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Private Kingdom 6

挿絵(By みてみん)

6、


 出会った時からセキレイを俺の一生のつがいだとは決めていたけれど、人間の感情とは虚ろいやすく、「絶対」なんてものは保証できない柔なものだってわかっていた。

 セキレイに俺のモノでいろ、とか、一生俺以外の奴を好きになるな、とか、冗談で言い合っても、呪文のような鎖に繋いだりはしなかった。

 逆に俺の所為で、セキレイが自由でいられなくなる方が怖かった。

 俺達はお互いに番でいられることを喜んでいた。愛し、求め合う理想の恋人になることも望んでいた。だからその時が来たら、自然にセックスも出来るものだと信じていたし、そういう話もふたりの間では冗談を混じりながらでも語り合ってきた。

 だが、結局具体的なことはさっぱりである。

 やり方も煩悩も頭に叩き込んでいるはずなのに、いざベッドに寝てみると、欲情する前にお互い安心して寝てしまう。

 朝起きてお互い「また、寝ちゃったねえ~」と、笑いあうが、心の中じゃかなり焦っていた。

 俺はセキレイに欲情しないのか?

 つまりセキレイとはセックスできないのか?

 …大問題だ。


 ベルに相談してみようと思った。

 勿論セキレイが居ない時にだ。

 ベルは十一歳の頃に叔父や他の貴族と経験を積んでいて、その道のエキスパートでもある。

 今じゃ、タチもウケも両方できるし、女性ともやれると言う。羨ましい限りだ。

 学校の中でも先輩や同級生たちに何回も同衾を願われている。

 確かに十三歳で大人ほどの身長で、洗練された身のこなし、ゴージャスなハニーブロンド、そして甘いマスクの奴に敵うものはいない。


 夜遅く隣で寝ているセキレイを起さないようにベッドからそっと抜け出して、ベルの部屋へ向かった。

 ありがたいことにベルはまだ起きていた。


 彼の部屋はバストイレ付き特別室だ。俺もたまに風呂を世話になる。

 シャワーを使ったばかりのベルは、バスローブ姿で濡れた髪を乾かしていた。

「まだ寝てなかったの?」

「うん、ちょっと相談があってさ…」

「アーシュが俺に相談なんて珍しいね。何?」

「うん、あのね…」

 ここにきても親友のベルに相談すべきが悩んでしまう。

 一番頼れる親友で、何でも隠し事しない仲なんだから、相談には乗ってくれるはずだ。それでも中身が中身だからどうしても口ごもってしまう。

 言おうか言うまいか迷っている俺に、ベルはコーヒーをくれた。

「コニャック入り。良く眠れるように」


 相変わらず、ベルは優しい。だからなのか…と、俺は気づいた。

 俺はこの男を仲間はずれにしたくないと、どこかで感じてて、こんなことを言えずにいるのではないだろうか。

 俺とセキレイが特別の仲であり、口癖のように「一生の恋人同士」であると当たり前のように話し、ベルもそれを良く知っている。

 だが俺とセキレイが実質的な恋人同士、つまり関係を持ったら、ベルはどこかで俺達に気兼ねしないものか…などと考えてしまう。


 手元のカップを見つめたまま黙り込んだ俺を見かねて、ベルが口を開く。

「ねえ、話ってルゥの事?」

「え?」

 俺は思わずベルの顔を見つめた。

「だって、アーシュが悩む事って言ったらそれぐらいだろ?」

「…そうだね」

 俺は苦笑い。

「…当ててみようか」

「…」

「ルゥと寝たみたけど、上手くいかなかった」

「…すげえ、ベル。ビンゴだ。俺の心を読んだの?」

 ベルは声を出して笑った。

「そんな力は俺にはないよ。使わなくったって…君の顔に書いてある」

「…噓つき。顔に書いてあるものか」

「真に受けるなよ。で、どうして上手くいかなかったのさ」

 ベッドに膝を抱えて座り込んだ俺に、ベルはそっと隣に寄り添った。


「上手くいかないって言うより、そこまでいってないって言うのが正しい」

「…どういうこと?」

「だから…ふたりで居てもそういう雰囲気にならないの」

「…」

「だってずっと…セキレイと出会ってから、ずっと一緒にいてひとつのベッドで寝ていたんだ。急に性的な衝動が沸いてくるはずないだろ?普通に考えてさ」

「家族みたいなもんだろうしねえ」

「そうなんだ。…だとしても、俺はセキレイを愛してるし、恋人にしたいし、セックスしたいって思っているんだよ。絶対そうなんだ」

「…」

 ベルは笑いを堪え切れないかのように手で顔を隠して肩だけ震わせている。


「バカ…笑うな。こっちは真剣だ」

「…ゴメン。アーシュが必死なのを見るのは好きなんだ、俺」

「…ベルはいいなあ~」

「何が?」

「だって誰とでも寝れたりするんだろ?」

「それなりの雰囲気作りはいるぜ」

「雰囲気かあ…」

「それより、君、精通はあった?」

「…当たり前だろ?十三になるんだから」

「じゃあ、そちらは心配ないね。後はルゥの気持ちだよね。ルゥは本当に君を求めているのか…」

「…たぶん。でも正直自信はないよ。だって人の情愛なんて虚ろなものだし、セキレイが俺に対して家族以上の情愛を求めていないとしたら…それはそれで仕方のないことだろ?」

「…アーシュ、君は誠実だね。無理矢理犯そうなんてこれっぽちも考えてない」

「信頼を裏切る方がよっぽど怖いよ」

「…うん、そうだね…」

 ベルはそう言うと、俯いたまま黙り込んだ。

 下を向いたベルの横顔を見た。

 何かをじっと堪えているような表情だ。なんだかこちらが切なくなってしまった。


「…ベル」

 俺は握りしめられたベルの両手に手を乗せた。

「ありがと、話を聞いてくれて。セキレイの事はあまり焦っても事を仕損じる覚悟でゆっくりやるよ。一度は通らなきゃならないんだもの。それに俺ひとりでやれるものでもないしね」

「…うん」

「それから、俺とセキレイがそういう関係になったって、ベルとの友情は少しも変わらないんだからね。これからだってずっと一緒にいたいって、俺は願っているんだから」

「…ありがとう、アーシュ」

 ベルの青い瞳の奥が涙で光るのを見た時、大人に見えるベルだって俺と同じ十二歳でしかないんだと、ちょっと安心したり切なくなったりと、その夜はすやすやと眠りを貪っているセキレイの横でとうとう眠れなかった。



 十二月四日の俺とセキレイの誕生日が近づいてくる。

 セキレイはカレンダーに印を付けながら、その日が来る事を心待ちにしている。

「もう一週間経ったら、『真の名』をもらえるんだねえ~、僕達。なんだかワクワクよりドキドキしてきた」

「何だよ、子供みたいにはしゃいでさ。十三になるんだよ。もう立派な大人の仲間入りなんだから、少しは自覚しろよ、セキレイも」

 

 いつもどおり俺の部屋のベッドに潜り込んだセキレイは毛布の首まで引き上げて、俺が来るのを待っている。

「ちぇ、自分だけ大人のフリしてさ。アーシュだってホントは嬉しいくせに」

「何が?」

 俺は眼鏡を机に置き、灯りを消して、いつものようにセキレイの身体に寄り添った。

「『真の名』だよ。何も後ろ盾のない保育所育ちの僕達が唯一自慢できるステイタスになるんだよ。ここを卒業しても『真の名』があれば、良い就職先だって楽に見つけられるって先輩方が言ってた」

「良い就職って…セキレイ、そんなもんに興味あったの?」

「うん…だってさ。僕、自分がどこから来たのかわからないし、ここに来る前の記憶だってないだろ?もし…もしだよ。僕の両親が僕を…探していたりするのなら、立派な大人になって生きているって知らせたいじゃない。それにできるのなら、両親を探したいし…」

「…そう」


 セキレイの親に対する想いっていうものが、俺には少しも理解できなかった。

 きっと記憶がなくても、セキレイはここに来るまでは親に可愛がられていたのかもしれない。その記憶が細胞に刻み込まれているのかもしれない。だからセキレイは親への「憧れ」を口にするのだろう。


 生まれたばかりの俺を捨てた親と、セキレイの親はきっと違うのだろう。

 別にそれを恨む気もない。

 もし、今、目の前に俺を捨てた親が出てきても、別段複雑な感情は芽生えない。むしろ目の前に現れた親達の複雑さに頭を捻るかもしれない。


「俺では親の代わりになれない?」

 居もしないセキレイの親に嫉妬を交えた俺は、横に寝るセキレイの身体の上に乗っかってみる。セキレイは重いと文句を言ったが、俺は無視してセキレイの胸に頭を置いた。

 規則正しく打つ心臓の音を聞く。

 俺はパジャマの裾から手をしのばせ、セキレイの胸を撫でた。

 セキレイの手が俺の頭を撫でる。


「アーシュは親ではないもの。恋人…でしょ?」

「うん、そうだよ」

「ずっと傍に居てくれるんだろ?」

「うん、ずっと居るよ」

「僕を…抱いてくれるんだろ?」

「うん、君が望んでいるのなら」

「…僕、アーシュのものになりたい…」

「セキレイ」


 顔を上げて暗がりの中、セキレイの顔を見つめた。

「いいの?」

「うん。抱いて欲しい」

 そう言って俺の首に両手を回す。

 セキレイの少し開けた口唇にそっと重ね、深く絡み合わせた。




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