わたくしは『王太子殿下の婚約者となるべく王太子妃教育をされている者』であって、第一王子殿下の婚約者ではありません
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学年末試験を三日前に終え、そして、今日は終業式。
校舎の玄関ホールの壁には、学年末試験の成績が張り出されていた。
大勢の生徒が、その成績表を眺めている。眺め終われば、終業式が行われる講堂へと向かう。
ガブリエル・ル・ラースロー侯爵令嬢も、その成績表で自分の成績順位を確認していた。
結果は、総合成績で五位。
次にフランク・アンドレ・ラヴァンディエ第一王子とロナウド・クロード・ラヴァンディエ第二王子の名を、更には友人、知人の名前を探す。
目を細めて、数度、最上位から最下位までの順位を見る。
が、何度見ても順位は変わらない。
試験の結果は事前に口頭では聞いてはいたのだが、改めて順位表という形で目視する。
成績下位の者の名前が赤い色で書かれているのを見て眉根を寄せた。
わかっていても、情けない。
「だから、学業に勤しんでくださいと、忠告申し上げましたものを……」
ついうっかり漏らした言葉は、どうやら誰にも聞かれなかったようで、ガブリエルはほっとした。
言っても仕方がない。もう、決まったことだ。
成績表に背を向けて、講堂へと向かおうとしたところで、背後から声をかけられた。
「やあ、ガブリエル嬢。君の順位は何位だった?」
第二王子であるロナウド・クロード・ラヴァンディエだった。
エメラルドのような緑の瞳が、親しげにガブリエルに向けられる。
ガブリエルはあわてずに、ゆったりと挨拶をする。
「ごきげんようロナウド様。総合成績は五位でしたわ。もう少し成績を落とさねば、皆様に申し訳なかったかしら……」
手を頬に当て、溜息を吐けば、ガブリエルの緋色の長い髪がさらりと揺れた。
「狙いどころは十一位から二十位のあたりなのだけど、調整が難しいな……」
「ええ……」
この学園は成績によって免除項目がある。
学園トップから三位までの成績優秀者には、学園にかかるすべての費用が免除。四位から十位までは学費半額や教材費免除など、順位による優遇措置。
侯爵令嬢であるガブリエルも第二王子であるロナルドも、学費の免除など受ける必要もない。
だから、あえて、成績優秀なれど経済力に乏しい下級貴族や平民の学生のために、上位十位は空けるようにしているのだ。
ちなみにロナルドの成績は七位だった。
「あと二問か三問か……わざと解答欄を空欄にしておくべきだったか」
「そうですわね。反省いたしますわ」
ガブリエルやロナルドにとっては、試験などは全問正解をするほうが簡単なのだ。
成績を狙った位置にするために、どの問題の解答を空欄にして提出するか……のほうにはいつも頭を悩ませてしまう。
上位十位内に入らないようにはしたいのだが、かといってあまりにもひどい成績をとるわけにもいかない。
ふたりして薄い笑いをこぼしたのと同時に、玄関ホールに怒鳴り声が響き渡った。
「ガブリエル・ル・ラースローっ! 俺様はこれ以上おまえの傲慢を容認できないっ! おまえとの婚約は破棄だっ!」
前置きも何もない、いきなりの婚約破棄宣言に、ガブリエルもロナウドも、そしてホールにいた多数の生徒も目を丸くした。
「この場にいる皆も聞くがいいっ! ラヴァンディエ王国の第一王子であるこの俺様、フランク・アンドレ・ラヴァンディエの婚約者は、父王の承認の元、このイリナになったっ!」
更に婚約の宣言。しかも国王の承認済みとあって、ホールの空気がざわりと揺れた。
大声を発したフランクは堂々と、いや、尊大とも言えるほどに胸を張っている。
「イリナ様との婚約はおめでとうございますと申し上げますが……突然なんですの? 傲慢? 成績のことですか?」
「フランク兄上。婚約破棄とはどういうことです? ガブリエル嬢は……」
ガブリエルとロナルドの声に、フランクは二人を睨んだ。
「うるさいっ!成績優秀なことを威張り散らし、この可憐なイリナを虐めてくるような女など、この俺様の婚約者にふさわしくはないのだっ!」
怒鳴り散らすフランクの右腕には、イリナと呼ばれた平民の女生徒がしがみついていた。
「平民だからって、成績が悪いからって、いつもガブリエル様はあたしのことを見下して……。もっと勉強しろなんて、言ってきて……」
「イリナ……」
「が、がんばっているのに、あたしだって。平民だから、学園の勉強についていけないのくらい、わかるじゃない。なのに、勉強が足りないだの、マナーを学べだの……」
「ガブリエルは自分がなんでもできるからと言って、できない者の気持ちがわからないんだ。ああ、可哀そうなイリナ……」
涙目になっているイリナを抱きしめ、フランクはガブリエルを睨む。
「がんばっている者に対して鞭打つとは……、貴様それでも人間か? 高位貴族としての慈愛の心はお前にはないのか⁉」
指まで突きつけられれば、しかたがない。ガブリエルは一歩前に出た。
「……慈愛の心があるからこそ、勉学に励めと忠告をしていたのですが……。まあ、それはともかく、フランク・アンドレ・ラヴァンディエ第一王子殿下の間違いを訂正させていただきます」
「はあ? 間違いだと⁉」
俺様に間違いなどないと怒鳴るフランクを半ば無視するような形で、ガブリエルは言った。
「わたくしは『王太子殿下の婚約者となるべく王太子妃教育をされている者』であって、第一王子殿下の婚約者ではありません」
「は? ガブリエル、お前はなにを言っている?」
フランクの返事に、ガブリエルとロナルドは顔を見合わせて、同時にため息を吐いた。
「父王はまだ正式に王太子を発表してはいないのですよ。第一王子であるフランク兄上、そして第二王子であるこの私。どちらを王太子とするのかを決めるのは、我々がこの学園を卒業した後です。ですからガブリエル嬢はのちの王太子妃になることは決まっていても、その王太子自体はまだ未定です」
「馬鹿か、ロナルド。正妃の子であり第一王子のこの俺様が王太子となることに決まっているではないか」
「……馬鹿はどちらでしょうね」
思わず漏らしたガブリエルの言葉に、イリナがピクリと眉を挙げた。
「ガブリエル様ってば、ひっどーいっ! フランクのこと、馬鹿って言ったーっ!」
ぎゃいぎゃい言ってくるイリナを、ロナルドが睨む。
「そこの娘、うるさい。口を挟むな」
王族と、侯爵令嬢の会話に口を挟むとは不敬。
暗にそう告げれば。
「第二王子サマも、ひどーいっ! ここは学園ですよぉ。身分なんて関係なく、みーんな平等なのにぃ」
「そうだぞ、お前たち。ガブリエルもロナルドも傲慢が過ぎる。二人とものちの王妃と国王にふさわしくない」
国王になるのは自分だと、フランクが高笑いをした。
だが……。
「傲慢? それがどうしました? 王太子、そしてのちの国王たる資格を喪失した兄上に言われても、我々はなんとも思いませんよ」
ロナルドは、冷笑する。
「何を言う、本当にロナルドは馬鹿なのか? 資格を喪失? そんなことあるはずがないではないか」
「そんなことあるんですよ。きちんと国法に記載されています。王族および貴族の嫡男は、学園を卒業すること。退学となる場合は、家督を相続する能力がないものとする」
「は?」
「学園の学業程度がこなせない者が、家督を、そして国を背負うことなどできないでしょう。当然ですよね」
「は?」
ロナルドの言葉の意味が理解できないフランクに、ガブリエルが成績表を指し示す。
「フランク・アンドレ・ラヴァンディエ第一王子殿下。あちらに張り出されている成績表をご覧ください。イリナさんもです」
「成績表がどうしたっ!」
「成績下位者たちは赤い色で名前が書かれております」
フランクもイリナも、言われて自分の名前を確認した。
確かにガブリエルの言う通り、下から十名ほどの名が赤い字で書かれている。そのほかの名は黒い色だ。
「成績表に赤い色で名前を書かれたものは、退学となります」
「は?」
「退学です。フランク・アンドレ・ラヴァンディエ第一王子もイリナさんも、ほかの赤字の皆さまも、共に、今日限りで学園の生徒ではなくなります。ですからわたくしは、ずっともっときちんと勉強をしたほうが良いと忠告をさせていただいてきたのですよ……」
この学園は、成績優秀者を優遇する代わりに、成績下位の者に対しては厳しい措置をとる。
補習や追加の宿題などで、なんとか卒業できるだけの学力を身に付けさせる……のではなく、切り捨てる。
それがわかっているから、成績下位の生徒は必死に学業にまい進する。
だからこそ、退学となる生徒は、これまでほとんどいなかった。
だが、今年は違う。
学業をおろそかにして遊びまわっていたフランク・アンドレ・ラヴァンディエ第一王子とイリナ、そして、彼らの取り巻きが、すっぱりと退学になったのだ。
もちろん退学の通達は、すでに彼らの親にはしてある。
フランクは第一王子であるので、当然国王にだ。
これまで一年間の成績表、実際に受けた試験の答案、学園内での素行調査。
すべてまとめた上で、退学との決定通知も渡している。
不服であれば、ご連絡を……と、親切に書いてはあるが。
イリナとの婚約を国王が認めたということは、つまりは国王はフランク・アンドレ・ラヴァンディエ第一王子を王太子の候補から外したということだ。
平民は、王太子妃、のちの王妃にはなれない。
学園を卒業できない者に家督は継がせられない。
当然の、決まり。
その決まりを、ガブリエルの言葉を、フランクは理解できないようだった。
ロナルドがやれやれと肩をすくめる。
「父王もね、決めかねていたところはあったかと思いますよ。フランク兄上の頭が悪かろうと、成績優秀なガブリエル嬢が王妃となるのなら、まあ、国政はなんとかなるだろうと。私も手助けはさせていただくつもりでいましたし」
「わたくしとロナルド様がフランク様の助けとなるよりも、フランク様を排除し、わたくしとロナルド様が直接国政を担ったほうがよいと、陛下はお考えになったのでしょうね」
「というか、そのほうが面倒がなくていいでしょう。国の冠に、兄上を据える意味なんて、血筋の正当性以外に全くないし」
「ロナルド第二王子殿下は国王陛下の子ですわ。正当性は当然ございます」
「んー、私は正妃の子ではなく、側妃の子であるからねえ。父王は今までそこが気になっていたらしいよ。まあ、マイナス要素ではあるからねえ……」
「わたくしはマイナスなどとは思いません。それに、学園すら退学になるような無能と共に国を担うよりは、優秀なロナルド様を夫とさせていただいたほうが嬉しく思います」
ガブリエルとロナルドは、顔を合わせてにっこりと笑いあった。
「と、言うわけで、フランク兄上。今日の終業式後はもう顔を合わせることはないかもしれませんので、最後のご挨拶を。さようなら。ご健勝を祈ります」
「今後は遊び惚けず、勤勉さを身に付けるとよろしいと、最後の御忠告を差し上げます」
後日正式に、フランク・アンドレ・ラヴァンディエ第一王子と平民の娘であるイリナの婚約を国王が発表した。
だが、婚姻ではなく婚約だ。だから、フランクとイリナが共に暮らすことはできない。
しかも、イリナは平民であるので、王城には入れない。
親元で暮らせと、イリナは早々に平民街へと送られた。
フランクはそれまで暮らしていた王城の一室から貴族用の離宮へとその身を移された。
もちろんその離宮にイリナがやって来ることはできない。
イリナが、というよりも平民が立ち入ることはできない一角にその離宮があるからだ。
どうしても……という場合には、王城に申請をして、その申請が許可されれば可能ではあるが、王自らの通達によって、イリナは申請をしても許可は下りないことになっている。
つまり、婚約は結んだだけで、破棄もできず、会うこともできないという状態だ。
ちなみにイリナはフランクと婚約を結んでいるので、ほかの男と婚姻を結ぶこともできない。
イリナとフランクの婚約は、国王が認めた正式なものだからだ。
書類上の婚姻が結べないのならと、事実上の婚姻をフランク以外の男と結んでしまえば、不貞となり、慰謝料の支払いが発生する。
その額は、とてもではないが、平民が支払えるものではない。
フランクも同様だ。
婚約は、破棄できない。解消もできない。ただ一生、離宮で飼い殺しのようなものだ。
朝、朝食が届けられると共に、一枚の紙が渡される。
学園で習うべき内容の課題。しかも紙一枚分の少ない分量。
そこに書かれている内容を暗記し、試験を受け、合格できれば、夕刻に夕食がもらえる。合格できなければ夕食はない。
勉強ができずに、退学になった。
ならば、その勉強を無理やりにでもさせようというのが国王の考えだった。
ただ、いきなり大量に学ばせれば潰れるかもしれない。だから、一日に、紙一枚分ずつ覚えさせる。
平民のイリナはともかく、フランクは、まともに教育をすれば、なんとかなるのではないか……、そんな期待が王妃と国王にはあったのだが。
ずいぶんと甘い措置ではある。
だが、フランクは「甘い」とは思わなかったようだ。
フランクは朝食をむさぼった後、課題など見向きもせずに暴れるのだ。
仕方がなく、離宮から貴族用の牢へとフランクの身を移した。
そのまま一生を牢で暮らすことになりそうだと、国王は溜息を吐いた。
馬鹿でも、子はかわいいのだ。
まっとうに学んでくれたらと思い、願うが、これではどうしようもない。
王国の規範通りにロナルドが学園を卒業した後、王太子に任命し、ガブリエルとの婚約を結ばせた。
ロナルドの王太子としての評判も上々。
安泰である。




