第29話 散開
マイ本体は射手座の黄金聖闘衣を装備。金色に輝くプレートアーマー、西洋の全身鎧である。
ソウル市は根こそぎ食されたが、完全にチリひとつ残さず地上から消え失せたのではない。大きな物品で残ったものは皆無も、雑誌一冊アクセサリーひとつがまったく残らないではなかった。
ゆえにソウル基地の上に建つダイバンソウル支社では、わずかに貪食を逃れた商品も存在した。この黄金聖闘衣もそのひとつ。マイと詩音がその上で戦っていたから、食べ残しが生じたのだ。
ただし地上階の、一般販売の商品である。自動人形用の交換パーツとは異なるため、特殊な機能などは持ち合わせていない。ただ単に擦過傷や衝撃から身を守る程度の性能しかない。
マイにはそれで十分だった。身体を覆い隠せればそれで。なんとも乙女な理由である。
先の戦いでVG-25用スーパーパーツはその機能のほとんどを失い、覆い隠すことさえできないほど損なわれていた。
漏電のように、かつては全身へと漏れていたエネルギーを上手に右腕だけに押し留められるよう熟れたが、それでも1戦を終えると弾性を失う程度にはプラスチックの劣化が生じた。だからマイにとって新しい服さえ手に入れば十分だった。
「マイは毎度衣服に悩まされてんだよな。戦いのたびに裸にひん剥かれるんだから大変だ」
「でしょう? どうして普通にしてくれなかったのとは思っちゃうよね。みんなと同じに肌なんか無くて、服をそのまま造形してくれてよかったのに」
「そうしなければならない理由があったのか? あるいは戦闘用の自動人形ではなかったか」
「? 戦闘用じゃない自動人形って、なに?」
「さあ? ニンゲンに遊んでもらうのを前提に、ってのも変だよなぁ。でもまあ、そんな構想があって、その試作なのかもしれん」
「失敗だよ、明らかな欠陥。わたしはもの申したいよ」
詩音はあのとき。
マイの輝く腕で胸を突いてもらっていた。より正確には、背中側から乳房に届くほど深く抉ってもらった。北斗の拳でいうところの秘孔;心霊台の位置である。
それで裏切り者であるマイを討たねばならない枷から逃れ、現在に至る。
それは詩音の願いのとおりに遂行され、彼女の願いのとおりに運よく枷は外れた。だが悪影響がなかったではない。
当初再起不能に陥り、慌てたマイが破壊した部分をその右腕でバイパスしどうにか再起動、必要な機能だけを残して再接続した。
そのため詩音の背中には大穴が空いている。外見からは分かりにくいようにマイの能力でポリ塩化ビニルを整形、元通りに塞いであるが成形色の違いが歴然。マイはそのことを大いに悔い、詩音は彼女を慰めた。
失われた機能のほとんどはマイの体組織、サイコフレームを流用してバイパスされ、むしろ向上した性能もある。しかし自動人形としての最重要遵守項目の枷を外すために記録域の大半を失っており、詩音は遠い昔のライブラリ記録以外の、あの日以降の記録を持ち合わせていない。
ふたたび覚醒した際にマイが献身的に構うことから、術後の電脳が不安定であるとの理由をつけてマイに懇切丁寧説明させて現況を把握した。
そのため現在の詩音は実はかつての詩音ではない。彼女は自身のほとんどを失ってもなお、彼女であり続けた。
「アタシからはアンタにもの申したいんだが?」
「え、なに怖。もちろんどうぞ」
「このチキュウ上で何が一番ジン類の生命を奪うことになるか、すべての蟲を倒せば順位が変わる。下位が繰り上がるんだ、アンタはそれをわかってるか?」
「それは……」
マイは言い淀んだだけ、だがそれは知らないから答えられないのではない。当然知っていて、その上で答えられない。
詩音もそれは重々承知している。マイは知っているはず、わかっていて聞いた。
「アタシは今でもジン類が救うに値する生き物だとは思っちゃいねえ。だけどアンタが信じるから。アタシが信じたアンタが信じるから、信じらんねえジン類を信じてみる。だけどさ、放っておいても滅ぶぜヒトは」
「そうはならないって思うんだよねぇ。そのためにこっちは戦い続けてるんだから」
「それだけの価値があるのかよヒトに。あんなやつらにさあ」
「わたしが、わたしたちが導こうよ。わたしたちはヒトの子なんだ。子どもはやがて老いた親の手をひくものだよ」
「じゃあこの戦いで死んでらんねえな」
「だね。生き残んなきゃ。だからこんなところで、たかが蟲なんかに頭を押さえられている場合じゃない! 行こう、これが最終決戦だ!」
アルタイルはマイを中心に据えて隊列を組んだ。直接拝んではいないが、マイの操る右腕が最有力兵器であるとして。何よりソウル市の戦場を戦いぬいた。
ただの2機とはいえ戦線を突破してみせたのは大きい。詩音の推挙もあり、主力に据えた。
『ここは任せてもらおう』
『ご一緒します。我が隷下も残れ』
『ハッ!』
走るのをやめ、その場で立ち止まり。
踵を返す。
一部のフィギュアが殿を買ってでた。
「なんで?! どうしてあの子たちは?!」
「このままチンタラ走ってたんじゃあいずれ追いつかれちまうからな。乱戦になっては全滅だってありうる」
「そんな……」
「アタシに気ィ遣いやがって。何も言い残さずに行きやがった」
博多といえば詩音の所属地である。
見知った者どころか直接の部下さえ。袂を分かったとはいえ、2日前までは同じ基地で同じ目標のために共に戦っていた仲間である。
それが多数、後ろ姿だけを晒して征く。
「じゃあな! 先に行って待ってろ! アタシもすぐ行く!」
もはや届きはしない声をその背中に投げて。
前を向いた。
「いい感じに盛り上がってきたじゃねえか。最終決戦に相応しいぜ」
「…………」
自らに当てはめてみるマイ。
本社工場を急襲した際に少なくとも部隊単位であったことは把握している。仲間がいたのだ。もう思い出すことのできない、散っていった仲間たち。
そしてまた、今ここで散るであろう仲間たち。
じっとしていてもいずれ蟲の脅威には晒される。ソウル市のように。だからこそ打って出た今作戦。進むも留まるも地獄なら、いっそヒトのために。未来を失った自分たちが遺せるただひとつの道標。
『誰でもいい、必ずたどり着いて女王を討ち取れ! これまでの犠牲が無駄にならないために、いいな!?』
『ハッ!!』
「おおさ!」
『散開ッ!』
『ご武運を!』
「あなたたちも!」
まだ完結まで書けていません!
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