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天使の楽園、悪魔の詩 6

6、

 十三を迎えた九月、俺は「天の王」の中等科に進んだ。勿論アーシュとルゥも一緒だ。

 中等科の校舎のすぐ隣りの寄宿舎は、それぞれひとり部屋になり、俺はバス、トイレ付きの特別室に住む事になった。金に余裕のある貴族は大方特別室を選ぶ。

 俺はアーシュたちと同じ様式の部屋でいいと思ったのだが、アーシュもルゥも「ベルの部屋の風呂を借りにくるよ。そんでベルの部屋は広いから毎日パーティだ」と、けしかけるから、俺も調子に乗って一番いい部屋にしてもらったわけだ。


 新学期の初日の夕刻、俺は学長のトゥエ・イェタルに呼び出され正式な「真の名」を頂く。

 ベルゼビュート・フランソワ・インファンテ。

 「真の名」は天上と闇を統治した者の名前から始まる。そして、後に光と闇の名前が続く。

 「真の名」の意味とは光と闇、善と悪、過去と未来、両極端のものをつり合わせる天秤の要のようなものだ。

 我々に求められているのは、戦いとそれによる均衡なのだ、と、思う。

 学長は「真の名」の真の意味を決して伝えない。

 個々の思想によるものだとして、委ねている。

 だから「真の名」を頂いたホーリー達はそれぞれの自分の哲学にのっとって、この学園を卒業し、サマシティから、外の世の中を渡り歩く。

 俺はたぶん…この街からは出られない気がしている。

 セイヴァリ家とスタンリー家を捨ててまで自分だけが自由の身になりたいとは、思わないのだ。

 貴族の身分や経済力に矜持しているわけではなく、俺は彼らを守りたいと思うのだ。

 それが恥ずかしいこととは思わない。

 この学園を卒業したら、世の中を知るために街以外の大学に通い、卒業したら父親の会社を継ぐ為に働きたいと思っている。

 この人生設計をアーシュとルゥに聞いてもらうと、ふたりは笑うどころか、うっとりとして「まるでお伽話のようだ」と言う。


「そうかな。現実的でつまらないだろ?せっかくの『真の名』が泣くかもしれないね」

 俺の部屋へ集まって夜更かしはいつもの事。ベッドに寝転んで頬杖を付き、顔を寄せ合って語らう。

「そんなことあるもんか。ベルは文字通りこの街を救う救世主クリストファーに君はなるんだね。そうだ。いい事を思いついた!」

「アーシュのいい事っていうのは、いい加減って事だ」

「五月蝿いよ、セキレイ。取り合えず君の会社が貴族とタッグを組めばいい。貴族にもギルドに入ってもらい、キチンとした仕事を割り振るんだ。暇な貴族たちに真っ当な仕事先を与えてやれ。汗を掻いてどれくらいお金が貰えるか試してやればいい」

「それ無理じゃない?ハシより重いもの持ったことない人達が貴族なんでしょ?」

「だからさ、趣味を生かしてファッションとか美術方面の専門職を作るんだよ。ね、いいか考えだと思わない?」

「アーシュ、いいところに目をつけてる。実は…それ、もうやってるんだ。エドワードが…」

「…ええ?」

「エドワードはすっかり真面目になっちゃってさ。父親から事業の手ほどきを受けて、その能力があったんだろうね。今では小さいけれど会社の経営をまかされて、その仕事を若い仲間の貴族らと一緒にやってるんだ。この間の休暇では、サロンの雰囲気もがらりと変わってて俺も驚いたよ」

「すげー!ベルを泣かしてくれた叔父さんを救ったってわけか。ベルゼビュート・フランソワ・インファンテの最初の仕事じゃない」

「…そうは言わないと思うけど…」

「いや、俺は信じてたよ。叔父さんはきっと立ち直るって。さすがはベルだ!」

「よく言うよ。アーシュはベルの叔父さんをいつか叩きのめすってずっと言ってたじゃん」

「余計なこと言わないで、セキレイ。俺はベルを信じているって言いたいの」

「意味ちが~う」

「まあまあ、ふたりとも、ケンカするな。ともかく俺は無事『真の名』を頂いた。今度は君達の番だ」

 ふたりは少しだけ緊張した面持ちで大きく頷いた。


 ふたりの誕生日が近づいてくる。

 そのふたりの距離が今までと少し違って見えるのは俺の気の所為なのか…いや、間違いない。

 ふたりは思春期に入っていた。

 

 俺は13でありながら大人程の背丈で性も早熟だった。

 お誘いを受けるのも引っ切り無しだし、気に入った相手と一晩過ごすこともしばしば。

 だが、恋をすることはない。

 身体が疼くことはあっても、心が求めることはなかった。


 俺はアーシュとルゥが出会ってからずっとお互いを求め、いつかは本当の恋人になるのだとそれぞれに宣言することが羨ましかった。

 運命の相手というのはこのふたりの事を言うのだろう。

 子猫か子犬のようにじゃれあいながら、いつかは愛し合うパートナーになる。

 俺はそれを見届ける役を振り当てられている…そう自分に言い聞かせてきた。


 ふたりが好きだった。

 …純粋に友情と信頼を分かち合っていた。

 だが俺はふたりに対する友情の色が少しずつ変わっていくのを、認めたくなくても認めないわけにはいかなくなってしまっていた。


 ルゥは可愛い。

 ルゥのサラサラと風にそよぐプラチナの髪が好きだ。

 屈託なく笑う顔、空を映した湖畔のようなアイスブルーの瞳、透き通った少女の声、素直な感情と柔らかい精神に心が安らいだ。

 すべての害から守ってあげたい。

 弟がいたらこんな気持ちになるのではないか、と、思う。


 アーシュは勇ましい。

 勇ましいくせに豊かな感情と果ての無い好奇心で、俺を驚かせる。

 気になるものは火の中にでも構わずに手を入れる夢中さ、怯まぬ精神力。純粋な正義感。

 憧れだ。どこまでも惹きつけられる。

 クセのある褐色の髪。触るとやわらかく俺の指に絡む。少しハスキーで通る声、歌も上手い。

 度も入ってないのに何故眼鏡を掛けているのかと問うと「学長の呪いだよ。俺があんまり美しいからさ、妬んでいるんだよ」と、口を尖らす。

 そう言うなら眼鏡を取ればいいのにと言うと、「だってさ、俺の美しさに皆が見惚れたら歩いてて怪我するじゃん。俺が眼鏡をしているのは周りの平和の為だ」

 その自信家ぶりには開いた口も塞がらぬが、確かにアーシュは美しい。

 ルゥが美少女の可憐なパンジーとするなら、アーシュはスズランの如き美少年と例えよう。

 

 スズランは可憐な姿とは対照に根には強力な毒を持つそうだが、俺はその毒こそ、アーシュの魅力が隠されていると思っているんだ。

 そして、その毒の依存性は驚くほど高いのだ。その最たる被害者は俺ではないのか…

 

 いつしか俺の目は知らぬうちに、アーシュの姿を追っていた。

 アーシュが俺を見つけ、走り寄ってくる。

 それだけで心臓の鼓動が早くなる。

 「落ち着け」と、言い聞かせる。


「ベル、実はさ、すごい面白い場所を見つけたんだ…」

 目の前にいる彼が俺を見つめる。

 紺碧に輝く無限の宇宙の輝きで俺を見る。

 俺はうっとりとしたいのを、粉骨砕身の理性で持って、友人の顔を取り戻す。


「ね、明日の夜にでも行ってみない?…ベル?聞いてる?」

「あ?…ああ、勿論だよ、アーシュ。今度は懐中電灯を持っていこう。この間は暗闇の中を歩くのに骨を折ったからね」

「確かに。しっかり用意しておくよ」


 信頼の微笑みをくれる君に、俺は何を望もうとしているのだろうね…

 少しだけ心が痛む。

 そして君にわからないようにゆっくり息を吸うんだ。

 


 俺はアーシュに恋をしていた。

 決して実らぬ恋だってわかっているのに…

 「真の名」を貰っても何ひとつ思い通りにはいかないものなんだね。


 俺が欲しいのは、ただひとつ、君の心なんだよ。

 




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