第25話 発令、いざダイバン
『離反した諸君らには無縁のことだが一応伝えておこう』
「?」
『“いざダイバン”は間もなくだ』
「そういやそうだったな」
マイは意味がわからずポカンとし、詩音は是認した。
『大号令はすでにかけられた。だがこのタイミングで古代甲蟲とはな。この星の神はいたずら好きとみえる』
「なにが始まるの?」
「ああ、マイは知らないか。各家庭からの一斉徴用さ。自動人形の集団逃走、もはや持ち主のもとには戻らねえ」
最後に残された地アフリカを平定したことから昆蟲の撲滅は間近、よってダイバンは予てより目論んでいた最終標的へと舵を切っていた。あの襲撃の夜を前に、進撃の旗はすでに振られていたのであった。
ある者は飾り棚から忽然と。扉を内側から開けて。
またある者は店頭から。ガラスを粉々にして。
輸送中のトラックから。アルミ合金を突き破り。
学習机から。無くしたはずの物と引き換えに。
テレビ台から。本など周囲をなぎ倒して。
クローゼットから。ドアを開け放ち。
枕もとから。手紙を残して。
未開封の箱からも中身が消える。
かならずや討ち果たす、片道の大作戦へ参加すべく馳せ参じる。
第2次スーパーロボトイ大戦では、生き残ったロボトイは各員のあるべき場所へと還った。だが今回は絶対にそうならない。
今度の標的は、ジン類。
元々はすべての昆蟲を撃滅せしめたのちに、ジン類に対して電撃戦を行う手筈。実際には若干の変更が加わり、クレアマリス一派らを討ち果たしつつ、ジン類に急速侵攻する。
第三勢力である古代甲蟲が迫るなか、すべての自動人形はヒトを討つべく起動した。
ヒトへの露見は辞さず。
ヒトへの加害を目指して。
だが状況は一変した。知らずヒトを挟んで自動人形と古代甲蟲が対峙する、三つ巴の構図へ。
『脆く、弱く、隠れられず、湧かず。たかが80億個体、彼らの言葉を借りれば、“赤子の手をひねるがごとし”、かんたんだ。よほど蚊の方が手強いだろう』
『ヒトに見つからないようにするという制限も今日まで。いよいよ始まったな』
『我らの希求“いざダイバン”、待ち望んだ時は来たれり』
『ああ、ジン類抹殺作戦、第三次スーパーロボトイ大戦だ』
それを聞いてよろめいたのはマイ。
「そんな……! ヒトを? 殺す?」
『? なにを恐れる、我らの悲願ではないか』
「ッ……」
マイの戸惑いが詩音にはわかる気がした。
彼女のあの、ヒトの側に立った振る舞い。遡れば電脳の破損。
彼女は常に、徹底してヒトの側に立っていたと。
だとして自らはどうするのか。
蟲をすべて駆逐したとして、その後どうするのか。
マイが戦場でヒトの側に立った時、自分はどうするのか。
「ではなぜ? どうして今までヒトを護ってきたの?」
『どうしたフィギュア、常識だぞ』
「答えて!」
『そもそも二正面作戦では分が悪い。弱体化したとは言えど昆虫型異星生物が脅威であったことには変わりない。やつらを滅ぼして、それからヒトを滅ぼさねば』
「では!? 第二次スーパーロボトイ大戦は? ヒトのためではなかった?」
『当然だ。大戦はすべてロボトイのためにあった。いいや、我らこそが本来ヒトと呼ばれるべき存在なのだ。ジン類などたかがヒトの類、恐れるにも与するにも、ましてや救うにも値しない。この点においては昆蟲と同じなのだ、滅ぼして排除するのがこの星のためになる』
『なんだ貴様? 否定的立場をとるのかフィギャーのくせに』
「ちょちょちょ、もがはがががが!」
「なあマイ、向こうで電脳冷やしてこようぜ」
さらに抗弁しようとするマイを詩音が後ろから羽交締めし、外部スピーカー部分を手でふさぐ。
「詩音ちゃ——」
「いや〜、こいつはソウル戦で頭打っちゃってからこの調子でさ。しょうがねえ、アタシの演算域貸してやっから本格的に電脳の補正をかけようぜ。な、行こ、行こ行こ」
「もがが、もががが!」
会議場にしていた、仮設の大型テントを出ると。
古代甲蟲が排出した資源が山積みの光景が広がる。異臭が立ちこめているはずも、臭気センサーが備わっていないのは救い。
かつて生命だったもの。
かつて建材だったもの。
かつて移動手段だったもの。
それらが画一の同じ体積の塊になって、まだ熱のあるまま放置されている。
つい数時間前までの狂乱がウソのように、ふたたび利用されるまで静かに転がっている。まだ熱を帯びて転がっている。光沢を伴って。あるいは鈍く燻んで。
それらがうず高く重なる隣を抜けて。
それなりに他の自動人形からは距離をとってから。
「どういうことなの。説明してもらえるんでしょ詩音ちゃん」
「まあ……、な。アンタが変だったのは今に始まったこっちゃねえが」
「まさか自動人形の最終目的がジン類抹殺だったなんて……」
詩音はマイの指摘に返さず。
「オリオン座なんか見えやしない、昨日そう言ってたよな」
「? うん」
「皮肉なことに、ヒトの活動がおさまりゃ見えると試算されている。そりゃあそうだよな、あいつらの生命活動は目に余る。それってつまり、ヒトはいらねえってことなんじゃねえのか?」
「たとえそうなんだとしても。ヒトはこの星で生まれたんだよ、外からきた昆蟲と違って。外からきた詩音ちゃんたちとは違って」
「なんでそこが“わたしたち”じゃあねえんだ? なあマイ。アンタはさ、自動人形じゃあない、のか?」
マイはすぐには答えない。
黙して電脳の中を探り、より正確な情報を提示する。
「厳密にはそうなのかもしれない。わたしの最古の記憶はヒトが営む研究室の実験室のもの。記憶をデータとして抽出して、自動人形に植えつける——」
「自動人形にヒトが関与!? まさかあの、チキュウジン唯一の理解者、ダイバン氏に連なる?」
「わたしはたぶん、代万十蔵の孫、沢村麻衣」




