第22話 古代甲蟲襲来
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(さすがに今回はダメかもなぁ。だったらやっぱあれでよかったんだ。静岡でマイのやつを裁かせて、知らずに博多で散るよりずっとよかった。せいぜい着飾って、できるだけ多くの蟲どもを道連れにしてやるさ)
その思いをこっそり聞いていたのはマイ。気づかれない程度わずかに触れることで接触回線が開いていた。
(そんなに悲観することないよ)
(聞いてやがったのか。趣味悪)
(ごめんね。でもそうはならないと思うなぁ。相手だって生物、絶対に倒せない相手なんかじゃない)
(まあな……)
これから襲来するのは数十万の群れなのだが。
着々とロボトイとフィギュアの準備は進む。
いくつも存在する地上への連絡路、そのすべてに過剰なほどの兵を配置、ゲートはあらかじめ全て閉じる。兵は孤立するが、突破されないことが大前提、戦いさえ終われば回収される。
マイと詩音は細分化されたフィギュア大隊の一部とともに最前線最前列、エレベーターシャフト直下に配置。
フィギュアは使い潰される。どんなに戦術に際し確定的な提案をしようとも役割が変わることはない。前線に置かれ、矢面に立たされる。
今やフィギュアの方が圧倒的多数なのにもかかわらず。兵を配したら自然にフィギュアのみの部隊が生じるほどには。そのため真っ先に被害が出る箇所にはフィギュアの部隊が配置される。
詩音に不服はない。これまでもずっとそうだったし、これからもそう。与えられた戦場で結果を出し、数々の武勲を立ててきた。階級が上がったとて現場指揮を執らされるだけ。真っ先に死ぬ指揮官というだけである。
マイはというと、初めての戦場とあって緊張気味。これまで数多の戦場をわたってきた記憶は無くなり、リセット後も新たな実戦を経験したにもかかわらず。組織戦は初ということで緊張している。
「んう? なんの音?」
待機列の向こうで機械の始動音が鳴り、極めてゆっくりと厚さと重さを持った防御隔壁が閉まりゆく。
マイは出撃まで待機していたつもりが、目の前の隔壁が閉じはじめたので色めき立った。
「なんで!? 今から出撃、でしょ!?」
「? いや、いい。これでいいんだ。今回は拠点防衛だからな」
会合は結局締め出された。すべての情報を突き合わせて行われ、詳細を決定した第2回には呼ばれなかったのだ。
「どうして詩音ちゃん!? ブリーフィングのはただの初期配置ではなかった? 最初から籠城するための?」
「そうだぞ。この隔壁の手前で待ち、突破してきたやつを叩く。いわゆるモグラ叩きってやつさ」
詩音が何を言っているのか正確に咀嚼できない。
いや、理解はしているのだ、正しく理解しただけに理解を示せない。
「なにを笑っているの? どうしてリラックスして? この街は? この街のことはどうするの? ソウルの街を!? 守らないの!?」
「ここさえ守れりゃあいんだ。電力だって自前である。ソウル全域なんか土台無理、シベリアがそう、北朝鮮がそう、だったらこの国も、この街もだ。この基地さえ守れれば御の字さ」
マイはひとり立ち上がった。
「クゥッ!」
「おいマイ!? どこ行くんだマイッッ!」
まさに隔壁が閉まろうとする直前にマイが向こう側へ。
その先にあるエレベーターの扉をこじ開けにかかる。
「チイィッ! あのバカッ!」
『少佐殿?』
「ここはアンタらに任せる! アタシはたぶん、もう戻れねえ!」
『了解』
『ご武運を』
「アンタらも! 死ぬなよ!」
隔壁の閉鎖すんでで詩音が外へ。次いで完全閉鎖の重い音がなる。基地の防衛線の外側に出てしまった。
ただ、隔壁の向こう側とこちら側の危険度にさほど違いはない。この時点では誰も知るよしもないが、ソ連で地下鉄や下水道も網羅的に破壊し尽くした古代甲蟲が、いずれかの通路からソウル基地に侵入するのは既定路線。遅かれ早かれ戦端は開かれる。
詩音が追いついたのはエレベーターシャフトの扉を開けたマイの背中。
それに対し仁王立ちで。
「んで? どうやってここ登んだよ」
「詩音ちゃんに乗っけてってもらう」
「フッ。なるほど、そりゃあスマートだな」
こじ開けた扉の向こうにはエレベーターの籠がなかった。階下にそれはあり、偶然であっても動かないよう電源は落とされており、昇降路は暗い。
マイが右手を輝かせ、詩音がマイを吊ってゆっくりと上昇する。
「重んも……」
「え? ちょっと! 今って詩音ちゃんが持ち上げてるんじゃないんでしょ!? ALICEちゃんが言うんならともかく、詩音ちゃんはだめ」
背中のフライトユニットによる推力のことを指しており、バシッと詩音の肩を叩く。
「フフッ。なんだか自然と役割分担できちまってるが」
「ね、不思議だよね」
「でも外に出てってどうすんだ。すでに外は地獄絵図だぞ。戦いはもう始まってる。だからこそ隔壁は閉じられた」
「うん。だからって、ひとりすら救う努力をせずにじっとなんてできないよ」
「ったく。策はあんだろうな」
「ないよそんなの。現場にあっては臨機応変、変幻自在に」
「てかアンタ、ただでさえ重てえのに、なにを担いできやがったんだ?」
「えっと、これはね——」
地上階に到着。
扉はすでに失われており外の明るさ、上がりきったところに古代甲蟲の姿が。ちょうどエレベーターシャフトに侵入する直前であった。
入ったときとは異なる出入口。ヒトの標準サイズのドアに模した、地下のライブハウスに通じていそうな、しかしヒトを寄せつけない堅牢な電子ドア、どこが管理しているかもわからない謎のドア。
手前は飾り気のない硬質な階段である。その地下へのアプローチたる階段に、しかも2体。
「もう入り込まれてる?」
「押せマイッ! 押し出せ!」
「よくもまあこんなとこ見つけてくれてェ!」
体格差は歴然と。それをフライトユニットの推力に任せて無理矢理押す。
「こんのぉおおおおおおお!」
「なんつー重さだ。こいつめ!」
そこで詩音ははたとなる。マイにフライトユニットはなかったはずではなかったか。
「こっちだよ! 全部わたしに、向かって来いィ!」
ニルヴァーナSPEC2のリフボード上にマイの姿が。先ほど彼女が背中に背負っていた荷物は折り畳んだリフボードだった。
「あいつ、どっからあんなもん、バッカやろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
押し出すだけに飽き足らず、そのままソウル市の上空に舞い上がっての大立ち回り。逃げ惑うヒトビトはたかが20センチほどのマイの存在に気づかない。
右腕を輝かせて波に乗る。蟲たちはソウル市内を目指すも、やはり一部はマイの光と衝突音、仲間の悲鳴に釣られて標的を変える。
「なんで浮いてんだ? どうして飛べる!? トラパーが、トランサパランス・ライト・パーティクルが実在するわけじゃねえんだろ?」
その問いにはALICEが答えた。
『あちらのボードにはおそらく、ミノフスキーフライトが内蔵されているものと推察されます』
「ハァ!? アタシが知る戦死したニルヴァーナSPEC2のロボトイ魂は劇中と違ってビークルモードが使えただけ、ミノフスキーフライトは搭載されちゃいなかったぞ?」
『ロボトイ魂ではありません。今年発売予定のMETAL BUILDINGニルヴァーナのリフボードかと。すでにこの基地に何体か配備されていた先行量産の——』
「シベリアの討伐に出て、戻らねえ旅団員の予備パーツってことか。にしてもどんだけ互換性があんだ? 自分より新しい世代のオプションも扱えんのか」
マイの快進撃は小気味良く。だが事態は極めて深刻である。
ソウル市の全天は今や、黄の差し色が入った黒い嵐で覆われていた。巨大な甲蟲が一帯を覆い日光をさえ遮る。
ソウルタワーやタワーパレスはすでに高さが半分以下。ヒトビトがパニックを起こし逃げ惑う地上へ、上空から破片やら蟲やら排泄物やらが雨の密度で降ってくる。そのいずれもが数キロから数十キログラムもの重さがあり、地表のものを容赦なく砕く。
阿鼻叫喚————
ソウルは今や咀嚼音で満たされていた。
襲い来た甲蟲は1令から10令、大きさはさまざま。蟲はあらゆる場所へ這いまわり、飛翔し、食い尽くす。木々を、建造物を、ヒトビトを。
ジン類は逃げ惑い、喰われ、裂かれ、打ち捨てられ。超高圧で瞬時に水分とその他に分別され、どちらも乱暴に遺棄される。ヒトは赤いシミをいくらか残して数を減らすばかり。
その悲鳴はほとんど聞こえない。どんな硬度のものも容易く噛み砕く咀嚼音は、それが数十万単位で合わされば異次元の轟音。音速を超える爆発音が時折するだけ。
建物はすでに原形をとどめず、道路は地面が露出して。
古代甲蟲が襲いくるのは実は食欲を満たすためではない。テラフォーマー用の生物兵器としてあらかじめデザインされた本能。対象惑星の生命活動に関連するすべてを停止させ、資源へ戻すための役割を果たしているに過ぎない。
いずれ訪れる入植の下準備をしているに過ぎないのだ。ただし2億年前に廃案となったプランに則った。
資源を資源としてとどめるための、生命活動をその時点で停止させるための。その成果を労い、享受する者は永久に現れないにもかかわらず。
橋梁や鉄筋は金属の塊へ。
植物やヒトビトは炭化水素の塊へ。
コンクリートやアスファルトは砂岩のよう。
あらゆるものを破壊して体内に取り込み、ごく短時間で変換して排出する。その様はまるでコメツキガニ。一度体内を通している速度とは到底考えられない、ほとんどコメツキガニの早さで食し、排泄も行う。特に金属のものは焼けつくような高熱を帯び、周囲の温度を上げる。
動くもの、光るもの、音を出すものは優先して攻撃される。マイはこの場での最優先捕食対象。
「さあこっちだよ! 街なんかよりこっちの方が美味しいよ!」
千切っては投げ、千切っては投げ。
すれちがいざまに切り裂いて、割って、断つ。
「すさまじい攻撃……! まばたきしただけでやられちゃう……!」
『なにを言ってるんですか、まばたきなんて本来フィギュアに必要ないのですから。今は回避に集中してください』
「わかってるってフィーナ! たとえよ、たとえの話!」
それでもまとわりつかれ、動きを止められる。ボードは脱落。
ひとつの黒い塊となったところで中から閃光がもれ、千々に甲蟲の破片が散る。
マイも飛行能力を失って落下するも、フィーナによるリモートコントロールでリフボードを呼びよせ事なきを得る。
「危っな! こっちはまだボードの操縦に慣れてないのにぃ!」
『それはこちらで行っているのですが?』
見上げる詩音は感嘆しきり。
「なんてやつだ、あの数をものともしねえのか……。あれがマイの、クレアマリスの本当の力……!」




