第7話 蟲
「ギャ……キキ……!!」
きわめて近距離を、まるで大型トラックが何台も何台も、高速で通りすぎたときのよう。その一陣の風は砂埃と狂気を孕んで。
不快な口吻部の異音をともない多数の蟲が出現した。
羽音はヒトの聴覚には届かず、しかし電脳のセンサーには感知する高音。
未明の勢いをいまだ保つ炎を目指して、飛んで向かうのは巨大な昆蟲の大群。
「デケェ! それになんなんだあの数……!」
「なぁに!?!?」
「蟲だよ、アタシらの敵さ。しっかし、あんなデケエやつどっから湧きやがった!?」
詩音が驚くのは無理ない。日本に虫は数多あれど、危機的生物;蟲は遠い過去に国内から駆逐され、最後の個体が撃破されてずいぶん経つ。実に32年ぶりの蟲の本土上陸。
迎え撃つのは先ほどの精鋭部隊。
工場跡から少ない数ながらロボトイの流入があった。空を飛び、なんと蟲の大群を押しもどし、工場には向かわせまいと巧みに誘導する。マイたちがいる路地を目指して。
よって路地の状況は一変する。ヒト目につかないこの場所があやまたず戦場に。敵味方が入り乱れ、そこかしこで戦端がひらかれる。
「工場の上だと目立つ時間になったかんな、ここを戦場にするらしい。参加してえが関節ガッタガタなんだよなぁ。まあ、アタシはさっき博多が送ってくれたオプションを受けとったからどうにかなるが。アンタはどうする?」
「どうするもなにも、戦えるわけない。だってわたしは」
「そりゃそっか、フィギュアの内蔵兵器は稀有。じゃあアンタはどこかに隠れてな、行ってチャチャっと片づけてくる!」
そう言い残し、背を向けた。
詩音がそばに置いてあった立方体の装置に向け電脳で指示を送ると、自動で展開、先端が槍となった多節棍の形態となる。
原作でみせた最終奥義の、玩具再現である。無論、一般販売されたものは自律稼働はしない。
これが生きたヘビのように鎌首をもたげ彼女を背に載せるや、機械の挙動で螺旋を描いて高速移動を開始。
とうぜん飛翔は不可能ながら、とぐろ形態をバネに見立てた並外れた跳躍はできる。ゆえにたとえ空戦であっても下方からの支援なら可能。
『ほいよ、応援にきたぜ!』
ロボトイたちは詩音に視線を向けない。邪険にしてではなく、応える余裕がないのだ。
『気をつけろ、数もそうだが』
『すさまじいほどの堅牢さがある、武器弾薬をものともせん。この装備では!』
ロボトイは対ロボトイ戦に最適な装備で出撃していた。通常の蟲ならそれで事足りるところ、もっとも頑強な甲蟲とあっては威力が足りない。本社工場の被害を抑えるための制限が裏目にでたかたちである。
やがて武装の変更も、給弾すらも不可能となる戦場がすぐそこに。前線はすでに混迷の端緒についているのだが、それを正確に把握できている者はまだいない。
静岡工場最終決戦のおよそ半日遅れの到達となった兵隊蟲の群れは、次代女王卵のフェロモンを追い続けてアフリカからはるばる飛んできた。あらゆるものが燃えた異臭が強く残るなか、蟲たちにとってえも言われぬ香りもまた、ヒト知れず辺りに残留している。
この蟲の群れはアフリカの巣を破壊した際にあふれた大量の敗残兵である。
営巣地を粉微塵に吹き飛ばした後は丹念に根切りにするのが通例だが、クレアマリスらは故意にそうしなかった。一点突破、ほぼ女王のみを急襲し撃破、残存兵力のすべてを自らのくわだてに利用したのだ。
クレアマリスら一派は、自分たちの本社工場襲撃が未達に終わるのを危惧し、次代女王卵を輸送機に搭載して兵隊蟲の群れを誘引してきた。しかも地上最強クラスの群れを。
卵を割って中身を刃物で分断することでより強まった誘引物質は、蟲が正気を失うほどの引力を纏う。
自分たちの急襲でいくらか損害と混乱を生じさせた本社工場を、蟲に襲わせる二段構えの作戦。それが本社跡への蟲の追撃につながっている。
マイは立ち上がり、ティッシュを胴へぐるぐると巻きつけると端部を胸へと差し入れた。さながら風呂上がりのバスタオル。
「みんながんばって……!」
空中戦である。
飛来したのは主に甲蟲型。自らの堅牢さを生かす体当たりを主とした戦法を用い、群れでの突撃は重合金ロボトイすら容易に粉砕せしめる。
『ぐわあ!』
『何ィ!?』
『ゴルドラックがやられた!』
口吻からの体液噴射は超強酸性を呈し、金属製のロボトイは浴びた部位が迅速な脱落をゆるす。
『腕が!』
『フィギャーども! 前に出ろ!』
『は、はいッ!』
フィギュアは耐酸性の高いポリ塩化ビニル、そのため矢面に立たされ、迅速に消費される。酸や打突には強くとも、噛み千切りや爪による切り裂きには弱い。
蟲とは異なり自動人形は宙で俊敏に動けず、苦手とする領域である。空戦を展開するには本来数が頼り、だが足りない。
『速い!』
『クゥッ! 羽根が弱点なのはわかっているのに! 追えない!』
『近衛兵クラスだと!? なぜいま日本にいる!?』
『女王がいるのだ、探せ!!』
『どこから湧いた!? どうしてここまで手ごわい?』
ロボトイは肌で感じていた。営巣地攻略戦の終盤で、ごく少数が時折みせる凶戦士のような振舞い。
その正体は狂気である。なんのためらいもなく襲いかかってくるのが元来の習性なのだとしても、輪をかけて異常。蟲は帰巣するつもりがないのだ。全身全霊を傾けて襲いかかってくる。それを守備隊は肌でさとった。
それと同質のものがこの場では群全体で発生。武装が合わないことも影響し、乱戦は混迷を極める。
女王はアフリカで撃破され、帰るべき巣も失われた。次代の女王卵は持ち去られ、ここ静岡にある。卵を取り戻すべく戦うのは必然。
ところが臭気だけを残して女王卵は墜落した輸送機とともに失われており。もはや燃えてなお匂う残り香という痕跡のみ。
存在しない女王卵を奪いかえすべく蟲の群れが工場を襲わんとし、ロボトイが工場跡地を背に防戦する。どちらが制しても勝者のない戦闘。
巣を持たない蟲はやがて寿命が尽き、修復する術を失った自動人形も傷つけばそれまで。クレアマリス一派が当初企図した思惑通りに事は進み、互いに兵力を削りあう。
その混乱のさなか、マイを標的と定めた蟲の一体が襲いかかる。硬いだけが取り柄の危険生物。甲蟲型テラフォーマーのなれ果てである。
だがこの個体は“途中でまぎれた“、同種なれど異質なほど巨大な個体。ただでさえ大きな通常の個体よりもさらに大きい、およそ40センチはある通称“ツノ無し“。
「これが敵!? なの!?」
マイは意を決し、数多ある残骸の中からひとつ、原形をとどめた太めの油性マーカー、ハイマッキーを拾いあげ。剣道の有段者の所作で竹刀のよう、正中に構えた。
「ちょっと太すぎるけど」
「ギギィッ!!」
「来るッ!」
今まさに襲いかからんと高速で飛来する蟲の、軌道を変えたのはあらぬ方角からの射撃。
『無事か! いま援護する!』
マイはその姿に見覚えがあった。遠い過去に、テレビ画面の向こうで。
「超? 雷神?」
そこへ詩音が戻ってきた。
「無事だったか。済まねえ、夢中になってた。にしてもなんつータイミング! 騎兵隊の登場か!」
「それに空飛ぶライオンロボも? もしかして勇者黒王ライオタイガー!? それにお助けツールのドライバーズたち! 超雷神! 子どものころにみた!」
実物でなく、アニメ作品で、である。その作品のロボットが実在し、動いている。
『合体するぞッ! ファイナル、フォーメーショーーーーンッ!!』
「すごいッ! ライオタイガーっておもちゃ出てたんだ!」
「そりゃ出てるに決まってんだろ、あれだけ人気があったんだ。重合金魂、当時の定価で税抜き30000円」
「高ッ!」
「2014年の発売だ。もちろん一般販売の話だけどな」
「そんなに前? ぜんぜん知らなかった」
詩音は物申したい。
『あのさぁライオタイガー、ありがたいはありがたいんだけどさあ、なんで最初っから合体した状態で駆けつけてくんねんだ?』
『すまない、分離状態のほうが速度が出るのでね。さ、今のうちに識別信号のないフィギュアのかたの避難を』
「…………」
マイは応えない。なぜなら自分が話しかけられたと気づいていないから。
超雷神は多数引き連れてきたドライバーズに援護を命じ、他の戦闘にも派遣した。それでも数の上では相当に有利である。
『おい、アンタからも応えてやんなよ。礼でもなんでも』
「?」
『おま? もしかして? 聞こえてねえのか? まさかお肌のふれあい回線も?』
「ん? なに? どうかした?」
触れて流しこんだ情報にもマイは応答しない。
「ふつうに不通だわな。通信部分も壊れてんのか。オッケーオッケー、アンタとは音声共有しかできねえってことか」
「自分で言って自分で納得してる。変なの」
合体を終えたライオタイガーが問う。
『では星ノ宮さん、あなたに。敵の規模を、知り得た範囲で』
『ここは見えてるぶんで全部だ。総数74。味方は減り続けてる。なんとかこの場に引き留めることができたが、とにかく数が多くて困ってる。なあ、アンタにこの戦場を任せてもいいか? アタシはこいつをどこかに避難させっから』
『任せろ! そのために来た!』
『ありがてえ。アタシの直感が確かなら、たぶん必殺技以外は通用しない。さっきから戦ってる連中も苦戦してる、撃破に至ったのはまだ少数なんだ』
『なるほど、そうと決まれば。最初っから出し惜しみは無しだ! 超雷神サポートを!』
『了解です隊長!』
回避に徹し、機会をうかがう黒衣の最強勇者軍団。甲蟲は口吻からの体液を噴射から噴霧に切り替え、面での制圧を試みる。
「これは……!」
辺りの雰囲気がすべて酸で満たされる。回避不能、合金ボディの表面は溶解するが、腕や脚が即座にもげるほどではない。硬質のプラスチック部分の方が先に悲鳴をあげるが。
『避けきれん……だが!』
『こんなもので、オレたちは止められないッ!』
『ほああ! 隊長、今です!』
『雄おおおおッ! ヘル・オア・ヘヴン!』
ライオタイガーが今、必殺技のためのプロセスに入る。
「すご! アニメのまま!? おもちゃなのに!?」
「だいたい再現してあんだ、この星を揺るがすとか無茶な機能じゃなければ。と言ってもウルトラエンジンが実在するんじゃないから、ありゃあ電気を貯めてんだ」
甲高いチャージ音を発するライオタイガー。その正体はコイル鳴き。コンデンサの電圧を極限にまで高めてゆく。
「そんで相手の中枢に拳をブッ刺して電気を流す。雷くらいの出力があって、生物は電流の通った部分に大穴があいて死ぬ」
「雷! それでじゅうぶんヘルオアヘヴンっぽいよ、かっこいい!」
ライオタイガーが両の拳をあわせ、固く結んで突進する。その間の被弾は覚悟のうえ。
『覇ァアアアアアアアアア!』
「ものすごい気魄!」
「両腕さえも超音波を発するくらいに振動してんだ。鬼気迫るぜ実際……!」
ツノ無しへ肉薄、目指した頭部に迫ると両腕を深々と突き立てる。直後に感電による硬直。
動きの止まった蟲を残してライオタイガーが退避後、同目標に対し。
『イレイザーカプセル、射出!』
「トドメだ。あれで決まったな」
超雷神の大型携行射出兵器がたたきこまれる。
「は!?!? めちゃくちゃ爆発したァ!?!?」
「ちなみにイレイザーカプセルは小型誘導飛翔体だ。えんぴつほどの大きさだが、銀行の金庫程度は穴を開けられるくらいの威力がある。なあに、どんなに進化していようとツノ無しにゃちょうどいいって」
「ぜんぜんイレイザーじゃない……」
「ちゃんと消し飛んだろ、何もかも」
「え。イレイザーってそっちの意味?」
煙が晴れると蟲は地面に落下、突っ伏していて。しかし依然うごめいている。それは絶命に際しもがいているのではなく、常態の自然な動き。
『なにィ!?』
「消し飛んでないよ! ぜんぜんイレイザーできてない!」
『ヘルオアヘヴンが!?』
『私のイレイザーカプセルが!? 効いていないですと!?』




