第27話 古代甲蟲剿滅作戦発動
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なぜ討伐隊がソウルを狙って現れたのか。それはソウル基地から情報を流した者がいたからである。
その一報を受け、どれほどの難敵かを精確に予測し、個の強さの最低ラインを越える兵で必要な数の部隊を編成した。その部隊が北九州を飛び立ってソウルに着陸するまでに、甲蟲が半島を縦断した。
アルタイルは、ゆえに博多が無事で残っているとは考えていない。
本社襲撃戦からまだ2日、派兵した者たちは現地でそのまま“いざダイバン”の命に服している。その兵たちを欠いて、さらに精鋭を引きぬいて。
現在の博多はもぬけの殻も同然。スピード重視、通信を遮断されたことにより他の基地と連携を取れなかったことが響いた。
静岡はクレアマリス一派によりすでに壊滅。日本にある自動人形の基地で、残っているのは栄と梅田、それと博多。それらはソウルとさほど規模は変わらない。迎えた結果は予測できる。
ヒトは。韓国軍や在韓米軍で歯が立たなかった相手を、自衛隊と在日米軍で押し留められるとは考えられない。同じ結果になるだけ。
甲蟲はそれぞれが軽戦車1輌にも匹敵するほどの戦闘力を有する。それが間断なく恐怖せず貪欲に、自らを食しに迫る状況で勇敢に戦うことは難しい。
そのため自分たちの部隊が残ったのは極めて運がよかったと、偶然と捉えている。
『話はついたのか』
アルタイルは詩音とマイが揉めているのを察していた。そのふたりが何事もなかったように戻ってきたことから、解決したものと判断し、話しかけてきたのだ。この場での最高司令官がわざわざ、そのふたりを探してまで。
「ん? ああ。なんとかな」
『では相談に乗ってくれ、君たちの力がいる』
博多の司令官とエースがソウルの地でこれからを協議する。
『まったく、どうしてこんなことに。おまえを討ちにやってきたってぇのに、当事者に知恵を借りにゃあならんし、久しぶりの朝鮮は地肌が見えるばかり。いったい何の冗談だ。私は電脳の混乱が収まらんよ』
「奇遇だな、アタシもさ」
事前情報として、シベリアから朝鮮半島に至るまでがおそらく更地になっている。
推測として、甲蟲は営巣地から放射状に進出しており、西はモスクワまで、南アジアは北端まで、極東アジアは日本まで。
ソウルと同規模の基地であるシャンハイ、深センは、同程度の被害が出ていると考えて差し支えない。ホンコンとシンガポールもこれから失われる。それを押し留めることはできない。
目視観測では、朝鮮半島に残るものは何もない。ソウル基地は陥落。
事実として、自動人形の残存兵力は生き残りのふたりと、入れ違いで無事だった半個旅団のみ。
「んで? わたしはなんでここにいるのかな? さすがに場違いじゃない?」
司令は従者も率いていない。頂点のみが集まり方針を定める極秘会議に、なぜか少尉と偽っているマイの同席が許されている。
『姿かたちは変われどクレアマリスなのだろう? だったら一緒に考えてくれ。俺たちがこれからどうしたらいいのか。どこへ向かうのかを』
「わかった。久しぶり、でいいのかなアルタイル。でもそうか、この姿だと初顔合わせになるのかな」
『フフ……。まず、どうするか。これを決めたい。現状は孤立したただの半個旅団。クレアマリス残党の撃滅をめざした討伐隊。翻り、いまは迷子の軍隊だ。たかがこの程度の戦力で何ができるのか。我らの使命は変わらず蟲とヒトの根絶。これを如何にして為すか。必ずしも成せなくていい、為せたらいい』
「まあそう言うなよ。当たって砕けろってんならどこに突っこんでってもいいんだろうが、そうじゃねえだろ。どうせなら効率よく使いてえ。アンタだって意味のある死に方をしてえ、だろ?」
アルタイルは微笑して。
『そうだな。だからこそ知恵を練っているのであった。どうもいかんな、敗軍の将はどう負けるかにだけ気を配るようになる』
「ヒトはまあ、放っておいても自分で滅ぶかもしれんよなぁ。黙っていても自動人形と甲蟲が寄って集って滅ぼすだろ」
「一方で厄介なのは古代甲蟲。あれはどうにかしないとこの地上を席巻する。だから戦わなきゃなんだ。わたしたちは古代甲蟲の根拠地を叩こう。巣だよ。女王蟲を斃しに行こう」
「定数に満たねえ旅団で実行可能な作戦となるとやはり限りがある。それっきゃねえか」
『私も同意見ではある、この先ヒトがすべて滅ぶとは思えんが、な。しぶとく、根深い。どちらかと言うと、蟲とヒト、どっちを残したらより悔しくないかという点でおまえたちの考えに乗ろう』
「っは、相変わらずいい性格しているぜアルタイル」
方針は決まった。
次は方法、どう為すか。
『ソ連が破綻したとなると、核による解決の道は絶たれたな。他国はソ連に向かって核を撃てない』
「そっか、国の体を保っていてもいなくても、他国の本土にミサイルなんか撃てっこない。先方から要請でもない限り」
「要請を出すくらいなら自分でぶっ放すからな。それにぶっ放せんならもうぶっ放してんだろ。そうなってねえってことは、ソ連はもう無ジンだろ、ほとんど」
「中国も結局最初だけっぽいんだよね。あれから地震波を検出してないってフィーナが」
『それを命令する中枢が倒れてはな。ソ連どころか中国もいまや伽藍堂か。西は今ごろ東欧、南はインドくらいか』
「南や西に行き着いたんならどうするんだろ? 波は寄せたら返すよ。海に行き着いたなら引き返してくるんじゃない?」
「まあ? そうなるな」
マイは戦慄する。あの戦いをもう一度などと。運よく生き残れただけのこと、次も同じに生き残れるとは到底思えない。
「だったら蟲はここへ戻ってくる。九州から日本上陸、そこを糸口に日本を攻略するんなら3日は猶予があるんじゃないかな。急ごう、時間があるとしたら今だけだよ」
『そうはならんよ。発したのはおそらくシベリア、ゆえにソ連全域が蟲の支配下にある。放射状に蟲が進出しているのなら、ソウルが襲われたのはシャンハイや深センと同じころのはずだ。それを裏付けるように未だ援軍も救援要請も来ていない。であれば、サハリンやクリル列島には蟲が流入していておかしくないし、そこから日本上陸もあっていい』
「北海道と九州からのはさみ撃ち!?」
『それに“いざダイバン”の影響もある』
「挟撃どころか中からも食い破られてんのか、地獄だな」
一同は想像をめぐらせる。
各家庭で、おもちゃ売り場で、物流倉庫で、輸送中のトラックで、突如おもちゃが豹変する。おもちゃの中にまぎれた自動人形が行動を開始、徒党を組み、劇中さながらの機動で、手にした武装でヒトを襲う。
そこへ古代甲蟲が乱入する。蟲はヒトや自動人形のみならず、社会インフラから動植物に至るまで、あらゆるものを胃袋へ収めてゆく。
「ヒトを滅ぼさんと挙兵したところへ蟲がやってくるのか、自動人形もたまったもんじゃねえな」
「なに言ってんの、1番の被害者はヒトだよ。どれだけ生き残ってくれるのか……」
『……?』
「案じても始まんねえよ。アタシらはアタシらにできることしかできねえ」
アルタイルはマイの発言に違和感をおぼえたが、詩音が気にかけないので聞き流す。
アルタイルにはクレアマリスに対し苦い思い出がある。だが当人がそれを覚えていない様子で、今ここで蒸し返すのも話の腰を折る。
だから触れない。アルタイルは語らない。
『我らの顔になれクレアマリス』
「なにを?」
『おまえが始めた戦争だろ。おまえがヒトを信じ、おまえが本社を潰し、おまえがこれから古代甲蟲を斥けてみせる。だったら率いてみせろ、この半個旅団をおまえに預けよう』
「急にそんなこと言われても」
アルタイルの提案を詩音は丸呑みにする。
「呑んどけ呑んどけ、こんな提案呑まねえ方が損だ。アンタがこれから成すのは未曾有の艱難辛苦だ。100回やったら99回失敗するくらいの。だったら半個旅団くらいは率いてみせねえとな。アンタのために死んでくれる兵がいなきゃ、到底達成なんかできねえ」
「そん——!」
「言い訳は聞かねえよ。アンタの目的のためには通らなきゃならねえ道だ。まさかここで降りるってんならアタシがここでアンタを殺す」
思いがけない詩音からの殺意。
空気が冗談ではないと告げている。マイが自動人形のこれからの損失について及び腰になるようなら、いい加減詩音も見限ると言っているのだ。
「そう、だね。達成できるとは約束できないけれど、実行することはできるつもり。詩音ちゃんの期待を裏切らないくらいには、わたしはクレアマリスをやってみせる」
「よく言った! それでこそアタシの憧れの人だ」
「いずれにしてもチャンスは今、でしょ。この場所の脅威は、日本から折り返してくる蟲たち。おそらく九州と北海道から挟撃していると考えて、折り返す波の到達は1日半後くらい?」
「じゃあすぐにでも出撃しなきゃだな」
『これからさき輸送機は役に立たん。燃料が足りんし、高空で目をつけられでもしたら一巻の終わりだからな。給電して、持てるだけの武装を持ったら出発だ』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
蟲は翅を用いた機動において自動人形に対し優位であり、一方で地をゆく性能では劣る。そのため進軍に際し陸を選ぶのは対甲蟲において定石である。
『出撃!』
蟲の活動が緩慢になる日暮れを待ち、アルタイルの号令で隊列は行動を開始。マイ発案による作戦が発動された。
判断はマイから、実際の命令はアルタイルから。
指揮権の移譲が今作戦から行われれば現場は混乱する。新参のフィギュアであれば尚更。
いずれにせよ今作戦に続く軍事行動など存在し得ないため、形式上の指揮権がどこにあるかは重要ではない。
小型の戦闘艦をミノフスキークラフト頼みで超低空に飛ばし、それに連結させた台車を引っ張らせている。
すべてを搭載したら過積載で動かせもしないが、輸送機から外したミノフスキークラフトを装着した台車はホバークラフト程度に浮遊することは可能。戦闘艦であっても浮き上がった台車を引く程度の推力は十二分に持ち合わせている。
マイたち自動人形半個旅団は臨戦態勢で連結された各台車に。向かう先を警戒、蟲との遭遇をいまや遅しと身構えている。
「まあ、いかな甲蟲とて戦力が無尽ってわけじゃねえだろ」
「たぶんね。波はたぶん一層の帯。突き抜けたからどうにかなる」
「その、たかが一層の帯で死にかけたわけだが。厚さ数キロにおよぶ帯は地獄だった、二度と越えたくねえ」
マイはふふと笑い。
「この先は散発的な戦闘になると思う。たぶん群れにはなっていない」
「にしても楔形陣形、とはな」
「これがもっとも突進を受け流すのに適してるんだ。船の舳先」
「戦術はヒトに一日の長があるか」
「立ち止まっていたら生き残れない。突っ切るんだよ、それしかない」
マイの提言を参考に隊列が組まれた。
最前列は重装甲のロボトイ。蟲の襲撃をビームシールドか自慢の装甲で跳ね返すのが役割。
慣例ならフィギュアが務めるところ、先陣を切るのは誉だとする急造パッチをインストールしてやっとの採用。費用対効果を計算できる自動人形に勇敢の概念はこれまでなかった。
中間にフィギュアを配置。防御に難はありつつも一撃においてはロボトイに優るものも多くいる。主に突進が止まってからの遊撃時、速力を活かした戦闘において一定の評価ができる。
工兵などは最後尾に配した。武器弾薬を輸送する彼らはこの隊の要。彼らを護りながら、どこまでも隊列の先端を敵支配域深くまで押しこむ。
「ヒトのことはもう構っていられない。残念だけど、自衛能力に期待するだけ。ヒトのために、ヒトの未来のために今はただ、一点突破、巣を強襲して女王蟲を撃破する。これに賭けるしかない」




