている。けれど…君にそれができるだろうか」

「できる…いや、自信はないけれど、ぼくはどうしても村の人たちを助けたい。これまでぼくとお母さんを助けてくれた恩返しにぼくがやれることなら、なんだってやるんだ」

「そう、じゃあ、この村を助ける為に、君はあの山の火口まで行くしかないね」

「あの、山の?」

「そうだよ。急がないと本当に大きい噴火が始まってしまうかもしれないよ」

「わかった」

 少年はすっくと立ち上がり、家へ戻った。

 寝ている母親の枕元に「しばらく留守にするけど心配しないで」と、言う短い手紙を置いた。

 引き出しから死んだ父の形見のダガーを取り出し、腰に差した。

 戸棚から明日のパンと水筒には水を入れて、準備万端。山に向かって走り出した。

 

 山道は険しく、けもの道でなかなか先には進めない。

 ツルに足を取られ、岩に滑り、何度も転んだ。

「ああ、ぼくには何の力もないんだ」

 痛む足を押さえて少年は咽び泣いた。

「君の言う覚悟はそんなものなのかい。もう、村を助けることを諦めたのかい?」

 いつの間にかあのセキレイが彼を見守っていた。

「違う。でもぼくの足が言うことを聞かない。それに行く道もない山をどうやって登れるんだ」

「私が案内するよ。勿論、君にやる気があればだが」

 目の前で羽ばたくセキレイを見ていると、なんだか勇気をもらえる気がした。

 少年は立ち上がり、セキレイの案内に従って、山を登った。


 途中、狼やカラスの大群に襲われたが、父の形見のダガーが彼を守ってくれた。

 二日目の夜を向かえ、少年は漸く火口の近くまで辿り着いた。

 しかし少年は見るも耐えないほどの満身創痍だった。

 少年はずっと彼を案内し続けたセキレイに言葉をかけた。

「やっと辿り着いた。さあ、これからどうすればこの噴火を止められるんだい?」

「よくがんばったね。だけどこれからが大変なんだ。この噴火を止めるには、ここまで辿り着いた人間が自らの身をこの火口の中へ投じなければならないんだよ」

「え…」

「誰だって死ぬのは怖いよね。でもあの村人達を助ける為だったら、君の命ひとつは安いもんじゃないのかい」

 少年は少しだけ考えた。自分の命が里の人を助けるのなら、この身を投げても構わない。ただ、母親はきっと悲しむだろう。

 だがそれも一時の事だった。少年はきりりと前を向くと火口に向かって歩き出した。


「君はすばらしいね。きっと後世に村を助けた英雄として名を残すことだろう」

 セキレイの言葉に少年は振り向いた。

「名前なんていらない。誰の記憶に残らなくていいんだ。ぼくは自分のできることをやったまでだよ。それよりセキレイ」

「…なに?」

「ありがとう。君が居なかったらぼくはなにも出来ずにただ泣くばかりだったろう。ぼくは今幸せだ。君のおかげだよ。ありがとう」

 少年はこれまでセキレイが見たこともない程に美しい笑顔を彼に見せた。

 そうして迷いもせずに燃えさかる火口へ身を投げた。

 

 セキレイはその様子をじっと見つめていた。

 しばらくするとセキレイは羽を広げ、空高く舞い上がった。

 高く高くどこまでも舞い上がった。

 そして一気に下降した。

 吹き上がるマグマの中にセキレイは突っ込んでいく。

 彼は燃えなかった。彼の強い魔力が彼の身体を包み、彼の白い羽がキラキラと光る。

 セキレイは少年を探した。

 少年の身体はとうに燃え尽き、灰さえも残ってはいなかった。

 それでもセキレイは少年を探した。

 そして彼は見つけた。少年の魂の欠片を。

 セキレイはその欠片をくちばしで啄ばみ、そして飲み込んだ。

 

 今度はまた急上昇だ。

 閃光のようにセキレイは火口から飛び出した。

 火口の溶岩は次第に弱まり、夜の山野を赤々と照らしていた悪魔も次第に闇に溶けていった。

 

 セキレイはその様子を夜天から見下ろしていた。

 山里の人々の歓声が、微かに空に響き渡った。

「見えるかい。君の望んだとおりに噴火はおさまった。聞こえるかい。村人達の喜びの声が…」

「ありがとう…セキレイ、ありがとう」

 今はいない少年の声がセキレイには聞こえた気がした。

 涙を知らないセキレイの瞳から涙が零れたのを、セキレイは不思議に思った。

 そしてただ朝の光に向かって飛び続けた…

 

 


 俺は号泣した、エヴァのエプロンが絞れるくらい泣いた。周りのみんなも残らず泣いていた。

 あまりに泣くのでエヴァが困惑したぐらいだ。

 それでも泣きつかれたのか、その日の昼寝は皆すぐにぐっすりと寝付いた。

 俺は眠れなかった。

 ひとり夜の空を飛び続けたセキレイの気持ちを考えると、とても眠れなかった。また村人を助ける為に自らを犠牲にした少年の勇気に心が震え、目を閉じても赤い火口が瞼を焼き付けるようだった。

 俺はエヴァたちの目を盗んでベッドからこっそり抜け出し、近くの川原へ走った。

 もしかしたらあのハクセキレイが、いるかもしれないと思ったのだ。

 

 勿論、いやしない。

 冷たい水の中を歩いてみたけどやっぱり見つからなかった。

 夕刻が近づき辺りはどんよりと冷たく、雪もちらほらと舞ってくる。

「セキレイ、居ないかな~」

 川原の石を川面に投げつけていたら、対岸近くの川面が一時金色に輝いた。驚いた俺は浅い川の中をばしゃばしゃと濡れながら、その輝くものに近づいた。

 近寄った時はもう輝いてはいなかったが、代わりに布切れが巻きついたものを見つけた。

 なんとか布を引っ張って川岸まで運んだ俺は、その布をそっとはぐってみた。

 そこには黒いススで汚れた小さな子供がいた。

「ぼくのセキレイだ!」

 俺はそう叫んで、その子の汚れた頬にキスをした。






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