第24話 人たらん
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先ほどウインドウショッピングさながらに選んでいた脚の棚も。
交わしたお互いへのエールも。
身を案じた思いも。
何も残らない地下に用はなく。
ふたりは力無く地上に戻ってきた。
「なあ」
「…………」
「どうするよ、マイ」
「地上の明かりが無くなってもよく見えないもんなんだね」
「? 何がさ」
「オリオン座」
宙をなんとはなしに見上げていたと思っていたら、星座を眺めていたらしい。
地下に行って戻ったら、辺りは暗くなっていた。
詩音はマイの視線の先を追い、昼間でも星が見えるほどのフィギュアの鋭敏なセンサーを持ってしてやっと、検出できる程度の杵星を見出す。
「ん、ああ。蟲が消したとはいえかなり燃えたからな、煙が」
煙に加え砂埃、有害粉塵。それらが満天のはずの星を遮る。ソウル1千万人、朝鮮半島7千万人の悲鳴を吸った重い空気は星の光を通すわけない。
「まあ今回のことがなくともソウルはこんなもんだったろうぜ。ヒトの光害が無くなり、空気中の微粒子が増えて。プラマイゼロってとこか」
「…………」
奇しくも、最も危険に身を置いたふたりだけが生き残った。
装甲は役目をまっとうし、エネルギーは稼働下限に近く、武装は尽き。
満身創痍である。今回は身体に欠損が生じなかったことがせめてもの救い。当たれば即致命となる戦い、当たらずに済んだことが奇跡と言える。
詩音はマイに聞いてみたいことがあった。
ヒトの心を持ったフィギュアとして。
フィギュアでありながらヒトを代表して発言できる者として。
「このチキュウ上で何が一番ジン類の生命を奪っているか、知ってるか?」
「急だね。ええっとね、学校で習ったよ」
詩音は特大の違和感を覚えたが遮らない。
およそ予想もしていたこと、今さら取り立てて驚かない。
「答えは蚊、じゃないんだ。おそらく蝗。ヒトも把握できていないような土地に集落があって、そこがヒト知れず襲われて更地になってる。農地も、建物も、ヒトも。等しく食われて跡形も無くなる。わたしはそれを、いつか、あそこで、見た……」
「アンタはその蚊や蝗が兵器だって言ったら信じるか?」
「兵器ぃ? 蝗が!? さすがにそれは」
「あああめんどくさい。アンタなんで都合のいいところばかり失ってんだよ。いいか? あれは生物兵器なんだ、宇宙からきた」
マイは両のグラスアイを見開いてキョトンとした。
「アハハハハハ! 笑える! 宇宙から! きた! 蝗が!?」
「どんな想像してやがる? いや、別に飛んできたんじゃねえんだが。それに、アタシらもそうなんだ」
フィーナもそれらを是認するがマイは聞く耳を持たない。
「アハ!? わたしたちも! アハハハハ!」
「なんで笑うんだよ、そいつは前から知ってただろ。それにあいつらのせいで悲惨な目に遭ったばっかじゃねえか」
マイは急に静止し。
向き直って。
「だって。だって聞くに耐えない。詩音ちゃんが急に変なこと言うから笑ってなきゃ聞いてられない。そんなことでここが滅ぼされたなんて思いたくない」
「アンタがどう感じようがアンタの勝手だが。それが真実さ、そしてこれまで——」
そこに討手が現れる。日本を発ってソウルに到着した。
日本海を渡った甲蟲群とは入れ違いとなり、運良く上空へ逃れるかたちとなった部隊。
『謀反者クレアマリス残党と見受ける』
ホールドアップである。取り囲まれていた。
周囲の警戒を怠ってはいなかったが、細心の注意を払ったかと言えば否。徒労感に苛まれ、まさに口論の現場でもあった。接近を許したのは接近した側の卓越さゆえ。
『が、今は質問に答えてほしい。これはいったいどういうことだ? なぜ朝鮮半島が1日にして荒野に変貌している?』
「言葉の通じそうなやつが出てきたか。どうしてアンタが?」
『おまえだよ、おまえと対峙して討ち取れる者が果たして博多にどれだけいるか。しかも主犯はクレアマリスと目される。だったら倒せる面子と倒せる装備を用意して、倒せる私がわざわざ出向いて殺るしかないだろ。で? 質問には?』
アルタイルである。
朝鮮半島における惨状は地上よりも上空からの方がつぶさに見てとれた。
いかにクレアマリスに反意があろうと、ソウル市のみならず朝鮮半島全体を無に帰すのはたとえ百戦錬磨の自動人形であっても到底不可能。そう考えての問いである。
「ああ。1日どころか、ほんの数時間でこの有り様さ。理由はホレ、見りゃあわかんだろ。こいつらが大挙して押し寄せたんだ。数は数十万とも、その百倍とも言われてる。さっき基地の中も見て回ったんだが、生き残りは無し、だった」
『詩音くんがまさか裏切り者とは驚いたよ』
「違うんだ。いや、違わないんだが、今はそれどころじゃなくて」
『だろうな』
詩音はかいつまんで経緯を説明する。
何よりの証拠は頽れた古代甲蟲。マイたちの傍らにそびえる1メートル50センチの巨躯、その数々が雄弁に現在の惨状を物語る。
『ここソウルに来て? 古代甲蟲との防衛戦に参加したと? なんの利益にもならないのに?』
『不可解ではあるな。がしかし、事実やってのけたのだ。そうして生き延びた。これほどの巨大甲蟲を一部とはいえ斥けて』
『笑止! ここを通った際に巻き込まれでもしたのだ』
『だとしても無視する手もあったはず。なんなのだ本当の目的は』
ここで討つ、討たない、いや意味はない。
追及されるマイや詩音のみならず、アルタイルも議論に参加せずただ黙って聞いていた。
『意見は出尽くしたようだな。ではアルタイルの名において命ずる、追跡はここまで、我らはここで、只今の時間をもって原隊復帰するぞ』
『まさか討たないので? 自動人形の面汚し、たかが2体の生き残りですよ?』
『たかが2体の生き残りなのか、まだ仲間がいるのかは知れんがね。今となっちゃあその程度の相手ということだ。一方で甲蟲は朝鮮半島を丸裸に変えられるほどの脅威。危険度の差は歴然なのだよ。ソウル基地瓦解を目の当たりにし、私は即時に脅威度最高に位置づけた。背後に見える兵力が桁違いであるしな』
『ですが——』
『なにより離反者一派が対甲蟲に関しては共闘に応じてくれると言うんだ。だろう?』
目配せするアルタイルに対し、詩音が両手を挙げて降参の意識表示を。
『現状は甲蟲にだけ専念していればいい。そのあとでこいつらが生き残ってりゃそこで裁いたらいいさ』
「生き残れれば、な」
『しかしなるほど、先ほど輸送機のはるか下方をすれ違ったあの黒いモヤはそういった手合いか』
「ああ、実際ムチャクチャだったぜ。今ごろは日本でも戦端が開かれてるころさ」
日本も惨事に襲われている。ここソウル市と同じに。
想像して余りある。ヒトはいずれ討たねばならない相手、そこに想いを馳せることは皆無だが。
その下には、その傍らには同胞がいる。残してきた戦友や帰らねばならない場所がある。
勝てずとも共に戦えたはず、それがある意味すれ違いとなり。討伐のために出撃したはずが逃げるかたちとなってしまったのは、アルタイルにとって痛恨の極みである。
兵の手前、それを表面に出すことはないが。
マイが、おずおずと。
「あのう、乗ってきた輸送機に乗せてもらうわけにはいきませんか? わたしたちも役に立てます」
『引き返すとでも? たかが半個旅団、駆けつけたとてすでに決着はついているが?』
「ええ。ですから別の目的に」
詩音が乗る。
「アンタたちもおそらく同じに認識しているように、ダイバン本社を失った日本にもう価値はねえ。だから日本のことは日本に任せる。それに骨身に沁みたぜ、どこか拠点を護るのは我が身を守るよりよほど難しい」
『ソウル基地がそうであったように、か。だがクレアマリス、目論見は外れたな。アフリカを平定して脅威が去ったと本社を攻撃したが、まさか時を同じくして古代甲蟲が現れるなどと。そこまで読んでいた、のであればこうして火消しに走り回らずともよかった。だとしてどのような目論見が? これから蟲を滅ぼしたとて本社を襲った意味はいったいなんだったのだ』
「今となってはわたしにも。頭部に損傷を負い、今のわたしはかつての記憶を持ち合わせてはおりません。ですから、せめてみんなのためになればと、こうして」
『貴女にはいずれ果ててもらう。だが今ではない。蟲をすべて排除したのち、必ず』
「はい、それで構いません」
『飛ばした連絡員が戻らんのはそういうことか。おそらく甲蟲は中央アジアや欧州にも進出、全世界にその触手を延ばしつつあり。だが、ま、だとして、本社地下基地を失った我らが何を信じ、なにを衛るのかは。新たに考えねばならないのかもしれないな。無限を約束された超ロボトイ生命体も、構成する部品の経年劣化は避けられない。交換部品の生産なき今、どう生命の落とし前をつけるかは……』
不適な笑みを浮かべたのは詩音。
「限りある生命ってか。まるでヒトだな」
「いいじゃないヒトで。ヒトがヒトとして行動しない今、せめてわたしたちがヒトたらんと在ろうよ」




