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Brilliant Crown 8

挿絵(By みてみん)


8、

 想いとは複雑で、

 打ち明けたい相手に、

 素直にさらけ出したくでも思うようにはならず。

 さりとて、並べ立てた言葉の陳腐さよ。

 ああ、永遠に、

 私の心はあなたには

 伝えきれないのです。



 下僕となることがどうして罰になるんだろう…

 と、アーシュは不思議な気持ちで首を傾けた。

 天の皇尊が望めば、アーシュの意志など関係なく、好きに罰することができる。アーシュ如き、どうにでも好きにできる御方なのだ。

 その御方の下僕になるなど罰であるはずがない。

 (彼の御方はなにか別のものを求めている。それは何なのだろう…)


 イールはアーシュよりも早くに天の皇尊の企みに勘付いていた。

(新しいおもちゃを目にした子供の目の輝きで、御方はアーシュを楽しまれている。彼はこの脚本のない三文劇を大いに楽しむつもりだ。アーシュを脅したり、苛めたりすることで新しいアーシュで遊んでいるのだ。だがこの劇の結末次第で、御方の私たちに対する態度は変わってしまうかもしれない。出来るだけ穏便に、それでいて、御方を喜ばせ満足させる道筋を作らねばならないだろう)


「どうした?人間のアスタロトよ。私の下僕は嫌か?」

 天の皇尊ハーラルは、黙り込んだアーシュを見下ろしたまま、薄笑いを浮かべている。足を組んだ衣擦れの音と、ミグリの持つ杖の鈴が微かに震えた。

 アーシュは少し俯き加減で、独り言を吐くように言った。

「嫌ではないから困る。天の御方さまってすごくステキなんだもん。だけど、俺にはイールがいるから、甘い誘惑に乗るわけにはいかないよね」

「私の下僕になるのは甘いのか?」と、ハーラルは少しだけ目を細めた。

「はい、きっと御方さまは俺をめちゃくちゃ可愛がるだろうから、俺はあなたから離れがたくなる。そうしたらイールが悲しむでしょう?俺、イールを二度と悲しませないって誓ったもの」

「なるほど、ひとつの惑星ほしに愛し合う二神を産まれさせたのは私であったな。だが、私はおまえを可愛がるとは一言も言ってはおらんぞ」

「親が子供をかわいがるのは当然だと思うから、出来た御方さまなら情を持て余しても俺に辛くは当たったりしないでしょう。それに御方さまが与えてくれたこの命を、創り手が粗末になされるはずがないもの」

「おまえにとって私は親だと言うが、世の中には良い親も悪い親もいると聞くぞ」

「そっか~…悪に染まった天の皇尊…って言うのも…なんかかっこ良いし、確かに有りかも…」

((ねえよ))

 ミグリとイールは同時に心の中で呟いた。


「差し出がましく存じますが…」

 高御座の傍に跪いたまま仕えるミグリは、天の皇尊へ顔を向けた。

「アスタロトへの罰は人間の寿命しか生きられないことで十分かと思います。ならば致し方なきにしても、彼をクナーアンの神とお認めになられませんか?イールの為にもそのようになさった方がよろしいかと…」

 天の皇尊ハーラルは肘掛にゆったりと肘を乗せたまま、是とも否とも言わない。

 仕方なくミグリは立ち上がり、アーシュに念を押した。


「アスタロト。これからおまえは人間の身体を為したまま、短い歳月をクナーアンの神として、務めを全うすると約束するのだな」

「はい、この命が尽きる時まで精一杯果たすつもりです。けれど、クナーアンにずっと留まっていようとは思っていません。俺の生まれた星はこの次元とは別な世界にあります。その世界の人間のひとりとして今まで育ってきました。俺を育て愛してくれた人も俺の帰りを待っている。それにあちら側はクナーアンよりも複雑でやばくなりそうな気がするから、俺の魔力でなんとかできるなら、頑張ってみたいんです。だから、神さまの仕事が暇な時は、向こうに帰ります」

「ちょ…アーシュ…」

 イールは焦った。

 確かにアーシュが元の世界とクナーアンとを行き来することをイールは承諾しているが、それがこの天上の場で、よりにもよってこの状況で許されるとは思えない話だ。だから、イールはこの話をいずれ時間をおいて、奏上するつもりであったのだ。

「…」

 アーシュの思いがけない言葉にハーラルの表情は変わらなかったが、隣りのミグリの白い顔が一気に青ざめたのだ。

「は?今、何を言った?」

 どうにか天の皇尊との取り成しで事を治めようと言うのに、次に出たアーシュの言葉にさすがのミグリも黙ってはいられなくなった。

「え?だから暇な時は、サマシティに戻るって…」

「馬鹿ものっ!神の務めに暇などあろうか。神は司る惑星を常に見守り、大地と人間を良き未来へ導く為、日々精進していくものぞっ!」

 あまりのミグリの激憤に、過去何度もミグリに会い、穏やかなミグリを見てきたイールは頭を抱えた。


「だから、種を蒔く春と、収穫の秋にはちゃんと戻って、精一杯クナーアンの為に働きます。イールにも承諾を得ているから、大丈夫だと思ったんだけど…」

「アスタロト、おまえは生まれ変わった人間で色々と欠陥があるのは仕方がないことだが…ハーラル系の移動は住民である人間は許されても、神はこの惑星間移動すら許しが無ければ罪なのだぞ。それを異次元の星間移動を好き勝手に行う?しかも年に二回だけクナーアンに戻るとは…一体どういう意向なのだ?」

「でも、何か急用があればすぐにクナーアンに戻るようにするけどね」

「そういう問題ではない…二神が揃わない惑星などあってはならぬものだし、根本的な神としての資質を疑う。絶対に許されるわけもない」

「でもさ、アスタロトは繁盛に異次元を行き来していたし、他の星々を渡り歩き色々な文化や知識を得て、それを選別しながら活かし、より良い施政に導いたのでしょう?色々な問題もあるけれど、悪い事ばっかりでもない。それにクナーアンを俺の星のようにしたいと思っているわけじゃない。クナーアンはひとつの理想の国だ。長閑で平和に満ちた郷。ゆっくりとは変化するだろうが、急激な文明の発展は望まない。クナーアンの神としての俺と、サマシティに住む俺は生き方を区別するつもりだよ」

 アーシュは必死で弁解する。必死ではあるが、アーシュに後ろ暗さはないから、どうも楽観的な態度が傲慢にさえ見えなくはない。

 イールは隣で跪きながら、天の皇尊とミグリの機嫌を損なわぬかと心配しないわけにはいかない。


「…できるものか。アスタロト、おまえは永遠に変わらない」

 イールの予想通り、それまで黙って目を伏せていた天の皇尊ハーラルがそれまでとは違う冷たい火のような眼差しでアーシュを見下ろしたのだ。

「御方さま…」

「いつの時も勝手気ままに自分の思い通りにしか生きられない者なのだ。…私がそのように創り、産んだのだから仕方がないと言えばそうだが…人間になってもその遺伝子は受け継がれたままなのだな」

「…」

 居直りともとれる言葉だったが、道理でもある。天の皇尊の言葉にアーシュはうなだれた。


「他の悲しみなどなにひとつ汲み取る意思も持たない。持っても自分の進む道を引き返そうとしない。そんなおまえを産んだ私は、己を責めるべきなのだろう…アスタロト、私はこのハーラル系最後の惑星であるクナーアンに最大の祝福をと、私の描く大切な想いと願い込め、おまえとイールを創った。いわばおまえは私の夢を創りあげる担い手でもあるのだ。親の想いどおりに生きる子を期待しているわけではない。だが、おまえを見ていると、大切な宝が粉々になっていくような気がするのだ。不変に輝く宝石が目の前で壊れていく様を私は見たくない。…なあ、おまえを創った私は間違っていたのだろうか?」

「…」

 もはやアーシュには天の皇尊への言葉はなかった。

 自分を産んだことを責める親へ、子が慰める言葉などあろうものか…


 ハーラルの言葉に傷ついたアーシュに気づいたイールは立ち上がり、アーシュに寄り添い、赤く腫れる頬を撫でた。

 イールはアーシュに大丈夫だと、微笑んだ。そして、天の皇尊の正面へ進み出て、真の心中をさらけ出した。

「御方さま、天の皇尊、どうか先程の言葉を取り消して頂きとうございます。アスタロトは…アーシュは他の者への悲しみをよく理解しています。そしてそれが誰の所為でもなく、己との戦いであることも承知しているのです。…アーシュへの想いの為に、私が抱いた悲しみは…確かに死を望むほどでした。ですがその悲しみは希望に変えられたのです。アーシュは私の元へ還ってくれた。苦しんだ日々さえ懐かしむほどに、アーシュは私に喜びと希望を与えてくれた。私はアーシュが望むままに生きることを願う。それは愛されたいからではなく、私がアーシュを愛しているからです。彼の思うままに生きる姿を、私は愛し、そして心から望んでいるのです。…どうか、アーシュが自由に生きることを御赦しくださいませ」

「イール…」


 一旦は頭を下げたイールは、すぐに面を上げ、一度も表にしたこともない勇ましさのままに、言葉を続けた。

「付け加えますなら、アーシュの育った星の友人もクナーアンの客人として、神殿にてもてなしておりますが、彼らも私と同じくアーシュを慕い、愛し、そして見守る者たちです。…神のおきてとしてたったひとりの対と交わることしかできない者が、人間に生まれ変わり、半身である私以外の人間と交わっています。私は…それも許します。愛はたったひとつではなく、いくつも生まれるものなら、それを理屈でどうこうできるものはないからです。勿論、法により、多情な性愛は抑制されるべきものでしょうが、アーシュはクナーアンの人間でも、また彼の地の神でもない。縛られない愛のおきても、人として生まれ育ったアーシュを形作るものなのでしょう…」

「そなたは…それで良いのか?」

 ミグリの声は幾分憐みを帯びていて、イールは少し可笑しくなった。

 憐れむことなど一縷もあろうものか。


「私と以前のアスタロトの愛は不変…永遠に変わらぬものでありました。同じ重みでお互いを愛し、束縛し、疑念すらほど遠いものでした。だが、今のアーシュと私の関係は違う。限られた時間を愛おしみ、その時の感情のままにお互いを、別々の愛の形で愛し合うことができるのです。人間と同じように嫉妬し、心離れを怖れ、寂しい気持ちにもなるでしょう。だがそれは悲しみではない。私は不変ではなく、成長できるのですから。どうか、私たちを信じてお見守りください。私は…新たなる愛をアーシュと共にあたためていきます。そして、ふたりが同時に死を与えられ、この身体が金の砂として崩れ落ち、ふたりの魂が、御方さまの御胸に抱かれるその時、私とアーシュの愛は見事成就いたしましょう…」


 イールの言葉は、神でも人間でもなく、信じる唯一の愛故の叫びだった。




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