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Private Kingdom 1

挿絵(By みてみん)


Private Kingdom

その一


「本格的な冬の始まりを告げる雪が深夜には吹雪になるだろうと、天気予報をラジオで聞いていた。だから私は慌てて終わらない仕事を切り上げて、学校を出ようと校門へ向かった。

夜の校門の二重扉の間に、生まれたばかりの赤子を見つけたのは偶然だったのか…いや、必然だった。

粗末な朝の包みに包まれた赤子は雪の冷たさも微塵も感じないかのように、泣き声ひとつ上げなかった。

ただ静かに、私が見つけるのを待っていたかのようにさえ思えた。

赤子を見つけた私が驚いてその包みを抱くと、その赤子は私をじっと見つめた。

プルシアンブルーに映る那由多の星々がその瞳の中に見えた。

類稀たぐいまれなる美貌、目もくらむ存在、光輝く御子。どう呼んでいいのかわからない。

あまりの美しさに、誰もがこの子を妬んで、ともすれば害を与えるかもしれない…と、思った私は、金の粉を振りまいたようなプラチナの髪を褐色の猫毛に、類稀なる美貌をはぐらかす為に私の眼鏡をその赤子にかけさせてやった。

そしてこの類稀なる赤子に真なる名前を…与えた。即ち『アスタロト・レヴィ・クレセント』と…」

「…」

 いい怪訝適当な法螺を何度も繰り返し語ってんじゃねえっ!クソ爺っ!


 学長であり、俺を拾ったトゥエ・イェタルは説教の度に俺に昔話を聞かせる。それも大方作り話だ。毎回微妙に表現が違っているのを本人は気づいているんだろうか。

「親父さん。それもう百回も聞いてますっ!」

「親父さんじゃなくて学長です」

「はい、学長。拾ってくれたのはありがたいと思っています、学長が見つけてくれなかったら、赤子の俺はきっと凍え死んでいるでしょうから。でもですよ、いくら『類稀』でもわざわざ髪の色を変えたり、目も悪くないのに眼鏡かけさせたりするのって…ちょっとおかしくないんでしょうかねえ~」

 ぜってー法螺話だ。

「いや、君を適当に見せるためにはそれくらいの誤魔化しは必要だった。あのままで居て御覧なさい。君はそんなに自由にしてはいられまい。類稀な美しさが君を見るすべての者たちを狂わしてしまう。神話の中の傾国の美女の如くに…ふう…」

 舌先も乾かぬうちに本人の目の前で溜息付くなよ…

 

「もう説教はいいです。ゴーラス講師を殴ったのはこちらにも非があると認めます」

 物理の追試の個人テストで、俺にセクハラをした講師の顔を殴り倒した。もちろん力は使わずに。

「セックスを強要することは如何せん新任の先生にしても許しがたい失態です。彼は即刻解雇です。しかし嘆かわしい限りだ。聖職につく者でありながら…やはり講師はこの街の出身者を選ぶべきでした。アーシュ、君には嫌な思いをさせて本当に悪かった…」

「学長が頭を下げる必要はありませんって。強要するやり方を間違う愚者には身を持って知ることも必要でしょう。こちらも貞節を気取る気はないけれどね。段取りは大事でしょう。ただ欲望を満たせばいいというものでもない。それに俺はセックスは好きな奴とやりたい性格たちなもので」

「アーシュ。まるでこの学校がセックスを奨励しているように言うんじゃありません」

 性欲剥き出しの年頃の集まるこの場所で、抑制など無理な話。規制は必要だが厳しすぎるのは反乱の元。ある程度の規律を守れば、自由恋愛は至極当たり前。

 強姦、暴力は許しがたいものだが、同時に消せぬ事態も多い。

 しかし、差し出がましく取り締まる気もこちらには毛頭ない。降りかかる火の粉は勿論掃うが、他人の世話まで見る主義ではない。


「性の自由度は個人の理性による。その理性を学んでこそ、この『天の王』の生徒であるという証でしょう。勿論それなりの秩序は持ってしかるべき話です。この学校の自由さは維持されるべきだ」

「限度にもよるがね。ここは私立学校でもある。評判を落して、住民から敬遠されても困ります」

「粗暴な街と比べたら、ここはエデンの園ですよ。まあ、僕はここの居候の身だし、卒業までは模範生でいますからご心配なく」

「君を居候だと思ったことはないよ、アーシュ」

「…わかっています」

「君は随分と耐えてきた。私にはわかっているよ、アーシュ。ここを卒業したら、君はこの地から旅立つことになるだろう。自由の未来を君自身が選んで歩けることは喜ばしいことだ。だがね…どうやら私にはそれが…とても寂しく思えてしまうんだよ。子供達を送り出すことが我が身の幸福と信じてきたんだがね…歳かな。近頃は感傷的になってしまう。教育者としては失格だね」

「学長…トゥエ…親父どの、あなたはこれ以上ない程の最高の親ですよ。おかげさまで俺はひねくれ具合もサマになっている。」

「君は充分いい子だよ、アーシュ」

 トゥエは学長としては厳しくも秩序を守る番人として相応しいが、何故か俺には甘い。自らの手で拾った所為であると言うんだが、親という者はこういうものかと、思い知らされることも多い。

 

「明日は君と…ルゥの誕生日だね。うちでささやかな晩餐を開こうと思うが、どうかね?」

「勿論、喜んで伺います」

「ベル達も一緒に招待しよう」

「『ホーリー』の集いですね」

「そうだよ」

 トゥエは「他の生徒には秘密だよ」と口唇に人差し指を置いた。

 勿論俺もそのつもりである。



 サマシティに唯一存在する私学の寄宿学校「天の王」は、六歳から入学し初等科、中等科、高等科の十二学年を経て卒業となる。

 俺は高等科二年の十一年生。

 卒業証書をもらえればこの街から出ることは自由。どこの街へ行こうが足枷は無い。

 ただ俺みたいな身寄りもない奴はお金がないから、進学なんぞは望んでいない。援助金を貰ってまで大学に行きたいかというと…そうでもないしな。

 卒業までに一年と半年はあるけれど具体的な先行きは見えていない。


「進学しろよ、アーシュ。おまえの大学費用ぐらい俺が出すから。なんならルゥも一緒にでもかまわんよ。払いは出世払いでいい」

 この貿易街一番の商社の跡継ぎであるベルは気前良く言ってくれるけれど、簡単に甘える気分ではない。それでなくても俺もセキレイもベルにはいつだって全面的に頼りきってしまうんだから。


「しかし…セキレイが卒業までに帰ってくるかどうか、危うくなってきたなあ~。第一セキレイが帰ってこなかったら、俺はここで待つしかない。あいつの帰る場所はここしかないんだし…」

「アーシュ。俺が言うのもなんだが…卒業までにルゥが戻らなかったら、待つだけじゃなく、こちらから探しに行くって手もないこともない…と、思うんだ」

「ええっ!」

 ベルの言葉に俺は驚愕した。だってセキレイを探しにこの街を出るなんて…夢にも思いつかない話だった。

「ベルっ!おまえ、すげえ~。そうだよな、そういう手もあるよなっ!」

「…やっぱりな。おまえさ、ルゥと再会するには、ここで待つしかないって決めつけてるだろう。普通、色々思いつくはずだがね」

 ベルは心から呆れた様子で肩を落して見せた。

「だって…ここで待つって、セキレイと約束したんだもの」

「そして歳を取り、想う奴とセックスもできないまま、欲望だけが積もりに積もってひとり寂しく死んでいくんだな」

「ぜってーヤダ!」

「じゃあ、具体的なルゥ探しでも考えろ」

「…わかった、そうする」

「で」

「なに?」

「誕生日のプレセント、何がいいんだ?」

「へ?…考えてない」

「全くね、いつだっておまえは自分のことなんぞ、これっぽっちも考えてないんだからな。大体今回の事件だって、免職ぐらいで済ませるはずもない。ああいう連中は他に行っても同じ事をやる。死を与えて地獄行きにした方が身のためだった」

「ベル。おまえが裁く者だとしても、おまえが手を下す相手じゃない。最もベルを怒らせたのは俺も謝る。心配させて悪かった」

「…嫌に、素直だね、アーシュ」

「こちらに隙があったのは認める。あの講師はセキレイの目の色に似てたんで、じっと覗き込んでいたんだ。まさかその気になるとは思わなかったけどな」

「哀れ…我を信じる者、いと愛せり…気持ち悪…」

 忌々しそうに吐く真似をするベルに同情する。

 本気で心配させたのは本意じゃなかったからな。

「ベル、誕生日のプレゼントは貞操帯で結構。君が鍵を持っててくれ」

「…嘘だろ…」

 下らないジョークに二人とも笑い転げた。



 俺とセキレイの誕生日、十二月四日の夜、俺達『ホーリー』は学長トゥエの自宅へ集まることになった。

 『ホーリー』とは、『真の名』を持つ者の呼び名であり、同じ学年はセキレイを入れて五人だ。

 後にも先にも同学年に五人もの『ホーリー』が居た例はこの学校が始まって以来一度も無い。



 街の中心を流れる河川の土手をベルと歩く。

 辺りは黄昏。この付近には電灯が無い。

 トゥエの自宅に着く頃には真っ暗闇になると思い、それぞれに手灯持参だ。

 空気が冷たくなり吐く息が白くなったと思ったら、今年初めての雪がふわりと舞い落ちてくる。

 ふと誰も居ない川原に目をやる。


 あの日、あの川原で、俺はセキレイを見つけたんだ。

 トゥエが言う、俺を拾った時に感じた運命が必然なら、セキレイを見つけた俺もまた、逃れられない運命だったのだろうか…

 



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