第20話 1メートル50センチ
その新手の存在はさきがけてジン類に知られつつあり、さらに被害が拡大することがあるなら、とくに西側に属する国が攻撃されれば一挙に広まる可能性が高い。
このままでは自動人形にとって非常に不利な状況に陥ることに、詩音は警戒感を示す。
「しかしまずいぞそれは。せっかくこれまでアタシらが隠密行動に徹してきたってのに」
『ええ、最終局面でひっくり返されたのです。いいえ、蟲がまだ他に潜んでいたことが判明したので終局とはまるで違ったのですが』
「仮想敵の遷移、軍備増強、世論の戦時化、一般ジン類の再軍備、軽くなる核のボタン。アタシらに都合の悪いことはいくらでもある」
「?」
マイにはふたりが話している内容を正確に読み取れない。
『悪いことが重なるというのは本当なのですな。この基地は今回静岡のみならず、同日に北へも兵を向かわせたのですが。北へ向かわせた調査団が戻らないのですよ。増援も十分すぎる数を送ったつもりでしたが還らず。まだ交戦中か、あるいは』
通信途絶の影響がここにも。
兵の増減、敵の情報その他はかつてなら立ちどころに。そのはずが、会敵を前にして通信網を失ったことから以降部隊丸ごとが消息知れずに。情報の伝達に関しては今やジン類の近世ほどは一時的に後退している。
ともあれ、ソウル基地の置かれた状況は詩音が期待していたものとは程遠い状態らしく。
司令からは思いがけず最後通牒が。
『どうやら少佐殿はちょうど悪いタイミングで来られましたなぁ、今晩にも更地になるこの基地と運命を共にしてもらわねばなりません』
「大げさな」
『いいえ、昔の恩人に使う二枚舌などありませんよ。未確認ながら朝鮮半島の北半分はすでに無ジンとなったようです。食い尽くされたものと』
「えッ!?」
「ふむ、そうか……」
驚くかと思われた詩音の意外にも冷淡な受けとめに、マイは違和感をおぼえた。
兵士の損耗に対し佐官がいちいち憂いていられないのは、戦場においては理解を示せる。そうフィーナが解く。
だが一般ジンが。街が。対する詩音のあまりの無感情さにマイはいくらか収まりの悪さを感じた。
ソウル基地指令は続ける。
『これが冗談だったならどれだけいいでしょう。ピョンヤンから奇跡的に生還した兵によりますと、何やら正体不明の塊が山とある以外はヒトも建物も見当たらないそうで』
「なんだそりゃ、クソか? 食ったからクソした」
せめて糞と表現してほしいマイだが、場の空気と事の深刻さに言い出せない。
基地指令が追加の情報を送信した。
『こちらがその視覚データの映像です。ヒトの代わりに我が物顔で闊歩していたのがこの、巨大な甲蟲群でして』
「すンげえ数じゃねえか……」
信じがたい話である。都市といえば通常、数万人からのヒトが住まう集落を指す。
指令は憶測と言った。自動人形のみならず、ヒトの間でも正確に情報が伝わっていない。他へ詳細を伝えきれずに滅ぼされたなどと。
だが見せられた超望遠のガンカメラ映像は、ドットの甚だしい荒さながら全面肯定しており。
『そのうちの突出した1体に部隊が全滅させられ、ただの1機のみ命からがらであったと』
「街の様子と比べると相当デケえな……。実際のそいつはどんだけの大きさなんだ?」
『ヒトを捕食するのに苦労しないほどです。逃げられない状態にさせ、絶命させられる。およそ小熊ほどは』
「小熊!?」
電脳の情報にさらなる追加が。
甲蟲の三面図に対比するよう成人のヒトが表示された。
「1メートル50センチ、だと……!?」
これを大きいと恐れるか小さいと侮るか。鋼鉄にも等しい外骨格をもち、それを支えて余りある膂力の節足。
たかが20センチの群れにアフリカは毎年数万人の死者を出すほど苦しめられてきた。ロボトイはAPFSDS弾を通常弾として装備、アーマード兵推奨の任地と限定しても毎年かなりの数を損耗していた。
今回の静岡で混ざっていた40センチの個体。マイの必殺技でどうにか斥けたが、適切な装備を持たずに防衛に当たった静岡の軍勢はあわやという場面だった。
ではそれが1メートル50センチであったなら。
結果はすでに出ている。わずか一昼夜でウラジオストクからピョンヤンまで。もちろん自動人形あるいはジン類の抵抗込みで。
これが距離として間接で観測できた戦力差である。端的に、自動人形は古代甲蟲の敵たりえない。ヒトもまた同様である。
マイと詩音が戦慄するには1メートル50センチは十分な大きさであった。
「そんなに……!?」
「だからこの基地は自動人形が出払ってんのか」
『ええ。こちらが補足映像になります。ライブ配信という、ヒトの動画サイトのものですが』
一部のヒトが携帯端末で撮影した動画をインターネット網へ上げていた。自らの危機を、地方都市の滅亡を伝えるそれは、だが多くのヒトはコンピューターグラフィックスによる娯楽作だとして冷笑する風潮。一連の作品群は映像集団による仕掛けだと。
「ひどい……」
「これじゃ映画と誤認するのも無理ねえな」
ヒトの世論はまだ気づいていない。甲蟲の存在を正確に、敵だと認識できてはいない。
だがついに露見したのだ。同様の情報はやがて溢れるだろう。ヒトの一部はすでに重く受けとめているはずで、組織的な軍隊による反抗もきっと明日には。
『蟲どもの津波は時速30キロほど、ジンコウ密度が上がる地域を通れば多少遅くはなりましょうが、ここへもじきに』
「ふぅん、じゃあ戦わないとだね」
(マイ!? おま!?)
詩音は接触回線で問いただす。データでのやり取り、会話でないことから一瞬で多くの往復ができ、密談には都合がいい。
(正気か?)
(武器庫を開けてもらうにも参戦の意思は示さないとだし、もし本当にすぐ攻めこまれるんならその時に抵抗できる装備はいるでしょ。もらっといて損はないよ)
(だが? それで万が一にも損傷するわけにゃあいかねえんだぞ? ムダ弾も撃てねえし。日本からの追手はこいつらと違って向かってくっぞ)
(じゃあそれまではってことで、混乱に乗じて。多少貢献してあげればWIN-WIN、でしょ?)
(むぅ……)
マイの言うとおりではあろうが。それはすべての歯車がうまく噛み合ってのこと、少しでも空転すれば全体が瓦解する。だが途中まで戦ってみせるのは詩音も賛成ではあるので。
相手が違和感をおぼえない間で続ける。
「まあ、素性が割れた以上ここを守ってやる余裕はねえが、古い義理はある。それに蟲のほうからやってくるんであれば斃さねえ理由はねえ。アタシらにとって蟲は天敵だが、アタシらもやつらにとって天敵であり続けなきゃ。これは自動人形の本能とでも言うべきものさ」
詩音はあごをついと上げ、司令の顔をのぞき込む。
「だよな?」
『これは頼もしいですな。この基地で刷新された脚がヘソを曲げて誤作動を起こさないよう、どうかご助力を賜われますれば』
「言うようになったなゴールドライタム」




