Private Kingdom 9
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放課後、寄宿舎に帰るまでの時間、たまに図書館の自習室で過ごす。
中等科に進級するまでは、セキレイたちと宿題を見せ合ったり、林の奥の廃屋になった薪小屋の秘密基地で騒いだりが日常だった。
だけど、今はセキレイと居てもお互いを束縛しあうのは極力避けている。
今までのように無邪気にバカ騒ぎをするわけでもなく、ただこの平凡な学園の中に漂っている感じ。
それが悪いとは思わない。
大人に向かう季節なのだと感じていた。
近頃、セキレイは俺の部屋に来る事も少なくなった。俺も別にそれを責めたりしない。
誰か別の奴と寝ているとなれば、話は別だが。
とにかくこの図書館にはなにか気になることがあれば、足を向けるようにしている。
中等科になるまでは、校舎にある簡易図書館で大概の調べ物は済ませられた。
もともとこの図書館へは中等科にならないと閲覧はできない。
この街最大だと言われる「天の王図書館」は、この世界のすべてのことが理解できるとまで言わしめる充実した蔵書が自慢だ。
しかし、借り出されるのは一日に一冊、しかも館内の閲覧と決まっていたから、仕方なく自習室で読書をする。
適当に手に取った雑誌は、あるカメラマンの旅日記だったが、この街以外を知らない俺には、他所がどんな街なのか、風景なのか興味津々。
カメラに写された風景は、その土地独特な建物や着物、人々を写していた。
彼は彼の地での魔法使いについても語っていた。
「いくつかの街では、魔法使いがノーマルな人々と同じように生活をしている。その様相や生活を見ても彼らが異質な者とは思わないだろう。
彼らは力を持っているが、それを持たない者たちへの為への恩恵だと思うところがある。
魔法使いは観念的な善悪には疎く、自分の主人である人の意思に沿う為、主人が彼らの力を利用し、犯罪を犯すことも、歴史的には多い。
その為、現在では、犯罪を行った魔法使いとその主は、共に罪を荷うことになる。この逆も然りである。
この逃れられない僕たる魔法使いの哀れな運命、もしくは末路を想う時、私は一縷の涙を落す。
彼らに本当の自由の意味を知る日が来るのだろうかと…天を仰ぐ。」
つまりは魔法使いはこのサマシティだけではなく、他所にもいて、彼らも何らかの規律において、イルトへの忠誠を誓わされている。
これは遺伝的なものなのか、天からの使命なのかどうかはわからないが、アルトとして生まれるか、又は平凡なイルトに生まれるかは、大きな運命の分かれ目だ。
そういえば、俺がホーリーになってから、やたらとイルトの生徒から交際を申し込まれる。
俺にはセキレイがいるからと断っても、しつこく「愛人でもいい。一度寝てくれるだけでもいいんだ」と、お願いされる始末。
俺のアルトの力を欲しがっているのはわかるけれど、寝たからって、俺が従属するわけでもないだろうに。
現にベルは結構な数、イルト、アルト構わず寝ているが、彼が誰かに傾倒しているとは思えない。また、彼らの為に力を施したとも聞いていない。
どこまで情を通わせればイルトとの従属関係が生まれるのだろう。人それぞれで違うものなのだろうか…
「探したよ、アーシュ」
息を切らしたセキレイが自習室のドアを開けて俺を睨んでいる。
「図書館に行くって言ってなかった?」
「聞いてない。おかげで寄宿舎や薪小屋まで君を探しに行ったじゃないか」
「悪かったよ。で、用事はなんだい?そんなに急いでるくらいだから、重大な話なんだろうね」
「…重大だよ。…僕にとっちゃ…」
「だから、なに?」
ほおっておかれて拗ねているのか、セキレイはそっぽを向いて、俺の机の前に立った。
「寝て、欲しいんだ」
「…いつも一緒に寝てるじゃないか」
「バカ、意味が違う。セックスしたいって言っているんじゃないかっ!」
「…」
…マジで勘違いしていた。
薄っすらと赤くなったセキレイの頬を見て、俺は自分の鈍感さを詰った。
セキレイとは去年の冬に初体験を試してはみたが、上手くいかず、その時は、時が熟してない…みたいなことで濁していた。まあ、お互い好きなことは判っているし、情欲なんて歳をとって思春期になりゃ盛ってくるもんだと思っていた。
セキレイの気持ちも知らずに今までほっておいた自分が悪いのはわかっていた。
「ゴメン、セキレイ。気づいてやれなかったね。君がそんなに焦っているなんて…」
「あ、焦ってないっ!」
「そう?」
「…アーシュはイジワルだ。そうだよ、焦っているよ。大体、君が悪いんだからね」
「何が?」
セキレイは不機嫌に眉を寄せて、乱暴に正面の椅子を蹴った。
「僕が何も知らないとでも思ってる?」
「だから何のことよ」
「…メルだよ。僕が彼のこと嫌いだって知ってるくせに、いつもメルにくっついているじゃないか。それにこれ見よがしにキスまでしてさ。僕との約束は忘れたの?」
いきり立つセキレイの言葉に俺は正直驚きを隠せなかった。と、いうか…嬉しい。
「メルに嫉妬してるのか?」
「当たり前だろ?彼は君をものにしようとしている。そして君は何の疑いもなくメルに取り込まれている。事実だろ?」
「…」
確かにふたつ上のメルと仲良くなった経緯は、セキレイにもベルにも話していない。
メルが俺を欲しがっているのは重々判っている上で、俺は彼の知識や俺自身を受け入れてくれる寛容さに惹かれている。
セキレイやベルにはない、彼の危険な情念が常に俺に向かっていて、それがどうにも心地いいのだ。その想いを振り回すことの快感さえ感じているのだから、始末に負えない。
性格が悪いと詰られても仕方ない話だ。
「黙ってないで何とか言ったら?アーシュ」
「君がそんなに嫉妬するなんて、ちょっと新鮮だから、見惚れていた…と、言ったら嬉しい?」
「…バカなんじゃない?」
「まあ、何の疑いもなくメルと接しているわけじゃないよ。彼は俺を抱きたいと何度も言っているし、俺も彼と寝てもいいと思っている」
「…ひどい」
「でもセキレイが一番大事だし、君の許し無しで彼とセックスはしないよ。それでいい?」
「…納得できないし、なんとなくムカつく。でもそれがアーシュの決めた事なら…」
「こっちへおいでよ」
俺は手を差し出し、彼を招き入れる。
彼を俺の膝に座らせ、向かい合って抱きしめた。
「ここでやる?」
「え?」
「それを目的に自習室を使う奴らも多いんだぜ?ちょうどいい広さだし」
机ふたつだけを置いた狭い自習室には窓もない。ここでしけこむ生徒も多い。
舌を絡ませたキスを充分に味わい、音を鳴らして離したら唾液がツツと伝わった。
セキレイは満足そうに笑った。
ご機嫌はなんとか取り戻したらしい。
「…何だか卑猥だ」
「欲情するにはいいセットだろ?」
「そんな風に盛り上げないとセックスはできないもの?」
「さあ。やったことが無いんで、俺もわからない」
そう言うと、セキレイはぷーっと噴き出し、声を出して笑った。
「やっぱりアーシュが一番好き。早く君と抱き合いたい。こんなところじゃなくて、フカフカのベッドの上がいいんだ」
「俺もこの痛い体制よりも、自由なベッドがいい。今宵どうですか?我が君」
「お待ち申し上げております。我が王、アスタロト」
初夜の申し出は受けたものの、今度は失敗は許されない。ベルに話でもして気を紛らわそうとを訪ねても週末で彼は帰省していた。
仕方なしに覚悟を決めて、俺を待つセキレイの部屋へ乗り込んでいった。
目覚めた僕らは、清らかに魂育み 淫らに愛を営み、歓喜する
どちみち俺達がこうなることは、生まれる前から決まっていたことなんだ。
それを知ってしまっているからこそ、俺はセキレイを抱くのが怖かった。
愛を知って飢えた心を満たしたセキレイは、きっと、俺から離れていくだろう…




